(安寧)-エンリッチメントの必要性と実践- 要旨

日本実験動物環境研究会 第 54 回研究会
日時:平成 27 年 7 月 4 日(土) 13 時から
場所:日本歯科大学 8階展示ホール
セミナー:実験動物のウェルビーイング(安寧)-エンリッチメントの必要性と実践-
<総論>
1.AAALAS が求める実験動物のウェルビーイング(安寧)
黒澤 努
動物福祉研究、鹿児島大学客員教授
我が国の実験動物に関係する法制は十分充実しているとは言いがたい。この背景に動物
実験という科学的活動を法律で縛るのは科学の発展を阻害すると主張する意見が存在する。
欧米各国でも実験動物福祉法制を充実させるときには常にこれも考慮され、過剰な実験動
物福祉政策により科学技術の発展が妨げられるかは議論を続けている。しかし、そうした議
論の結果として、英国等の例外をのぞけば、多くの国々は実験動物福祉法制を充実してきた。
これはたとえ研究という科学の発展に資する活動においても実験動物のウェルビーイング
(安寧)を担保しなければならないという国民の声が反映された結果と考えられる。英国等
では動物実験自体を規制することにより実験動物のウェルビーイング(安寧)をはかろうと
している国々もあるが、新たな法制を整備する国々では実験動物福祉法として動物実験規
制を目的とはしない建前が一般化してきている。
AAALAC は実験動物の”ケア”を評価し、認定を行う組織であるが、このケアをこれまで
我が国では”管理”するものと思って種々の施策を各研究機関が行ってきた。実験動物の
ウェルビーイング(安寧)を担保するための管理であるとするならばそれも妥当ではあった
かもしれないが、一般的な管理の用語からは実験動物のウェルビーイング(安寧)およびそ
れを実践するための実験動物福祉の意味合いはくみ取りがたい。我が国で AAALAC の認証を
受けようとするとき、こうした我が国と欧米各国との実験動物に対する考え方の違いが障
壁となっているように思われる。AAALAC の求める実験動物のウェルビーイング(安寧)な
いし、動物福祉の担保は、我が国では動物愛護法並びに関連法令、基準、指針などに規定さ
れていることの遵守となる。しかし、我が国法制で規定されていない項目については、ILAR
の指針を活用することが勧められている。すなわち AAALAC が求める実験動物のウェルビー
イング(安寧)ならびに動物福祉の担保はそのソフトウエアの充実である。しかし、我が国
の法制に存在しない動物実験委員会、獣医学的ケアおよびその責任者である選任獣医師な
どは ILAR の指針等に沿って申請研究機関が独自に構築しておく必要ある点に特別な配慮が
必要となる。
2.動物実験の国際的な動行
‐ARRIVE ガイドラインを中心にして‐
久原 孝俊
順天堂大学大学院医学研究科アトピー疾患研究センター
最近、動物実験の再現性の無さが大きな問題になっている。学術雑誌に掲載された動物実
験のうち 65%は再現性がないという報告もなされている。その原因はさまざまであろうが、
たとえば、動物種、系統、匹数、実験デザインなどに問題があることが指摘されている。ま
た、医学生物学関連の論文の発表のしかたが不適切であることもさまざまな分野において
指摘されてきた。実験方法を適切に論文に記載しないことによって、科学的、倫理的、ある
いは経済的に大きな損失が生じる。論文のなかにどのような情報を記載すべきかというこ
とに関するガイドラインは、研究者(論文著者)や査読者が論文を書いたり査読をしたりす
る際に大いに役立つことが示されており、過去 10 年のあいだに、そのようなガイドライン
がいくつか作成されてきた。今回は、そのようなガイドラインのなかから、英国「3Rs セン
ター」
(National Centre for the Replacement, Refinement and Reduction of Animals in
Research: NC3Rs)の ARRIVE ガイドラインについてご紹介したい。
3.環境エンリッチメントの考え方とその実践
池田 卓也
実験動物の環境エンリッチメントの重要性が、ようやく実験動物の飼育現場においても
理解され多くの施設で導入が進んできた。しかしながら、一部には単なる実験動物に与える
道具を環境エンリッチメントと理解し運用しているような事例もあるようである。そこで
改めて、環境エンリッチメントの歴史的背景や近年の「動物行動学に根差した動物本来の性
質を理解・尊重し、その性質が発揮される飼育環境を造成する」という考え方への推移を紹
介する。また動物に与える道具だけでなく飼育環境、飼育方法、エサ、馴化、取扱いなど、
環境エンリッチメントを構成する要素は非常に多岐にわたることを示したい。またその導
入と実践には、単に飼育現場において各担当者が動物の種や系統、雌雄、週令等に応じた動
物の性質を理解して細かい対応をするだけでなく、動物の導入前のブリーダーや実験に携
わる研究者など多くの関係者の協力と努力によりなし得ることを紹介したい。
<各論>
1.「カニクイザルのエンリッチメントとサルとヒトの馴化トレーニングの紹介」
荒川 仁
中外医科学研究所
実験動物に「動物福祉」という言葉が入ってきてずいぶん時間が経ちました。
エンリッチメントの重要性についても、知識としては広く言われるようになってきまし
たが、具体的な取り組みについては、まだまだ検討の余地があると思います。
実験動物における動物福祉は、飼育管理担当者が中心となる動物の食住環境、実験者が中
心の動物実験手技や取り扱い技術、管理者が中心となる施設や認証システムなどが多様に
絡み合っていて、総合的な理解が進んでいないように思われます。そして、何より、その最
も大きな要因は、私たち自身がさまざまなアプローチをしかけているものの、取り扱う動物
の本当の姿に近づき切れていないことなのかもしれません。
私たちは、カニクイザルを取り扱う者として、先入観や思い込み、決め込みを取り払う
中から、カニクイザル本来の姿、個体ごとの特徴も含めた行動の理解からアプローチしてみ
ることにしました。目標は「ヒトとカニクイザルのコミュニケーション向上」です。環境馴
化を一歩進めた「馴化トレーニング」と、実験者と動物の双方にとって負担が少なく実験デ
ータの精度確保も可能な「実験操作トレーニング」
、この2つのトレーニングをメンバーが
一丸となって実践した取り組みについて、本発表ではご紹介させていただきます。
2. 家畜ブタの適正な制限給餌方法、福祉的順化そして環境エンリッチメントの
紹介
末田 輝子
東北大学大学院医学系研究科附属動物実験施設
家畜ブタを実験動物に転用する場合の、適正な制限給餌の方法、福祉的順化、健康
を意識した環境エンリッチメントについて紹介する。
3.小動物の苦痛軽減として取り組んでいる処置馴化のベネフィットについて
根津 義和
第一三共(株) 安全性研究所
実験動物を扱う技術者にとって、投与や採血などの処置前に行なう馴化はとても重要で
ある。動物が従順であれば強制的な保定などで過度にストレスを与えることがないため、ケ
ージ内で逃げ回る動物を捕獲するような「強制的な保定」をしなくても済み、咬傷事故防止
や試験データの信頼性向上が期待できる。
これまでラットについては、体を揺するなど施設独自の方法で動物を従順にする方法が
伝承されてきたが、他の小動物に応用できないことが多かった。今回紹介する処置馴化法は、
ラット以外の動物(マウスやウサギなど)にも応用可能であり、実験動物のウェルビーイン
グという観点からも、とても有効なハンドリングの一つと考えている。
ここでは、処置馴化の手順とベネフィットについて具体的に紹介する。