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【沖縄大学】
【Okinawa University】
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現代言語学の考え方(2)−言語の構造について
西, 泉
沖縄大学紀要 = OKINAWA DAIGAKU KIYO(8): 1-12
1991-03-25
http://okinawa-repo.lib.u-ryukyu.ac.jp/handle/okinawa/5747
沖縄大学教養部
沖縄大学紀要第8号(1991年)
現代言語学の考え方(2)
-言語の構造について*
西
泉
0.はじめに
本論で論じたいことは、以下の4点である。第1に、言語が構造的なもので
あるということを示すこと。であるとすれば、そのような言語を分析するとき
その構造を表す装置が必要となる。第2に、代名詞の先行詞を決定するメカニ
ズムが存在することを示す。第3に、そのメカニズムがある一つの言語特有の
ものではなく普遍的なものであることを示唆する。ということは、とりもなお
さずそのメカニズムは、我々の脳内に存在すると思われる言語に関する計算
システムの一つの原則のようなものであろう。最後に、第2点で論じた代名詞
の指示の問題が、第1点でその必要さを示された言語の構造に依拠しているこ
とを述べ、第1の論点を補強する。
1.1.言語が構造的であることを英語の例を使って議論する。
言語を平面的に、即ち、線形的にとらえた分析でも、言語現象のある部分に
おいては一般化を得ることは可能である。例えば、西(1990)で扱った日本語
の数量詞の分析である。そこでは、左から右に並ぶ単語間の関係、及び左方へ
特定の単語を移動する規則などの装置で十分に分析できた。(1)しかし、言
語というのは、書かれたものでは左から右へ(例えば本論のように)の線形的
レベル、あるいは、全く同じことだが、話しことばでいえば時間軸に添って流
れる単語の列のレベルでのとらえ方で果たして十分なのであろうか。人間言語
がそのような線形的・平面的なとらえ方では不十分であることを、英語
から簡単な例を挙げて示す。
ジムが僕の家にやってくる。
(1)Jimwillcometomyhouse
l23456
1
沖縄大学紀要第8号(1991年)
を、Yes‐NC疑問文にすると
(2)Will」imcometomyhouse?
となる。この現象を線形的なものであるととらえると疑問文とは、A)1の単
語と2の単語を入れ替える操作か、B)最初のwillという単語を見つけて
それを文頭に移動する操作のどちらかであろう。しかし、(3)の例からも明ら
かなようにこcqJJr法ではうまくいかない。
(3)themanwhowillmarryjanewillcometomyhouse
l2345678910U
ジェーンと結婚する男が僕の家にやってくる
この文をAの操作で2の単語をlの単語の前に持ってくると、
(4)*manthewhowillmarryJanewillcometomyhouse?
という非文法的な文を得る。さらに、Bの操作でも(5)のような非文を得る。
(5)*willthemanwhomarryJanewillcometomyhouse?
このことからも明らかなように、英語を母語とする話者は、(1)と(3)が誰でも、
(6)a.〔Jim〕willcometomyhouse
l23456
b〔themanwhowillmarryjane〕willcometomyhouse
l23456
のようなパラレル(平行的) な関係を持っていることを「知って」いて、(6a)
でも(6b)でも2の要素will がlを飛び越えてそれぞれに対応する疑問文(7a,b)
を作る。(2)
(7)a,willJimcometomyhouse?
b・willthemanwhowillmarryJanecometomyhourse?
即ち、(6a)のJimに等しく対応するいくつかの単語からなる固まり=1単位
(unit)が(6b)に存在することを、英語を「知っている」人なら、難なく探し
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沖縄大学紀要第8号(1991年)
出すのである。
また、(8)の文は二義的で「アメリカ人の歴史の先生」という意味と「アメリ
カ史の先生」という意味の二つが存在する。
(8)Americanhistoryteacher
この二義性は(9a,b)で簡単に表される構造上の違いからくるものであること
は、直感的にもうなずけるであろう。
(9)
b、
a.
