Kobe University Repository : Kernel

 Kobe
University Repository : Kernel
Title
酪農の明暗相 : 兵庫県多紀郡丹南町大山地区の調査より
Author(s)
川那部, 治良
Citation
兵庫農科大学研究報告. 農業経済学編, 5(2): 15-20
Issue date
1962
Resource Type
Departmental Bulletin Paper / 紀要論文
Resource Version
publisher
URL
http://www.lib.kobe-u.ac.jp/handle_kernel/81006409
Create Date: 2014-11-10
去
﹄
農
相(川郡部)
明
刊
山
川
部
耕地面積三二九町(回二六八町・畑六一町)で、農家一戸当り耕地約八反歩を
られる典型的農村とみてよい。
みてよい。平坦集落より山間集落と状況の異なった集務を有し、部の縮図ともみ
大山地図は郡の西北端に位し、大小十四部落に分たれ、地区民の七割は農家と
qL
り飼育頭数など先進地を凌ぐものがある。(第一表)
ともに遥かに氷上郡のそれに劣るが、成長度合は極めて高く、成長指数、一戸当
本県の乳牛の拠点氷上郡より約三O年おくれて導入せられたが、その一戸数、頭数
ここに検討を試みようとする多紀郡丹南町大山地区の所有する多紀郡の酪農は
伸びる酪農家
のである。
調査を行ない、五ヶ年聞における農業構造の沈変化を打診しようとした
格者)の悉皆調査を行ったが、更に本年(三七年)八月を期して再び悉皆
註川筆者は昭和三二年に多紀郡丹南町大山地区の肉民家(農業委員会選挙資
る制限はあるが、端的に記述しようとするものである。
この小稿は本夏の農家調査に基づさ、酪農についての消長の様相を、紙幅によ
捗度合は叙上の参画のタザによって推し測り得るのである。
の推進者としての酪農経営者の巨大な参画が必要となってくる。主産地形成の進
企業化を推進すべき農家群、酪農によって企業化を実現しようとする地域的分化
しかし酪農において、真の主産地形成を完遂せしめるためには、地域毎に農業
間に二l 三倍にも達したという事例は随所にみられる。
牛の回、五頭を獲ち得るのであって、その間周到な飼料計困をも樹立、ここ数年
の育成という貴重な体験をしつつ、二、三頭乃至四頭と追いあげて、遂には搾乳
良
相
ー兵庫県多紀郡丹南町大山地区の調査より│
由来、構造改善事業の主なねらいは、在来のいわゆる零細農業を大規模化する
自力的に或は追従的に推進せられつつある。
こと、即ち、大規模生産の有利性という経済的原則にできるだけ接近せしめるた
めに各経営の経営技術をより高いレベルにもってゆくこと、小規模経営農家相互
の連絡を協業の促進などの手段によって密にし、優良な商品良畜産物の均質化、
従って個々の農家がそれぞれ何の脈絡もなくこれを実施するのでは決して完遂
大量生産化をはかるなどがあげられる。
われてこそ真の軌道にも乗り得るのである。
されるものでなく、部落なり更には市町村を単位としての総合計画に基づいて行
近時わが農村が地域によって可成りの差異はあるが整備せられた所属農協の努
力によってその生産作目の如何を問わず、大なり小なり主産地形成の方向に向っ
ていることは随所にみられるところでる。構造改善の具体的内容として何をとり
い、音産があげられるが、ここに果樹をとりあげてみても、近時異常の伸びを示
あげるか即ち主産地形成の対象として考えられる作目としては勿論、果樹、やさ
しているものにブドウ、モモ、クりなどがあるが、その袋かけ、労力の点、生鮮
などの裁培が残り、或は工業化旺んな都市近郊のイチゴの観光的裁培(イチゴ狩
度の低下の速いことなどによって、モモの伸びはむしろ停滞して、ブドウ、クリ
音
日
治
日
音
り)が伸び、また酪農地域にあっても新規導入后数年の経過をみて、(地域的に
明
)
11
の
農業構造改善は農業基本法の大きい一本の柱として、政府の先達のもとに或は
ま
酪
カt
の
1
5
え
可成の相違はあるが)はじめて農家は多頭飼育の有利性を体得し、意志堅固な専
農
業農家的意識をもつものは年年多頭飼育の線に沿い、しかもその聞において牝債
W~
第二号
農業経済学編
計
ooaaz'inu
内
O
司よ噌 ind
2
.
