2015 年度 「先進研究奨励」費 申請書

2015 年度
「先進研究奨励」費
申請書
学籍番号:18DK001
氏
名:佐藤
友梨
学
年:博士後期課程 1 年
研究課題名:ユダヤ人精神分析家による宗教アイデンティティと実存との関連
研究概要
本研究は「宗教アイデンティティにおける非合理的な要素が人間の実存になぜ関わって
いるのか」という問いに答えるものである。ユダヤ教の聖典であるヘブライ語本文の研究
では、宗教アイデンティティと実存の問題に踏み込むには限界がある1。そこで、ユダヤ系
ドイツ人の思想家であるエーリッヒ・フロム(Erich Fromm 1900-1980)に注目する。フロム
はファシズムの心理学的起源を明らかにした『自由からの逃走』(原題: Escape from freedom)
で知られる。フロムの多くの著作は、フロムの思想の背景にユダヤ教の影響があったこと
を想起させ難く「アメリカの思想家」という印象が強い。しかし、フロムの思想の根幹に
はユダヤ教の伝統的な思想が存在している。それは、宗教アイデンティティがフロムの実
存に密接に関わっているからであると考えられる。この問題を考察するために、分析対象
として『自由であるということ』(原題: You shall be as gods)を中心に据える。なぜなら、こ
の著書には例外的にフロムのユダヤ思想が色濃く現れると共に、「人間にとっての自由と
は何か」というフロム著作の主題でもあるヒューマニズム思想との連続も認められるから
である。
研究目的と意義
<研究目的>
フロムの思想とユダヤ教概念を結びつける研究は未だ十分とは言えない。フロム研究で
知られるR.フンクは、人格形成期のフロムに及んだユダヤ教思想の影響について述べてい
る2。また、G.P.ナップはフロムの晩年の労作である『自由であるということ』にフロム思
想の根底に流れるものが明らかとなっていることを指摘する3。しかし、成人後のフロム思
想におけるユダヤ教の影響や、宗教とフロムの実存に関して十分な言及は成されていない。
このような研究状況の中で、未だ十分に検討されていない課題として以下の点が挙げられ
る。
1
研究に伴う困難として、ユダヤ教徒とシリアにおける宗教の比較が不可欠となってくること
が挙げられる。示唆に関しては提出論文で言及してある。
2
R.フンク/佐野哲郎訳『エーリッヒ・フロム : 人と思想』p.33-56
3
G.P.ナップ/滝沢正樹・木下一哉訳『評伝 エーリッヒ・フロム』p.190
-1-
① フロムのヒューマニズム理解
フロムはヘブライ語聖書には「ヒューマニズムの種子」が見られると唱える4。これはヘ
ブライ語聖書における本来の精神が、思想の発展段階を経て、ユダヤ教の伝統的思想にお
いて発芽し、フロムの言う「ヒューマニズム思想」によって花開いたことを意味している。
しかし、フロムはヘブライ語聖書の精神そのものを受け継いではない。仮にフロムがヘブ
ライ語聖書の精神全てを受け継いでいるのであれば、フロム自身は有神論であったはずで
ある。けれども、フロム自身は「有神論者ではない」5と述べている。また、神の存在を完
全に否定する唯物論者でもない6。フロムの議論の中で、フロムの神理解がどのようなもの
であったか、という問題がある。つまり、フロムの神理解を明らかにしていくことが、フ
ロムのヒューマニズム理解を明らかにする上でも重要な課題となるであろう。
② フロムの「自由」概念
フロムの思想において重要となるキーワードが「自由」である。人間にとっての自由と
は何であるか。フロムは著書において、宗教から離反することで人間は自由には至らなか
った、と述べている7。しかし、フロムの述べる「自由」概念を、その宗教的意味に踏み込
んで解釈している研究は、管見によれば、存在しない。フロムと同時代の宗教人の価値観
において自由とはどのような概念であり、自由と人間の本質はどのようにかかわっていた
のか。宗教的解釈における「自由」概念の内容を問うことは、フロム研究において見過ご
されてきた点である。
本研究は上記2つの課題に取り組むことを目的とする。この目的を果たすためには、以下
の点を明らかにし、考察・分析を行う必要がある。
