呼吸器編 呼吸調節のメカニズム, 呼吸抵抗測定とサーファクタント

特集
呼吸器・循環器の解剖生理 その時,体内では何が起こっている?
呼吸調節のメカニズム,
呼吸抵抗測定とサーファクタント
呼吸器 編
東京大学医学部附属病院 呼吸器内科 松崎博崇 山内康宏
(まつざき・ひろたか)2008年3月東京大学医学部卒業。同年4月より社会医療法人社団蛍水会名戸ヶ谷病院勤務。2010年4月より公立学校共済
組合関東中央病院勤務。2012年4月より東京大学医学部呼吸器内科大学院生。現在に至る。
ポイント
●PaO2が低下した場合,①換気,②ガスの肺内分布,拡散,肺血流のどの過程が傷害されたかを考える。
●呼吸調節系は,その受容器の種類・特性により,化学調節機構,神経調節機構,行動調節機構の
3つに分かれている。
●呼吸運動に伴う肺や胸郭の力学的特性を理解するために,よく使用される指標として
コンプライアンスと抵抗の2つがある。
●強制オシレーション法は,患者自身の努力呼吸が必要ないので,小児や高齢者にも負担が少なく,
簡便に測定できる。
吸気と呼気のメカニズム
知っておくべきポイント
この4つの過程は①⇒②⇒③⇒④と直列につ
呼吸,換気とは
ながっており,換気は①に当たる。どの過程に障
我々は,吸気(息を吸う)
,呼気(息を吐く)
害が起こっても血液中に取り込まれる酸素が不
を繰り返して換気を行っている。まずは,人間
足することになり,この状態を呼吸不全(室内気
の呼吸とはどのようなもので,その呼吸の中で
吸入時の動脈血酸素分圧〈PaO2〉が60torr以下
換気がどのような位置付けにあるかを理解する
になること)と呼ぶ。PaO2が低下した場合,どの
ことが大事である。呼吸とは,酸素(O2)を
過程が障害されたかを考えることが大事である。
外気から摂取し,人間の細胞内に移送すると共
この中で,何らかの原因により個体に必要
に,人間の細胞内で産生された炭酸ガス(CO2)
な換気,特にガス交換に直接関与する肺胞へ
を外気に排出することである。外気と血液の間
の換気量が十分でない場合には,肺胞の中お
のO2-CO2 交換を「外呼吸」,血液と細胞間の
よび血液中のO2 は不足し,CO2 は逆に蓄積
O2-CO2交換を「内呼吸」と呼ぶ。
することになってしまう。これを,低換気
肺は外呼吸の主要な器官であり,次の4つの
(正確には肺胞低換気)と呼ぶ。動脈血液ガス
過程を経て外呼吸を行っている。
上,PaO2低下および炭酸ガス分圧(PaCO2)
①換気:外気を肺内に取り入れ,また肺内のガ
の上昇を呈した場合,肺胞低換気の可能性を
スを外気に出す過程
②ガスの肺内分布:肺内に取り込まれたガスが
各肺胞へ配分される過程
③拡散:肺胞の中の空気から血流へ,逆に血液
から肺胞の中へガスが移動する過程
④肺血流:肺循環器内を血液が流れていく過程
考える必要がある(Ⅱ型呼吸不全)
。
また,肺胞でのガス交換自体に障害がある
場 合 に は,PaCO2 が 上 昇 し な い(PaCO2:
45torr以下)場合もあり,それをⅠ型呼吸不
全と呼ぶ。ちなみに,PaO2:60torrは,ほぼ
SpO2:90%である。
呼吸器・循環器 達人ナース_Vol.36 No.3
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解剖学的な見地から見た吸気と
呼気のメカニズム
回程度の呼吸運動をしているが,呼吸運動が周
先述したように換気は,吸気と呼気を繰り返
髄)にある呼吸中枢によってリズムが維持され
すことで,外気と肺の空気を出し入れしている。
ている。脳幹のうち,延髄には吸息を司る中枢
吸気と呼気のメカニズムを理解するには,筋骨
(吸息中枢)および呼息を司る中枢(呼息中枢)
格系がどのように作用しているかを理解する必
が存在する。また,橋の上部には呼吸調整領域
要がある。
があり,正常呼吸の周期的なリズムが調整され
換気は,呼吸中枢を介して横隔膜,肋間筋,
ている。そして,橋の下部には持続性吸息中枢
呼吸補助筋の興奮・収縮によって行われる。吸
があり,吸息中枢を促進する働きがある。
気時には,吸気にかかわる筋肉(主に横隔膜,
知っておくべきポイント
外肋間筋,その他)が収縮し,胸腔および肺を
脳幹にある呼吸運動の中枢が正常に作動し
広げる力として働く。このため,肺内の圧力(肺
ない状態を中枢性呼吸障害と言う。症状とし
胞内圧)が大気圧に比べて陰圧となり,空気が
ては呼吸頻度,周期,深さなどの異常がある。
