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Vol.19 No.1 2015
集中治療における鎮静
大阪行岡医療大学医療学部理学療法学科救急医学講座
行岡 秀和
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PROFILE ────────────────────────────────
行岡 秀和 大阪行岡医療大学医療学部理学療法学科救急医学講座 教授
Hidekazu Yukioka
1976年:大阪市立大学医学部医学科卒業
同 年:大阪市立大学医学部附属病院 臨床研修医
1978年:大阪市立大学医学部麻酔学講座 助手
1984年:英国ウエールズ大学医学部麻酔学講座 リサーチフェロー
1988年:大阪市立大学医学部麻酔・集中治療医学講座 講師
1993年:大阪市立大学医学部救急部 助教授
2000年:大阪市立大学大学院医学研究科救急生体管理医学講座 助教授
2005年:行岡医学研究会行岡病院 副院長、麻酔・救急・集中治療科
同 年:大阪市消防学校救急教育センター救急救命士養成課程 非常勤教員
2013年:大阪行岡医療大学医療学部理学療法学科救急医学講座 教授
2014年:大阪行岡医療大学医療学部 学部長
趣味:ひな(バーニーズ・マウンテン・ドッグ)と遊ぶこと
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はじめに
精神的ストレスは、心筋虚血や高血圧、不整脈を生じ、突然死の危険性を高める1)。
ICUはストレスを受けやすい環境であり十分な配慮を必要とする。鎮静は、ストレ
ス反応を抑制し、気管吸引や陽圧呼吸、肺理学療法、侵襲的処置を円滑に行うため
に重要であるが、近年、過度の鎮静は人工呼吸器使用期間やICU滞在期間を延長
させ、ICU退室後の心的外傷後ストレス障害
(PTSD)
と関連する可能性が指摘され、
浅鎮静が推奨されている2)。上記に加えて、深鎮静には、筋萎縮・筋力低下、肺炎、
人工呼吸器依存、血栓・塞栓、神経圧迫、褥瘡、せん妄などの重篤な合併症が報告
されている3)。
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鎮痛優先の鎮静
適正な浅鎮静には、騒音防止などの環境整備を実施するとともに、疼痛対策を十
分に行うことが重要である 3)。浅鎮静で痛みが続けば、不穏状態(不穏:agitation
は、内的緊張状態に伴う無目的で過剰な動きとされ、ベッドから降りようとしたり、
気管チューブやカテーテル類を引っぱる、医療スタッフに暴力をふるうなどの行動
を繰返す)になり、自己抜管や循環動態の変動を生じやすいため4)、鎮痛優先の鎮
静(analgesia-first sedation)を心がける。一方、浅鎮静は痛みの評価が深鎮静に比
べて容易であるため、numeric rating scale(NRS:無痛を 0、最大の痛みを10とし
5)
、critiて、患者が痛みを 0 〜10の数値で表現する)、behavioral pain scale(BPS)
cal-care pain observation tool(CPOT)2,6)などを用いて、積極的に痛みを評価する。
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不穏(agitation)
前述のように不穏の発症には、痛みが関与することが多いが、ICUにおける不穏
5)
、迅速な対応を必要とするものが多いため、原因を鑑
の原因は種々あり(Table 1)
別し、治療することが大切である。
ICUにおける不穏の原因として最も多いのはせん妄である。せん妄は急性発症の
認知機能(注意力、思考力、見当識、記憶、言語、認識、判断、実行機能などの高
次脳機能)障害であり、軽度から中等度の動揺する意識混濁の上に、場合によって
8
特 集
Table 1. 不穏の原因
1.痛み
2.せん妄(ICUにおける不穏の原因として最も多い)
3.強度の不安
4.鎮静薬に対する耐性、離脱(禁断)症状
5.低酸素血症、高炭酸ガス血症、アシドーシス
6.頭蓋内損傷
7.電解質異常、低血糖、尿毒症、感染
8.気胸、気管チューブの位置異常
9.精神疾患、薬物中毒、アルコールなどの離脱症状
10.循環不全
(文献5より一部引用改変)
は不穏が生じ、幻覚、妄想などが出現する。不穏を伴わない低活動型せん妄は過活
動型よりも頻度が多く、見過ごされやすいという問題がある3,7)。
せん妄は、死亡率の増加、ICU滞在期間や入院期間の延長、ICU退室後認知障害
の進展に関与する。せん妄の期間は死亡率と関係し、せん妄が長期であれば認知障
害も強い3)。
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鎮静とせん妄の評価
浅鎮静を維持するには、適切な鎮静スケールを用いて、きめ細かく鎮静レベルを
評価する必要がある。人工呼吸患者の鎮静評価に最も有用な主観的鎮静スケール
は、Richmond agitation-sedation scale(RASS,Table 2)5)である。浅鎮静はRASS
−1 〜−2、深鎮静はRASS−3 〜−5 とされ、目標鎮静深度をRASS−2 〜 0(痛み、
