[特集]J-PADガイドライン 現場での落とし所 せん妄のモニタリング ~CAM-ICUとICDSC,使いやすいせん妄スケールは? 山口大学医学部附属病院 集中治療部 急性・重症患者看護専門看護師 古賀雄二 J-PADガイドライン1)で使用が強く推奨され できません。そのため, 「勤務ごと+随時」の評 るせん妄スケールとして,CAM-ICU(Confusion 価1)を行いますが,いつが「随時」なのでしょ Assessment Method for the Intensive Care うか。勤務始めなどの定期評価に加え,せん妄 2~4) とICDSC(Intensive Care Delirium Unit) の症候(表1)を観察し,患者とのすべてのコ Screening Checklist)5,6) の2種類が示されま ミュニケーションの中(あいさつやケア時の応 した。本稿では,これらの特徴と使用上の注意 答,家族が受けた印象など)から変化の可能性 点と共に,評価の判断に迷う応用場面を設定し を常に疑い,その可能性があれば追加評価を行 解説します。 うため,ここが「随時」ということになります。 ICUせん妄スケールを使う前に り,初発症状とされる注意力障害の観察が必須 せん妄診断ではなく, となります。注意の選択(適切な対象に注意を せん妄モニタリングである 向けることができるか。例えば,話しかけた人 せん妄は急性脳機能障害であり,かつ全身状 を見るか) ・維持(注意力を維持できるか。例 態の変化を評価する指標となるものです1)。つ えば,会話の途中で話題が逸れたり,別のもの まり,血圧や呼吸数をはじめとしたバイタルサ に注意が向いたりしないか) ・転換(注意を向 インの一つととらえることができます。そのた ける先を適切に変えることができるか。例え め,特にICU領域の患者においては,1日1回 ば,会話に入ってきた第三者に気づくか)の評 のみのせん妄評価に大きな意味はなく,むしろ 価を,すべてのコミュニケーション・観察を通 ICU入室期間の75%の期間でせん妄が見逃され して評価することが,追加評価を行う「随時」 る一因7)である可能性すらあります。ほかのバ のポイントと考えます。 イタルサインと同様に連続的な変化を追うこと, つまり,せん妄スケールの盲目的使用では,効 つまり,せん妄のモニタリングが重要です。 果的なせん妄モニタリングは行えません。せん妄 CAM-ICUとICDSCのいずれにおいても,評価に に関する知識と,看護師としてのコミュニケー は一定の時間と労力を要しますが,これを手間 ション(患者への興味)を併せ持って,せん妄 ととらえて怠るようでは,また,これらを知ら (中枢神経機能の異常)とその原因を追うのです。 ないようでは,ICUの看護師であると自認して はいけないことをJ-PADガイドラインが「推奨 48 そこで,せん妄のほぼ全例に生じる症候であ CAM-ICUの特徴と注意点 度A」1)という表現で示しています。 CAM-ICU2,3) はRASS(Richmond Agitation- せん妄の何を追うのか? Sedation Scale) (表2)を前段階評価としたせ 血圧などのバイタルサイン評価と異なり,せ ん妄スケールであり,評価手順を効率化した ん妄評価が可能な医療機器はなく,連続評価が CAM-ICUフローシート(図1)もあります。日 重症集中ケア V o l u m e . 1 3 N u m b e r . 6 表1:せん妄の症候 表2:RASS 活発型せん妄の特徴 13.恐怖 3.無目的な動作 14.易怒性 4.活動性制御の喪失 15.高揚感 5.落ち着きのなさ 16.協調性のなさ 6.徘徊 17.攻撃的 7.会話速度の増加 18.悪夢 8.会話量の増加 19.幻覚 9.大声 20.固執思考 10.発言内容の変調 21.脱線思考/ 無関係な会話 11.過覚醒/過活動 +4 好戦的な 明らかに好戦的な,暴力的な,スタッ フに対する差し迫った危険 +3 非常に チューブ類またはカテーテル類を自己 興奮した 抜去;攻撃的な +2 興奮した 頻繁な非意図的運動,人工呼吸器ファ イティング +1 落ち着き 不安で絶えずそわそわしている,しか のない し動きは攻撃的でも活発でもない 0 不活発型せん妄の特徴 6.小声 2.動作速度の低下 3.無関心 7.注意力・集中力の 低下 4.発語量の減少 8.引きこもり/無認識 5.発語速度の低下 9.傾眠 Meagher D. Motor subtypes of delirium:past, present and future. Int Rev Psychiatry. 2009 Feb;21(1) :59-73. −1 傾眠状態 完全に清明ではないが,呼びかけに 10秒以上の開眼及びアイ・コンタク トで応答する −2 軽い鎮静 呼びかけに10秒未満のアイ・コンタ 状態 クトで応答 −3 中等度鎮 呼びかけに動きまたは開眼で応答する 静状態 がアイ・コンタクトなし −4 深い鎮静 呼びかけに無反応,しかし,身体刺激 状態 で動きまたは開眼 −5 昏睡 呼びかけにも身体刺激にも無反応 Sessler CN, Gosnell MS, Grap MJ, et al:The Richmond Agitation-Sedation Scale:validity and reliability in adult intensive care unit patients. Am J Respir Crit Care Med 166:1338-1344, 2002. 