ECにおける物の自由移動とワインの原産地呼称 - 明治学院大学

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『明治学院大学法科大学院ローレビュー』第6号
2007年
49-56頁
ECにおける物の自由移動とワインの原産地呼称
欧州司法裁判所2000年5月16日判決を手がかりにして
蛯
1
原
はじめに
介
土の関係者に十
周知されていたとはいえないと
して,生産者が流通業者に対して産地以外の場所
域内市場における物の自由移動原則を定める
で薄切り・包装を止めるよう求める権利を否定し
「輸出に対する数量制限
EC条約29条(旧34条)は,
たのである。ただし,欧州司法裁判所は,原産地
及びこれと同等の効果を有するすべての措置は,
呼称の
加盟国の間で禁止される」と規定する。他方で,
て実施することを義務付ける措置は,農産物およ
同条約30条(旧36条)は,その例外として,
「
共
び食品に関する地理的表示および原産地呼称の保
共の安全,人間,動物
護に関する理事会規則92/2081号の認めるところ
道徳,
の秩序若しくは
若しくは植物の
康及び生命の保護,
植物の保全,
美術的,歴 的若しくは
用条件として薄切り・包装を産地におい
であり,EC条約29条により禁止される数量制限と
古学的価値のある国家
同等の効果を有する措置に該当するが,
「工業的及
的文化財の保護,又は工業的及び商業的所有権の
び商業的所有権の保護」の理由により正当化され
保護の理由から正当化される輸入,輸出又は通過
ると判断している。したがって,このような条件
に関する禁止又は制限」が許容される旨を定めて
が関係者に適切な方法で周知されていれば,この
いる。加盟国が輸出に対して制限を課す場合は多
ような措置も認められる余地があると解すること
くはないが,国内における供給の確保や輸出品の
ができよう 。
品質保持の観点から,
輸出に対する数量制限と
「同
同様の問題は,ワインや蒸留酒の原産地呼称の
等の効果を有する措置」が設けられる可能性もあ
用条件を定める加盟国の法令についても生じう
る 。
る。EUのワイン生産国のなかには,原産地呼称ワ
実際に,
「工業的及び商業的所有権」
に含まれる
インの品質と特徴を保護するために,自国の原産
地理的表示および原産地呼称の保護の観点から設
地内でワインの生産や醸造が実施されることを義
けられた措置が問題となった,比較的最近の事例
務付けているところがある。本稿で紹介するスペ
としては,2003年5月20日のパルマハムラベル事
インの国内法も,リオハなどの原産地呼称ワイン
件欧州司法裁判所判決がある 。パルマハムの保
については,ぶどうの栽培から瓶詰めまでが原産
護原産地呼称に関する明細書には産品の薄切りと
地内でおこなわれることを原産地呼称の 用条件
包装は生産地のみにおいて実施可能である旨が明
として義務付けていた。しかし,これは,他の加
記されていたが,EC官報その他の媒体では明細書
盟国の業者が,瓶詰めされていないワインを輸入
の詳細が 表されておらず,イタリア語で
して,瓶詰めをし,原産地呼称を
表さ
用して販売す
れているのみであった。それゆえ,欧州司法裁判
ることを妨げる措置となり,それゆえ,EC条約29
所は,原産地呼称の
条により禁止される輸出に対する数量制限と同等
用条件が適切な方法でEC全
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『明治学院大学法科大学院ローレビュー』第6号
の効果を有する措置に該当するおそれがある。本
オハ原産地呼称統制委員会(Consejo Regulador
稿では,この問題が争われた事例として,欧州司
de la denominacion de origen Rioja)が設置さ
法裁判所1992年6月9日先決裁定(Arret de la
れている。さらに,1991年4月3日の農業水産食
CJCE du 9 juin 1992, Etablissements Delhaize
品大臣アレテにより《calificada》を付することが
freres et Compagnie Le Lion SA contre
認められ,同委員会の規則も承認された。そして,
Promalvin SA et AGE Bodegas Unidas SA,aff.
