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鉄コーティング種子による湛水直播技術の現状と今後の課題
東北農業研究センター
水田作研究領域
白土宏之
1.現状
無人ヘリ播種・除草剤撒布の作業受託や鉄コーティング専用点播機のデモにより鉄コー
ティング直播の栽培面積が東北地域で増加している。特に、岩手県、宮城県、山形県で多
い。その背景としては、飼料米等の作付けが政策により誘導されていること、農家の後継
者不足や高齢化により省力的な栽培法が求められていること、進む規模拡大に育苗の対応
が困難なことなどが挙げられる。直播水稲の登録がある除草剤が増えてきていることも普
及の追い風となっている。また、初期除草剤が使用でき、落水期間が短いのでカルパーを
用いた湛直より除草が安定している点も普及要因ではないかと思われる。倒伏はしやすい
ものの、苗立ちや除草で致命的失敗がない点が受け入れられている要因ではないかという
意見もある。
2.課題
1)倒伏
鉄コーティング直播は土壌表面に播種するため、株元を土により支持できず転び型倒伏
しやすい。特に「あきたこまち」、「ひとめぼれ」、「コシヒカリ」等耐倒伏性の弱い品種を
栽培する場合は倒伏しやすい。また、耐倒伏性の強い品種でも、滞水して登熟期にも土が
柔らかいような箇所では倒伏が生じやすい。
対策としては、耐倒伏性の強い品種を用いるのが効果が高く、簡単である。栽培管理に
よる対策としては、播種量を少なくする、溝切りをして圃場の排水性を向上させ、中干し
や反復落水により田面を堅くする、施肥量を少なくする、倒伏軽減剤を使用する、といっ
たことが挙げられる。これら対策の一部は効果確認の試験が始められたところである。
2)除草
①除草体系
基本となる初期剤+初中期剤の除草体系の場合、適期に遅れないように初中期剤を施用す
ることが最も重要なポイントである。教科書的には生えている雑草の種類・葉齢とイネの
葉齢を把握して初中期剤の散布時期を決めることになるが、1ha 区画や小区画でも枚数が
多い場合にはそのような方法は実際上難しい。適期施用のためには、地域ごとに初中期剤
の標準的な施用時期を播種後何日から何日と決めておくことが重要である。
イネの苗立ちが遅れてしまった場合、イネの出芽始めや出芽揃いなどイネ1葉より早く
施用できる初中期剤が必要であるが,今のところ選択肢が非常に限られている上に、鉄コ
ーティング直播で薬害が強いと報告されている除草剤も含まれている。早くから使用でき
る初中期剤の周知とともに、早くから使用できるより安全な初中期剤の増加が望まれる。
使用する初中期剤の選択方法の開発も課題である。登録薬剤が増えていることは喜ばし
いことであるが、個別の水田の条件や雑草の発生状況、イネの生育状況から雑草の専門家
と同じように適切な初中期剤を選択することは現状では難しい。一般農家が簡単に適切な
除草剤を選べるような方法の開発が必要である。
②WCS用除草剤
WCS用水稲の直播栽培に使えるSU抵抗性雑草対策成分入りの初中期剤はミスターホ
ームランフロアブルしかない。この除草剤には薬害が出やすい成分であるオキサジクロメ
ホンが含まれており、鉄コーティング直播には注意が必要である。SU抵抗性雑草対策成
分入りの初中期剤のイネ発酵粗飼料生産・給与マニュアルへの掲載拡大が望まれる。
③中後期剤
直播栽培では移植栽培より初中期剤による雑草の取りこぼしが多く、中後期剤の散布が
必要となる場面が多い。液体の茎葉処理剤は粒剤より効果が安定しているが、散布手段が
