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特 集
術後せん妄の診断と対応
日本医科大学武蔵小杉病院精神科
岸 泰宏
PROFILE ────────────────────────────────
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岸 泰 宏 日本医科大学武蔵小杉病院精神科 病院教授
Yasuhiro Kishi
1989年:日本医科大学卒業
同 年:日本医科大学付属病院 研修医
1992年:日本医科大学精神医学講座 研究生
1993年:アイオワ大学精神科 フェロー
1995年:日本医科大学付属病院精神科 助手
1997年:日本医科大学千葉北総病院精神科 助手
2002年:ミネソタ大学精神科 フェロー
同 年:Blue Cross and Blue Shield Minnesota, Health Management Department
2004年:東海大学医学部付属病院精神科 講師
2005年:埼玉医科大学総合医療センター精神科 講師
2006年: 同 准教授
2008年:日本医科大学武蔵小杉病院精神科 准教授
2012年: 同 病院教授
趣味:釣り、ウエイトトレーニング
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はじめに
せん妄は術後に頻繁にみられる症候群である。一過性の病態とされていたが、一
旦発症するとその後の身体予後の悪化ばかりでなく、認知症発症の危険性も高くな
り、さらには医療経済面でも悪影響が生じることが知られている1)。手術により異
なるが高齢者術後症例の10〜51%が術後せん妄を呈するとされ、心臓手術後では更
に高頻度にみられる2)。術後ICU管理が必要な高齢者症例の80%がせん妄に至ると
の報告もある2)。
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術後せん妄の診断
“混乱”や“焦燥”はせん妄に伴う症状に過ぎず、せん妄の中心症状は、注意障
害・認知障害・睡眠覚醒障害である。この 3 つの症状を評価するのが、せん妄診断
の鍵となる。せん妄診断のゴールドスタンダードは、米国精神医学会発行の精神疾
患の診断・統計マニュアル(Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders,
3)
5th edition:DSM−5®)
によることが多いが、ここでもこの 3 症状が反映されている。
診断基準では、注意
(指向・集中・維持・転導)
と意識の障害ならびに、その他の認
知における障害(記憶欠損・失見当識・言語障害・知覚障害・視空間能力の障害)
が生じる症候群とされている。さらに、数時間から数日間のうちの短期間で発症し
て
(急性発症)、通常の注意や意識からの変化があり、1 日を通して重症度が変動す
る
(日内変動)
。このような症状を認めた場合に、せん妄と診断するとしている。
4)
せん妄は大きく 3 つのサブタイプに分類される
(Table 1)
。過活動型せん妄は焦
燥・不穏が激しいタイプである。低活動型せん妄は、不穏が認めらず、質問に対し
ても反応が鈍かったりするため、うつ病や認知症と誤診され見逃されることが多い。
術後せん妄では、低活動型せん妄が多く、身体的重症例や、特にICU入室症例では
低活動型せん妄が多いことも指摘されている。225症例のICU入室症例による調査
では、過活動型せん妄が1.6%, 低活動型せん妄が43.4%, 混合型せん妄が57.4%と、
せん妄の一般的なイメージである“不穏”が少ない5)。
臨床現場ではせん妄の発見率が低く、診断・治療が遅れ、より複雑な病態となり、
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Table 1. せん妄のサブタイプ
過活動型せん妄
24時間以内に下記2項目以上の症状(せん妄発症前より認める症状ではない)
が認められた場合
・運動活動性の量的増加
・活動性の制御喪失
・不穏
・徘徊
………………………………………………………………………………………………
低活動型せん妄
24時間以内に下記2項目以上の症状(せん妄発症前より認める症状ではない)
が認められた場合(活動量の低下または行動速度の低下は必須)
・活動量の低下
・行動速度の低下
・状況認識の低下
・会話量の低下
・会話速度の低下
・無気力
・覚醒の低下/引きこもり
………………………………………………………………………………………………
混合型せん妄
24時間以内に、過活動型ならびに低活動型両方の症状が認められた場合
(文献4より引用改変)
ケアの低下・ケアの複雑性が増す。したがって、せん妄の見逃しを減らす工夫が重
要である。