せん妄の評価や早期運動療法が可能なレベル)としている3)。筋弛緩薬を投与されて
いる患者で、主観的鎮静評価が難しい場合は、bispectral index(BIS)を補助的に用
いる。毎日一時的に鎮静を中断して患者を覚醒させる方法は、浅鎮静と同様に有用
である8)。
せん妄の評価は、confusion assessment method for the ICU(CAM−ICU)5)と
intensive care delirium screening checklist( ICDSC)9)が最も妥当かつ信頼できる。
CAM−ICUによるせん妄の評価法は、まず、RASSが−3 〜+4 であることを確認す
る
(昏睡状態や深鎮静ではせん妄とはならない)。鎮静薬投与と無関係な精神状態の
Table 2. Richmond agitation-sedation scale(RASS)
スコア
説明
用語
+4
好戦的な
明らかに好戦的な、暴力的な、スタッフに対する差し迫った危険
+3
非常に興奮した
チューブ類またはカテーテル類を自己抜去;攻撃的な
+2
興奮した
頻繁な非意図的な運動、人工呼吸器ファイティング
+1
落ち着きのない
不安で絶えずそわそわしている、しかし動きは攻撃的でも活発でもない
0
意識清明な落ち着いている
−1
傾眠状態
完全に清明ではないが、呼びかけに10秒以上の開眼及びアイ・コンタクトで応答する
呼びかけ刺激
−2
軽い鎮静状態
呼びかけに10秒未満のアイ・コンタクトで応答
呼びかけ刺激
−3
中等度鎮静状態
呼びかけに動き、または開眼で応答するがアイ・コンタクトなし
呼びかけ刺激
−4
深い鎮静状態
呼びかけに無反応、しかし、身体刺激で動きまたは開眼
身体刺激
−5
昏睡
呼びかけにも身体刺激にも無反応
身体刺激
(文献5より引用)
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急激な変化(RASSの変動など)と注意力低下(聴覚注意力、視覚注意力のいずれか
のスコアが 8 未満で、注意力低下と判定する)があり、さらに思考力・見当識の低
下またはRASSが 0 以外であればせん妄(+)と考える。
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鎮静の方法
ICUで用いられる鎮静薬としては、ミダゾラム、プロポフォール、デクスメデト
10)
ミジンが一般的である(Table 3)
。気管挿管・気管切開下の人工呼吸患者では、
プロポフォールの使用頻度が高く、次いでミダゾラム、デクスメデトミジンの順と
なっている11)。非侵襲的人工呼吸患者では、デクスメデトミジンが最も高頻度で使
用されており、次いでプロポフォール、ミダゾラムの順である。
Table 3. 人工呼吸患者(成人)に使用される鎮静薬の投与法・投与量
鎮静薬の種類
持続静注
1 回静注
プロポフォ−ル
0.3 ∼ 3 mg / kg / 時間
──────
ミダゾラム
0.02 ∼ 0.2 mg / kg / 時間
0.02 ∼ 0.08mg/kg(30分 ∼2時間毎)
ジアゼパム
──────
0.03 ∼ 0.15mg/kg(30分 ∼ 6時間毎)
ハロペリド−ル
0.04 ∼ 0.15 mg / kg / 時間
0.03 ∼ 0.15mg/kg(30分 ∼ 6時間毎)
デクスメデトミジン
0.2 ∼ 0.7μg / kg / 時間
──────
(文献10より一部引用改変)
鎮静薬の臨床薬理学は、J−PADガイドラインに詳しく記載されているが12)、以下
に特徴をまとめる。
1)
ミダゾラム
人工呼吸中の成人患者の鎮静にミダゾラムのようなベンゾジアゼピン系薬を使用
すると、プロポフォール、デクスメデトミジンのような非ベンゾジアゼピン系薬使
用時と比べて人工呼吸器使用期間やICU滞在期間が延長する3)。それ故、ベンゾジ
アゼピン系薬は少量投与を心がける。ミダゾラムは長期投与で耐性が生じ、肝・腎
障害患者で作用の増強・延長が生じる可能性がある。
2)
プロポフォール
プロポフォールは鎮静の発現が速く、覚醒も速やかで調節性が良い。一方、プロ
ポフォールは用量依存的に血圧が低下するので注意する。プロポフォールの副作用
として、高トリグリセリド血症、プロポフォール注入症候群(心不全、横紋筋融解、
代謝性アシドーシス、腎不全等を生じる致死的症候群)などが報告されている13,14)。
3)
デクスメデトミジン
デクスメデトミジンは、選択性の高いα2 アドレナリン受容体作動薬で、鎮静・鎮
痛作用、オピオイド節減効果、交感神経抑制作用を有する2)。デクスメデトミジン
は、軽い刺激で容易に覚醒し、意思の疎通が良好であり、呼吸抑制がほとんどない
という、他の鎮静薬にはない利点を有し、せん妄発症もミダゾラムやプロポフォー
ルより少ない可能性がある15)。一方、デクスメデトミジンは、循環血液量減少患者
や伝導障害患者では低血圧、徐脈をきたす可能性がある。
4)
ハロペリドール
ハロぺリドールは少量持続静注でせん妄予防効果があると報告されている16,17)。
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特 集
過活動型せん妄には、ハロペリドール静注かリスぺリドンを投与するが、トルサー
ド・ド・ポアンの危険(QT間隔の延長など)があればハロペリドールは使用しない
