悪玉活性酸素を選択的に消去するナノメディシンの設計 長崎幸夫 筑波大学 生物は酸素を取り込み、有機物を酸化することでエネルギーを得ている。こ のとき酸素は還元され、スーパーオキシドやヒドロキシラジカルのような活性 種を産生する。この酸素の還元された反応性活性種を活性酸素種と呼んでいる。 近年、過剰に産生される活性酸素(ROS)が様々な疾病の原因として重要な役割を 果たすことが明らかになってきた1。活性酸素を消去するにはビタミン C や E な ど、天然や合成抗酸化剤が様々あるものの、低分子抗酸化物質は非特異的に拡 散し、生体に必要な活性酸素をも消去するため、使用には限界がある。我々は、 活性酸素種が正常なエネルギーを産生するとともに様々な疾病にも関与する 「諸刃の剣」であることに着目し、正常な ROS(善玉活性酸素)の産生を妨げず、 過剰に産生する ROS(悪玉活性酸素)を選択的に消去するため、代謝可能な中分子 量ポリマーに ROS 消去能を創り込む新しいバオマテリアルの設計を進めてきた 2 。 1. 悪玉活性酸素種を選択的に消去するポリマーの設計と安全性 筆者らは高分子合成の立場から、薬を運ぶ高分子材料を様々設計し、必要な 部位に薬物を運ぶとともに不要な部位への核酸を防ぎ、薬物治療の効率化をめ ざして薬物送達システム(DDS)の研究を進めてきた。ところが 10 年くらい前 の日本 DDS 学会において臨床医の先生から「ポリマーって毒なんだよね」と言 う発言をお聞きした。高分子の専門家としては「ええ〜、ポリマーって言った っていろいろあるじゃん。」と反発を覚えたものの、よくよく考えると「どんな に適合性の良いポリマーであっても体中を廻すと大なり小なり炎症なり溶血な りが起こっても不思議はないかなぁ。」と思い直し、絶対に毒性が出ない高分子 をつくりたいと思っていた。生体は材料を異物と認識すると、好中球やマクロ ファージが浸潤し、大量の活性酸素種を産生し、炎症を惹起することが知られ ている。 活性酸素種を消去するために様々な抗酸化剤が開発されてきたものの、これ らは正常な細胞やその中のミトコンドリアに入り込み、重要なレドックス反応 を阻害してしまうことが問題であった。人類は細胞内ミトコンドリアの電子伝 達系により呼吸してエネルギーを得ているため、これらの反応を止めてしまう と重篤な副作用が生じる。低分子では善玉活性酸素に影響を与えてしまう、高 分子は毒だという考え方が筆者の頭の中でつながった・・・。つまり、 「高分子 に抗酸化剤を共有結合でぶら下げる」という発案をし、分子をデザインした3。 図 1 に示すように、自己組織化能や環境応答能を有する高分子に触媒的に活性 酸素消去能を有するニトロキシドラジカル(TEMPO)を導入した。この材料は、 分子量が大きいため、細胞膜やミトコンドリア膜を通りにくく、したがってミ トコンドリア内の正規電子伝達系を阻害せず、マクロファージや好中球が過剰 に産生する悪玉活性酸素種を選択的に消去する高分子としてはたらく。このレ ドックスポリマーは水に溶ける部分と溶けない部分を併せ持つため水中で自己 組織化してナノ粒子となる(レドックスナノ粒子、RNP と略記する)。RNP の安 全性を確かめるため、例えば生まれたばかりのゼブラフィッシュ水槽に入れて みると、水溶性の低分子 4-ヒドロキシ TEMPO は 30mM の濃度で 12 時間後に 100%死んでしまうのに対し、RNP では同濃度で 100%生存していた。このよう に分子のサイズを制御することにより強い抗酸化剤を有するにもかかわらず、 生存に大切な細胞内レドックス反応を保護することが可能となった。また、正 常な細胞に入りにくく、10 年前の臨床医の方がおっしゃられた「高分子は毒で ある」ということが解決できたのではないか?と期待している。 図1悪玉活性酸素種を選択的に除去する新しいレドックス高分子の設計 2. レドックスポリマーのナノメディシンへの展開 そもそも薬物を運ぶキャリアとしてレドックスポリマーをデザインしたもの であるが、上述したように RNP の安全性だけでなく、そのものが理想的に抗酸 化ナノメディシンとしてはたらくことがわかってきた。図 1 に示すように、 TEMPO のポリマーへの結合部位にはアミノ基およびエーテル基結合の 2 種類あ る。