図1:日本語版CAM-ICUフローシート Step.2 CAM-ICU 評価スタート 覚醒し,落ち着いている ③身体 刺激 1.活動量の減少 30 ②呼びかけ刺激 2.動作速度の増加 評価 手順 説明 秒間の観察にて判定 12.注意力散漫 用語 ① 1.活動水準の増加 スコア 古賀雄二:ICUにおけるせん妄の評価―日本語版CAM-ICU,看護技術, Vol.55,No.1,P.32,2009.より引用,改編 所見1:急性発症または変動性の経過 基準線からの精神状態の急性変化があるか? (異常な)行動が過去24時間に変動したか? せん妄ではない 評価終了 いいえ はい RASS −3∼+4 Step.1 RASS 評価 所見2:注意力欠如 ASE(注意力スクリーニングテスト):聴覚ASEができなければ視覚ASEを行う 聴覚ASE:例)1の時に手を握ってくださいと指示する →6153191124(十分な声の大きさで) 視覚ASE:先に5枚の絵を見せ(3秒ずつ),次に異なる5枚の絵を加えた 10枚の絵を順に示し,先の5枚に含まれるかを問う。 0∼7点 所見3:意識レベルの変化 RASSにより判定可能 RASS −4, −5 RASS≠0 せん妄である 評価終了 RASS=0 活発型せん妄 (RASS=+1∼+4) 不活発型せん妄 (RASS=0∼−3) 所見4:無秩序な思考 質問(セットA, Bいずれか)の誤答数で判定。誤答1つ以下なら,指示を行う。 CAM-ICU 評価不可能 後でRASSの 再評価 せん妄ではない 評価終了 8点以上 (セットA) 1.石は水に浮くか? 2.魚は海にいるか? 3.1グラムは2グラムより重いか? 4.釘を打つのにハンマーを使用し てよいか? (セットB) 1.葉っぱは水に浮くか? 2.ゾウは海にいるか? 3.2グラムは1グラムより重いか? 4.木を切るのにハンマーを使用し てよいか? (指示)評価者は,患者の前で評価者自身の2本の指を上げて見せ,同じこ とをするよう指示する。今度は評価者自身の2本の指を下げた後,患者に もう片方の手で同じこと(2本の指を上げること)をするよう指示する。 誤答2つ以上 または 指示ができない せん妄である 誤答1つ以下 かつ 指示ができる せん妄ではない 評価終了 重症集中ケア V o l u m e . 1 3 N u m b e r . 6 49 50 本語版CAM-ICUと日本語版CAM-ICUフローシー うか。ICDSCは評価者の観察だけで評価するこ ト(以下,CAM-ICUs)は,精神科医のDSM-Ⅳ-TR ともできますが,その評価方法はICDSCの標準的 を用いたせん妄診断に対する妥当性と,リサー な使用方法なのでしょうか。CAM-ICUs・ICDSC チナース,スタッフナース間で行う評価者間の のいずれも,患者と評価者のコミュニケーショ 信頼性が証明されています4,8)。 ンの質が,観察の質を高めると考えます。せん CAM-ICUsは4所見で構成され,所見1+所見 妄評価に必要な評価刺激(音声刺激,身体刺激) 2+所見3または所見4が陽性の時に,せん妄 が禁忌である場面は多くなく,むしろ例外的で と判定します。筆者が考えるCAM-ICUsの特徴は, はないでしょうか。そうした評価刺激すら控え ①即時評価が可能であること,②評価バイアス たい場面もあると思いますが,ICUの多くの場 が入りにくいこと(手順が具体的) ,③評価負 面においては,患者とコミュニケーションをと 担(患者負担)が重くないことです。 らないこと自体がリスクであり,痛みや個別的 即時評価が可能である な訴えなど,患者の発する質的な情報を見逃す CAM-ICUsの良い点は,即時的に評価できる 可能性があります。 「木を見て森を見ず」なら ことです。いわゆる急患など,その患者に関す ぬ, 「Dを見てPADを看ず」にならぬよう留意し る情報がなくても,現在の情報からせん妄か否 たいところです。 かを判定することができます。そして,過去の また,ルーチン評価は重要ですが,評価する 情報を交絡させることなく,即時評価の変化を ことで患者が過興奮になることが容易に予見さ 比較することもできます。 れる場面・タイミングで,あえて評価する必要 評価バイアスが入りにくい もないでしょう。これは,まるで動脈ラインが CAM-ICUsは,所見1はRASSと観察,所見2 挿入されている皮膚が脆弱な患者に,高頻度で はASE(注意力スクリーニング試験) ,所見3は 血圧実測を行うようなものです。過剰な看護 RASS,所見4は指示と4つの質問で判定し,所 (不必要な定期的体位変換や気管吸引など)は 見2〜4は具体的な評価手順が定められていま 医原性リスクとなります。