Americanhistoryteacher
Americanhistoryteacher
さて、英語の文(10)を3つに分けるとすると、誰でも01)のように分けられると
いうことが、英語を「知って」さえいればわかる。
mJanekicksherboyfriend
l234
(11)〔Jane〕〔kicks〕lherboyfriend〕
ここで構造というものの定義を02)のように、ある程度厳密に与えておこう。
02)構造とはいくつかの要素と、その要素間の関係が与えられるとき成り立つ
ものである。
(12)の定義にもとずけば、01)が1つの構造をなしていることがわかる。というの
は⑪で示されたことは、隣り合うという関係でつながる4個の単位、
即ち、(10)のlから4までの単語の中て、明らかに、lと2,2と3の要素間の
関係と、3と4の要素間の関係が異なっていることになる。言い換えると、(11)
でわかることは、前者の要素間(lと2,2と3)は、隣り合うもの同士は、
〔〕をはさんでいる関係であるが、後者の要素間(3と4)には、そのような
ものが介在しない関係であると言える。よって、02)の定義どおり、(10)の4つの
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要素は、それぞれ隣り合うもの同士ある種の関係が与えられて、(]O)の文は、1
つの構造をなすことになる。
次に(Ⅱ)をさらに2つに分けるとしたら、(l3ab)2つの可能性がある。
(13)a.{〔Jane〕}{〔kickedj〔herboyfriend]}
b・{〔Jane〕〔kicked〕}{〔herboyfriend〕}
どちらの区切り方が英語話者の直感に合うものか実験してみる。
(14)Janepromisedtokickherboyfriend,and{kickherboyfriend}she
djd・
ジェーンは、恋人を蹴飛ばすと約束したが、実際にそうした。
この例のように{kickherboyfriend}がひと固まりとなって文の先頭に移動
している例は多く見つかるが、{janekick}がひと固まりで移動している例を
見つけだすことはできない。さらに、
05)Janekickedherboyfriend,andsodidMary
ジェーンは恋人を蹴飛ばしたが、メアリーも(恋人を)蹴飛ばした。
この文では、soは下線のkickedherboyfriendを指すが、(16)の下線部分を指
すことは、不可能である。
06)*Janekickedherboyfriend,andsodidhis
father・
ジェーンは恋人を蹴飛ばしたが、(ジェーンは) 自分の父親もけった。
やはり、この(15)06)の例(実験)からも、 (kickherboyfriend}が1つの単位
(固まり)を成していることがわかる。 よって、(l4a)の区切り方が妥当で
あると考えてよいように思う。そこで、 janekickedherboyfriendは、(17)の
構造を持つと考える。
(17)lJane]{kickedlherboyfriendI}
この構造を、記述的には全く同じことを述べていることになる(このことを
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沖縄大学紀要第8号(1991年)
notationalvariantと言う)樹型図(tree)で表してみる。さらに、それぞれ
の固まり=単位に適当な名前(ラベル)を張り付けると(18)のようになる。
08)
S=文
S
N=名詞
 ̄~
NPVP
N
Jalne
V=動詞
VNN
kickedherboyfriend
NP=名詞句
VP=動詞句
1.2.代名詞の指示
ここでは、以下の例文を検討してみる。
09)Johniloveshisimother.
(20)*HeilovesJohn'simother.
(21)John'simotherloveshimi
(22)HisimotherlovesJohni・
Johnとその代名詞が(he/him/his)同一指示にならないのは、(20)の場合のみ
である。この単純な単文内での代名詞とその先行詞の同一指示の条件を探るこ
とにする。実際は同一指示にならない時の条件を原則とするわけであるが。
仮説1
l:記(19)-(22)のデータに対し以下の原則Aをたて説明する。
原則A:代名詞はその先行詞をc-commandできない。(3)
PrincipleA:Pronouncannotc-commanditsantecedent.