その規則も,《D.O.Ca.》リオハのワインの瓶詰め
C-47/90,Rec.I-3669),および2000年5月16日判
は,同委員会によって認可された登録カーヴにお
決(Arret de la CJCE du 16 mai 2000, Royaume
いておこなわれなければならず,そうではない場
de Belgique contre Royaume d Espagne, aff. C
合には原産地呼称の
-388/95,Rec.I-3123)を紹介し,EC域内における
ている。
物の自由移動原則とワインの原産地呼称の保護を
めぐる諸問題について検討したい。
用は認められないと規定し
EC法においては,EC条約29条が「輸出に対する
数量制限及びこれと同等の効果を有するすべての
措置」を禁止する一方,VQPRD(Vin de Qualite
2
1992年6月9日先決裁定
Produit dans une Region Determinee)の条件を
定める理事会規則87/823号18条は,
「生産国である
⑴ 事実の概要および争点
欧州司法裁判所の事実認定によれば,スペイン
加盟国は,忠実かつ継続的な用法を
慮し,…本
規 則 に 定 め る 規 定 の ほ か,国 内 で 生 産 さ れ る
のぶどう・ワイン・アルコールに関する法律1970/
VQPRDのための,補完的,または,より厳格な,
25号は,ワイン生産者の要請により,または,職
生産,醸造,および流通に関する一切の特徴また
権により,農業大臣が《denominacion de origen》
は条件を決めることができる」とする(理事会規
(以下,
《D.O.》という)を指定することができる
則1999/1493号57条と同旨)。ここで,VQPRDと
とし,同法により,原産地呼称統制委員会
(Conse-
は,EC法上ヴァン・ド・ターブル(Vin de table)
jo Regulador de la denominacion de origen)が
とは区別される地域指定優良ワインであり,スペ
設された。また,1970年法86条は,同委員会の
インの《D.O.》および《D.O.Ca.》もこれに含まれ
要請にもとづき,一定の要件が満たされる場合に
は,
《D.O.》ワインに《calificada》という形容語
句を付することを認めている。
る 。
ベルギーのDelhaize社は,同国のPromalvin社
に対して瓶詰めされていない3000ヘクトリットル
《D.O.》ワインおよび《denominacion de origen
のリオハ産ワインを注文し,後者はスペインの
(以下,
《D.O.Ca.》という)ワインの
calificada》
AGE Bodegas Unidas社に同量のワインを注文し
条件は,1988年のデクレ88/157号に明示されてお
た。ところが,AGE Bodegas Unidas社は,スペ
り,
《calificada》という形容語句を付するために
インの国内法(前掲デクレ88/157号およびリオハ
は,原産地内に位置するカーヴで瓶詰めされるこ
原産地呼称統制委員会の決定)により,原産地以
とが義務付けられている。そして,この措置は,
外での瓶詰めが禁止されているため,瓶詰めされ
デクレの 布(1988年2月24日)から5年が経過
ていない3000ヘクトリットルのリオハ産ワインを
した後で,輸出用ワインに適用されることになっ
売ることはできない旨を Promalvin社に知らせ
ていた。また,このデクレは,原産地呼称統制委
た。そこで,Delhaize社は,契約の履行を求めて
員会が,その権限の範囲内で,生産から販売に至
ブリュッセル商事裁判所(Tribunal de commerce
るまで,産品の質的・量的統制の手続を具体化す
de Bruxelles)に訴
べきとしている。
は,第一に,「1988年2月24日のデクレ88/157号,
を提起したところ,同裁判所
ところで,リオハ地方で生産されるワインは,
および,このデクレを適用するリオハ原産地呼称