ルーチンとはいえ, す。つまり,評価バイアス(評価者の思い込み・ 患者が寝ているタイミングでせん妄評価をする 興味,評価力の差などによる評価への影響)が 必要はないと思います。せん妄評価を含めたあ かかる可能性が高いのは,観察が含まれる所見 らゆる観察・評価のタイミングは,症例の個別 1のみと考えられます。日本語版CAM-ICUフロー 性,介入のメリットとデメリットのバランスな シート検証研究でも,所見1はほかの所見と比 ど,多くの要素を総合的に判断して決定される 較して一致度が低かったと報告されています4)。 べきものであり,臨床家の能力・センス,すな 評価バイアスを少なくするための取り組み,観察 1) わち裁量の部分であるため, 「勤務ごと+随時」 力を強化するための教育が重要と考えられます。 と表現されています。つまり,決めてもらうの 評価負担が重くない ではなく,自分で考えるべきものです。 CAM-ICUsの評価負担(患者負担)は,昏睡,痛 ◎判断に迷う場面① み,興奮など,ほかの意識系の評価スケールと CAM-ICU陰性だけど何かおかしい 比べて重いのでしょうか。また,後述するICDSC CAM-ICU陽性(所見1+所見2+所見3ま と比べて評価負担(患者負担)は重いのでしょ たは所見4)とは判定されないのに,患者の意 重症集中ケア V o l u m e . 1 3 N u m b e r . 6 識状態が正常とは言えず, 「何かおかしい」と 判断することはよくあります。所見1のみ陽性, 所見1・2のみ陽性,所見3のみ陽性(RASS0 以外)など,CAM-ICU陽性とはならないパター ンです。例えば, 「何かおかしい」行動が見ら れることは,所見1で陽性となります。こうし た状態は,「せん妄(クロ)とまでは言えない が,所見は陽性(グレー)の状態であり,全く の正常(シロ)ではない状態」と判断するとよ 図2:RASS変動のイメージ +4 +3 +2 +1 0 −1 −2 −3 −4 −5 +4 +3 −5 +4 +3 +2 +1 0 −1 −2 −3 −4 −5 A.等分図上の 直線イメージ B.不等分図上の 直線イメージ C.再等分図上の 曲線イメージ +2 +1 0 −1 −2 −3 −4 RASS変動は曲線的にとらえる いでしょう。所見2(ASE)は10点満点でせん 妄ではないと判定されても,「何かおかしい, そして,RASSは10段階で表現されているた 正常ではない状態」と臨床所見から判断してい め,実際にはRASSの動きが直線的でなく,曲 ることは「所見1が陽性」であるためです。つ 線的に変動しているように見える(図2-C) まり,「何かおかしい」状態は, 「注意力は保た と考えます。さらに,体内に残存する薬の種 れているためせん妄ではないが,精神状態変化 類・薬効や代謝・排泄速度,脱水などさまざま の急性発症または変動性が見られる状態」であ な要因が影響するため,RASSの変動性は増大 り,意識の変調を示しています。 します。所見1の判定は,全身状態の評価と連 ◎判断に迷う場面② 所見1の判定 動していると言っても過言ではありません。 所見1(精神状態変化の急性発症または変動 所見2,4は決められた質問に対する反応を 性の経過)の判定は,RASSの変化や異常な言 評価するため,評価バイアスが入りにくいです 動の観察により判断します。異常な言動につい が,所見1(RASSと観察)と所見3(RASS)は, ては,表1に示したせん妄の症候に関する知識 評価バイアスが入らないよう,施設内での評価 を持って観察を強化します。基準線の変動は, 訓練を行うことが重要です。RASSについては, RASSの変動で判断しますが,RASSの動き方に 評価刺激を統一する取り組みが必要です。 対する予測・理解が重要と考えます。筆者は, RASSの変動を曲線的にとらえる必要があると ICDSCの特徴と限界 考えています。例えば,術後の麻酔から覚醒す ICDSC(表3)は意識状態や睡眠,症状の変 るまでの場面において,図2-Aのように直線 動性を8項目で判定するせん妄モニタリング 的に覚醒していくとは限りません。それは, ツールであり,合計4点以上でせん妄と判定し RASSは興奮・鎮静深度と呼ばれる枠組みに任 ます5,6)。日本語版ICDSCの検証研究では,精 意の判断基準(観察内容や評価刺激)を設定し, 神科医のDSM-Ⅳ-TRを用いたせん妄診断に対す -5~+4の10段階で数値化を試みたもので る妥当性と,リサーチナース,スタッフナース あり,数値間が等分とは限らないからです。そ 間で行う評価の信頼性が証明されていますが, のため,RASS値それぞれが示す興奮・鎮静深 合計3点以上でせん妄と判定することを推奨す 度の範囲は,画一的でなくバラつきがあると考 るとの報告があります9)。 えます(図2-B)。 筆者が考えるICDSCの特徴は,①過去24時間 重症集中ケア V o l u m e . 1 3 N u m b e r . 6 51
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