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せん妄のスクリーニング
6)
一般病床ではせん妄のスクリーニングに、confusion assessment method(CAM)
がよく用いられている。医療スタッフは誰でも実施でき、所要時間も 5 分程度と簡
便なことから、広く利用されている。日本語版作成の検討も行われている7)。簡便
なため CAMの使用が強く薦められてはいるが、感度、特異度は検査者の影響を
強く受ける。たとえば、看護師に対してCAMのトレーニングを 1 時間行い、せん
妄評価を行ってもらったところ、感度23.8%、特異度97.7%と見逃しが多いことが
指摘されている8)。さらに、注意力や意識レベルの変化の評価方法などにも問題が
ある。 Delirium rating scale(DRS)はせん妄診断後の重症度を評価するために開発され
たスケールである9)。妥当性、評価者間信頼性、感度、特異度の何れの点において
も優れていることから、診断のためのスクリーニングツール、治療効果の評価のた
めの重症度評価尺度として使用されている。しかし、DRSでは継続的なせん妄症
状の変化を追跡していくことができないなどの欠点を受けて、Delirium Rating
Scale-Revised-98( DRS-R-98)10)に改訂された。DRS-R-98は、診断に関する項目
と重症度に関する項目を分けた点に特徴があり、介入研究などにおいて継続的に使
用することが可能となった。また、過活動型・低活動型の状態も区別され、さまざ
まなせん妄研究に使用できるように改訂された。日本語版もあり11)、信頼性の検討
も行われている12)。日常使用するスケールとしては煩雑かもしれないが、せん妄評
価において必要な項目が網羅されており、研修医や看護師のせん妄診断のトレーニ
ングに有用である。
ICUでのせん妄評価は、人工呼吸器使用中など、言語によるコミュニケーション
がとれないことが多いため、通常の評価ツールは使用しづらい。ICUでのせん妄の
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診断には、confusion assessment method-for the ICU(CAM-ICU)13)、intensive
care delirium screening checklist(ICDSC)14)、delirium diagnostic tool-provisional
15)
(DDT-Pro)
が使用されている。もっとも頻用されているのはCAM-ICUである。
感度93〜100%、特異度98〜100%、κ値0.96とされているが13)、臨床現場でルーチ
ンに使用している看護師の調査では、感度47%、特異度98%、κ値0.63と見逃しが
多い16)。各項目・診断が 2 分法となっており、閾値下せん妄の診断は困難である。
ICDSCならびにDDT-Proでは閾値下せん妄の評価も可能なため、日本語版の信頼
性検討が待たれる。閾値下せん妄は、せん妄と非せん妄の中間に位置する状態であ
り、せん妄発症の危険性が高い。心臓手術後の閾値下せん妄症例101例に対して、
リスペリドンまたはプラセボを投与したせん妄予防効果の検討では、リスペリドン
群でせん妄発症率の低下が認められている(13.7% vs. 34.0% p=0.03)17)。全症例に
対して予防的薬物投与を行うのは現実的ではなく、これら閾値下せん妄症例への予
防的薬物投与は臨床現場において現実的な方策になるかもしれず、今後の研究が待
たれる。
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せん妄の診断がついたら
せん妄は直接原因・背景因子・誘発因子の 3 つが絡み合って発症する(Fig.1)。
必ず直接原因が存在するため、直接原因の検索が大切である。直接原因には、手術
による侵襲もあるが、感染や薬剤性など多岐にわたる。直接原因の中でも改善可能
性が高い“薬剤性せん妄”の評価は特に重要である。抗コリン作用を持つ薬剤は、
せん妄を生じやすいことが良く知られており、せん妄症例においては、これらの薬
効のある薬剤の使用有無を確認する必要がある。術前まで使用していて問題なかっ
たとしても、炎症による血液脳関門の脆弱化が加わり、せん妄の原因薬剤となるこ
とは少なくない。また、ベンゾジアゼピン系薬剤は、せん妄を生じることが多いた
め不要なベンゾジアゼピン系薬剤を中止する必要がある。ベンゾジアゼピン系の睡
眠導入剤を中止するだけで、せん妄が改善する症例も多い。薬剤性で注意するのは、
他にコルチコステロイドならびにオピオイドがある。オピオイドによる鎮静は避け
る必要がある。
誘発因子
・疼痛などの身体症状
・断眠
・感覚遮断または過剰