1970年法により《D.O.》の対象となっており,リ
統制委員会の規則のような国内法は,EC条約29条
51
ECにおける物の自由移動とワインの原産地呼称
(旧34条)にいう輸出制限と同等の効果を有する
18条は,加盟国が,忠実かつ継続的な用法を
慮
措置にあたるか」
,第二に,
「そうである場合,私
して,補完的,または,より厳格な条件を決める
人は,他の私人に対して,このようなEC条約29条
ことができるとしているものの,同条は,物の自
の侵害を援用することができるか」の2点につい
由移動に関するEC条約に違反する措置の強制を
て,欧州司法裁判所に先決裁定を請求した。
加盟国に認めていると解釈されてはならない
(25−26段)。
⑵ 欧州司法裁判所の先決裁定
欧州司法裁判所は,1992年6月9日先決裁定に
3
2000年5月16日判決
おいて,一方では,瓶詰めされていないワインの
輸出数量を制限し,他方では,原産地内では瓶詰
⑴
事実の概要および争点
めされていないワインの売買を認める国内法は
1992年6月9日の先決裁定の後,当該スペイン
EC条約29条で禁止されている輸出制限と同等の
法は,1994年になっても依然として存在していた。
効果を有する措置にあたると判断し,また,私人
そこで,ベルギー政府は,スペイン政府のEC条約
が国内裁判所において同条を援用することは可能
29条違反に関して,EC条約227条(旧170条)にも
であるとした。以下では,とくに,第一の点につ
とづき,欧州委員会に付託し,義務不履行訴
いて,先決裁定の概要を示しておく。
手続を開始したのである。なお,ベルギーおよび
の
瓶詰めされていないワインの他の加盟国への輸
スペインは,それぞれ自己の見解を口頭で述べる
出数量を制限する一方,原産地内に位置する業者
機会を与えられたが,欧州委員会が理由を付した
間における瓶詰めされていないワインの売買につ
意見を表明しなかったため,事件は欧州司法裁判
いて,数量の制限なくこれを認める国内法は,瓶
所に付託されることとなった 。
詰めされていないワインの輸出をもっぱら制約
この訴
において,ベルギー政府(および同政
し,原産地内の瓶詰め業者を優遇する措置となる
府を支持するデンマーク,オランダ,フィンラン
(判 決 理 由12−14段)
。ス ペ イ ン 政 府 は,《D.O.
ド,イギリス政府)は,スペインが,1992年6月
ワインの生産条件として原産地内での瓶詰め
Ca.》
9日先決裁定に適合するようにデクレ88/157号を
を義務付ける措置は,EC条約30条(旧36条)にい
修正することを怠っており,EC条約10条(旧5条)
う「工業的及び商業的所有権の保護」にあたり,
によって同国に課された義務を履行していないと
正当化されると主張するが,そのような措置は,
主張した。これに対して,スペイン政府は,以下
ワインに特徴を与え,それを維持するために不可
のように反論した。すなわち,1992年6月9日先
欠のものとまではいえず,EC条約30条によって正
決裁定では,EC法に対するスペイン法の適合性は
当化することはできない(15−19段)
。また,スペ
判断されていない。実際には,ほとんどのワイン
イン政府は,リオハ原産地呼称統制委員会に付与
生産国において,このような国内法が存在するの
された統制権の及ぶ範囲は原産地内に限定される
であり,スペインの法令は,上記先決裁定におけ
ため,原産地内で瓶詰めされることが必要である
る欧州司法裁判所による EC条約29条の解釈に適
と主張するが,1989年4月10日の委員会規則89/
合し,EC法を全面的に尊重するものである,とい
986号は,
輸送中にワインの品質が劣化しないよう
うのである。
に監視制度を導入しており,このような主張は受
本件欧州司法裁判所判決において争点となった
け入れられない(20−21段)
。さらに,スペイン政
のは,スペインがEC条約29条によって課された義
府は,このような措置はワインの品質向上をめざ