5
第五巻
当
均
平
数
戸
一
1戸当頭数
兵庫農科大学研究報告
示し、稲作約二三O町歩、タバコ作一三
六町歩、秋作白菜七、八町歩、甘藍三
町歩、山芋、西瓜各五町歩、花升(菊)
町などの商品作物を作付し'畜産として
は役肉牛約二OO頭(育成積牛五O頭)
乳牛七四頭、豚五O頭、鶏六OOO羽を
酪農は従って大きくはないが、昭和三
示す。
二年以降に伸びを示した農家と、その間
三O戸、その二戸当り農業従事労働力は
新規に乳牛の導入を始めたものを併せて
三二年三・一入、三七年二・九人で、ほ
た五カ年閣の酪農の伸びは第二表をみら
7
4
ば﹁米+乳牛﹂一て﹁乳牛+米﹂六、﹁米+乳牛+タパコ﹂五、﹁米+乳牛+
やさい﹂四、﹁乳牛+米+花﹂三、﹁米+和牛﹂一となり、﹁米と乳牛﹂のみの
って咋ニ九戸までは乳牛を主又は副作固とし、更に他のてこの商品作目を配す
組合せ一七、﹁米と乳牛とタパコ又はやさい又は花﹂一一一、﹁米と和牛﹂一とな
るものが多く、何れにしても乳牛がそれぞれの経営において大きいウエイトを占
1
6
ぼ自立経営農家の標準労働力を示す。ま
3
7年 頭 数
しかも各農家の今后の経営形態を粗収益の多いものにより表現するものとすれ
酪農家戸数
れたい。
既にこのような狭小な地区にゆめっても、いわゆる﹁主産地形成﹂の下地︿した
更に部落的消長をみる。(第三表)
じ)ともいうべき酪農地区が自然形造られている。
即ち一部落-戸ずつの酪農家をもっ大山新、町之回、東河地の三部落を除き、
五カ部落に集中し、しかも多頭飼育の最たるものとして大山下部落があげられる。
残る二七戸は、奇しくも県道に沿うた大山下、追入、長安寺、大山宮、大山上の
を原則とし、ご戸平均一・一頭であったが、五年後の現在、戸数は三戸減少、頭
,三二年度には、酪農については未だ全く端緒についたばかりであり、酪農家戸
数三三戸に対して搾乳頭数もまた二O頭前後、日産一石程度で、各戸搾乳牛一頭
数は二倍となった。当初の酪農家中一四戸は途中乳牛の飼育を放棄し、一九戸が
これを継続、その問、更に一一一戸が新親に乳牛を導入し初めたのである。
挫折した
酪農家戸数
%
試みに現在酪農を営みつつあるものと、酪農を放棄したものの経営規模別分布
第 4表
1
8
3
%
伸び2
率5
3
年
5
2
,
1
3
7
年
に
対
の して
をみると第四表の通りとなり、前者の二戸当り平均耕作面積は一 0 ・二反後者の
それは八・三反となり、前者は経営規模において後者に比し約二反歩凌穏し、矢
張り経営面積においてもほぼ限度があることを知る。
部落別 大山上│大山宮│長安寺│追入│大山新│町之田│石住│大山下│東河地│
i
部務別酪農の増減
第 3表
3
5
1
.1
2
.