ようにする。
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おわりに
2013年に米国 PAD管理ガイドラインが作成され3)、日本集中治療医学会でも J−
PADガイドラインが完成した12)。これらのガイドラインは、ICUにおける鎮痛・
鎮静・せん妄管理について余すところなく述べている。一読することを推奨する。
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引用文献
1 )行岡秀和:人工呼吸中の鎮痛・鎮静.相馬一亥, 岡元和文, 編.呼吸管理Q&A
−研修医からの質問316−, 第 3 版.総合医学社, 東京, 2014, 268−274.
2 )行岡秀和:ICU鎮静の現状.臨床麻酔 38
(増)
:411−421, 2014.
3 )Barr J, Fraser GL, Puntillo K,et al.:Clinical practice guidelines for the management of pain, agitation, and delirium in adult patients in the intensive care
unit. Crit Care Med 41:263−306, 2013.
4 )行岡秀和, 池田寿昭, 石川清, 他:
「日本集中治療医学会専門医研修施設のリス
クマネージメント委員会の活動状況とICUの関与」ならびに「事故抜管などの
ICUにおけるインシデントの現状と予防対策」に関するアンケート調査.日集
中医誌 12:227−241, 2005.
5 )妙中信之, 行岡秀和, 足羽孝子, 他:人工呼吸中の鎮静のためのガイドライン.
人工呼吸 24:146−167,2007.
6 )Gélinas C, Fillion L, Puntillo KA, et al.:Validation of the critical-care pain
observation tool in adult patients.Am J Crit Care 15:420−427, 2006.
7 )行岡秀和:ICUでの鎮静・鎮痛のオ−バ−ビュ:鎮静・鎮痛の評価法.ICUと
CCU 30:903−910, 2006.
8 )Kress JP, Pohlman AS, O'Connor MF, et al.:Daily interruption of sedative infusions in critically ill patients undergoing mechanical ventilation. N Engl J Med
342:1471−1477, 2000.
9 )Bergeron N, Dubois MJ, Dumont M, et al.:Intensive Care Delirium Screening
Checklist:evaluation of a new screening tool.Intensive Care Med 27:859−864,
2001.
10)行岡秀和:鎮痛薬と鎮静薬の薬物療法の実際.救急・集中治療17:1287−1292,
2005.
11)行岡秀和, 尾崎孝平, 鶴田良介, 他:ICUにおける鎮痛・鎮静に関するアンケー
ト調査.日集中医誌 19:99−106, 2012.
12)布宮伸, 西信一, 吹田奈津子, 他:日本版・集中治療室における成人重症患者
に対する痛み・不穏・せん妄管理のための臨床ガイドライン.日集中医誌 21:
539−579, 2014.
13)Riker RR, Fraser GL:Adverse events associated with sedatives, analgesics, and
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14)Diedrich DA, Brown DR:Analytic reviews:propofol infusion syndrome in the
ICU. J Intensive Care Med 26:59−72, 2011.
15)Jakob SM, Ruokonen E, Grounds RM, et al.:Dexmedetomidine vs midazolam or
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16)van den Boogaard M, Schoonhoven L, van Achterberg T, et al.:Haloperidol prophylaxis in critically ill patients with a high risk for delirium.Crit Care 17:
R9, 2013.
17)Wang W, Li HL, Wang DX, et al.:Haloperidol prophylaxis decreases delirium
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trial. Crit Care Med 40:731−739, 2012.
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