c-c()mmandとは、
定義lAc-commandB:
Aを支配する最初の枝分れする節点(、ode)がBを支配する
とき、またその'1キに限ってAはBをc-commandする。但し、
AはBを文配しない。
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定義2
AがBを支配するとは、樹型図においてはAはBの上に位置
し、なおかつAからBへ枝を1度も昇らずにたどれるとき、また
その時に限りAはBを支配するという。
ここで、この仮説を検証してみる。原則Aが(19-(22)の代名詞の先行詞を決定で
きるかどうか、1.1.で設定した英文の構造を基に調べてみる。
(19,)
S
--
NP
VP
l、=、、
NP
川↓“、1m
hisはあきらかにその先行詞となりうるJohnをc-commandしていない。
よって、hisは、Johnを先行詞とすることができる。Johnとhisが同一指
示の可能性がある。
(20,)
S
 ̄~
NP
VP
l ̄~
NVNP
llini’
helovesJohn'smother
heは、この図から明らかなように、その先行詞となりうるJohnをc-command
している。原則Aによって、Johnはheの先行詞にはなりえない。
0
よって、Johnとheは、同一指示ではない(同
(21,)
S
一一
NP
/、
VP
/、
NNVNP
lllI
John'smotherloveshim
6
人物ではありえない)。
沖縄大学紀要第8号(1991年)
himI虫
その先行詞Johnをc-commandしていない。よって、Johnとhim
は、同一 指示に成り得る。
〔22,)
S
ノ!ごヴニ
NNVNP
lllⅣ
hismotherlovesJohn
これも、この構造から、hisはJohnをc-commandしない。よって、両者が
同一指示でも構わない。
ここで見てきた検証の結果は、データ09)-(22)の結果と一致する。即ち、この
仮説は、どうして(20の例が代名詞はJohnを指せないか、なぜほかの文は指すこ
とが可能かということに説明を与えている。1.1.で議論した英語の文の構造に
基づく仮説1は、このデータに関するかぎり代名詞の振る舞いを正しく予測し
ている。
2.1.言語が構造的であることを曰本語の例を使って蟻libする
次の文は、二義的に解釈される。(4)
(23)白い家の屋根
1つの解釈は家の色が白く屋根の色については述べていない場合で、もう1つ
の解釈は屋根の色が白くその家の色については述べていない場合である。我々
は各々の意味にそれぞれ(23a)と(23b)の構造を与えて解釈していると思
われる。
(23b)
(23a)
ハハ
白い家の屋根
白い家の屋根
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沖縄大学紀要第8号(1991年)
これは、1.1.で扱った英語の例Americanhistoryteacherの二義性の説
明と平行的な例で、曰本語が構造的言語であることが直感のレベルで理解で
きる。
2.2.曰本語の代名詞
ここで、英語のデータ(19)-(20)と平行的な日本語のデータに目を転じてみる。
(20
太郎iが彼iの母を愛していろ。
(25)
*彼.が太郎iの母を愛している。
太郎iの母が彼iを愛している。
彼iの母が太郎iを愛している。
(26)
(27)
もともと、日本語では、彼という単語を上記のように使うのはなじまないと
ころがあるので、言語直感にばらつきが出ることも考えられるが(25)が非常に悪
く、それに対し、(")では、彼が、太郎を指せる傾向があることは、事実であろ
う。
また、日本語では英語と違い、動詞句が移動するという現象が存在しない。
(28)Janepromisedtokickhisboyfriend,andkickhisboyfriendshe
did
(29)*花子は恋人を蹴飛ばすと約束した、そして、恋人を蹴飛ばす彼女は
た。
よって、日本語には英語のような動詞句と呼ばれる単位がなく、より平面的
な構造(24,)一(27,)を仮定すべきかも知れない。また、英語の文構造とパラレル(平
行的)な構造(24'')-(27")も一応設定しておく。そして、1.2.の仮説1をここでも
そのまま代名詞の先行詞を条件づける一つの手段として、経験的違いがこの2
つの構造間で生じるかどうか検証してみる。
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沖縄大学紀要第8号(1991年)
(24,,)
(24,)
S
平Nl郷
,l1ir、v
lll
郎力式彼の母を
愛している太郎が彼の母を愛している
側)と(24',)では、どちらも彼が太郎をc-commandしていないので、原則Aによ
り太郎が彼の先行詞になりうる。これは、どちらの構造でも我々の言語直感に
矛盾していないことになる。
(25,,)
(25,)
NP
NP
〆、,
,ザ!、,
V
NP
'nl
N