5
3
7
1
.0 1
,
0
2
91
,
2
7
8 1
.2
1
.3 1
,
502 1
,
9
2
1 1
.3
1
.6 1
,
8
8
52
,
4
3
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.3
1
9
2
2
7
6
6
2
3
0
1
9
1
7
9
4
0
6
昭 2
5
1
L
Z
報│頭数
飼育│頭数
戸数
郡
上
氷
郡
紀
多
1
~戸
当り
年次
3
7
7
4
2
昭 3
I:~ I 引引け~ I
~'.I
年次
第 1表
: 多紀郡・酪農の伸び(氷上郡との比較)
第 5表
酪
農
の
明
暗
N
o
.
田
I
t
:
. 伸
農
ぴ
農
家
反
1 大山上 6
.
70
.
77
.
4O
2 大山宮 1
3
.
71
.61
5
.
3O
相(川那部)
3 大山宮 9.2 1
.71
0
.
9O
4 大山宮 1
2
.
62
5
.
5O
.
91
5 大山宮 1
0
.
80
.
51
1
.
3老衰
6 長安寺 1
4
.
2O
.
51
0
.
73
7 長安寺 1
3
.
8O
2
.
61
.21
8 長安寺 9
.
01
.31
0
.
3O
0
.
01
9 長安寺 1
.611
.6 O
1
0 長安寺 5
.
80
.
15
.
9O
1
1 大山上 1
0
.
32
.
01
2
.
3O
1
2 大山上 6
.
10
.
46
.
5O
1
3 大山富 9
.
01
.01
0
.
0O
1
4追 入 8
.
41
.91
0
.
3O
1
5追 入 6
.
2 2.0 8
.
2O
1
6追 入
1
1
.0 O
1
7追 入 4
.
8
11
.1 5
.
9O
1
8 大山新 8
.
0
11
.4 9
.
4O
1
9 大山上 1
3
.
8
11
.01
4
.
8O
2
0 大山下 6
.
53
.
51
0
.
0O
.
53
2
1 大山下 5
.
89
.
3
22 大 山 下 4
.
74
.
59
.
2O
.
72
.
07
23 大 山 下 5
.
7O
.
53
.
51
0
.
0O
2
4 大山下 6
.
40
25 町之閏 9
.
59
.
9O
.
52
.
51
2
.
0O
2
6大山下 9
27 東 河 地 1
4,
60
.
21
4
.
8O
.
71
2
8 大山下 2
.3 4.0 O
.
22
.
07
2
9 大山下 5
.
2O
.
51
3
0 長安寺 6
.4 7
.
9老 衰
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O
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O
O
O
O
O
4 米+乳牛+タパコ
2 米+乳牛
父
O 3 米+タパコ+乳牛
孫O
4 米+タバコ+乳牛
4 乳牛+米+やさい
ム3 米+乳牛
ム3 米+乳牛
3 米+乳牛+やさい
3 米+和牛
3 米+乳牛
長女
O 3 米+タバコ+乳牛
2 タバコ+乳牛+米
2 米+乳牛
4I~依+乳牛
4 タバコ十乳牛+米
2 米+乳牛
ム2 乳牛+米十やさい
五女
l
j二
O 5 米+宇L
ム2 乳牛+米+花
O
O
O O
2 乳牛+米+花
ム2 乳牛+米
ム3 乳牛+米
O
ム2 乳牛+米
O O
O
O
O
母
O
ム3 乳牛+米+やさい
3 乳牛+米
母
O
O O
O O O
容
和牛頭数
装備
37
搾乳│育成│計 3
2
年1
年│増減 耕転機
O ム3 乳牛+米
O
O
O
O
O
O
O
内
営農形態
父
O
の
乳牛頭数
i
畑 i
計 戸 副 長 │ 点i
F
l
F戸
反反
t
c
農業従事者
耕地反別
農家[部落名
番号
百
各
3 米+乳牛
2 乳牛+米
3 乳牛+米+花
3 米十乳牛
3
2
2
2
1
3
1
3
2
1
2
2
1
2
1
。
1
。
。
。
。
2
1
。
。
1
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1