① について
数多く残されているフロムの著書、論文、手紙といった資料から、フロムの宗教観およ
び神観・人間観の根底にある思想原理を明らかとすることを試みる。そのために、これら
の資料を調査・研究すると共に、フロムの思想形成に非常に重要な役割を果たしたフラン
クフルト大学を訪れ、フロムに関する資料の収集を行う。
② について
4
E. Fromm, You Shall Be As Gods, p. 14 ”If it is possible to discover the seeds of radical hu
manism in the older sources of the bible, it is only because we know the radical humanism of
Amos, of Socrates, of the Renaissance humanists, of the Enlightenment, of Kant, Herder, Lessin
g, Goethe, Marx, Schweitzer. ”
5
E. Fromm, op. cit, p.7
6
これに関しては十分な考察を必要とするが、「ヘブライ語で書かれた旧約聖書は、…(中略)、
宗教的価値というものを公然、または隠然と否定する唯物的考え方を持った人間に対して、語
るべき何物かをもっているだろうか。」(E. Fromm, op. cit, p.3)の前後文脈から、フロムは唯物論
的考えには否定的であると理解できる。
7
E.フロム『自由からの逃走』p.51-118
-2-
フロムの「自由」理解の特徴を明らかとするために、同時代の宗教人である、マルティ
ン・ブーバー(Martin Buber 1878-1965)、ヴィクトール・フランクル(Viktor Frankl 1905-1997)、
パウル・ティリッヒ(Paul Tillich 1886-1965)らと比較する。
<研究意義>
昨今、異文化理解が叫ばれて久しいが、異なる民族・文化・宗教が混在する環境におい
て、他者を十分に理解することには限界がある。対話が成り立たないのであれば、無用な
誤解や争いが生じることは避けられない。他者を理解することも重要であるが、宗教アイ
デンティティと人間の実存の関連を理解することもまた有効である。
非合理的要素における宗教アイデンティティは、自らの実存に深い影響を与えていると
仮定する。それならば、他者の実存にも独自の宗教アイデンティティが関わっているはず
であり、他者独自の宗教を否定するのであれば、他者の実存を否定することにもなる。そ
れは翻り、自らの実存が否定される危険をも孕んでいる。
このように、宗教アイデンティティにおける非合理的要素と人間の実存の関連を解明す
ることにより、対立する民族や宗教団体を対話へと導くことが可能となる 8。
研究計画
本研究の中心となるドイツでの実地調査は6月に行う。よって、4月~5月を基礎作業の期
間とし、夏季休暇の7月~8月を調査結果の分析・整理の期間とする。以上の日程は、11月
の国際文化研究論集投稿のため、予定を前倒しにしている。
【4月~5月(基礎作業)】
・先行研究や刊行資料などからフロムとそれに関わる人々について調査し、研究の現状
や課題を明確化する。
・フロムを中心とした同時代の宗教人の宗教観について、幅広く概要を分析・考察する。
・同時に、日本における宗教間対話の現時点での理念についても調査を行う。
【7月 (資料収集)】
・フロム思想に関わる資料調査を行う。
〈調査先〉
・国際エーリッヒ・フロム協会
(テュービンゲン)
インタビュー、関連資料の収集を行う。
・フランクフルト大学社会研究所
(フランクフルト)
フロムが属したフランクフルト学派に関する資料収集を行う。
【8月~9月(資料分析)】
8
多種多様な民族・宗教・文化の背景を十分に理解することは物理的に無理がある。まずは、
実践に先立つ前提となりうる基本的理念の形成に寄与することを目指したい。
-3-
・収集史料、調査結果の分析と論文作成の開始
【11月 (論文投稿)】
・国際文化研究論集に論文投稿予定
【3月(学会発表)】
・国際文化学会にて研究報告
-4-