アミノ基で結合したレドックスポリマーからなるナノ粒子(RNPN と略記す る)は pH の低下に伴いアミノ基がプロトン化し、親水化するため疎水性凝集力 が弱まり、ナノ粒子が崩壊する。この酸性側での粒子の崩壊は、動的光散乱測 定により、pH=7 以下で光の散乱強度が低下することから確認される。また、中 性以上ではニトロキシドラジカルの電子スピンスペクトルがブロードなひと山 を示し、酸性側ではカップリングに基づく 3 本のシグナルを示すことからも確 認できる。このように pH=7 以下の環境でナノ粒子が崩壊するため、癌や炎症部 位など、pH の低下している疾病環境可で崩壊し、ニトロキシドラジカルを露出 することが期待される。 脳の血管がつまり、脳障害を起こす脳梗塞では、詰まった血液の塊(血栓)を溶 解させ、血流を回復させる薬が開発されつつある。この薬の効果は素晴らしい ものの、血流の回復直後に酸素濃度が急激に上昇するため、活性酸素障害が起 こることが知られている。我々は脳梗塞-再灌流モデルラットに RNPN を静脈投 与することにより pH の低下した脳内で壊れることを ESR で確認した(図 2a)。 さらに壊れて露出したニトロキシドラジカルが活性酸素種を効果的に消去する ことにより脳梗塞によるダメージ領域を優位に縮小することを確認した(図 2b)4。 動脈硬化や高齢化に伴い血流が悪くなり、脳や心筋梗塞だけでなく、腎臓、腸 間膜や肝臓など様々な臓器の虚血再灌流障害が増加しており、これまで問題で あった副作用を極限まで低減できる RNP は、新しいタイプのナノメディシンと して期待出来る。 図2a) 脳虚血-再灌流障害ラットに対するRNPの投与後、血中および脳内でのRNPの挙動 (血中では粒子のまま滞留し、脳内では崩壊してニトロキシドラジカルが露出している ことが電子スピン共鳴スペクトルから観測される)、b)脳虚血再灌流障害脳に対する 2,3,5-triphenyltetrazolium chloride 染色(赤く染まっているところが生存組織、生理食塩水、 活性酸素除去能を有さない粒子、低分子TEMPOLに比較してRNPNでは優位に脳梗塞サ イズを減少させており、再灌流時の活性酸素種を効果的に消去する効果が確認される)。 Lippincott Williams & Wilkinsから許可を得てref.4を改変して掲載 難病指定されている潰瘍性大腸炎は、1970 年代には国内で殆どいなかった患 者が現在では 10 万人を越え、急激に増加している。原因不明の疾患であるもの の、活性酸素種を含む大腸内の炎症が下痢、下血などの消化管障害を起こすこ とが知られている。pH 低下で崩壊しない RNPO を経口投与すると 40nm サイズ の粒子は消化管内で崩壊しないため、血中に取り込まれないことが確認され、 大腸に高度に集積する。潰瘍性大腸炎モデルマウスに対して RNPO を経口投与す ることにより、極めて効果的に炎症を抑えた。例えば大腸に炎症を起こすと大 腸は硬く縮むのに対し、RNPO 投与群では殆ど健康なマウスと同じ長さにまで回 復する(図 3a)。また、生存率も低分子の薬に比べても非常に効果的であった(図 3b)5。ここでも低分子抗酸化剤は小腸から血中に吸収されて全身に廻るため、大 腸の活性酸素を効果的に消去できないだけでなく、薬物が全身に広がるため、 その副作用が問題となる。我々のナノメディシン RNPO は高い効果を示すととも に副作用を極限まで低下させるため、開発が期待される。 図 3 潰瘍性大腸炎モデルマウスに対する RNP0 の効果. a)炎症に伴う大腸長の変化(デキ ストラン硫酸ナトリウム(DSS)二より炎症を惹起したマウスの大腸は優位に短くなって いるものの、RNPO 投与では健康マウスと同様な大腸長を示した)、b)潰瘍性大腸炎モデ ルマウスの生存率曲線、DSS 投与により 2 週間でほぼ完全に死滅するのに対し、市販の 薬剤は一定の効果を示す。RNPO では極めて優位に生存率を向上させる)Elsevier から許 可を得て ref.5 を改変して掲載 活性酸素種は腫瘍組織近傍でも大量に発生し、アポトーシスの低下や抗癌剤 抵抗性の向上を引き起こすことが知られてきた。