偏態パズル

■連載小説『偏態パズル』
第
偏態パズル
回■
三浦俊彦
miura toshihiko
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■野外ライブの仮設和式トイレはもちろん袖村茂明体質の格好の実装現場とな
る。鍵の壊れた個室を開けた瞬間に黄髪の大柄少女の日焼けしたキャミソールの
背中が視界に輝き、日焼け洩れした巨白尻の割れ目からぽろん、ぽろん、ぼろぼ
ろぼろんと便秘の小片が矢継ぎ早に転げ落ちているのが見えた。安っぽいプラス
チ ッ ク の 便 器 底 に ぶ つ か る ボ コ、 ボ コ、 ポ コ ポ コ ポ コ 的 衝 突 音 が 小 片 落 下 風 景
に 取 り 返 し の つ か な い 滑 稽 味 を 添 え ま く っ て し ま っ て い た。 袖 村 が( ま た か よ
……)惰性的に戸惑って、黄髪少女に恥をかかせぬようそーっと音を立てずに閉
めようとしたとき――ちょうど罅だらけの巨塊、ポロポロサイズ塊が十数個結合
した大物がひくひくと肛門の中にすぼみ戻りかかり、ポロッと一瞬突出部三分の
一が尻毛を薙ぎ揺らしながら割れて落ちかけたところだったが――ハッと少女は
振り向き、「あっ」と見合わせたところで袖村は「失礼」とドアを閉めたのだが、
しばらくして出てきた少女は平べったい目鼻口の輪郭鮮明な顔面を気恥ずかしげ
にゆるめて袖村 に
「ケツ見られち ま っ た ー 」
と照れ隠し的呟きを残したのだった。そのあとライブ会場で袖村は、人がユラ
ユラ移動しまくり入り乱れる中でもちろん申し合わせたわけでもないのにその少
女と優に八回出くわし、そのたびに少女は「あ」とわざわざ記憶を新たにするよ
うな新鮮なリアクションをしたのだった。八回とも奥歯と喉チンコ丸出しの大口
開き半笑顔であ っ た 。
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しかも八回目のときは袖村と視線が合ったとたん少女は「あ」ではなく「ケツ
……!」と大声を発し自らビックリしたように口を押さえたのだった。
物質系ビジュアルではむやみに興奮などしない超然キャラ担当袖村茂明も、少
女的一拍用意のうえの偽装天然「ケツ見られちまったー」と反射的な本天然「ケ
ツ……!」との鮮烈コントラストには瞬間半勃起を余儀なくされ意外かつ不吉な
脆さを自ら垣間見てしまったという。
本天然を外れつつ「ケツ見られちまったー」は後々、
きわめて合理的な超少女的経緯によりおろち文化史に残る大名言として燦然と
永年人口膾炙す る こ と に な る 。
■ これも明らかな模倣犯である〈第三尻嗅ぎ魔〉が東横線沿線に出没していた
ことも付記しておこう。これは男子高校生を中心とした青年層を専門に狙った尻
嗅ぎ魔である。犯人は二人組で、屈強な一人が被害者をうつ伏せに押さえつけ、
もう一人がズボンを引き降ろしてパンツの上から十~二十分場合によっては一時
間にもわたって密着吸引するというものである。被害者のすべてが、第3回に言
及した〈本態性密着型青年〉であることが判明しているので、
犯人はまず九割方、
かの〈青吸爺〉こと村坂誠司である
と考えられる。協力した大男はまず
間違いなく、佐古寛司であろう(第
1 回 に 引 用 し た 佐 古 の「 尻 嗅 ぎ 法 」
を想起されたい)
。 犠 牲 者 が〈 本 態
性密着型青年〉であることがわかっ
たのは、全員が、発見時に手足を縛
られ、露出したペニスにこう書かれ
たピンクのリボンを結び付けられて
いたからである――
「トイレではぜったい覗かせなか
ったのにこんなところで剥かれてし
まいました」
用意のいいワープロ印字で。
ちなみに被害者の半数が発見時に
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リボン付きペニスを勃起させており、うち真正包茎率は約四割だったという。
演習問題: 佐古寛司が本態性密着型青年をターゲットとした村坂の犯行に協
力した動機――第1回に見た男尻嗅ぎ衝動は別として――は何であるか。
解答: 佐古がトイレにおける〈男の羞恥〉の欠落に執拗な憎悪を抱いていた
ことは第1回に見たとおりだが、しかしそれは、個室における大便排泄を対象と
した高レベル羞恥であって、小便以前のペニスごときを対象とした低レベルの密
着型青年的羞恥は、佐古にとって、逆説的に許せない現象だったと考えられる。
商業捕鯨やニホンザル捕獲殺処分に反対する動物愛護運動家が、蚊やゴキブリを
殺してはならないと唱える汎生命連帯のカルト宗教に対して憤りを覚える心理
や、大便を常食としている印南型おろち人間がマイナーアイドルをカタツムリの