務に違反しているかどうかを判断するにあたっ
す政策の一環をなすと主張するが,瓶詰めをおこ
て,原産地呼称の
なう場所がワインの品質に影響を与えることは確
内で瓶詰めをする義務を課すこと(以下,本件国
実とはいえない(22−23段)
。理事会規則87/823号
内措置という)は物の自由移動に対する制限にあ
用権を得る条件として原産地
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『明治学院大学法科大学院ローレビュー』第6号
たるか,そして,そうである場合,VQPRDに関す
質を重視する傾向がある。原産地呼称は,工業所
るEC法によってそれが正当化されうるのか,また
有権に属するものであり,第三者による原産地呼
は,物の自由移動原則にも優越する一般利益を有
称の不正
する目的によってそれが正当化されうるのか,と
るための法令が存在する。原産地呼称のねらいは,
いう点である。
指定された地域に由来し,一定の特徴を有する産
用から,その呼称の 用権者を保護す
品であることを保証することに存する。原産地呼
⑵ 欧州司法裁判所の判断
称は,消費者において高い評判を得ることができ,
2000年5月16日判決の概要は,以下のとおりで
ある。
それを
用する要件を満たす生産者にとって,消
費者の支持を獲得する重要な手段となる。原産地
まず,物の自由移動に対する制限に関して,本
件国内措置が適用される結果,《D.O.Ca.》の
用
権を得るための要件を満たしているワインであっ
呼称の評判はイメージとしての役割を果たし,そ
れは,本質的に,産品の特徴や品質に依存する
(53−56段)。
ても,原産地の域外で瓶詰めされる場合には,原
優良ワインはすぐれた特徴を有する産品であ
産地呼称の 用が禁止されることになる(判決理
り,リオハのワインも,その点について疑う余地
由38段)
。
瓶詰めされていないワインの輸送が原産
はない。自然的要素および人的要素の集結の賜物
地内に限定されている状況が,本件国内措置の正
であるワインの品質と特徴は,その原産地と不可
当化が可能かどうかを検討するさいに
慮に入れ
であり,その維持のための努力と監視を必要と
られるべきであるとしても,本件国内措置の制限
する(57段)。
《D.O.Ca.》リオハの規則は,このよ
的効果を否定するためにそれを援用することはで
うな品質と特徴の維持をめざすものであり,リオ
きない(39段)
。本件国内措置は,当該原産地内で
ハ地方の生産者による瓶詰めの統制を確実にする
瓶詰めされないまま輸送されたワインであって
ことによって,産品の品質および原産地呼称の評
も,認可されたカーヴで瓶詰めされる場合には,
判をよりよく維持することが,この規則の目的で
《D.O.Ca.》の
ある
(58段)。したがって,本件国内措置は,その
用が認められることを意味し,そ
れゆえ,本件国内措置は,
《D.O.Ca.》の
用を認
制限的効果にもかかわらず,それが《D.O.Ca.》リ
められうるワインの輸出を制限する効果をもたら
オハの高い評判を維持するために必要かつ
し,それによって,国内における取引と輸出との
とれた手段にとどまる限りにおいて,EC法に適合
間に取扱いの差異を設けるものである(40−41
すると解すべきである(59段)
。
段)
。したがって,本件国内措置は,輸出に対する
衡の
たしかに,最適な条件の下では,瓶詰めされな
数量制限と同等の効果を有する措置にあたる(42
いままのワインが輸送され,原産地外で瓶詰めさ
段)
。
れた場合であっても,現実には,産物の特徴や品
理事会規則87/823号18条の解釈に関して,当裁
質が維持されうる。しかし,瓶詰め作業について
判所は,同条が物の自由移動に関するEC条約に違
いえば,当該ワインの特徴に関する知識や経験を
反する措置の強制を加盟国に認めるものとして解
もち,直接的な統制を受ける原産地内の業者に
釈されてはならないと判断した。しかし,18条は,
よって作業が実施されるほうが,はるかに最適な