RNP はそれ単独や抗癌剤との 併用でがんに対しても効果が高いことを実証している6。 3. 様々なバイオマテリアルへの展開 ニトロキシドラジカルを有するこれらのレドックス高分子材料は生体内治療 のみならず、新しいメディカル分野の材料としての利用も期待出来る。 血液は出血や異物に接触すると大量の活性酸素種を産生し、活性化、凝固反 応へとすすむ。これが人工心臓や細い人工血管などの開発を妨げてきた大きな 原因の一つである。表面にポリエチレングリコールや両性イオン高分子など、 生体適合性の良い材料をコーティングして血液適合性を向上させる様々な試み がなされてきたものの完全に解決するには至っていない。普通のポリマーをビ ーズにコーティングしてラット全血に接触させると強い血液凝固反応が起こり (図 4a)、血液中の血小板や白血球数が低下するのに対し、我々が合成してきたニ トロキシドラジカルを有するポリマーでは血液凝固反応が抑制され、血小板お よび白血球の血中残存量も殆ど低下しないことがわかった (図 4b)7。一般的にバ イオデバイスの表面処理ではタンパク質の吸着を抑制し、結果的に細胞接着や 血液の活性化を抑制する「パッシブ」型の適合性が行われてきたが、レドック スポリマーでは接触活性化に伴う活性酸素種を消去することで「アクティブ」 に適合性を導く点でこれまでにない新しいバイオ表面設計技術である。また、 悪玉活性酸素種を消去する RNP に吸着能の高いシリカを内包して腹膜透析8に 利用したり、ゲル化能を導入して歯周病9やスプレー型の癒着防止剤10にするな どレドックスバイオマテリアルは様々な展開が期待される。 図 4 ニトロキシドラジカル含有レドックスポリマーのバイオマテリアルへの展開 a)表 面コーティングによりマウス血液との接触でも殆ど活性化せず、血栓を生じない、b) また、ニトロキシドラジカル導入量に対して血中の血小板や白血球の消費が完全に抑制 されている、英国化学会から許可を得て ref.8を改変して掲載 4. おわりに がん化学療法や血液透析など、50 年前には想像もできなかった治療法が発達 し、治療法のなかったたくさんの患者さんが救われるようになってきている。 しかし一方で、強い副作用や長い治療時間のため、長い期間にわたって苦しむ 患者がたくさんいることを忘れてはならない。我々は抗酸化剤を高分子化する というアイディアで、これまでの欠点を補い、酸化ストレス障害に苦しむ患者 の QOL を少しでも向上できれば本望である。我々が研究開発してきたレドック スナノメディシン・バイオデバイスが患者の QOL を少しでも向上させることを 願いつつ、本稿を閉じる。 1 2 3 4 「フリーラジカル入門」、吉川敏一著、先端医学社 レビューとして Y.Nagasaki, Therapeutic Delivery, 3(2) 1-15(2012); T. Yoshitomi ら、Advanced Healthcare Materials, Vol.3, Issue 8, p.1149-1161(2014) T.Yoshitomi ら、Biomacromolecules :10(3) 596-601 (2009). A.Marushima ら、Neurosurgery, 68, 1418-1426 (2011). 5 L.B. Vong ら、Gastroenterology,Vol.143, No.4, 1027-1036(2012) T.Yoshitomi ら、Journal of Controlled Release, Vol. 172 No. 1, pp. 137-143(2013) 7 T. Yoshitomi ら、Acta Biomaterialia, 8, 1323(2012) 8 Y.Nagasaki ら、Biomaterials Science, Vol.2, No.4., 522-5298(2014) 9 M。L. Pua ら、Journal of Controlled Release, Vol. 172, No. 3, 914-920(2013) 10 H.Nakagawa ら, submitted for publication. 6
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