交通ネットワーク分析を統合したSCGE モデルによるリニア中央新幹線

平成 27 年度研究プロジェクト計画概要
研究種別
■自主研究 7
主査名
森杉壽芳 ・ 日本大学 客員教授
研究テーマ
交通ネットワーク分析を統合した SCGE モデルによるリニア中央新幹線整備
の便益評価―便益と実質 GDP 変化との関係の整理を中心に―
研究概要:
2027 年および 2045 年までに、それぞれ、東京(品川)-名古屋間および名古屋-大阪間のリニア中央新幹線開業が発表され
た。最近国土交通省が東京(品川)-名古屋間の開通で、年間 5、100 億円の GDP 押し上げ効果があるとの試算値を算出したと
報じられた 1)。2011 年の国土交通省有識者会議でも、東京-大阪間の開通で 8、700 億円/年の GDP 押し上げ効果があり、便益
は 7,100 億円/年との結果が示されている。これらは SCGE(空間的応用一般均衡)モデルによる計算結果とされている。
本研究は、上記の発表にあたっては、GDP 押し上げ効果と同時に等価偏差で定義した便益も公表すべきであると考える。なぜ
なら、交通基盤の整備効果は、最終的に家計の合成消費と余暇時間の増大として帰着する効用の増大で判断するべきだからで
ある。一般に、余暇を含まない場合の便益は合成民間消費に等しいので、GDP増大効果よりも小さくなる。しかし、余暇時間を導
入すると、便益と余暇時間を勘定に入れないGDPとの比較では、その大小は明らかでない。国交省を含む既往の研究は、この
点の吟味が不十分である。この問題を解決するには、余暇時間の導入と余暇時間の価値をも含む拡張GDPと拡張社会会計表
(SAM)の作成、そして、拡張SAMに基づくキャリブレーションを明示化する必要がある。余暇時間の明示的な導入が本研究の第
1の目的である。
第2の研究目的は、鉄道企業部門の取り扱いの理論的実務的な精緻化である。本来、交通はネットワークで表現されねばなら
ない。その需要は OD 別機関別経路別、その供給はリンク別である必要がある。実際、需要予測や費用便益分析では、その需要
は OD 別機関別経路別になっているが、供給サイドの記述は全くなされていない。SCGE モデルでの既往の研究で、おそらく最も
理論的整理が行われている宮下、小池、上田(2012)2)は、アーミントン合成により、発生需要を OD 別に分解し、供給サイドは簡
単な OD 別供給モデルとなっている。経路別リンク別にはなっていない。国土省のモデルの詳細は不明であるが、需要に関して
は上記と同じであるが、供給サイドはアイスバーグ型になっている可能性が高い。以上のように、交通部門をネットワークに対する
需要とネットワークのリンクごとの供給という定式化を行うことが、本研究の第2の目的である。
まとめると、(1)交通ネットワークを明示的に考慮した SCGE モデルを開発し、交通行動に係わる経路選択、リンク利用まで統一的
にモデル化できることを示し、これまでの SCGE モデル分析の理論的整理を行うことが第一の目的である。次に(2)リニア中央新幹
線整備の経済効果を計測するにあたり、便益と実質 GDP 変化(GDP 押し上げ効果)の関係を理論的に整理し、便益とGDP増大
効果の関係を明示的に示し、この関係が成立しているか否かでモデルの正確さを評価することが第二の目的である。
研究の方法:
(1) 鉄道旅客運輸部門の行動モデルの定式化
本研究グループは、これまでに、道路交通を対象に交通ネットワークを明示的に扱い、リンクに対して道路運輸サービスを供給
する点を考慮した SCGE モデル[交通生産を考慮した SCGE モデル]を開発してきた(H25 年度プロジェクト)。本研究はこれらを
基に、鉄道ネットワークを明示した SCGE モデルを構築する。鉄道旅客運輸企業は、各リンクに対し鉄道施設の運営、維持更新、
さらに建設等の新規整備まで行う。利用者は、目的地選択、交通機関選択だけでなく、経路選択まで行うものとし、それらを費用
最小化行動あるいは支出最小化行動により一貫してモデル化する。
鉄道旅客運輸企業のモデル化にあたり、リニア中央新幹線が新たに整備されることを考慮するにあたっては、建設費用を固定
資本として取り扱うことが現実的と考えられる。鉄道施設は、鉄道旅客需要とは無関係に一定量が必要となるからである。その表
現方法としては、2つの方法が考えられる。第1の方法は、リニア中央新幹線に対しても新幹線や在来鉄道などのように収穫一定
が成立していると仮定する方法であり、他の方法は、規模の経済が生じるような不完全競争モデルを採用する方法である。一方、
運営費、維持更新費については、従来型鉄道との差額分だけ追加的な合成財投入あるいは資本投入が必要であるとし、それら
は鉄道旅客運輸企業が投入する合成財投入および資本投入が非効率化されると設定し、SCGE モデル計算を実行する。
