不確定性で確定性を向上

運輸
不確定性で確定性を向上
決定性問題に確率論の手法を応用
Kexiu Wang(米国 イリノイ州,Griffin Wheel Company)
鉄道車両にかかる巨大な荷重は,最大規
模の18輪トラックにかかる荷重の3倍である
ことも珍しくありません.その荷重は車輪
全体にのしかかり,車輪は車重に耐えるだ
けでなく,構造荷重や熱荷重,疲労荷重な
ど,ほかのいくつかの荷重も受けることに
なります.米国AMSTED Industries社の一
部門であり,北米の鉄道産業に用いる鉄道
車輪の90%を製造しているGriffin Wheel
Company社は近年,自社の車輪設計プロセ
スにANSYS社の確率ツールを応用しました.
一般に,貨車の車輪は比較的単純な構造
ですが,極度な力を受けるため,酷使に耐
えなければなりません.車輪は貨車の荷重
に耐えるだけでなく,車輪の接地面がブ
レーキドラムになるため,絶えず変化する
熱条件下で変動荷重を吸収しています.ま
た,フランジが列車をレール上に導くと,
側方向きの荷重が車輪全体に伝わります.
貨車は一見して組み立てが単純に見えます
が,その荷重環境は多面的な特徴を持って
鉄道貨車の車輪(左)に関するコンピュータ支援設計(CAD)モデル(右)
いるため,解析は極めて複雑化します.
中実体のスチール製鋳造品である貨車の
車輪に加熱処理を施して強化すると,摩耗
抵抗が改善し,リムの上部には疲労亀裂の
もそも不確定な変動量で,こうした不確定
いないことが多く,しかも後で変更を加え
生成防止になる残留圧縮応力が円周状に誘
性は製品の開発と製造における不確定性に
ると,他の領域において未知の影響が生じ
起します.しかし,加熱処理でリムの下部
つながります.従来の決定論的設計アプ
てしまいます.
には引っ張り軸応力が発生するため,リム
ローチでは安全係数によって変動を考慮し
が縦に割れ,稀ではあるものの壊滅的な破
ていますが,このアプローチを採っても,
壊モードを引き起こします.車輪の設計を
設計パラメータのランダムな性質を考慮し
率論的手法では,統計ツールを一層信頼性
効果的に最適化する場面では,こうしたタ
ているわけではありません.各種パラメー
の高い手段として活用しており,解析中に
イプの応力に影響を及ぼす要因を理解する
タを単独決定の値とすると,予測能力の信
パラメータの不確定性を確率密度関数
ことが欠かせません.
頼性が低下し,信頼性の尺度なしでは設計
(PDF)の形で統計的に特徴づけています.
こうした多面的な不確定性を考慮する確
レベルに一貫性がなくなってしまいます.
そのPDFはシステム本来のリスクを定量化
エンジニアリング解析は基準荷重やジオ
さらに付け加えると,単独決定の値ごとに
し,入力パラメータの変動に対する出力性
メトリ,製造プロセス,物性,動作環境に
最悪のシナリオを想定することが一般的で
能の変化を評価する関数です.確率論的解
加えて試験においても,数多くの特性がそ
あるため,できあがる設計は最適化されて
析を実施することで,システム全体の大局
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ANSYS Advantage • Volume I, Issue 3, 2007
運輸
22000
的な把握が進むため,現実の条件における
20000
製品の挙動とその応答については,さらに
18000
理解が深まります.
16000
境界条件,ジオメトリ,および物性に関
すると,入力変数はシミュレーションにお
ける利用時点で統計的サンプリング法を用
14000
MAX σy
するランダム変動を特定の解析事例に指定
12000
10000
いて一斉に調査を受けます.次に,繰り返
し呼び出しを受けた有限要素解析(FEA)
8000
のパラメトリックモデルが,できあがって
6000
いる入力パラメータにわたって決定論的解
析を実施します.
決定論のアプローチからは,熱処理に起因
する残留応力が多くのパラメータに応じて変
動していることが判明しました.その熱処理
4000
2000
11.611.8 12 12.2 12.4 12.6 12.8 13 13.2 13.4 13.6 13.8 14 14.2
散布図では最大軸応力と応力指数を比較している.相関係数
から,応力がクリープに非常に敏感であることが分かる.
プロセスにおける各種パラメータの影響を調
査し,残留応力に最大の影響を持つパラメー
タを特定しようとしたGriffin社のエンジニア
は,貨車の車輪CJ36の解析にANSYSの確率
論ツールを用いました.熱と力学を非連成に
した決定論的解析を基本モデルに施した後
は,ラテンハイパーキューブという確率論的
サンプリング解析を実行しました.これで,
論的解析は,最終的にGriffin社製車輪の残
製造プロセスのパラメータや境界条件,物性
留応力場を最適化することにつながり,こ
に不確定性がある場合に残留応力の変動が決
れをもって車輪の信頼性が向上することは
まりました.その散布図からは,残留応力が
間違いありません.以上の経過から,生産
クリープに対して特に敏感であることが明白
プロセスの不確定性と製造プロセスに関す
になりました.
るパラメータ変動を理解するには,ANSYS
のシミュレーション手法をいかに利用すれ
さらなる最適化に必要とされる今後のス
テップが何か特定すべく活用している確率
ばよいかが分かり,製品の信頼性と品質の
向上に至りました.■
縦に割れたリムと残留引っ張り応力の表示コンター
確率論的解析とANSYS Workbench
Pierre Thieffry(ANSYS, Inc.)
ANSYS Workbench環境を補完するANSYS DesignXplorerには,確率論的解析ツールが数
多くあります.これらのツールで記述したパラメトリックモデルは,入力パラメータの変動
が統計分布関数の形になります.
1.20E+0
1.17E+0
全
係
1.05E+0 数
+3
-5.69E
+3
-5.94E
+3
-5.81E
+3
-6.06E
DS
_D
ep
th
1.01E+0
+3
-6.19E
ANSYS DesignXplorerでは所定の性能に到達する確率データも与えるため,このデータの
支援を受けると,所定の設計に関する破壊発生リスクが,既定の目標値(最大応力,最大変
位,最小固有周波数など)において査定できます.等価シグマレベルもSix Sigmaの品質基準
に基づいて与えられます.
小
1.09E+0 安
+3
-6.31E
両手法とも結果の変動を解析するもので,標準的な統計解析尺度(平均,標準偏差,尖度
など)だけでなく,統計的感度尺度も認めており,設計を推進する主要パラメータの特定も
後ほど実際に実施します.
1.13E+0 最
2.0
2E+
1
2.0
1E+
1
2.0
0E+
1
1.9
8E+
1
1.9
7E+
1
1.9
6E+
1
ANSYS DesignXplorerでは,解析量の変動を2通りの手法で評価しています.モンテカル
ロ式のサンプリングを基本とし,複数回のシミュレーションを要する直接サンプリング法は,
ANSYS社の製品で提供している並列処理技術が生かされています.もう一つの手法は実験計
画法(DOE)と呼び,応答曲面を基本にしています.直接サンプリング法よりもシミュレー
ションの所要回数が少ないDOEは,確率論的な結果の描画からシステムの応答を近似的に構
築しています.
成分
力のY
設計パラメータを基準にしたシミュレーション結果の変動
ANSYS Advantage • Volume I, Issue 3, 2007
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