。
4
2
2
2
1
5
1
1
1
1
1
2
1
1
2
3
2
2
2
1
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1
1
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3
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0 ム1
。 ム1
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2 土O
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1 土O
1 土O
。 。
。 ム1
1共
。 ム1
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l 土O
O ム1
1
1 ム1
1 。 1 1 。 ム1
2 1 3 1 0 ム1
2 。 2 1 0 ム1
2 1 3 1 1 土O
1 。 1 。 。 。
1 2 3 1 。 ム1
3 2 5 1 0 ムl
3 1 4
0 ム1
3 1 4 2 。 ム2
2 1 3 。 。 。
1 1 2 1 1 土O
1 。 1 。 。 。
3 。 3 。 。 。
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1共
1
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2
・
1
1
1
1
1
1
l
1
1
農業従事者計欄ム印は 3
2
年現在の労力に比して減少したものを示す
の形態は現に飼育中の乳牛に転換して肉
めようとしている。(但し﹁米と和牛﹂
この農家のみは不日酪農を止めようとす
牛の若令肥育を行なおうとするもので、
るものである。)
またこれらの酪農家は最近五カ年聞に
乳牛の導入或は育成をはかる反面、その
内二ハ戸は役肉牛一一回を減少(一戸は二
頭を減少)ただ一戸のみ一頭を増加して
過半の農家は役肉牛に転換したこととな
る
。
また彼等が役牛の減少に伴ない、農耕
労力対策として機械化に依ったことは、
その半数を占める一五戸が個人有または
共有の形で動力耕転機を新調したことで
判然する。(以下第五表酪農に伸びた
農家の内容参照)
またこれら各農家の営農意欲をみると
耕地面積を拡張したもの七戸、その拡張
面積一町七反歩(一戸平均二・四反)減
既に一四戸の落伍者を出したあとにお
少したもの一戸一・七反を示している。
いて、どの酪農家もかつてのタバコ作付
農家或はいわゆる﹁大山西瓜﹂の裁培者
或はまた丹波特産の山芋などの商品農作
が酪農を中心として大きい発展を試みよ
物の常習的栽培者でもあり、その何れも
うとする農家群である。また中には大き
一、二年内にこれを酪農に転換しようと
い収入源泉であったタバコ作さえも、
1
7
第五巻
第二号 農業経済学編
った狭小耕地の拡強を図るため篠山川べりのクヌギ林に目をつけこれを開発
兵庫農科大学研究報告
して二反歩を牧草畑とした。従来の耕地には甘謡、トウモロコシ、飼料カ
をまって三頭搾乳を目指す熱心な一家である・問畑込めて七反余しかなか
なお農業従事労力について考察を試みると、八七人の内、戸主ニ七、妻ニO、
している。
母二、二三女二、孫一)となっており、三O戸の九割にも達する農家では戸主自
長男(または農業の後継者)二ハ、その嫁一七、その他七会戸主の父二、戸主の
はレンゲ、大麦、エンバクなど四・二反にわたって飼料作物を栽植して極力
ブ、イタリアンライグラスなどの飼料作物の作付をなすとともに回の裏作に
らが農業に従事し、また戸主の年令が老令に達しているものは必ず長男(または
また特記すべきは、戸主夫婦と長男夫婦という完全な二対と、或はその何れか
@大山下第鈎農家の如きは耕地田畑込めて七・二反のみの耗種一本槍では到底
