試 論

発
声
学
試
論
内容は常にバージョンアップしていきます
2009 年 5 月(9 刷)武庫川キリスト教会牧師
武田信嗣
聖書には、私たち人間が、最高級の「芸術作品」として大切に造られ
たことを伝えてくれています。この最高級の「芸術作品」は、創造の初
め、創造主の生命の息が鼻から吹き込まれることによって、
「息する楽器」
として生まれたものです。
私個人の場合は、顔の面積があるほうですので(笑い)、共鳴板が割合
大きいと思っています。また私は若い頃から、ずっと口が縦に開きにく
い面がありますので(口に指一本分しか入らない)、これについても、決
して自分のことを、壊れた楽器だと受け止めるのでなく、それなりに希
少価値ある楽器だと理解しています(笑い)。
さて、どうして人は楽器なのかを考えてみましょう。それは、体全体
が、自分を造ってくださったお方に向かって賛美するように造られてい
るからです。皆さんのなかで、体の器官のなかで、口だけが楽器だと思
っている人はいますか。口だけではもちろん音は出てきません。まず音
を出すには、
「喉(のど)笛」が必要です。でも「喉(のど)笛」だけで
も音は普通に聞こえてきません。顔全体、頭全体、胸全体、体全体が共
鳴板として共鳴することで音は聞こえてきます。
さて、この楽器をどのように使用していきましょうか。さあ、これか
ら、二つの視点でチャレンジしていきましょう。一つは「共鳴法」です。
もう一つは「呼吸法」です。この二つを一つにして学ぶことができれば
一番良いのですが、混乱してしまう面がありますので、とりあえず「共
鳴法」は「共鳴法」、「呼吸法」は「呼吸法」というふうに分けて考えて
いくのが良いと思います。ただこの文章の最後に私の恩師である、三谷
幸子先生(東京基督教短期大学名誉教授)が教えてくださった、最初か
ら共鳴法と呼吸法を一体としてとらえて発声していく方法について述べ
させて頂きたいと思っています。ここに書かれてある内容は私が三谷幸
子先生と新垣勉氏のお二人から教えて頂いたものに、自分の思索を加え
てわかりやすく表現しようとしたものです。私は三谷幸子先生から 3 年
間、毎週一回、多いときは二回、心も体も自然になるように(自然体、
自然心)、忍耐に満ちた訓練を頂きました。また卒業後は学園の先輩、新
垣勉氏から数ヶ月に一度の訓練を頂きました。ある時期は、新垣勉氏が
武庫川女子大学に来られていた、ボイストレーナーのバランドーニ先生
の指導を受ける度に、東京から関西に来られ、私の独身時代の池田市の
家で泊まり、その間、私は彼から学ぶことができました。私は私なりの
ハンディーがあると自覚していますので、発声についての悩みだけは結
構多くありました。そのようななかで、彼の発声用語の言語化能力がど
れだけ私のイメージに刺激を与えてくれたことでしょうか。そのことで、
今日まで、発声について興味を持ち続けることができました。彼は大衆
向けのクラシック歌手として有名になりましたが、むしろ、私は彼の発
声用語の卓越した原語化能力、哲学的神学的言語化能力、声への尽きぬ
批評力に注目しています(少なからず当時の批評力は鋭いものでした)。
彼が武蔵野音楽大学に入学した折、担当教授に「どうしてここに来たの
ですか、教えることは何もありません。」と言われたそうです。
共鳴法
共鳴法とは声の共鳴の仕方を学ぶ方法です。さて、共鳴って何でしょ
うか。まず共鳴とは何かを体験的に理解する一番良い方法は「お風呂」
で声を出すのが良いと思います。よく響くお風呂では声が気持ちよく出
てきます。微声でも驚く程の大声に聞こえます。お風呂で私たちは、必
ずしも喉だけで歌を歌っているのではないという自覚を頂くことができ
ます。そうです。共鳴させれば結構大きくなるということです。この感
覚を知ることが共鳴法の基本です。のどに負担をかけないで大きな声に
なるという体験が必要です。このことは体験的にわかっている人には何
でもないことですが、体験的にわかっていない人は、共鳴に委ねるとい