それ自体としては,
「忠実かつ継続的な用法を
条件が可能となる
(64−65段)。原産地内における
慮」した補完的な国内措置を認めており,原産地
瓶詰めされていないワインの輸送であっても,ワ
における瓶詰めの義務を課すことを禁止してはい
インの酸化現象が発生する可能性はあるが,当該
ない。かかる「用法」には,原産地内における瓶
原産地のワインについて最高の知識を有し,ノウ
詰めなどの用法も含まれる(45−46段)。
ハウをもっている当該原産地の業者であれば,産
つぎに,EC法は,保護対象の原産地呼称を
用
することで産品の評判を高めるために,産品の品
品の本来の特徴を回復することができる(66段)
。
さらに,原産地外で実施されるEC法上の統制は,
53
ECにおける物の自由移動とワインの原産地呼称
原産地内で実施される場合に比べると,ワインの
本件国内措置は,EC条約29条に違反するとはいえ
品質や真正さの保証という点で劣らざるをえな
ず,訴えは棄却されるべきである(76−78段)
。
い。実際,規則89/2048号は,すべてのワインに対
して統制が実施されることを義務付けてはいな
4
検討
い。規則93/2238号も,輸送量に関する書類審査を
中心としており,瓶詰めされていないワインの品
1992年6月9日の先決裁定において,欧州司法
質保持を保証するものではなく,
規則89/2392号に
裁判所は,瓶詰めされていないワインの輸出数量
おいても,すべてのワインに対する統制は前提と
を制限する一方,原産地内では瓶詰めされていな
されていない
(67−70段)
。これに対して,スペイ
いワインの売買を認める措置は EC条約29条で禁
ンの国内法は,《D.O.Ca.》の対象となるワインに
止されている輸出制限と同等の効果を有する措置
ついて,ロットごとに
析・官能検査を受けなけ
にあたると判断した。そして,理事会規則87/823
ればならないと定めている。さらに,リオハの規
号18条の解釈については,同条が物の自由移動に
則では,地域内における瓶詰めされていないワイ
関するEC条約に違反する措置の強制を加盟国に
ンの発送は,事前にリオハ原産地呼称統制委員会
認めるものとして解釈されてはならないとした。
の許可を受けなければならないこと,同委員会の
これに対して,8年後に下された2000年5月16日
許可を受けた業者のみが瓶詰めをおこなうこと,
判決は,同規則18条において,
「忠実かつ継続的な
かかる業者においては,《D.O.Ca.》の
用法」を
用権のな
慮した補完的な国内措置が認められて
いワインの生産・保管とは設備面で明らかに区別
いることから,加盟国の国内法によって原産地に
されるべきであることが規定されている。した
おける瓶詰めの義務を課すことも許されると解釈
がって,原産地内で輸送され瓶詰めされるリオハ
し,本件国内措置については,輸出に対する数量
ワインは,その評判の維持にもっとも大きな利害
制限と同等の効果を有する措置にあたることを認
関係を有する生産者団体の責任において,すべて
めつつも,《D.O.Ca.》リオハの高い評判を維持す
徹底的な統制を受け,これを経たロットのみが
るために必要かつ
《D.O.Ca.》を付されるのである。それゆえ,瓶詰
約に適合すると宣言した。とりわけ,ワインおよ
めが原産地内でおこなわれる場合に比べれば,そ
び蒸留酒の地理的表示に強い保護を与えた
れが原産地外でおこなわれる場合のほうが,最終
TRIPS協定の発効以後,国際的にも地理的表示の
的に消費者のもとに届けられる産品の品質に及ぼ
保護に関する意識が高まるなか ,欧州司法裁判
される危険が大きいということになる(73−74
所は,本件2000年判決において,物の自由移動原
段)
。以上の点にかんがみ,本件国内措置は,特徴
則の追求よりも,原産地呼称の保護を重視する方
と品質に対する統制を強化することで,リオハワ
向を打ち出すに至ったのである。
衡のとれた措置であり,EC条
インの高い評判を 維 持 す る 目 的 を 有 し,《D.O.