ない農家も多い。茎葉処理剤が無人ヘリで散布できるようになると雑草対策がより充実す
る。
④薬害
「直播水稲」の登録を取るための試験は通常カルパーコーティング種子の土中播種で行
われており、根が土壌表面に露出しない。一方、鉄コーティング直播は表面播種なので、
根が土壌表面に露出したり、浮き苗が生じたりする。そのため、
「直播水稲」の登録があっ
ても、生育抑制などの薬害が比較的強く出る初中期剤があることが報告されている。現場
では初中期剤の薬害は大きな問題にはなっていないものの、薬害の少ない初中期剤の情報
提供と薬害の試験事例の増加が必要である。
3)苗立不良・遅延
①圃場条件
土壌の種類によって苗立ちが悪くなる場合があるようだが、十分解明されていない。代
かき前に土壌が乾かない年や場所、わらが多い場所やもみがら、くず大豆などの新鮮有機
物を投入した圃場も苗立ちが悪い傾向がある。播種時に土壌表面が柔らかく種子が土中に
潜る場合も苗立ちが悪い。今後、適切な土壌硬度をゴルフボール露出高で表すとともに、
適切な土壌硬度にするための代かき後日数や、代かき後の落水について検討が必要である。
田面の低い部分で苗立ちが悪い傾向が見られるが、レーザーレベラーによる均平で苗立
ちが改善するかどうかは明らかになっていない。
②発熱
鉄コーティング種子の乾燥不十分による発熱と発芽不良は主な失敗原因の一つである。
しかし、大量製造装置の使用や水分計の測定値が 13%以下になるまで乾燥することにより
防ぐことが可能である。
③鳥害
スズメ害はコーティング比を 0.5 倍重以上とし、湛水することで抑えられる。
カモ害は落水すると防ぐことができるが、除草剤撒布直後など落水できない場合もある。
カモの加害圧が強い地域は無理に鉄コーティング直播をするよりも、乾田直播など他の栽
培法を検討した方がよい。播種時期を周辺の移植栽培田の代かき時期と合わせて、カモが
集中しないようにすることも重要である。テグスもある程度有効だと思われる。
カラス害には決定的な対策がない。鳥害はケースバイケースで試験が難しいため、有効
事例を収集することが重要である。経験上、播種後湛水を維持しているとカラスは来ない
ので、被害が予想される場合は苗立ちを 10%犠牲にしても湛水を 2 週間程度と通常より長
くすることが有効である。根を土中に張らせるために苗立ちまでに一度は落水が必要であ
るが、カラスが来るようなら早めに再湛水する。一度居着くと長期間加害され続ける。岩
手県一関市では圃場に×印にテグスを張るとよかったそうである。今後各地で実践されて
効果が確認できれば、有効な対策技術となるであろう。
④水管理
代かきから播種後 20 日までの水管理は、上記のように苗立ち、除草、鳥害、生育に影響
を与えるだけでなく、それぞれへの影響が対立して湛水・落水の判断が難しい場合がある。
また、表面播種なので根が張る前に強く乾燥させると出芽や生育が遅れる。播種後 1 週間
湛水、1 週間落水を基本とするとして、寒冷地における落水開始、再湛水開始の稲の生育
の目安が必要である。後は優先順位の高いものに焦点を合わせて、湛水、落水を判断する
しかないと考える。
⑤強風害
播種後 2 週間以内に、湛水状態で、最大瞬間風速 10m/s 以上の強風に遭うと、波で巻き
上げられた土壌粒子に種子が埋没したり、種子や出芽した苗が流されたりする強風害を受
ける場合がある。強風害の発生条件についてはまだ十分明らかになっていない。宮城県東
松島市で実施している現地試験の結果では、点播は散播より影響が少なかった。今後、強
