見直される定年後継続雇用制度 賃金等の労働条件をめぐる労使のギャップをどう埋めるか 改正高年齢者雇用安定法が施行されてから2年が経 れる側より教える側の給与が少ないのを目の当たりに 過した。 定年後の継続雇用制度はほとんどの企業で導 して, おかしいじゃないかという不満の声も出ている」 入されているものの, 対象者の選別基準や賃金・働き (労組幹部) という。 方などの労働条件をめぐる労使のギャップも顕在化し 現行の制度と働く側の意識のギャップを裏付けるデー ている。 継続雇用制度の問題点と, 改善に向けた労使 タもある。 労働政策研究・研修機構が今後定年を迎え の取組みを探った。 る57∼59歳の正社員を対象にアンケート調査を実施 している (2007年2月)。 それによると, 継続雇用時 の最も実現の可能性が高い就業形態として, 71.1%が 定年後継続雇用者の現状 「嘱託・契約社員」 をあげているが, 自分が最も希望 現役時代の半分の賃金に不満も する就業形態としては, 56.5%が 「正社員」 と答えて 連合が実施した 「主要組合の定年制および再雇用制 度に関する調査」 (2007年6月末) によると, 定年後 また, 勤務形態としてフルタイムを希望する人は 継続雇用制度の導入率は96.7%に上る (主要組合。 以 51.2%と半分ほどである。 また, 半数近くの人が, 継 下同じ)。 ただし, 「定年延長」 は1.9%にすぎず, 「再 続雇用時の年収として, 最低限現在の年収の8割以上 雇用・勤務延長制度」 が94.8%と, いわば非正規雇用 を希望している。 つまり, 働く側の本音を要約すれば, での扱いが大半を占める。 できれば60歳以降も正社員として働きたい (定年延 処遇面では, 月例賃金は定年時の52.6%, 一時金は 長), 仮に契約社員であっても給与は現役時代の8割 44.9%であり, 年収ベースでは48.7%と半分にすぎな 以上, しかも働き方もフルタイムではなく, 短日・短 い。 それでいて仕事は 「同じ職場で同じ仕事」 が82.4 時間勤務の選択肢があってもいいということだろう。 %であり, 労働時間も 「定年時と同じ」, つまりフル タイム勤務が90.1%を占めている。 年収を低く抑えている背景には, 高年齢者雇用継続 8 いる。 処遇改善に取り組む産別の動き 選別基準をめぐる労使の攻防 給付金や在職老齢年金の受給を前提にしており, 企業 継続雇用者の処遇などの改善については, 産別労組 としては公的支給額を含めた年収はそれなりの水準を も春闘の課題に据えている。 電機連合は2006年春闘 確保できるという見込みがある。 から60歳以降の雇用延長を柱に統一目標基準を設定 だが, 単純に賃金が半減することに働く側の不満は し, 要求している。 具体的には, ①対象者の範囲 (全 ないのか。 事実, 「今までと同じ仕事をしながら, 後 従業員の範囲で希望者全員とすること), ②雇用延長 輩の指導もお願いしますと会社に言われていたが, 給 のあり方 (社員に準じた安定的なものとすること), 与明細を見ると一気に半分に減らされている。 教えら ③処遇 (賃金水準について 「産業別最低賃金」 を上回 賃金事情 2008年 6 月20日号 No.2544 図1 定年後継続雇用制度の対象者 図3 雇用延長時の仕事 資料出所:連合 「主要組合の定年制および再雇用制度に関する調 査」 (2007年) 図4まで同じ。 図4 図2 雇用延長時の労働時間 定年時と比較した再雇用者等の労働条件 る保障措置), ④組合員籍 (組合員と位置づける) する場合があるが, 基準を設けるのであれば労使協議 の4つである。 の対象となる。 しかし現段階では, 病気等で自ら希望 継続雇用の対象者については, 法律で労使協定によ る一定の選別基準を設けることを認めている。 一般的 には, 選別基準として健康や直近の人事評価を掲げる しない人はいるかもしれないが, 基準によって外され たという話は聞いていない」 (労働条件局) もちろん, すべての企業が希望者全員を雇用してい 企業が多いが, 電機連合は希望者全員の雇用を掲げ, るわけではない。 とくに中小企業の中には, 継続雇用 協約を締結した労使ではほぼ達成しているという。 制度を導入していない企業もあれば, 厳しい選別基準 「ただし, 一部の労使では, 希望者全員というのは 理解するが, 能力や健康面で今の仕事を続けられるの を設定している例もある。 全日本金属情報機器労働組合 (JMIU) は全国に かという問題があり, 希望者全員とするものの, 応じ 300組合を擁するが, ほとんどの組合で希望者全員の られない場合もあるといった書き方をしているところ 雇用を勝ち取っている。 