うことを自覚するまで結構、時間がかかるのではないかと思います。神
は人間の声をそのように造られたのです。イエスさまがどのようにして
マイクも何もない時代に 5 千人の人たちに説教できたのでしょうか。場
所、空間における、共鳴の現象を自然な形でご利用なさったのです。で
すから、皆さん、共鳴しない場所で無理して大声を出そうとしないでく
ださい。実は大きな声を出そうとしても出ないが、小さな声のほうがよ
く聞こえているという場合もあることを忘れないように。このように、
まず私たちは「場所の共鳴」の事実を体感する必要があります。あなた
の響きを即座に吸い込む空間体験も面白いものですよ。上下左右全面が
声を吸い取る材質の世界では環境が口の中の響きまで吸い取ろうとしま
す。
次に二つ目の認識は、
「人と人との共鳴」です。小さな子供のとき、特
に女の子がこの喜びを経験している場合があります。女の子たちが声を
合わせて、一緒に、同じ一人の声のようにして歩いている姿がよくあり
ました。二人は気持ち良さそうに歌っていました。特に子どもの声はよ
く似ているので、本当に一人の声のように響きます。きっと天国の喜び
を味わおうとしているのでしょう。つまり、自分の声と人の声を共鳴さ
せることでこの喜びを味わうことができるということです。二人で共鳴
させる習慣がつくと、自然にお互いの微妙な周波数の調整までもできる
ようになります。共鳴を楽しむことのできる人は幸せな人たちです。共
鳴を楽しむために合宿までする時にその境地を味わうことができます。
しかし、そのような共鳴の楽しみ方だけでなく、もっと荒っぽい共鳴
の楽しみ方もできるように神はしてくださいました。たとえば教会の礼
拝では同じ声ではなくバラバラの声なので不完全な音楽だと思いきや、
礼拝人数が多人数になれば、倍音なるものが発生し、それなりの不思議
な臨場感が生まれてくるのです。あなたは、生き生きとした百人以上の
礼拝の会衆賛美の雰囲気を味わったことがありますか。千人の礼拝を味
わったことがありますか。1 万人の礼拝を味わったことがありますか。
あの体験は、どんな声でも、どんな音でも共鳴のなかに取り込まれると
いう不思議な体験です。
さて、最後に、「個人の共鳴」を経験する方法を学んでいきましょう。
どうしたら個人的に共鳴することができるでしょうか。場所に左右され
ない、共鳴の仕方は何なのでしょうか。それが、まず、口を含む、顔で
す。顔に共鳴させることです。私たちの声は、誰から教えられなくても、
自然に顔に共鳴して生きているのです。発声を勉強していない人たちは
通常、どこが響いているか関心はないでしょう。また、ある人は響く部
分が固定して、響きはできあがっているものだと思っているでしょう。
しかし、共鳴板は多様なもので、いろいろな響きの仕方が可能なのです。
発声をするということは、あなたの声をいままで経験したことのない声
に変えることができるということです。共鳴板の響きの位置を変えるこ
とによって・・・・。
さて、皆さんの顔には空洞があることをご存知でしょうか。つまり、
顔の表面と顔の骨格の間には空洞があります。空洞がなければ、音は響
きません。丁度スピーカーの中に空洞があるように、共鳴は空洞のなか
で響きます。ですから、まず私たちが発声するなかで一番重要な空洞は
頬の空洞です。右の頬にも空洞があり、左の頬にも空洞があるのです。
よくクラシックの歌手が頬骨を上げるようにして、笑うような顔をして
歌っていることがありますね。どうしてでしょうか。頬を膨らませると
良い空洞ができるからです。人間の共鳴板がすばらしいのは、その微妙
な膨らませ方によって、共鳴板の形を変えたりすることができることで
す。つまり、共鳴板がハード(堅い板)ではなく、ソフト(柔らかい板)
だということです。より柔軟に変化対応できる頬こそ、熟練した頬だと
いうことができるでしょう。訓練によって、共鳴板自体が音に合わせて