・不動化
・心理社会的ストレス
直接原因
せん妄
背景因子
・高齢
・慢性脳疾患の存在
Fig.1. せん妄の発症原因・要因
背景因子はせん妄の危険因子である加齢および認知症などであり、改善するのは
困難である。一方で、せん妄を認めた場合、誘発因子の改善に努める必要が有る。
残念ながら、誘発因子への介入によるせん妄改善を示した研究は存在していないが、
臨床経験や副作用がない点などからせん妄症例に対するスタンダード・プラクティ
スとなっている。
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一方で、誘発因子への介入は、せん妄の予防には効果があることが示されている
(Table 2)。高齢患者に対する介入で、40%せん妄を減少させることが示されてお
り18)、外科術後においても効果が報告されている19)。さらに、ICUにおいては、誘
発因子を軽減した早期離床によるせん妄発症予防効果が認められている20)。ICUに
おいては、薬剤によるせん妄発症予防の効果は認められておらず、誘発因子軽減の
非薬物による予防のみで有効性が確認されている。
Table 2. 誘発因子に着目した非薬物的せん妄予防介入方法
認知維持
・ケアを行う人の名前と日常スケジュールを掲示
・状況の見当識を維持・再建するための会話
・最近の出来事についての会話
・回想
・言葉を使ったゲーム
睡眠補助
・就寝時に温い飲み物(ミルクまたはハーブティー)
・リラクゼーションサウンドまたは音楽
・背中のマッサージ ・病棟の騒音を減らす
・服薬や処置の時刻を調整
運 動
・1日3回歩行または関節可動域拡大訓練 ・身体拘束をできるだけ避ける
視力補正
・眼鏡や拡大鏡を使用
・大きな文字の本や器具
聴力補正
・補聴器を使用
・耳垢の清掃
・必要によりその他のコミュニケーション方法
脱水補正
・早期発見と治療
(文献18より引用改変)
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せん妄の薬物療法
残念ながらせん妄治療に対する高いエビデンスはない。ハロペリドールが使用さ
れることが多いが、第二世代の抗精神病薬であるクエチアピン、リスペリドン、オ
ランザピン、アリピプラゾールも有効性に差異はないとされている。プラセボ対照
試験は少ない。ICUにおけるクエチアピンのせん妄症例への介入研究で、クエチア
ピン群はプラセボ群と比較して有意にせん妄改善までの期間ならびにせん妄持続期
間を短縮したと報告されている21)。しかし、対象数が少ない点、せん妄改善までの
期間という評価の点
(せん妄は変動性のため、一時軽快したようにみえることがあ
る)
など問題点もある。せん妄治療の日常臨床においては抗精神病薬が推奨され使
用されることが多いが、現在のところ高いエビデンスがない点は留意しておく必要
がある。
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ଡ଼ี‫؁‬ต͍Ϯ৫њവࣖϮњՑ‫ތ‬Ց߈
शٕࡇఽ
奈良県立医科大学は、中期計画の 6 大項目の 1 つが“まちづくり”という珍しい大学です。現在
の、細井裕司学長を中心に医療を基礎とするまちづくり(Medicine-based town:MBT)構想をすす
めています。その一環として、周辺のまちの方々との心の交流も少しずつ進めています。ビッグバ
ンドジャズの軽音学部の顧問である私は、奈良医大に隣接する中世からの江戸時代の町並みを残す
今井町で、ジャズのイベントをすることになりました。今井町は癒しのまちであり、健康長寿と関
係しているともいわれています。書道家でもある町並み保存会の会長さん、今井町の方々、軽音学
部の学生、古い町屋を改修した町屋ダイニングや寺塾を主宰する医学生(チームプレドクターズ)、
音響や広告関係、病院関係のボランティアの方々で協力して、
「着物でジャズ、今井町(Kimono
Jazzgl)
」を2014年11月と2015年 5 月に開催しました。今井町の順明寺というお寺で、出演者やス
タッフは全員、着物を着せてもらいました。奈良医大、奈良女子大学、天理大学の学生さんのジャ
ズバンド、関西のプロのバンド、東京からのダンサーなど見ごたえのあるイベントでした。医療相
談ブースも設け、町の方々とも交流しました。音楽を聴きながら、町屋カレーや今井汁、今井町の
ぼんしょう
お酒(出世男)なども楽しみました。最後は、全員で18時の梵鐘を聞き幕を閉じます。回を重ねる
ごとに、町の方々とも気軽にお話しできるようになり、地域が変わっていくのを実感できます。
伝統、文化、音楽、医療が融合することで、心のバリアフリーを実現し、健康長寿な地域になって
いけばと思います。
奈良医大学長(左から2番目)、 町並み保存会会長(右から2番目)
と
筆者(右端) 8
奈良医大軽音学部
チームプレドクターズ