「民間ITシステムから考える」(第16回) ICTで会社を「強く」する

「民間ITシステムから考える」(第16回)
ICTで会社を「強く」する
大成建設 株式会社 社長室 情報企画部長 兼
株式会社 大成情報システム 代表取締役社長
柄 登志彦
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将来の持続的発展に向けた
基盤構築
大成建設は、
「人がいきいきとする環境を創造
する」をグループ理念に、道路、トンネル、ダム、
超高層ビル、商業施設、工場施設、地下鉄など
の大規模な建築土木工事を中心に事業を展開し
ています。現状では国内事業が8割以上を占め
ますが、最近はアジア、アフリカ、ヨーロッパ
などへの海外受注拡大にも注力しており、新ド
ーハ国際空港やボスポラス海峡トンネルなど、
技術の粋を集めた大規模工事も手掛けています。
現在、海外景気の減速や円高の影響等により
日本経済は停滞を余儀なくされていますが、当
社は厳しい経営環境に対処すべく、これからの3
ヵ年を「将来の持続的発展に向けた基盤構築の
期間」と位置付け、中期経営計画(2012 ∼ 2014
年度)に取り組んでいるところです。
当社は建設業で初めての法人化(1887年)と
株式会社化(1917年)を経て、終戦直後の1946
年には我が国で初めて「建設」を社名に用いて「大
成建設株式会社」と変更するとともに、社長を
社員投票で選ぶという斬新なスタートを切りま
した。このような進取の気風は現在でも受け継
がれており、グループ理念を支える価値観とも
言える「大成スピリット」の筆頭に「自由闊達」
を掲げ、その意味づけとして「多様性を尊重し、
組織内外の活発なコミュニケーションやネット
ワーク形成を通じて、役職員全員の能力が活か
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行政&情報システム 2012年10月号
せる風通しが良く活力ある企業風土を醸成」す
るとしています。
進取の気風はICTへの取り組みにもあらわれ
ており、リスクを取りながら先進技術を導入し、
早期に効果を上げようというチャレンジ精神に
あふれています。古くはいち早くメインフレー
ムを保有した1960年代から、他社に数年先駆け
てパソコンの一人1台化に着手した1990年代を経
て、経営改革のために組織・体制とICT基盤そ
のものを全面的に刷新した2000年代に続きます。
2000年に開始したオープン化とデータセンター
移行、2008年のサーバ仮想化等によって大幅に
コストダウンを実現し、同時にITILとCOBITに
準拠した業務プロセスの標準化やコア技術以外
の徹底したアウトソーシングによってICT部門
をスリム化しました。これらの施策によって、
総ICT投資は10年で半分以下に削減しています。
しかし自由闊達、進取の気風にあふれると言
っても、闇雲に新しいものや流行のものに手を
出している訳ではありません。これはと思った
技術は早くから時間をかけて徹底的に調査と試
行を繰り返し、常にリスクをコントロールして
導入効果とのバランスを図りながらチャレンジ
することを心がけています。
このようなチャレンジを続けて行く上で重要
なことは、経営層のみならずユーザー部門から
も理解と信頼を得ることであり、そのために最
大限の努力をすることもICT部門の責任である
と考えています。
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情報を公開して
透明性・公平性を確保
情報企画部の前身である情報システム部は、も
ともと大型計算機の管理を主な業務とする電子計
算室として発足しました。長く情報システム部と
して管理部門下で情報関連業務を担ってきました
が、1998年に情報企画部に改名、2000年には社長
室の下に移動しました。その背景には、情報シス
テム部門が単にコンピューター・システムの開発・
保守・運用だけをしていればいいという時代は終
わり、情報戦略や情報ガバナンスにきちんとした
方向性を示しながら、全社横断的にICTを軸とす
る業務改革を推進しなければならないという経営
の認識がありました。情報企画部が「業務改革」
を業務分掌に掲げる社内で唯一の部門であること
にもそれは示されています。
2000年に掲げたグランドデザインでは、経営
革新モデルとして「スピード経営、
スリムな経営」
を、経営コンセプトとして「必要最小要員によ
る経営」をうたっています。情報企画部もそれ
に則り、最小の陣容で全社、全グループをカバ
ーすべく、ピーク時の1/3以下の約30名で「企画」
「コンサルティング」
「推進」
「IT調達」の4つの
機能を担っています。これに「開発」
「保守」
「運
用」
「品質管理」を担う機能子会社である大成情
報システム約80名と運用補助の外注スタッフ20
∼ 30名を合わせた総人員でも約130 ∼ 140名と、
やはりピーク時の1/3以下としています。