柔軟に動いてくれるのです。電気仕掛けのスピーカーはそうはいきませ
ん。これは三谷女史が言う自然体理論と共鳴するものです。なぜなら、
人前で緊張した時、頬が自然に変化対応できなくなるからです。
また新垣勉氏は人間の顔を「神さまのステレオ装置」と称しました。
つまり、ステレオのスピーカーは 2 チャンネルですが、人間の頬も、ス
ピーカーの 2 チャンネルのように空間的に表現することが可能だと言う
のです。新垣氏の場合は、彼の特徴あるラテン的なほほ骨が彼の声を作
りあげていますので、彼のような声はなかなか出せないかしれませんが、
自分の二つの頬の空洞を用いて 2 チャンネルで調整することにより、幅
のある、空間的な響きを出すことが可能になります。これは訓練による
以外には不可能なことですが、チャレンジしがいのあるすばらしい境地
です。二人の女の子が一人の声のように共鳴し合うことを最初に述べま
したが、それと同じく、右頬さんと左頬さんが共鳴の具合を楽しむ共鳴
法、それが「神のステレオ装置」というわけです。一チャンネルと二チ
ャンネルのスピーカーの違いを体得しておられる方は言っている意味が
わかるでしょう。
さてどのようにして共鳴板に共鳴させていきましょうか。まず、大切
なことは、共鳴板である顔の表情を柔らかくすることです、自然な顔に
なることです。人は恐れの心を持つと顔がこわばります。不安の気持ち
を持つと、やはり仮面の顔になります。共鳴板にとって、仮面が一番の
敵です。その意味でも、キリスト教の福音(ゴスペル)の力は偉大です。
聖書は心の奥底の霊の部分の満たしによって、それが魂の部分に広がり、
ついには体の部分に広がり、ついには外に広がっていくことを伝えてく
れています(私はパウロの三分説(からだ、魂、霊)を私は奥行きのイ
メージで理解しています)。あなたは、外側が仮面のようになっていて、
外と内を隔てていませんか。この「非連続」を少しずつ取っていき、
「連
続的」になっていくことは、クリスチャンにとって一つの成熟の形のよ
うに思います。なぜならクリスチャンは心に平和を頂いているので、声
の面でも、人を安心させ、人を癒すことができるからです。
結局、そのために必要なものは自然体です。自然体の微笑みが一番で
す。微笑みは作るものではなく、緊張感を解いたときにでる微笑みでな
ければなりません。しかし、これが結構難しいのです。長い間、社会に
おいて仮面生活を続けてきた私たちは緊張する癖ができています。その
ような緊張癖はなかなかなおるものではありません。ですから訓練が必
要です。長い間の歴史がライフスタイルを形成し、それが顔と密接に繋
がっていると言えましょう。その人の顔を見ていて不安になったり、恐
れを感じたり、するような顔ではなく、愛と赦しと平和を感じるような
顔になることを目標としましょう。
「神が私たちに与えてくださったものは、おくびょうの霊ではなく、
力と愛と慎みとの霊です。」(Ⅱテモテ 1 章 7 節)
それができるようになると、次の段階では、やっぱり、共鳴板につい
て難しいことを考え続けるよりも、ある程度は、沢山の歌を歌うことで
す。クリスチャンがよく声がでる????のは、讃美歌をよく歌うからだと
思います。歌うことで共鳴をからだ自体が自分で勉強しているのです。
最低一週間に一度は教会の礼拝で歌を歌うからです。ただその場合、気
をつけるべきことは、のどに負担にかけないで歌い続けるということで
す。のどに負担をかけて、気持ちよく歌って、ようやく共鳴板が活動し
始めると、今度は喉が疲れてしまうということが生じます。ですから、
喉に負担をかけないように歌う必要があります。
あなたが気持ちよく歌い続けるためには次のことに気をつけてくださ
い。一つ目は、よく響く場所で歌うのが良いと思います。また二つ目は、
誰かと一緒に歌うのが良いと思います。また三つ目は、また反響板が近
いならば、跳ね返りが早いので、長い間気持ちよく歌うことができます。
例えば、小さな部屋ならば無理しないで声を出せます。また口の前に音