やや文脈は異なるが,輸入に対する数量制限と
を保護する措置として正当化されることが認
Ca.》
同等の効果を有する措置を禁止する EC条約28条
められる
(75段)
。そして,この目的を達成するた
(旧30条)に違反するか,あるいは,同30条(旧
めにとられた措置に関しても,より制限的でない
36条)にもとづき正当化可能かどうかが争点と
他の選びうる措置は存在しないため,必要な措置
なった事案に関する欧州司法裁判所の判例をみて
として認められる。実際,原産地内で瓶詰めされ
も,地理的表示の保護を重視する傾向が指摘され
たワインだけでなく,徹底的な統制の対象とはな
ている。1975年2月20日の「ゼクト」(Sekt)事件
らない原産地外で瓶詰めされたワインにも《D.O.
欧州司法裁判所判決では,ドイツ産およびドイツ
の
Ca.》
語圏で生産された発泡性ワインのみにゼクトの呼
用が認められ,市場において両者が併存
することになると,当該原産地呼称に対する消費
称
用を許可したドイツの国内措置につき,ドイ
者の信用が失われる可能性もある。したがって,
ツ国内における発泡性ワインの生産は商品に対し
54
『明治学院大学法科大学院ローレビュー』第6号
て地域に由来する特徴を与えるものではないとし
ンと定義される。EU加盟国は,VQPRDのカテゴ
て,EC条約28条違反と判断された 。これに対し
リーのなかに,スペインの《D.O.》および《D.O.
て,1992年11月10日のExportur事件欧州司法裁判
Ca.》のように,その国固有のサブ・カテゴリーを
所判決においては,表示対象たる商品がその地理
設けることができるのであり,フランスにおける
的起源に由来する品質をもっていることが客観的
AOC(Appellations d origine controlees),イタ
に明らかな場合でなくとも,地理的表示が消費者
リアにおけるDOC(Denominazione di origine
の高い評判を得ることがあるし,生産者にとって
controllata),DOCG(Denominazione di origine
消費者の支持を獲得する重要な手段となることも
controllata e garantita),ドイツにおけるQmP
あるとする判断が示された 。したがって,Expor-
(Qualitatswein mit Pradikat)などがある
「欧州司法裁判所におけ
tur事件判決については,
。
VQPRDカテゴリーのワインについては,スペ
る,物の自由移動原則に基づく市場統合の追求と
イン政府が主張していたように,原産地呼称の
いう政策目標から,消費者への情報提供において
用条件として,当該原産地におけるワインの瓶詰
地理的呼称が果たす役割を重視する方向への転
めを義務付けている国も少なくない。たとえば,
換」 と捉えられているのである。
フランスの農業法典L641条の21は,
「EC法の諸規
ところで,地理的表示に関するEUの制度は,理
定を尊重して,農業大臣は,権限を有する同業者
事会規則92/2081号で定められており,
その対象と
団体および関係生産者団体の意見を徴した後,原
なる産品は,生鮮肉,肉製品,チーズ,果物,野
産地呼称ワインの調整および瓶詰めが原産地内で
菜,魚介類,ビール,パン,天然ミネラルウォー
実施されることを決定することができる」と規定
ターなどである。所定の手続を経て,欧州委員会
する。さらに,この規定に対する違反は,消費者
において保護地理的表示(IGP:Indication geo-
法典L213条の1において定められた刑罰規定の
graphique protegee)ま た は 保 護 原 産 地 呼 称
対象となり,同法典L215条の5以下に定める条件
(AOP:Appellation d origine protegee)と し て
のもとで,当該産品は差押えられることになる。
登録された場合,すべてのEU加盟国で保護され
また,とくに発泡性ワインについては,理事会規
る
。この理事会規則では対象外となっているワ