自給化を図った結果は、三六年の年間購入飼料代は四七、 000円で販売乳
代金一八九、 000円︿五、八五四砥)の約二五%と、着実な記帳によって
顕著な実績をあげている。
ており、いわゆる自立経営農家としての酪農依存気配は濃厚とみられる。
一人と老若夫婦一対との組合せから均る三人労働力の構成が一九戸も算えられる
入、爾后順調な仲びをみせて現に搾乳牛二頭、育成牛一頭を飼育している
家計の切り盛りは不可能とみて、多紀郡の先駆として昭和二八年に乳牛を導
あととり)が従事しており、︿一六戸を占める)またこれとほぼ同数の援が従事し
ことであり、純然たるいわゆる﹁。
単
紬なる家族構成﹂による自立農家と言い得る
角
該作目に対する特殊ともみられる関心と、家族相互聞における分担意識とが経営
このように主産地形成の蔭には、老幼男女を問わず、農家族成員の心からなる
00乃至二八、 000円の乳価収入をみている。
が、常に一家中、乳牛を同家の救い主として崇敬している。月平均二七、 0
ようにおもわれる。
更に当地区内最大の集団的酪農集落ともいうべき大山下部落をみると、三二年
条件を以て二戸当約三頭の線まで到達している。その好条件ともみるべきものは
主の管理下にあって海然融合して作業能率が高掲されている。
は乳牛飼育とともに従来の和牛をこれに転換することが通念とも考えられて
に一頭の乳牛の飼育から一躍五頭飼育に到達したのである。更に特記すべき
の問題とそれら農家のむしろ自棄的な兼業化乃至は気分的な嫌悪感(農業に対す
であるが、そこには種々の事情があったようである。先ず考えられることは労力
この地区内にも一四戸の酪農に伸びきれなかった農家があることは前述の通り
職員として採用せられ、しかも七反程度の耕作をしている場合、当然年間均らして
1
8
当初一 O戸中一一一戸は既に酪農を断念し、目下八戸が他集誌に比し遥かに圧倒的好
その水田率でゐり、その畑地面積をみると第六表にみるように全耕地の三三%に
酪農において、粗飼料の源泉ともいうべき草地畑造成の可能性が酪農経営の明
いるに拘わらず、この農家では戸主(六回才)が老令にもかかわらず和牛飼
伸びない酪農家
間波辺兵力﹁新しい農業の進路﹂八八頁
せられたい。
凶大山地区の概要については、拙著﹁兼業農家の実態﹂三 l六一只(兵庫
農科大学研究報告第 3巻第2号農業経済学編)および﹁農民離村と家格問
題﹂一頁︿兵成農科大学研究報告第 3巻 第 1 号 農 業 経 済 学 編 ) を 参 照
も当る畑地を有する大山下部落の酪農経営に対する有利性が示されている。
暗を決定することは衆知の事実ともいい得る。
なおてこの優秀事例を紹介してみよう。
造成して侍増加の意欲をもっている。
⑦長安寺第6の農家は搾乳牛三頭育成牛二頭を飼育、現在年間草地二反五畝を
酪農従事の労力としては長男夫婦(長男三五才嫁三一才)が当り耕種担当
育に関心強く、二頭の黒牛を肥育中であって正に畜産一家と云って差文えな
柏相当な管理労力を要する乳牛の飼育を断念することとなる。また基幹労働力の一
夫婦二人だけで農業に従事していたものが就職窓欲つよく、遂に夫が地元農協
と妻(三七才)の二人が専ら当って目下二頭搾乳牛を飼い、更に牝槙の出生
@大山下第
m農家は戸主(三四才)は左官職を営み、酪由民にはその父(六回才)
h
u
る)に陥った経営主の心境から発するものが相当多いことでおる。
の二男も県立酪農講習所出身で、修得の技術を振り向けて、五年以前わずか
註
註
人が完全な一工員(臨時工でなく)に就職したとき、トタンに可成り年老いた経
営主は営農に対する熱意を喪失して、﹁企業的農業﹂を構成する水稲を取り巻く
商品作目群の裁培或は飼育に取組むことから後退し、米麦単作のいわゆる﹁飯米農
好の収入源と考え過大視した結果、必ずしも予
期通りの収入をあげ得ず、まして購入搾乳牛の
減価償却など思いもよらず、また飼料の自給体
更に三十三、四年の乳価の低落によって一たま
制をも考慮することなく、常に飼料代に追われ、
これら農家の経営内容は第七表の通りである
3
2
年乳牛
農業従事者
田畑計
戸主|安 l長男|嫁 I~の|計
7
.