気道を介して肺内に流入することになる。
それらが見られた場合,中枢の異常を疑い,
通常の安静の換気時には,呼気は受動的に行
呼吸回数・リズム・深さをチェックする必要
われ,吸気筋が弛緩し,伸展された肺の受動的
がある。その中の代表的なものとして,チェー
反跳(膨らんだ肺が自然に元に戻ろうとする力)
ンストークス呼吸,ビオー呼吸などがある。
で呼出が行われる。
また,呼吸の深さ,回数の異常として,中枢
努力呼吸時は,吸気には胸鎖乳突筋,前斜角
の異常以外に代謝性アシドーシスで認められ
筋,中斜角筋,後斜角筋が,呼気には内肋間筋,
るクスマウル呼吸がある(表1)
。
腹直筋,内腹斜筋,外腹斜筋,腹横筋といった
◆呼吸調節系
呼吸補助筋が補助的に用いられる。
健常者では,血液中の酸素分圧(PaO2)
,炭
注意すべきポイント
酸ガス分圧(PaCO2)が非常に狭い範囲で調整
特に横隔膜は最も重要な吸気筋であり,安
されるように呼吸調節系という部分が働く。呼
静時の1回換気量の3分の2から4分の3の
吸中枢はその修飾を受けることで換気のレベル
変化を担っている。横隔神経からの刺激で収
が設定されるという仕組みである。換気のレベ
縮して胸腔内圧をより陰圧にして,肺を頭尾
ルの設定は呼吸調節系にある受容器(変化を感
方向へ膨らませる。
知する部分)を介して行われるが,その受容器
また,通常の安静時に使わない呼吸補助筋
の種類・特性により,呼吸調節系は化学調節機
が使用されている場合,何らかの呼吸器疾患
構,神経調節機構,行動調節機構の3つに分か
の合併を考える必要がある。呼吸筋の状態の
れる。
チェックは重要である。
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期的に規則正しく行われるように脳幹(橋と延
化学調節機構 (末梢性化学受容器と中枢性化
呼吸調節のメカニズム
学受容器に分かれる)
◆呼吸中枢
,二酸化炭素分圧(PaCO2)
,
酸素分圧(PaO2)
先述したように,筋骨格系が作用することで,
pH(酸性,アルカリ性の度合い)の変化を感知
吸気・呼気が行われている。人間は1分間に15
して,換気のレベルを調整する。
呼吸器・循環器 達人ナース_Vol.36 No.3
表1
呼吸の回数・リズム・深さに異常のある呼吸
呼吸の状態
原因となる疾患
小さい呼吸から徐々に一回換気量が増えて大き 呼吸中枢の低酸素血症,中枢神
チェーンストークス呼吸
な呼吸となった後,次第に呼吸が小さくなり, 経系の異常,うっ血性心不全,肺
(Cheyne-Stokes respiration)
一時的に呼吸停止となるという周期を繰り返す 炎,中毒,全身麻酔,失神など
ビオー呼吸
(Biot's respiration)
同じ深さの深い喘ぎ呼吸がしばらく持続した後
突然消失し,しばらく無呼吸の状態が続いた後
に,再び喘ぎが始まるというパターンを繰り返す
頭蓋内圧の亢進,髄膜炎
クスマウル呼吸
(Kussmaul's respiration)
異常に深く大きく,規則正しい呼吸を繰り返す
代謝性アシドーシス,糖尿病ケ
トアシドーシス,尿毒症
末梢性化学受容器(主にPaO2の変化を感知する)
動脈血中のPaO2 は大動脈小体(大動脈弓に
管の収縮を起こす。
J受容器:肺胞の毛細血管付近にあり,毛細血
存在)および頸動脈小体(頸動脈分岐部に存在)
管の圧や浮腫などによって興奮し,浅くて速
というところでモニターされ,変化がないか
い呼吸を引き起こす。
チェックされている。
伸展受容器:気道の平滑筋中に存在し,肺の拡
例)血中のPaO2が低下した場合
張によって刺激される。これによって,吸気
血中のPaO2 の低下⇒大動脈小体の迷走神経
が抑制される(これをヘーリング・ブロイ
の求心性刺激と頸動脈小体の舌咽神経の求心性
ヤー反射と言う)
。
刺激が延髄にある呼吸中枢を刺激⇒換気を促進
行動調節機構
させるという過程を辿る。つまり,PaO2 が低
行動調節は大脳皮質を介した調節であり,随
下した分,換気を促進させることで酸素の取り
意的なものと意識に上らない不随意的なものが
込みを促し,PaO2 を上昇させるように働くと
ある。後者は,怒り・泣き・笑いなどの情動や,
いうことである。
睡眠・覚醒などにより呼吸が変化する反応のこ
中枢性化学受容器
(主にPaCO2の変化を感知する)
とを言う。
中枢性化学受容器は延髄腹側野というところ
呼吸抵抗と
強制オシレーション法
にある。呼吸中枢を刺激する最大の要因は,血