則1999/1493号において,加盟国が原産地外におけ
インおよび蒸留酒の地理的表示の保護について
る瓶詰めの禁止を決定することができると定めら
は,理事会規則87/823号に定められ,さらに,理
れている(Annexe VIII, G-1)。
事会規則1999/1493号で全面的に改訂された。
もっ
1992年6月9日の先決裁定が下された後も,ス
とも,
「生産国である加盟国は,忠実かつ継続的な
ペインでは,原産地内において瓶詰めを義務付け
用法を
慮し,…本規則に定める規定のほか,国
る措置が維持されていたのは前述のとおりである
内で生産されるVQPRDのための,補完的,また
が,イタリア,ギリシア,ポルトガルといった他
は,より厳格な,生産,醸造,および流通に関す
の主要生産国でも,むしろ,瓶詰めに関する国内
る一切の特徴または条件を決めることができる」
措置が強化された事実が指摘されている
とする理事会規則87/823号18条の規定は,そのま
に,デンマーク,オランダ,フィンランドおよび
ま,
理事会規則1999/1493号57条に受け継がれてい
イギリスがベルギーの主張を支持し,イタリアと
る。すでに言及したように,ECでは,ワインは
ポルトガルがスペインの主張を支持したことから
VQPRD(地域指定優良ワイン)とヴァン・ド・ター
も明らかなように,EC域内市場における物の自由
ブル(日常用テーブルワイン)に
移動原則を重視する「北」の諸国と,原産地呼称
類されており,
。実際
理事会規則1999/1493号によれば,VQPRDとは,
の保護を強く求める「南」のワイン生産国との利
その名称が限定された地域に由来し,
「特別な品質
害対立という図式が顕著である。もっとも,EUの
的特徴」を有し,かつ,ワインの生産・流通に関
ワイン法研究者の間では,原産地呼称の保護を重
するEU法および国内法上の要件を満たしたワイ
視した2000年5月16日判決に賛成する意見が多
ECにおける物の自由移動とワインの原産地呼称
い。たとえば,ボルドー第4大学のジャン・マル
ク・バアン教授(Jean-Marc BAHANS)は,つぎ
のように述べている。
「二度目の判決
(2000年5月
16日判決)の表現によれば,欧州司法裁判所は,
維持されている制限的な措置の性質を問題にする
のではなく,EC条約30条(旧36条)にもとづく工
業的商業的所有権に与えられる保護によって,そ
れが正当化されると解している。要するに,裁判
所は,原産地呼称が工業所有権であることを認め,
また,原産地内でワインの調整および瓶詰めがな
されるべきことが,当該法令の真の根拠をなす産
品の品質によって正当化されうることを認めたの
である。ワインの品質の確保と原産地内での瓶詰
めの義務との関連性が,このようにしてEC判例に
おいて確認された。このような瓶詰め義務は,品
質保証に寄与するだけでなく,市場統合の目的の
ひとつである農民の生活水準の向上にも貢献する
であろう」
。
欧州司法裁判所がいうように,消費者の立場か
らすれば,同じ原産地呼称が表示されているワイ
ンでも,原産地内で瓶詰めされ,厳格かつ徹底的
な品質検査を受けたものと,そうではないワイン
とが市場において併存している状態は望ましくな
く,顧客離れが生じる可能性は否定できない。本
件のように,一定の要件を満たした原産地内の業
者のみが原産地呼称ワインの瓶詰めをなしうると
いう措置も,より制限的でない他の選びうる手段
は存在しないため,EC条約30条によって正当化さ
れると解するのが妥当であろう。
注
(1) 庄司克宏
『EU法・政策編』
(岩波書店,2003年)
22頁。
(2) Arret de la CJCE du 20 mai 2003, Consorzio
del Prosciutto di Parma et Salumificio S. Rita
SpA contre Asda Stores Ltd et Hygrade Foods
Ltd, aff. C-108/01, Rec. I-5121.