情報企画部と大成情報システム共通のミッシ
ョンとして、
「ICTで会社を「強く」する」こと
を掲げており、その実現を目指すためのICT部門
のスタンスとして、次の4つを示しています。
①「業務改革推進部門」として、常に業務改革
視点で問いかける
②「経営部門」として、常に全体最適を考える
③「サービス提供部門」として、常にゴール・
スケジュール・レベルを考える
④「ICTのプロ」として、全社の規範となるべ
く行動する
私は彼らに、常に「コミュニケーション・エキ
スパートを目指せ」と話しています。コミュニケ
ーション・エキスパートとは、社内の各層、経営
層、社外の協力会社とのコミュニケーションを通
じてさまざまなものを作り上げていくうえで求め
られるプロとしての能力で、4つのポイントとし
て「情報を共有し、迅速に判断する」
「自分の意
見を持ち、確実に周囲に伝える」
「会議を成功さ
せる」
「文書を尊重する」ことを挙げています。
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ユーザー部門の利益を
代弁することも
すべての情報システム、インフラはユーザー
とSLA(サービス・レベル・アグリーメント)
を結んで「有償」で提供しており、業務システ
ムからパソコンの1台1台に至るまで受益部門に
賦課しています。そのためには、そもそもの計
画段階からユーザーとサービス提供部門である
ICT部門が一緒になって検討し、合意を重ねる必
要があります。
そのために情報企画部が持つ機能として特徴
的なのは「コンサルティング」です。このチー
ムは、ユーザー部門およびグループ会社の窓口
であり、あらゆる相談を受け、協力して情報シ
ステムの企画立案を行います。ユーザーサイド
に立ってニーズを掘り起こしながら、部門およ
びグループ会社の業務改革を支援し、全社・グ
ループの業務改革につなげていくというのがミ
ッションです。コンサルティングチームには、
情報技術のバックグラウンドを持ち他部門を経
験してきた人材や、技術畑の人間など多種多才
な人材を配置し、人数的にも情報企画部の約1/3
を当て、業務とシステムの橋渡しをする重要な
役割を担わせています。
ユーザー部門の利益を代弁するために、コン
サルティングチームは案件審査の際にはしばし
ば審査メンバーと対立します。しかし、コンサ
ルティングチームの活動によって、ユーザー部
門からは「以前よりもわれわれの話を聞いてく
行政&情報システム 2012年10月号
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「民間ITシステムから考える」(第16回)
れるようになった」という評価を頂いており、
結局は情報企画部に対する信頼につながる重要
な活動だと考えています。
これに対して、全社横断で特定の部門が所管
しないシステムは企画チーム、ICTインフラ更新
はインフラ計画チームが起案し、情報企画部所
管となります。この場合もやはり案件審査時に
は審査メンバーと起案チームが厳しく対峙しま
す。この仕組みは、いわば裁判における検察と
弁護士のようなものであり、健全で合理的なICT
投資を行うためには必要不可欠であると考えて
います。
情報企画部はグループのITガバナンスを推進
するという立場から、ICT投資に関して強い統轄
機能を持っていますが、それを一方的・強権的
に発動するのではなく、常に判断基準を明確に
し、情報を公開して透明性を高める仕組みを構
築しています。
ICT投資管理に当たっては、
「投資決定判断基
準の明確化と実行」と「投資対効果(ROI)の明
確化と評価・見直し」を厳しく行っています(図
1参照)
。投資のタイプは、①戦略型ICT投資、②
業務効率型ICT投資、③インフラ型ICT投資に分
けられますが、それぞれ、経営判断、明確なROI
による判断、コスト・必要性による判断に基づ
いて投資の可否を決定します。すべての案件は
まず情報企画部長決裁を受けることになってお
り、そのための案件審査会を週3回程度開催して
います。金額と重要性によってはさらに上位の
決裁を必要とし、最上位の決裁は取締役会とな
ります。案件の審査・手続き状況、予算の執行
状況は社内イントラで公開することによって透
明性、公平性を確保しています。情報開示なし
にはユーザー部門からの信頼は得られないと考
えています。
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先進の技術を採り入れながら
「人」の力を強化
建設業を取り巻く環境は厳しいものがあり、
1990年代後半からの建設不況により建設投資額
は激減しているにもかかわらず、業者数は依然
として多い状態が続いています。そのため、収
益構造健全化と競争力強化に向けた体質改善と
業務改革が必須となっています。大成建設は、
変化に柔軟かつ迅速に対応できる組織に変わる
べく経営のスピード化・スリム化に取り組み、