風害の発生条件を明らかにするとともに、対策技術を開発する必要がある。代かき時に田
面を粗く仕上げたり、凹凸をつけたりすることが有効ではないかと考えている。
⑥密封式
鉄コーティングの欠点の一つに出芽が遅いことがあるが、出芽の早い密封式と収量は同
等であることが明らかになっている。しかし、播種日が遅い場合等少しでも早く出芽、出
穂させたい場合には密封式が有効である。散播の場合は播種時間が短いので問題ないが、
条播、点播の場合は播種時の発熱を防ぐノウハウの周知が必要である。
⑦休眠打破
「萌えみのり」、「いわてっこ」、「ひとめぼれ」、「コシヒカリ」等休眠の強い品種は苗立
ちを早くするために休眠打破をした方がよい。育苗器で 40℃5 日処理の方法を開発したが、
より簡便で大量に処理できる方法として、大量製造装置や催芽器を使った方法を用いた方
法を今後開発していく予定である。なお、密封式鉄コーティングの場合は鳩胸状態で播種
できるので、休眠打破は不要である。
4)施肥・生育診断
散播の場合は生育診断の方法を変える必要があるのではないかと感じている。苗立ち数
が 150 本/m2 以上と多い場合、鉄コーティング直播は分げつしやすいので、最高茎数が 1000
本/m2 を越える場合がある。このような場合、従来良く用いられている草丈×茎数や草丈×
茎数×葉色を生育診断指標に使うと、茎数の影響で過剰生育という診断になり、穂肥を少
なくすることになるが、幼形期以降急激に葉色が低下し、生育量が少なくなってしまう場
合が見られた。最高茎数が 1000 本/m2 を越えても最終的に穂数は 600 本/m2 以下になる場合
が多いので、茎数が多い場合に茎数の影響が大きくなりすぎない指標を作る必要があるの
ではないかと考えている。
従来、穂肥は食味低下を防ぐ観点から、減数分裂期以降は施用しない指導がなされてき
た。しかし、倒伏対策として、出穂直前まで穂肥を遅らせることを検討する価値はあるの
ではないか。移植栽培より葉色は淡いので、食味低下もない可能性はある。
2012/09/05
内容
1.現状
2.課題
鉄コーティング種子による
湛水直播技術の現状と今後の課題
東北農業研究センター
水田作研究領域
白土宏之
1)倒伏
2)除草
3)苗立不良・遅延
4)施肥・生育診断
1
2
東北地域の鉄コーティング直播面積
1.現状
1600
1400
栽培面積(ha)
栽培面積(ha)
2.課題
1)倒伏
2)除草
1200
1000
2010直播全体
小泉商事無人ヘリ鉄
クボタ点播鉄
800
600
400
200
0
3)苗立不良・遅延
青森
岩手
宮城
秋田
山形
福島
宮城県・クボタ点播鉄には無人ヘリも含む。
小泉商事、クボタは2012年のデータ
4)施肥・生育診断
3
普及要因
岩手、宮城、山形で多い
4
1.現状
2.課題
1. 飼料米等の作付誘導政策
2. 農家の高齢化
1)倒伏
3. 規模拡大に育苗が追いつかない
2)除草
4. 倒伏するが苗立・除草で大失敗がない
3)苗立不良・遅延
5. 企業の営業努力
4)施肥・生育診断
5
6
1
2012/09/05
2.1)倒伏
2.1)倒伏 原因
鉄コーティング
ひとめぼれ
萌えみのり
移植こまち
萌えみのり
 耐倒伏性品種
 播種量減少
風雨
倒伏
 溝切り
土の支えなし
 中干し・反復落水「萌えみのり」は倒伏してない
カルパー
 施肥量減少
倒伏
 倒伏軽減剤
風雨
土
対策
支える
転び倒伏しやすい
水たまり
萌えみのり
→データ必要
7
2009
8
排水不良箇所で倒伏→排水が重要