(3) 荒木雅也「ECにおける地理的呼称保護」高崎
経済大学論集47巻2号114頁以下。
(4) スペインの VQPRD カテゴリーのワインにつ
き,日本ソムリエ協会『日本ソムリエ協会教本
2006』
(飛鳥出版,2006年)298頁以下。
55
(5) EC条約227条は,以下のように義務不履行訴
の手続を規定する。なお,翻訳は,山手治之ほ
か編『ベーシック条約集
(第6版)』
(東信堂,2005
年)による。
各構成国は,他の構成国が本条約に基づいて
負っている義務のいずれかを履行しなかったと
認めるときは,当該事件を司法裁判所に付託す
ることができる。
構成国は,他の構成国が本条約に基づい て
負っている義務に違反したと主張して同構成国
に対し訴 手続を開始する前に,当該事件を委
員会に付託しなければならない。
関係構成国が,口頭及び文書により,自己の見
解を対審の形式で提出する機会を与えられた
後,委員会は,理由を付した意見を発表する。
要請があってから3か月の期間内に委員会が
意見を発表しなかった場合には,構成国は当該
事件を司法裁判所に付託することを妨げられな
い。」
(6) TRIPS(ADPIC)協定にもとづく地理的表示の
保護に関して,Denis Rochard, La protection
internationale des indications geographiques,
PUF, 2002, pp.266 et s;Louis Lorvellec, Les
aspects recents de la protection internationale
des appellations d origine controlees,Melanges
offerts a Jean-Jacques Burst, Litec, 1997;Norbert Olszak,Droit des appellations d origine et
indications de provenance,TEC & DOC, 2001,
pp.118 et s;Anne-Emmanuelle Kahn, Indications geographiques et regles du commerce
international, Revue Lamy Droit des affaires,
fevrier 2004, supplement n 68;Jean-M arc
Girardeau,L appellation d origine viticole et l
OMC, Revue de droit rural, aout-septembre
2005,pp.18et s.のほか,長谷川実也「WTO新
ラウンド
その論点と展望(3)地理的表示と
原産地規則」貿易と関税51巻3号,久々湊伸一
「知的財産権としての地理的表示について」特
許研究37号,丸山亮「地理的表示の保護と団体・
証明商標制度」特許研究38号,荒木雅也「地理的
表示保護制度の意義」知財管理651号,同「地理
的表示に関する国際 渉」高崎経済大学論集47
巻3号,須田文明「欧州における地域ブランド戦
略の展開」農業と経済71巻13号,高倉成男『知的
財産法制と国際政策』(有 閣,2001年)80頁以
下,高橋梯二=池戸重信『食品の安全と品質確
保』(農文協,2006年)212頁以下参照。
(7) Arret de la CJCE du 20fevrier 1975,Commission contre Allemagne,aff.12/74,Rec.181. 荒
木雅也「ECにおける地理的呼称保護」(前掲)
109頁,Norbert Olszak, op. cit., p.133.
(8) Arret de la CJCE du 10 novembre 1992,
Exportur,aff.C-3/91,Rec.I-5529. 荒木雅也・
前掲論文109頁以下,Denis Rochard,op.cit.,pp.
56
『明治学院大学法科大学院ローレビュー』第6号
115 et s;Norbert Olszak, op. cit., p.134.
(9) 荒木雅也・前掲論文110頁。
(10) 理事会規則92/2081号につき,高橋梯二=池戸
重信・前掲書199頁以下,荒木雅也・前掲論文110
頁以下,Denis Rochard, op. cit., pp.333 et s;
Norbert Olszak, op. cit., pp.136 et s. などを参
照。なお,最近,この規則の改正がおこなわれて
おり,この点につき,参照,Norbert Olszak,Les
nouveaux reglements europeens sur les appellations d origine et indications geographiques
protegees et les specialites traditionnelles garanties,Revue de droit rural,mai 2006, pp.9 et
s.
(11) 理事会規則1999/1493号につき,蛯原 介「EU
法におけるワインの表示に関する規制」明治学
院 大 学 法 科 大 学 院 ローレ ビュー5 号,JeanMarc Bahans et Michel Menjucq, Droit du
marche viti-vinicole, ed. Feret, 2003, pp.180 et
s;Philippe Goni, Les outils juridiques de la
valorisation du produit agricole, Revue de
droit rural, 2003, pp.229 et s.
(12) Jean-Marc Bahans et Michel Menjucq, op.
cit., p.223.
(13) Jean-Marc Bahans et Michel Menjucq, op.
cit., p.224.