40
.
98
.
0O
1
.2 O
9
.7 1
.51
.
64
.
6O
4
.
00
.
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.
3
9
.
60
.
01
7
.
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0
.
3O
.
59
.
5O
9
.
00
.
31
9
.
80
0
.
1O
.
44
.
7O
4
.
30
5
.
40
.
35
.
7
9
.
01
.01
0
.
0O
8
.
81
.0 9
.
8
8
.
22
.
31
0
.
5O
6
.
45
.
31
1
.7 O
.
01
8
.
82
0
.
8O
りもなく失敗に帰したのである。
備考
酪農に {I~ びなかった農家の内容
耕地反別
l
h
│
この内五戸は自立経営とも称せられるべきも
3
1 大山下
3
2 大山下
3
3 町之国
3
4石 住
3
5 大山上
3
6石 住
3
7 大山宮
3
8 大山宮
3
9追 入
4
0追 入
4
1 長安寺
4
2 大山上
4
3 大山上
4
4 長安寺
ので、タバコ或はタバコとやさいを副作目とし
N
o
.
て企業的自立経営を目指し、ただ乳牛に関して
番 号 部落名
は労力の関係などにより多頭飼育への踏み切り
農家
タバコ+やさい﹂型の農業に専念するに至った
第 7表
を不可能とみて﹁米+タバコ﹂または﹁米+
ω
m
Mの各農家が
農家たちである。第お・幻・
よってショックをうけて酪農を断念するに至っ
それであって、第 H農
H 家は乳牛の突然の変死に
た。)とれらは日和見的に酪農をとりあげた準
自立農家群であってその全部が和牛の飼育に復
帰して肥育牛の育成に転向している点は農業に
依然として専念していることの一証左ともみら
この五戸を除き、残りの九戸は、或は五反前
れる。
後という耕地の狭小さによって日傭兼業化に専
暗ー相(川那部)
明
1
0
.
8 87%
大山下以外酪農家 2
2戸の耕地
家﹂に堕し去ることも想像される。このことは工業化地域またはその背後地域の
の
大山す集落酪農家 8戸の耕地
dp
農
a
u
協
l
水田'l
,
勿
計一反日
分
区
農村における農家の相当部分が﹁飯米農家﹂化することと軌を一にするとみるべ
きである。¥
大山下集落の酪農家と他集落の酪農家との水田率の比較
またその多くは試験的または投機的に乳牛を取り入れ、乳代を周年を通じて格
第 6表
O
O
O
O
O
I
Li
間
ム2
1
:
,2
(
O
母)
3
ム1
ム2
ム3
4
4
O O
O O O
O O O
ム1
O
1
:
,3
O O
2
O O
3
O O
二
O
男
3
O
2
O
1
2
1
1
1
1
1
1
1
1
1
1
1
1
育成 計
。
。
。
。
。
。
。
。
。
。
。
。
。
1
1
2
1
1
1
1
1
1
1
1
1
1
1
2
和 牛
経営形態
71
3
213
増減
1
1
概評
普通
。
1 土O 米+花
31+2 米+タバコ
1 十l 米
。
。
。
11+1 米
11+1 米十やさい
+
11+1 米 + タ パ コやさい
11+1 米
11+1 米
+
11+1 米 + タ バ コやさい
1 土 O 米+牛
2 +2 米+花十牛
11+1 米
2 +2 米十牛
不熱心
不熱心
不熱心
熱心
不熱心
不熱心
熱心
不熱,心
。
。
。
。
。
1
。
。
。
。米
農業従事者計欄にム印を附したものは 3
2年現在の労力に比して減少したものを示す
1
9
営農
熱心
不熱,心
熱心
不熱心
第五巻
第二号
農業経済学編
a
a