鉄道旅客運輸企業を以上のとおり定式化することにより、リニア中央新幹線に係わる建設費、運営費、維持更新費は全て鉄道
料金によって利用者が負担することになる。したがって、本 SCGE モデル計算から算出される便益は全費用支払いまで含まれた
“純便益”を計測していることになる。
(2) 交通サテライト勘定の作成と地域間 SAM(社会会計表)への組み込み
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平成 27 年度研究プロジェクト計画概要
次に、(1)で構築した SCGE モデルをリニア中央新幹線整備の便益計測に適用するにあたり必要となるデータセットの作成を行
う。
本 SCGE モデルは、交通ネットワークにおける経路需要およびリンク需要まで取り扱っている。そのため、基準年においてそれら
のデータを整備する必要がある。パラメータが決定できないからである。ここでは、そうした交通ネットワーク関連データの整理、整
備を行い、交通サテライト勘定の作成を行う。ただしその際、地域間 SAM との関係が整合的であるように注意する。そうでなけれ
ば、交通ネットワーク関連の行動モデルまで統一的に定式化された本 SCGE モデルへの適用が困難となるためである。具体的な
方法は、通常こうした分析において別途実行される交通需要予測の結果を利用する。交通需要予測では、整備ありのケースも含
め、交通ネットワーク配分がなされるのが一般的である。このうち整備なしのケースのデータを基に、現在の地域間 SAM にある総
鉄道運輸サービス需要額データを、経路さらにはリンクに配分することにより交通サテライト勘定を作成する。これは、地域間 SAM
の中の総運輸サービス需要額データを詳細化したものであるから、地域間 SAM と交通サテライト勘定の整合性が保たれるものと
考えられる。
(3) リニア中央新幹線整備(新規リンク整備)の設定方法の検討
構築した SCGE モデルを用いて、リニア中央新幹線整備の便益とGDP効果の計測を行う。その際に問題となるのが、リニア中央
新幹線を新規リンクの整備として設定する場合にどのように行うかである。新規リンクの整備は、整備なしでは当該リンクが存在し
ないため、パラメータ推定ができないという問題が生じる。そこで、次の二通りの考え方により、こうした問題が解決できないかを検
討する。第一が、実施時には存在しないリンクであるが、整備なしの状態でも非常に高い一般化価格が設定されたリンクが存在し
ているものとしてパラメータ推定を行い、整備ありは実際に整備によって想定される所要時間を入力した一般化価格により SCGE
モデル計算を行うというものである。整備なしにおいてリンクが存在しているとしても、当該リンクの一般化価格を非常に高く設定
することにより、当該リンクの需要がほぼゼロとなるような設定が可能であると考えられる。第二が、整備ありの状態を想定し、交通
需要予測等の結果から得られる新規路線と在来並行路線の各需要量の結果からパラメータを推定し、整備なしの状況を SCGE
モデル計算から推計する方法である。整備なしの状況は、新規路線の価格が非常に高いものと設定する。第三の方法は、リニア
なしの現状は、中央本線+東海道本線が存在していると想定し、キャリブレーションを行う。リニア整備ありは、この在来線の効率
性パラメータが、変化するとの方法である。このいずれの方法が妥当であるか、実際に計算を実行して判断するが、まずは、第三
の方法を試みる。
(4) リニア中央新幹線整備の便益・GDP増大効果計測
(3)の設定に基づき、リニア中央新幹線の便益計測を行う。便益は、基本的には等価的偏差(EV)で定義し計測する。ただし、整
備効果の評価に関しては GDP の押し上げ効果として提示される例もある。既に示したように、国交省はリニア中央新幹線の整備
効果を、東京(品川)-名古屋間で、GDP を年間約 5,100 億円押し上げる効果があると試算結果を報告している。本研究は、便益
とGDPとの関係を明示的に考慮して、両者の整合的な計測ができるモデルを作成する。さらに、既存の成果に対して、両者の関
係が理論的の整合的であるか否かで、その結果の信頼性を評価する。
参考文献:1)読売新聞(2015)「リニア経済効果年 5100 億」『読売新聞』、2015 年 1 月 20 日付け朝刊。2)宮下光宏、小池淳司、上
田孝行(2012)「アジア高速鉄道整備の経済・環境影響の国際比較-旅客を考慮した SCGE モデルによる計量分析-」『土木学
会論文集 D3(土木計画学)』、Vol.68、No.4、pp.316-332。
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