終末期における 精神医学的諸問題 終末期医療への対応 全国の1499の一般病院に対する調査 (松島英介.平成18年度厚生科研 「我が国の尊厳死に関する研究」報告書,2007) 2 終末期医療の目標 患者が尊厳をもって死を迎えられるように すること 患者のQuality of Life (QOL;生活の質)をで きるだけ最善の状態に保つこと (Abiven M. World Health Forum, 1991) (Madan TN. Soc Sci Med, 1992) より質の高い終末期医療を提供するために、 「望ましい死(good death)」 「質の高い終末期医療(quality end-of-life care)」 「死と死のプロセスの質(quality of dying & death)」 などの概念が取り上げられるようになった。 3 望ましい死(good death) 米国の終末期がんまたはHIV感染症患者、家族、および医療 従事者など計100名に対する面接調査の結果、「望ましい死」 の概念として6項目が抽出された。 痛みや症状が緩和されていること 自分の意思ですべての選択ができること 自分の死期をあらかじめ知ったうえで、死に対する 準備ができること 自分の人生が完成したと思えること 他者の役に立つこと 最期まで人として尊重されること (Steinhauser K et al. Ann Intern Med, 2000 ) 4 望ましい死(good death) 日本の進行がん患者(ほとんどが予後が1年以内)、家族、 医療従事者、計63名に対する面接調査の結果、「望ましい 死」の概念としては欧米と大きな相違はなかったが、日本人 の特徴として、以下の4つの点が挙げられた。 自己の意思決定がはっきりしないこと がんと闘う姿勢をもつ人がいたこと 家族や周りの人との人間関係を重視して いること 尊厳のなかでも他者との情動的な距離に 関するもの、たとえば周りの人に自分の 苦しんでいる姿を見せないなど、が多く認 められたこと (Hirai K et al. J Pain Symptom Manage, 2006 ) 5 質の高い終末期医療 (quality end-of-life care) カナダの透析患者、HIV感染症患者、長期入院施設 の研修医、計126名に対しておこなった面接調査の 結果、質の高い終末期医療の概念として、5つの領域 が抽出された。 痛みや症状が十分に緩和されていること 不適切な延命処置を避けること 自分でコントロールしているという感じを最 後まで達成できること 負担にならないこと 最愛なる人たちとの関係を強めること (Singer PA et al. JAMA, 1999) 6 死と死のプロセスの質 (quality of dying & death) 文献レビューと米国の進行性HIV感染症患者52名に対する 面接調査の結果、本人の希望と現実が一致した構成要素と して、6項目が抽出された。 症状と身体ケア(症状緩和とADLの維持) 死への準備(死ぬ前の行事の計画、遂行) 死の迎え方(死に場所、死に方の選択) 家族(家族や親しい人・ものとの過ごし方) 治療法の選択(延命処置の選択) 全人的関心事(人生の意味や目的の発見、自らの 尊厳や自尊心の保持) (Patrick DL et al. J Pain Symptom Manage, 2001 ) 7 苦悩(suffering) カナダの進行がん患者381名に対する面接調査の結果、 苦悩と関連する要因として以下の項目が挙げられた。 苦悩の原因を 質的に分析 身体症状 49.5% 心理的苦痛 14.0% 実存的苦痛 17.7% 社会的懸念 18.8% (Wilson KG et al. J Clin Oncol, 2007) 8 尊厳のモデル 疾患に関連した問題 自立水準 認知能力 身体機能 症状的苦悩 身体的苦悩 精神的苦悩 ・医学的不確実性 ・死の不安 尊厳の維持能力 尊厳維持の見通し ・自己持続性 ・役割保持 ・生殖能力/遺産 ・自尊心の維持 ・希望 ・自律/制御 ・受容 ・回復力/闘志 社会的尊厳の評価 私生活の限界 社会的支援 ケア状況 他者への負担度 死後の余波の懸念 尊厳維持の実践 ・「今」を生きる ・常態の維持 ・スピリチュアルな慰めを求める (Chochinov HM et al. Social Sci Med, 2002) 9 がん患者における尊厳に影響する要因 疼痛 身近な生活上の依存 絶望/うつ病 公的でない支援体制 公的支援体制 QOL このうち、 身近な生活上の依存 絶望/うつ病 の2つが最も関係 終末期患者にとっては、うつ病を治療し、最後まで 希望を失わないようにするとともに、できうる限り身 体的自立を維持することが大切である。 (Hack TF et al. Psycho-oncology, 2004) 10 スピリチュアリティの定義 スピリチュアリティとは、人間として生きることに関連した 経験的一側面であり、身体的・心理的・社会的因子を含包 した人間の「生」の全体像を構成する一因として見ることが でき、生きている意味や目的についての関心や懸念と関 わっていることが多い。特に人生の終末に近づいた人に とっては、自らを許すこと、他の人々との和解、価値の確認 等と関連していることが多い。 (World Health Organization. Cancer pain relief and palliative care; report of WHO expert committee, 1983) 11 我が国のがん患者の スピリチュアリティの表出頻度 ホスピスケアを受けた 終末期がん患者163名 (高橋 恵ほか.死の臨床,1996) ホスピスに入院した 終末期がん患者166名 (森田達也ほか.精神科診断学,1999) 12 スピリチュアリティの概念化 日本の緩和ケア病棟4施設に入院中の終末期がん患者88名 が看護師に表出した精神的苦悩を概念化した。 関係性に由来する苦悩(さびしさ、家族の準備、 人間関係における葛藤) コントロール感の喪失(身体的コントロール・認知 的コントロール・将来のコントロールの喪失) 負担 同一性の喪失(役割・楽しみ・自分らしさの喪失) 重要なことが未完成であること こころの準備・死の不安 希望のなさ (Morita T et al. Support Care Cancer, 2004 ) 13 がん患者のスピリチュアリティの問題点 がん患者の自己評価の変化は自立性の低下に伴うものであり、 重症のうつ病患者に見られる強い無価値感とは異なる。 (Bukberg J et al. Psychosom Med, 1984) 終末期がん患者の訴える希死念慮にはうつ状態が影響している という報告がある一方で、スピリチュアルペインから生じた無価 値感に由来する希死念慮は必ずしもうつ病を伴わないと報告さ れている。 (森田達也ほか.精神科診断学, 1999) スピリチュアリティは宗教観(Religion)よりも広い概念である。 (Chochinov HM. CA Cancer J Clin, 2006) スピリチュアリティと宗教観およびうつ病とのオーバーラップの 問題が指摘されている 14 主なスピリチュアルケア Meaning-Centered Group Psychotherapy 人生の意味に焦点を当てた集団精神療法によって、がんという 苦悩の中にあっても最後まで患者独自の「生きる意味」を見出 させようとする。 (Greenstein M & Breitbart W. Am J Psychother 2000) Dignity Psychotherapy 「人生の中で最も重要と思っていることは?」「家族に知ってもらい たいこと、また思い出してほしいことは?」などの質問を用い、これら の質問に対する答えを逐語化して編集し、患者から家族への形見 (世代継承生成性文書)として残すものである。 (Chochinov HM, JAMA 2002) Demoralization Syndrome 絶望感および意味・目的の喪失からくる無気力感(Demoralization) をもつがん患者を対象に、認知、意味、家族などの側面からの精神 療法を行う。 (Kissane DW et al. J Palliat Care, 2001 ) 15
© Copyright 2024 ExpyDoc