しかし, 一部の企業は再雇用 もある。 よっぽどのことがない限り, 希望者全員を雇 制度を設けること自体を拒否した例もある。 組合側の 用するという協約になっている」 (労協・法規政策部) 再雇用制度を求める団体交渉を会社が拒否。 組合は不 とくにこだわったのは, 選別基準に人事考課を導入 当労働行為であるとして労働委員会に救済命令の申立 することを認めない点だ。 恣意的評価も想定されるこ を行い, その結果, 会社側に 「高年齢者雇用確保措置 とから, 「よほど査定上で問題がある人以外は, それ の交渉に誠実に応じるように」 との救済命令が出され を基準に雇用延長の是非を判断することは拒否した」 ている。 また, 別の企業は, 再雇用制度の協定書案を労組に (労協・法規政策部) という。 希望者全員の雇用に関しては, UI ゼンセン同盟も 提示したものの, 選別基準の勤務評価では, 過去10年 春闘要求に掲げているが, 現時点では, 選別基準を設 間人事考課でマイナス評価がないこと, 入社以来, 遅 定している企業でも希望者全員の雇用をほぼ実現して 刻, 早退, 欠勤がないことをあげた。 さらに, 健康の いるという。 基準では, 生活習慣病と判断されたことがない, コレ 「再雇用の基準として健康と直近の勤務評価を設定 賃金事情 ステロール値が正常, 痛風がない, 花粉症がない, 喫 2008年 6 月20日号 No.2544 9 煙の習慣がないといった具体的な要件を記載していた。 図5 就業形態についての希望と見通し 組合側は, 再雇用したくないとする意図が明白な厳 しい基準に反発。 会社側と揉めた結果, 労働委員会の 和解勧告により, 健康基準を一部削除した協定を締結 するに至っている。 継続雇用の制度化はもとより, 常 軌を逸した基準の設定は法の趣旨に悖ると思われるが, 同労組が問題とするのは, こうした事案に対する行政 の対応である。 「労働委員会に救済の申し立てを行うのと同時に, 労働局やハローワークにも指導するように繰り返し申 資料出所:(独) 労働政策研究・研修機構 「60歳以降の継続雇用と 職業生活に関する調査」 図7まで同じ。 図6 勤務形態についての希望と見通し 図7 年収水準についての希望と見通し 告したが, 動いてもらえなかった。 制度の定着と浸透 を図るうえで, 行政の対応は最大の問題ではないか。 法律では行政は助言, 指導, 勧告を行うことができる が, おそらく勧告の事例は一件もないのではないか」 (JMIU 幹部) 再雇用者の賃金抑制への対応 電機連合は産業別最賃を歯止めに 継続雇用者にとっては, 希望者全員の雇用もさるこ とながら処遇も重要である。 たとえば, ある食品関連 企業は希望者全員の雇用を前提とする再雇用規定を就 業規則に盛り込んだ。 全員雇用ということで労使協定 を結ぶ必要はないが, 再雇用後の時給は750円。 公的 給付を合わせても, 現役時代の給与の半額以下に抑え 込まれた。 あまりの低額に, この会社では再雇用を希 望する社員が少なかったという。 法律遵守の形式をと りながら, 結果的に再雇用を抑制しようという脱法的 行為といえるかもしれない。 電機連合では, こうした賃金の抑制を防止するため に産業別最賃を歯止めとしている。 具体的には, 18歳 労働者の月例給15万円超, 時給にして930∼940円を下 らないとしても, 「60歳以降の給与が実質的に下がる 限としている。 設定の根拠は 「組合員ベースの定年時 ことになれば, 従業員のモチベーションが56∼57歳頃 の基本給は30∼40万円。 仮に30万円とすれば在職時 から下がることになり, それなりの手当を労使も考え の6割の給与 (18万円) であれば, 年金と雇用継続給 ていく必要ある」 (労働条件局) との認識である。 付金の両方を受給できる」 (労協・法規政策部) とい う理由からである。 もちろん, 産別最賃はあくまで下 限であり, それを上回る保障を求めている。 UI ゼンセン同盟も, 処遇に関しては 「賃金や一時 10 付金や年金の受給によりトータルの支給額が不利にな 見直し始まる再雇用者の賃金 コマツ, 松下電器, コスモ石油の例 企業にとって, 現行の継続雇用制度は, 安い賃金で 金は, 職務や就労形態に見合ったものとし, 国の高齢 働いてもらうメリットがある反面, 冒頭に述べたよう 者雇用継続給付金や在職老齢年金給付との合計額が定 に, 制度の実態と労働者の希望とのギャップが大きい 年時の年収を著しく下回らないようにする」 との春闘 と, 仕事に対するモチベーションにも影響する。 