が跳ね返るような板を立てて、耳への返りを早くするという方法も気持
ちよく歌うための容易な法法です。まあ、マイクを使ったカラオケも良
いかもしれません。声を気持ちよく出し続ける意味では・・・です。
「呼吸法」
さて次に呼吸法について学びましょう。さて、今まで共鳴法について
見てきましたが、共鳴法にはガソリンが必要です。力が必要です。実は
共鳴法だけを習得しても流れるような声を出し続けることはできません。
安定した共鳴のためには安定した呼吸法を身につける必要があります。
人が聞いて安心して聞けるようなかなり安定した共鳴のためにはかなり
安定した呼吸法を身につける必要があります。新垣氏は、呼吸法は歌い
方の 70%を占めると言いました。また吸う息はガソリン役、吐く息はエ
ンジンの役をすると教えてくれました。できましたら、あなたも、頭の
イメージで、息を吸うときはガソリンだと思いながら、息を吐く時はエ
ンジンだと思いながら、息を考えてみてください。見えない世界はどう
してもイメージで理解していく必要がありますから。
1、まず、呼吸の吸い方ですが、歌う時はまず鼻でできるだけたくさん
息を吸い込んでください。鼻で息を吸い込んだときにその息は下腹あた
りに行くことを確認しながら、鼻で息を吸い込んでください。無理に吸
い込もうとすると胸に空気が入りますので注意してください。これを自
然な形でできるように訓練する必要があります。鼻から息を入れると、
下腹が膨らむのは当たり前のことです。でも訓練ができていない場合は、
反対になる場合があります。いやほとんどの方が反対になってしまいま
す。あまり深く考えすぎないで、自然な感じで行なってください。
2、次の息を吐くときですが、この時は、できるだけ空気を下腹でささ
えながら、調整をしながら出していってください。ちょうど、昔の足踏
みオルガンをご存知の方は足踏みオルガンを思い出しながら、行なって
くださるとわかりやすいです。ですから、もちろん、自然な呼吸の流れ
ができていきます。下腹を調整しながら、パイプ全体が同じ圧力を保ち
つつ、ゆっくりと呼吸の流れを作るのです。これがポイントです。そし
て口から息が静かにでます。その静かに出る呼吸の流れに音を乗せてい
くのです。新垣氏はユーモアたっぷりに「二段式省エネ呼吸法」と言う
彼独自の呼吸法を用いていますが、彼のやり方は、安定した空気の流れ
を腹の動きで二段階に分けておられます。
(ここで呼吸法について簡単に
警戒すべきことを述べておきましょう。呼吸法、発声法で「自然体」と
いうことを一切語らない教師がいると気をつける必要があります。なぜ
なら呼吸法で不自然な呼吸法を身につけてしまうと危険だからです。今
まで自然になされてきた呼吸が逆に不自然な呼吸になり、その不自然さ
がライフスタイル化すると、例えば、自然にしていたものが自然にでき
なくなるというような恐ろしいことになってしまい兼ねないからです。
3、さて、この時に姿勢が大切です。前に出している右足で、下腹をさ
さえる助けをするのです。重心は右にかけてください。上半身は力を抜
き、下半身に重心を置きます。新垣氏はこう言います。
「この呼吸法のメ
カニズムは本来、オートマティックなものであるが、それを取得するま
で、かなりの訓練を要する。力の根源は下腹です。下腹は歌のつけたし
ではなく、下腹が前提にあって呼吸法が可能となるのです。」しかし、そ
こに至るまでは、どうしてもある程度共鳴法でごまかさざるを得ない面
があります。最初は共鳴法 90%、呼吸法 10%かもしれませんが、つい
には、共鳴法 30%、呼吸法 70%となるのです。
4、それで呼吸法によっていろいろな道が開かれてくるが、呼吸法で一
番効果が出てくるものは何かというと「母音」です。日本語は「子音」
の美しさを表現する言語ですが、呼吸法は「母音」の美しさを表現する
ものです。よくクラシックの歌手の歌を聞くと、何かキザに聞こえてし