z
おいて論ぜられている農、工地の一体化の実現が可能ともなれば、これら就労待
合せぬ農家は意識的に低生産性に甘んじているのである。してみれば、識者聞に
兵庫農科大学研究報告
念しようとし、或は基幹労働力中の長男や孫が相当な職場に就職するに及んで、自
機の人たちの就職は実現せられ、老幼婦女子のみによる経営が主体となる傾向も
然農業に対する熱意を失い酪農を断念するに至ったなどの事象がみられ、たとえ
和牛の飼育は続けても何れも農業に対しては従来に比して更に不熱心となったこ
とみに現実化されることとなるであろう。
もっとも過般、政府当局は農地法、農業協同組合法の一部を改正し、農地信託
たのであるが、こにおいて記述した各農家は何れもが米麦以外の商品作物に主体
性をおいでほぼ自立的経営に近い農家たらんと努めている農家群であり、このこ
とはただに酪農のみに止まらず、地域地域において狩倣づけられる各種の作自に
ついて主産地形成的農家群として存在し、常に発展をしつつある一群とみられる
のである。
一方三において記述したいわゆる﹁酪農経営における溶伍者﹂の大部分は(三
において指摘したタバコ、やさいを主作自とする専業的農家五戸を除いて)各種
の要因によって酪農を放棄するとともに米麦単作農業を主とする百億兼業に専念
している農家群であって、漸次第二種兼業農化、または離脱農化する前提として
の﹁飯米農家﹂的存在に外ならない。即ち、ニ・三の記述によ'って、主として酪農
を通じ或はこれを動機として、いわゆる五反百姓(五反乃至一町農家層)の上、
下層への分化を端的に表現したものとみるべきである。とれら営農意欲を失った
ω農家は別として、残る六戸は何れも一町歩前
ものの内、耕地狭小の第お・ω ・
後のいわば中堅級またはそれ以上の経営規模をもちながら、将来は日傭兼業を目
指すか或は戸主の就職待機中のものが問題であり、しかもその戸主の就職機会は
て、地についた営農を行なっていないのである。しかし耕作の熱意はうすれで
決して楽観視すべきものではなくて、殆んど期待し得ない職場への就労を夢み
なく発揮する日の到来するのを待つものである。
六号
凶柏祐賢﹁日本中が近郊農業地帯の意味を持つ﹂
ー三七・八・三一ーー
﹁農業と経済﹂二八巻
考えられる府県段階の酪農会議の設置が一日も早く実現せられてその機能を遺憾
また酪農の価格、流通両面における農家の利益の増進を図るための施設として
なかろうか。
を目標としての協業化の推進などによって、案外遠からず達成せられるのでは
農業生産における主産地形成は、農ヱ一体化の諸施策或は零細農耕の大規模化
の多頭飼育への実現も、より迅速に実現の運びとなるであろう。
必至となり、かくてこそ余剰耕地よりの飼料畑の造成も可能となり、既設酪農家
なお時の経過とともに農業の全般にもわたり、また種々の面における協業化が
とさえ考えられ、農地の生産性は一向に高揚せられそうにもない。
ているため、その利用者はいまのところ多きを見込めず、その実施は架空のもの
の途を拓いたが、信託の見返り即ち小作料は現行統制小作料の範囲内に制限され
とが大きい原因としてあげられる。そこには自に見えない内在的精神的要因がこ
れらの農家を支配したものと云えよう。
もっともこの作にも妊娠率の低い牛の当ったもの、相ついで牡仔牛の生れたも
のなどで断念したもののあったことも事実である。
び
以上は酪農経営を通じ、農村における中枢的農家の伸び縮みを実態のまま描い
す
従っていまのところ、これらの中堅的存在ではあるが営農に積極的熱意をもち
2
0
む
も、土地に対する執心は極めて強く、相当な経済的条件、雇傭条件などにより有
利性がもたらされない限り、彼等の善意の農地解放は思いもよらないことである。
J
主
四