N
彼が
彼ズが太郎の母を愛している
太郎の母を愛している
この場合は、どちらの構造においても、彼が太郎をc-commandし、彼と太郎
一一
は、原則Aによって、同一指示とはならない。これも、我々の言語直感をこの
仮説1が予測している例である。
(26,,)
(26,)
Ⅳ〆i扉、'
1F、ill
|lIl
太郎の母が彼を愛している
太郎の母が彼を愛している
(26,)では、彼は太郎をc-commandしているのに対し、側,)では、VPが存在す
るために彼は太郎をc-commandできない。原則Aをそのまま適用すると伽,)
は彼と太郎は同一指示ではありえず、(26,,)では、彼と太郎が同一指示になりう
9
沖縄大学紀要第8号(1991年)
ることを導く。我々の日本語に対 する言語直感は、彼と太郎が同一人物で構わ
ないという判断をするわけである から経験的に(26')の構造よりも(26',)の構造の方が
我々の曰本語に対する言語直感を うまく表していると結論づけられる。
(27,)
(27'')
S
彼の母が太郎を
S
N〆、P
lr、vNF、/
|||
愛して いる彼の母が太郎を愛している
どちらの構造でも、ここでは、彼は太郎をc-commandしていないので原則A
は太郎をc-commandしていないので原則A
は、どちらでも彼が太郎を指せることを示している。これは、我々の言語直感
に合うものである。
以上検証してきたことから言えることは、平面的構造を設定した(23')-(27')と、
より階層的構造を曰本語の文の構造とした(23,')-(27,')では、唯一(26)の構造で原則
Aは異なった予測をする。そこでは、階層的構造を持つ(26")の方が正しい予測
をする。ただこの一つの証拠だけで、日本語の文が英語と同じように動詞句を持
ちより階層的な構造を有するなどと結論づけることは到底できないが、少な
くとも我々が原則Aを代名詞の先行詞を決定する重要な原則であるという立
場を維持するならば、日本語の文も英語の文と同じ程度に階層的でならなけれ
ばならない。
3.結瞼
我々は、11.で英語において、21.で日本語において、言語というものが構造
的である例をいくつか考察した。さらに、構造的分析が表面上必要と思われな
い代名詞の指示の問題がそれ自体構造的なc-commandという概念を使う原則
Aで解明されることを12で示した。また、12.における仮説を維持すると、
表面上は、平面的な構造を持つと思われていた曰本語の構造にも動詞句を有す
る英語と同じような階層性を持つ構造を設定すべきであるという結論を得る。
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沖縄大学紀要第8号(1991年)
このように、人間の言語は構造的なものであり、代名詞の指示を決定するメカ
ニズムも原則Aのような構造に依拠している計算システムとして脳内(mind/
brain)に存在すると考えられる。
〔注〕
*本稿は沖縄大学で私が担当した教養ゼミ「言語とは何か?」の1990年度後期に扱っ
た内容を基にしている。教養ゼミとしては決してやさしくはないであろう内容につき
あい、なおかついろいろな面でフィード・バックをして私の思考を助けてくれた学生
に感謝する。また本研究の一部は、沖縄地域研究所からの援助を受けている。
(1)より詳しい内容は、西(1990)を参照。
(2)ここでのカッコ付き「知っている」とは、当該言語の文法を脳内に組み込んでい
るというぐらいの意味である。もちろん、ここでの文法とは、あの学校文法とは
全く違った意味で、その言語、及び、言語一般に対する脳内の(mind/brain)の認
知的計算システムと考えられる。
(3)英語に関する代名詞指示に関する研究は多くなされているが、代表的なものとし
てReinhart(1983)を挙げておく。ここでの定式化と議論は、Saito(1985)のもの
を使っている。
(4)この例は柴谷他(1982)による。
参考文献
Chomsky,N、(l98D 比ctu7℃so〃Gouemme〃tα〃dBmdmgTノZePisaLectu7でsG
Foris, Dordrecht・
黒田成幸(1980) 文構造の比較『曰英語比較講座』第2巻大修館書店
西泉(1990) 現代言語学の考え方(1)-日本語の語順について『沖縄大学紀
-11-
沖縄大学紀要第8号(1991年)
要」第7号
Reinhart,T(1983)Aね妙homa7DdSbmaMb〃だ巾花mZiO河,CroomHeim,
London.、
Saito,M・(1985)SbmeAsヅmmembsmルウa7zeseα〃。T/DaTT7Deo花tjCaJ
CO7DsBque7DcFs,DoctoralDissertation,MIT,Cambridge、
柴谷方良、影山太郎、田守育啓(1982)「言語の槽造意味・統語編」くるしお出版
Whitman,』.(1鴎2)“ConfigumtionalParameters,',msHarverdUniversity.、
-12-