まうという人がいますが、それは歌い手が、
「母音」を大切に歌おうとし
ているからです。でも残念ながら、聞き手である日本人は、まだまだ「母
音」に集中する習慣よりも、
「子音」に集中する習慣が強いように思いま
す。日本人は右脳(芸術脳)で聞くよりも左脳(言語脳)で聞く人たち
が多いと大脳生理学では分析されています。そこで、美しい「母音」で、
「子音」に特徴のある日本語を歌うことができれば、人々の心にどんな
にすばらしい喜びを届けることができることでしょうか。
言葉の発音について
1、言葉というのは、内なるものの結果です。ですから、一つ一つ発音す
るのではなく、まず頭の中でイメージして表現するしかありません。ま
た発音と発音を繋ぐのが歌ではなく、すでに概念の固まりがイメージさ
れていて歌われなければなりません。
2、基本の口の形は「ア」の口形です。無理なく開いた形の「ア」の口形
です。その場合、あごを落とすという意味での「ア」の口形です。あご
を落とすという意味は、力を抜くということで、無理に開くことではあ
りません。首を動かしながら、首のあたりを自然に、何の力も入れない
状況にしてください。そして自然な形で首に頭がのっかかっているとい
うふうに考えるのが良いと思います。
3、そこで、響きについてですが、頬骨に響きを集めるためにはどうした
ら良いでしょうか。それは頬骨に響く前ののどから出たばかりの響きを、
もっともイメージしうる限りの鼻腔(鼻の奥の部分)に持っていくこと
です。ここがポイントです。鼻腔共鳴のことですが、この鼻腔共鳴を体
験的に理解できるようになることが一番大きな課題であり、これを体験
できることが一番大切なことです。顔の中にある鼻腔は、自分の目では
全く見えない部分ですので、やはりイメージする必要があります。また
イメージするだけでなく、実際に鼻腔に響きのポイントを体験するなか
で会得されていきます。
4、新垣氏からは次のように教わりました。「従来の日本の発声は、一般
に喉の響きや鼻音共鳴あるいは、その両者の複合共鳴であったが、正し
い発声は鼻腔共鳴でなくてはならない。」イメージの仕方であるが、鼻腔
は鼻の奥にある、鼻腔の位置は、あなたの考える位置よりもまだ奥にあ
る。如何に奥をイメージできるかが大切なポイントとなってきます。
5、さて、いろいろ述べてきましたが、これらはすべて主に委ねた自然体
の体を維持するなかで、チャレンジできるものです。私たちががんばっ
て訓練を受けようとしている姿勢が自然体から離れてしまっているとい
うことにもなります。このあたりが発声法の深みでありましょう。
6、最後に言葉の発声についてですが、頭にイメージすることがまず第一
にあると言いましたが、呼吸の道を探りつつ、力を抜き、あなたの顔形
にあったような、口形を捜し求める必要があります。例えば、私の場合
は口があまり開かないというハンディーがあり、そのために音が歯の裏
にあたってしまうというハンディーがあります。しかし、今与えられて
いる顔形と口形でも、私らしい良い発声ができると信じています。「ア」
と「オ」は同じ口形です。つまり口を落とした大きく開いた口形です。
「ア」
と「オ」は簡単なので、まず最初に挑戦してみてください。
「エ」と「イ」
と「ウ」は難しいので、呼吸と合わせて訓練を続けてください。
「イ」は
上歯と下歯をくっつけて発声しないように気をつけてください。イメー
ジ先行で必ず、「イ」もでるようになります。
7、それから、訓練の中で面白い訓練があります。それが、すばらしい歌
手の歌を CD などで聞くという訓練です。あなたがテナーの方ならば、
ドイツやイタリアのベルカント唱法のテナーの歌手の歌を聞いてくださ
い。そうすると、あなたの頬骨に歌手の声が共鳴していくのがわかるは
ずです。歌手の響きと同じ周波数の響きを自分の頬で経験することがで
きるのです。歌手の歌を聞いた後に、自然な気持ちで、歌を歌い始める
と突然、すばらしい声が出たということもあるのです。また合唱で歌っ