卵やサソリの唐揚げの前でキャーキャー騒がせゲテモノ食的に過大に映すテレビ
番組に苛立つ生理と同様であろう。
なお佐古寛司は、村坂との協力態勢を抜けた後もひとりで黙々と尻嗅ぎ魔を続
行していた。そのときは村坂式青年趣味への迎合の必要がなくなったためオーソ
ドックスな女尻嗅ぎをも併用するようになった、というよりむしろほぼ三対七の
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割合で女尻の方を多く狙ったとされているが、尻筋肉の抵抗がやはり男尻の方が
瞬発力的に優れ、嗅ぎすくめるとともにキューっと締まっては弛緩し弛んでは堅
くなる微細な変化がやはり男の筋力だなあと、抑えつけて顔面を割目にうずめた
ときの尻すぼみ度と腿の反撥度がやはり男の逞しい生命力だなあと、男尻に顔埋
めた直後に女尻に顔を埋めた日には、その抵抗力の軟らかさ味気なさにガックリ
きたものだとい う 。
(念のため鈴木隆『悪
しかし匂い的には明らかに女尻の方が脂肪臭に優れ濃厚で
臭学』(イースト・プレス) p.017
から引用しよう、
「男女十六人のおなら一回あ
たりに放出されるガスの量やその成分を調べた研究によれば、意外なことに女性
のおならの方が硫化水素の濃度が高く、臭気が強かったという」)触感を取るか
臭質をとるかでいつも迷い、迷ったときは拘束に手間のかからぬ女をより多く狙
う方に流れた結果が三対七に収束したと言われている。
なお当時の噂によれば、第一尻嗅ぎ魔蔦崎公一、第二尻嗅ぎ魔身元不詳、第三
尻嗅ぎ魔佐古寛司のどれもが、ただし実際には正体のいまだ突き止められていな
い第二尻嗅ぎ魔の場合に限られていたらしいが、尻に顔を埋めても思うように臭
わない場合、当該被害者の尻間に臭うまで鼻をグリグリ押し付け
グリグリグリ グ リ
突っ込み捩じ込み突き刺してゆく挙に出たらしい。
解剖学的に困難な嗅覚器官
的突起がグリグリ被害者の尻
間に食い込んだという。
パンツが破れて粘膜が熱々
にこすれ尾てい骨がこじれズ
レすりへるまでこの〈グリグ
リ押し付け〉が籠もり声の
「 KUSAKUNAI,KUSAKUNAI,KU
SAKUNAIYOOU,DOOSHITEKUS
AKUNAINDA,KUSAKUNAIYOO
」という悲壮な呻きと
OOOU
ともに亢進し、被害者は後々
尻の痛みに苦しむことになっ
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たので、これを恐れた被害者予備軍たち、すなわち出没区域を歩く可能性ある女
性はひそかに、危険予想日の前日当日においてウォシュレットを使わない
あるいは
区域に立ち入る直前にオナラをしてパンツに新鮮な屁臭を染み込ませておく
あるいは
区域に立ち入る直前にパンツ布越しに肛門指ツッコミにより内臓臭を外化させ
ておく
等々といった対策を講じるのが流行ったらしい。
逆に次のよう な 事 実 も あ る 。
拭 か ず 登 下 校 少 女( 第 8 回 参 照 ) の 一 員 が 第 二 尻 嗅 ぎ 魔 被 害 に 遭 っ た と き、
こんどはその尻臭の不自然なまでの濃密さに驚いた尻嗅ぎ魔的惑乱なのであ
ろ う、 お の れ の 予 期 範 囲 を い と も 自 然 に 超 え 出 た 見 た 目 平 凡 少 女 の 実 在 に 却 っ
て腹を立てたというかスースー一旦一応は満足げに密着吸引しまくったあげく
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「 KUSASUGIRU
!!」平手で思いきり双尻をひっぱたいたという。これがまた痺
れ系痛覚が二週間は消えないほどの一撃であり、怖れをなした拭かず登下校少女
たちは、
シャンピニオンエキス摂取 または
パセリエキス摂取 または
鉄クロロフィンナトリウム摂取 または
柿渋エキス+ペパーミントエキス同時摂取 または
なた豆茶大濃縮ドリップ量摂取
により、「尻の痒みを放棄せぬまま臭いのみ緩和する」という虻蜂捕り的懸命
な対策で防衛した。危険区域直前においてコンビニのトイレに入り肛門を拭って
しまうという一派もいたが、帰宅まで待てない彼女らは〈志が低い〉と軽蔑され
たという。
尻嗅ぎ魔は三者三様というのが定説ではあるが、異説として尻嗅ぎ魔に三値論
理ではなく六値論理や九値論理以上の多値論理や連続無限の値を許容するファジ
回 了)
ー論理を当てはめ、さまざまな派生的尻嗅ぎ魔の暗躍を発掘し再現したおろち研
究者の努力が最近脚光を浴びつつある。
たとえば……
(第
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