2.2)除草 ①除草体系
1.現状
2.課題
 初期剤+初中期剤
→標準の初中期剤散布日を決める
1)倒伏
20
 イネ1葉以前に使える初中期剤の周知、
2)除草
増加
3)苗立不良・遅延
 初中期剤選択方法の開発
4)施肥・生育診断
9
2.2)除草 ②WCS用除草剤
A B C
10
2.2)除草 ③中後期除草剤
 SU抵抗性対策成分入りはミスターホームラン
フロアブルのみ←薬害の恐れ
 茎葉処理剤(液体)の散布手段の拡大
→無人ヘリ散布の登録
 効果の高い最近の初中期剤が使えない
→マニュアル記載初中期剤の増加
11
12
2
2012/09/05
2.2)除草 ④薬害
1.現状
 「直播水稲」は土中播種のカルパーで試験
2.課題
 鉄コーティングは表面播種→薬害の可能性
1)倒伏
→試験事例を増やす
2)除草
薬害
除草剤
除草剤
土中播種
表面播種
カルパー(登録の試験) 鉄コーティング
3)苗立不良・遅延
4)施肥・生育診断
13
2.3)苗立不良・遅延 ①圃場条件
2.3)苗立不良・遅延
2.3)苗立不良・遅延 ③鳥害
②発熱
 大量製造装置
 水分13%以下
80
最
高
温
度
(
70
60
50
障害発生
40
℃
 苗立不良条件
• 土壌種類
• 有機物
• 土壌乾燥不十分
一度乾燥
湿潤継続
• 軟弱土壌
• 田面低い部分
 研究課題
ゴルフボール露出高
• 土壌種類と適否
ゴルフ
• 適切な土壌硬度と代かき後日数等
ボール
• レーザーレベラーの効果
15
 スズメ
硬っ
• 0.5倍重
• 湛水
 カモ
• 移植田の代かきに合わせて播種
• 落水
• 対角線にテグス?
• ひどい場合は乾直検討
 カラス
• 播種後湛水継続
テグス
• 対角線にテグス
• よい対策がない
14
30
)
20
12
13
14
15
16
17
玄米水分(%)
18
19
20
水分計を活用
16
2.3)苗立不良・遅延
落水
◯苗立
◯カモ
×除草
×スズメ
×カラス
④水管理
湛水
×苗立
×カモ
◯除草
◯スズメ
◯カラス
 1週間湛水+1週間落水(基本)
 優先順位を付ける
17
 落水、再湛水時のイネ生育の目安
18
3
2012/09/05
2.3)苗立不良・遅延 ⑤強風害
2.3)苗立不良・遅延
 出芽4日、出穂2日早い
 点播、条播は発熱防止ノウハウの蓄積・周知
点播・条播
が散播より
強い可能性
点
播
⑥密封式
60
散
播
2.3)苗立不良・遅延 ⑦休眠打破
発 80
芽
率 60
(
% 40
)
•
乾熱50℃5-7日
•
育苗器40℃5日
 検討する休眠打破処理
•
大量製造装置利用
•
催芽器利用
0
60
120
180
240
開封後時間(分)
300
20
1)倒伏
発芽率(%)
 休眠打破処理
20
2.課題
萌えみのり、いわてっこ、ひとめぼれ、
100
鉄過酸化石灰
酸化鉄70%
密封鉄
危険温度
30
1.現状
 休眠の強い品種
コシヒカリ
40
1時間以内に播種
19
•
温度
研究課題
•発生条件
•粗く代かき
•田面凹凸
(℃)
50
2)除草
●あきたこまち
■ひとめぼれ
▲萌えみのり
20
0
0
1
2
3
4
5
播種後日数
密封式は不要
6
21
3)苗立不良・遅延
7
4)施肥・生育診断
22
2.4)施肥・生育診断
 生育の特徴
• 最高茎数1000本/m2以上でも、穂数
は600本/m2くらいまで
• 草丈×茎数、草丈×茎数×葉色
→茎数の影響大
• 倒伏しやすい
 研究課題
• 茎数の影響が小さい新しい生育指標
23
• 穂肥を出穂直前に遅らせる
4