ているとき、一緒に歌う方がとても上手だと、自分のそれに近い声が出
たりするのです。なんとすばらしいことではないでしょうか。
8、最後に三谷幸子先生(新垣氏がNHKの教育テレビで三谷幸子先生の
ことを「声の魔術師」と紹介された、彼女は 2008 年の時点で 99 歳)
から受けた発声法について示しておきましょう。三谷幸子先生はどのよ
うなところから声を開こうとされたのでしょうか。三谷先生の場合はま
ず、自分の脳裏にパイプを想像させるところから始まります。パイプを
想像させて、パイプのような音を出させ、パイプの連関の感覚をまず認
識させ、空気の動きを作っていくように指導します。からだには空気を
通すパイプが通っています。パイプの下にはお腹があり、パイプの上に
は喉があります。まず、パイプの「ぽぉー」という音に出すには、どう
してもお腹から押し出す腹式が必要です。次に喉を開放して、お腹を根
拠に、お腹の力だけで、空気をゆっくりと上に押し出すのです。ポンプ
はいつもお腹にあります。お腹がイニシアチブを取ります。そのとき、
パイプのもう一方の出口である口の部分にも注意が必要です。まず喉を
開放するイメージが必要です。次に、首の力を抜くことも大切です。そ
の状態が維持されたなかで、次のすべきことは、パイプの音を出すため
に、軽く、
「うー」の口形で、空気を通すのです。あごを落とし(あごを
力で下げるのではなく、力を抜いて落とす)、少し、前かがみになり、パ
イプの音を捜し続ける。パイプの上と下を空気の流れで調整しつつ声を
出すのです。この方法で行くと、共鳴法と呼吸法が一体化されていくの
です。すぐにはできません。でも、継続していくなかで、必ず「気づき」
がきます。その「気づき」に至るまで、ある程度、あなたの声の客観者
がいるように思います。私たちの耳は自分の外からの声を聞くのでなく
自分の内からの声を聞いているから本当の客観的な声はわかりません。
ですから「ボイストレーナー」という存在が必要となってくるのです。
※ わかりにくい場合は、まず、瓶の先を用いて、音を出す感覚を練習
してください。瓶の出口の微妙な音の動きに注意しながら、音を出
してください。瓶の大きさ、長さによって、口の当て方、空気の量
によって、音の具合が違ってくることを確認してください。
「ぽぉー」
というこの音のイメージが養われると、次にその瓶をイメージしな
がら、口の大きさを調整します。うーの口形で音を高くしたり、低
くしたり、空気の強さなども調整して音を出してください。腹式が
できていない場合は、口の先を小さくして、息の量も減らして軽く
出すのがよいと思います。そして、それができるようになると、お
腹でパイプ内の圧力を調整してください。あまり強い圧力をかける
必要はありませんが、微妙な圧力調整は「唇と下腹の相関関係」で
なされます。瓶と人間が異なるのは、唇も腹もソフトだと言うこと
です。バイプ自体もソフトですが、特に唇と腹の調整で、流れるよ
うな音の流れを造っていきます。
「唇と腹の総関係」で出てくる音は
透き通るような「ぽぉー」という声です。この透き通るような「ぽ
ぉー」という声が伸びていくのを感じることを目指してください。
そのようになるには最初に述べたように力を抜いた状態にする必要
があります。
信仰生活にもライフスタイルの訓練が必要なように、発声法もライフ
スタイルの訓練が必要です。ライフスタイルとして定着するまでは、こ
のメカニズムが煩わしく思うでしょう。でも続けていくうちに、このこ
とが当たり前のことになり、正しい発声のために、別のことに関心を向
けることができるようになります。そうして、次の段階に進んでいくこ
とができるのです。あなたのからだが主に創造された、創世記のときの
ように、神の御前で自然なからだの動きのとなり、主に完全に委ねて生
きる道が開かれますように。アーメン。
致命的ハンディーを持ちながらも生涯発声自然体化のプロセスにある
ことを喜びとする発声求道者 武田信嗣