液中のPaCO2の上昇である。
例)血液中,脳脊髄液中のPaCO2が上昇した場合
呼吸に際して,吸気に関する筋肉の活動に伴
脳脊髄液のPaCO2の上昇(pHの低下)⇒中枢
い胸郭が拡張し,それに伴い胸郭内は陰圧とな
性化学受容器が感知し,呼吸中枢を刺激⇒換気
り肺は引き伸ばされ,空気は気道を通り肺胞に
を促進させるという過程を辿る。つまり,PaCO2
達する。一方,呼気時には,吸気に関する筋肉
が上昇した分,換気を促進させることで二酸化
の活動は停止し,肺や胸郭は元の状態に戻るた
炭素の排出を促し,PaCO2を下げるように働く
め,肺胞に達した空気は気道を経て呼出される。
ということである。
このような呼吸運動に伴う肺や胸郭の力学的特
神経調節機構
刺激受容器:気道の上皮細胞中に存在する。ガ
スや粉塵などの刺激によって興奮し,咳や気
性は,粘性,弾性,慣性と表現される。
粘性:力を加えて変形させると,元の形に戻ら
ないことを指す
呼吸器・循環器 達人ナース_Vol.36 No.3
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表2
抵抗
抵抗
概念
測定法
気道抵抗
Airway Resistance(Raw)
口腔内と肺胞内圧との圧の差を駆動圧にした場合の抵抗
⇒気道のみの抵抗
体プレチスモグラ
フィー法
肺抵抗
Pulmonary Resistance(RL)
口腔内と胸腔内圧との圧の差を駆動圧にした場合の抵抗
⇒気道抵抗と肺組織抵抗
食道バルーン法
呼吸抵抗
口腔内と胸郭表面での圧の差を駆動圧にした場合の抵抗
Respiratory Resistance(Rrs) ⇒気道抵抗と肺組織抵抗と胸郭抵抗
弾性:力を加えて変形した場合,元の形に戻る
抵抗
◆抵抗の種類
力を指す
慣性:止まっていれば止まっている状況にとど
抵抗は,粘性を表す指標である。
まろうとし,動いていればその速度を保とう
換気時において,空気は上気道,気管,気管
とする性質を指す
支などの気道を流れており,その時の気流の速
このような特性に関連して,臨床的に呼吸力
度(V)
,管としての気道の抵抗(R)
,気道の
学の理解でよく使用される指標としてコンプラ
両端の圧の差,駆動圧(P)の三者には,P=
イアンスと抵抗の2つがある。
R×Vという関係がある。
コンプライアンス
つまり,両端の圧力の差によって空気が移動
肺の膨らみやすさや縮みやすさを表す指標を
するが,抵抗が上がれば上がるほど,速度が低
コンプライアンスと言い,弾性特性を表す指標
下することになる。また,抵抗が一定の場合,
である。気流のない状態での肺の膨らみやすさ
両端の圧が上がれば上がるほど,強い圧で空気
は静肺コンプライアンスと言う。気流がない静
が移動し,速度が上昇することになる。肺におい
的(static)な肺に圧力(P)を加えた時(ΔP)
ては駆動圧をどの部位で取るか,つまり,どの部
に増加する肺容積(V)の変化(ΔV)は,静
位同士での圧力差を見るかによって抵抗の名称が
肺コンプライアンス(static lung compliance:
変わる(呼吸抵抗,肺抵抗,気道抵抗)
(表2)
。
Cst)=ΔV/ΔPとなる。静肺コンプライアン
呼吸器系において粘性抵抗は,気道の径,流
スが大きいことは,肺が軟らかく伸びやすいこ
れる気体の性質,流れ方(層流と乱流)などに
とを(例:肺気腫)
,逆にコンプライアンスが
影響される。一般に,気道径が狭小化する病態
小さいことは肺が硬く伸びにくいことを(例:
が存在すると,抵抗は高値となる。
間質性肺炎)示す。
◆強制オシレーション法による
また,気流が存在する状態での肺の膨らみや
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強制オシレーショ
ン法
呼吸抵抗の測定
すさ(dynamic lung compliance:Cdyn)は動
強制オシレーション法は,特殊なスピーカー
肺コンプライアンスと言う。これは,動的な状
から口腔内にパルス音波を送り込み,呼吸抵抗
態での肺の膨らみやすさを示し,換気中の抵抗
を測定し,空気の通りやすさや肺の膨らみにく
成分も含まれ,換気の不均等分布の存在にも影
さを表現する。これは,安静呼吸を行うのみで
響される。
測定できる。
呼吸器・循環器 達人ナース_Vol.36 No.3
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