業務改革につながる各種のICT施策を打ち出して
きました。その特色として、一企業の枠に留ま
らず、企業間の連携を前提とした電子調達や情
報共有のしくみにチャレンジ
し続けてきたことが挙げられ
図1 ITガバナンスとリスク管理
ると思います。
このような企業間コラボレ
ーションの一環として構築し
▶投資決定判断基準の明確化と実行
た、施工時の情報共有の仕組
▶投資対効果(ROI)の明確化と評価・見直し
み で あ る「 作 業 所Net」 は、
投
戦略型ICT投資
経営戦略による経営判断
資
部門の発案で開発を開始した
金額/重要性
の 業務効率型ICT投資
明確なROIによる判断
タ
決裁基準
ものですが、最終的にはASP
イ
インフラ型ICT投資
コスト、必要性による判断
プ
として他社に全て譲渡した上
評価
で当社は一ユーザーとして他
投
実
効
案件審査
定
レ
リ
施
資
果
テ
常
ビ
リ
ス
化
計
社とともに利用するという、
可
判
ュ
ー
ト
判
画
定
否
ー
ス
定
業界初の試みでした。クラウ
ドやSaaSという言葉もなかっ
計画(・調達)
開発・導入
運用
た時代ですが、その先駆けと
も言えるユニークなシステム
ICT投資監理 判断と評価
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行政&情報システム 2012年10月号
ICTで会社を「強く」する
ートデバイス(を含めた多様
なデバイス利用)
、
(パブリッ
クおよびハイブリッド)クラ
ウド、BYOD(私有機器の業
設計・監理会社
事業主
本社・支店
務利用)
、SNS(ソーシャル・
ネットワーキング・サービス)
だと考えて様々な試行と検討
を行っています。
作業所
真に経営に資するICT部門
となるために課題はまだまだ
材料メーカー
専門工事業者
山積していますが、目下の大
きな課題は人材育成です。組
織をスリム化して行く段階で、
【狙いと目的】時間と空間を超えて仕事ができる/そこに行けば大成建設の仕事ができる
必然的にICT部門としての新
作業所を中心に多くの関係者が情報を授受
人採用を見送ってきた結果、
情報企画部は年齢構成がベテ
で、厳しい状況の打開に貢献する示唆に富む業
ランに偏った部署となっています。今は特に、新
務改革の一つと考えています(図2参照)
。
しい発想と業務改革のモティベーションを維持す
建設作業所には、本社・支店・作業所、専門
るために、管理系・技術系を含めた多様な人材の
工事業者、設計事務所、施主など社内外の多く
確保と、新人から現業部門・ICT部門間のローテ
の関係者がいて、刻々と変わる現場の状況の中
ーションを経験させて現場感覚を身につけた人材
で情報を共有しながら作業を進めています。以
の育成に注力しています。また、情報企画部と大
前は、煩雑な作業を手作業で処理しながら情報
成情報システム一体経営の利点を生かし、相互
共有をしていましたが、作業所Netでは、商社に
の人材交流を活発に行っています。情報企画部
委託して開発・運用のスキームを作り、取引先
の人間は開発・保守・運用の現場を知り、大成
や協力会社をも巻き込んだオープンなSaaS型の
情報システムの人間は企画・コンサルティング
サービスとして提供しています。これにより、
の上流部分を知ることによって、全体を理解し
担当する役割に応じて必要な情報が選択されて
て同じベクトルを持つことを目指しています。
表示され、必要であれば文書・図面管理、ワー
クフロー管理、品質管理などの社内業務システ
名 称:大成建設株式会社
ムと連携した情報も表示されます。また、電子
本社所在地:東京都新宿区西新宿一丁目25番1号
調達システム(SUPER-TRIO)とは見積もり用
設 立:1873(明治6)年
の図面交付で連携して業務の効率化を実現して
代 表 者:山内隆司(代表取締役社長)
います。
資 本 金:112,448,298,842円(2012年3月31日現在)
売 上 高:単体10,251億円/連結13,235億円(2011年度)
ICT部門のミッションは「ICTで会社を強くす
従業員数:
単体8,087人/連結13,776人
(2012年3月末)
る」ことですが、具体的には、新しいワークス
事業内容:建築、土木、エンジニアリング、開発、不動産、
タイルを創出しながら、誰もが、いつ、いかな
その他総合建設業を核とした企業グループ(連
る場所でも安全に必要な情報を入手でき、業務
結子会社25社)
が行える環境を提供することだと考えています。
U R L:http://www.taisei.co.jp/index.html
そのために取り入れるべき5つの技術/考え方の
取材・文/佐藤 譲
キーワードは、モバイル(ネットワーク)
、スマ
図2 企業間コラボレーション
作業所Net(施工時情報共有)
行政&情報システム 2012年10月号
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