最初 方針を掲げ, 処遇の向上を要求している。 雇用継続給 の1年は雇用延長を希望しても, 安い賃金に不満を抱 賃金事情 2008年 6 月20日号 No.2544 き, 2年目は雇用継続を希望しない人も出てくる可能 「65歳定年制にすれば, 職務だけでなくそのまま賃 性がある。 最近は, 必要な人材を確保していく観点か 金や退職金を引き継ぐことになる。 ただし, 人によっ ら処遇を見直す企業も出ている。 ては60歳以降の人生設計を立てている人もいれば, 65 たとえば, コマツは昨年12月に管理職経験者の給与 歳まで働きたくない人もいる。 したがって60∼65歳 を見直している。 これまでの年収は定年前の4割に相 の間は過渡的な措置として自ら定年の時期を選択でき 当する年500万円程度に一律に設定していたが, 勤務 る選択定年制も考慮に入れる必要もある」 (労働条件 評価に応じて, ①500万円程度, ②650万円, ③700万円, 局) 定年延長になれば, 賃金が半減されることはなく, ④1,000万円の4段階で処遇することにした。 松下電器産業も, 従来300万円としていた再雇用者 一定水準の賃金も保障される。 正社員としての身分や の年収の上限を撤廃。 今年4月から能力に応じて360 賃金を保障する定年延長は, 人材確保の観点からも1 万円を支給するコースを新設するとともに, 高い専門 つの選択肢ではある。 知識や技能を持つ人は, さらに上回る年収を受け取れ る仕組みを導入している。 しかし, 定年延長となると全従業員を含めた賃金体 系の見直しは必至である。 業種・業態によっては賃金 コスモ石油も今年4月に賃金制度を改定し, 処遇の 原資の引上げを伴う改革に二の足を踏まざるを得ない 改善を図っている。 従来は, 職務内容に応じて 企業もあるだろう。 当面の対策として, 現行制度の運 1,200∼2,300円の時間給テーブルを設定していたが, 用を改善していくことも1つの方策である。 新たに退職時の基本給の50%とし, それを時給に換算 して支給することにした。 「同じ仕事をしながら, 60歳以降の賃金が現役時代 の半額ということになれば, 本人の不満だけではなく, 「従来の時給は, 在職中に積み上げた経験・スキル 同一価値労働同一賃金の観点からも問題である。 たと をいったんクリアし, 就いた職務で設定していたが, えば, 現役時代の賃金水準を維持しながら, 週3∼4 やはり, 現役時代に積み上げたものを重視し, それを 日勤務ないしは1日5∼6時間の短日・短時間勤務を 反映させるほうがよいのではないかと考えた」 (人事 実現していくことも検討すべきだろう」 (電機連合・ 部人事グループ) 労協・法規政策部) 従来の賃金は, 時給に加えて一時金も支給し, 年収 確かに, 冒頭のアンケート調査に表れているように, で350万円程度であり, 他社と比べても決して遜色の 現役時代の賃金水準を保障しながら多様な勤務形態を ないレベルであった。 しかし, 社員の中には, 単純に 認めることもモチベーションアップにつながるかもし 時給1,200円という単価のみに目を奪われる傾向があっ れない。 ちなみに, 均等処遇を掲げた改正パートタイ た。 今回, 退職時基本給の50%としたことで, 「時給 ム労働法では, フルタイム勤務者は適用除外となって の下限が1,200円となり, 上がる人がほとんど」 (人事 いる。 とはいっても, 同一職務にもかかわらず60歳を 部人事グループ) となる。 処遇の改善により, 必要な 過ぎた時点で賃金が半減するという仕組みは改善して 人材の確保につなげたいとの思いがある。 いくべきであろう。 国の政策として, 今後65歳定年制になるのかどうか 「賃金半減」 の見直しは必須 は不明であるが, 労働力としての高齢者の確保が必要 選択定年制も視野に入れて労組も対応 である以上, 現状の制度に代わる新たな人事・処遇制 会社にとって必要な人材を確保し, 社員のモチベー 度の構築が求められていることは間違いないだろう。 ションを喚起するには, 場合によっては公的給付を前 提としない処遇体系の構築も必要だろう。 UI ゼンセ ン同盟は, 2008年春闘で, 初めて 「65歳定年制を視野 に入れたトータルな人事処遇制度の見直しを行い, 一 貫した制度の設計を検討する」 ことを要求に掲げた。 その結果, 20組合が要求し, 4組合が定年延長を勝ち 定年後継続雇用制度の実態に関しては, 本誌2007年12 月20日号 (No. 2533) の厚生労働省および労働政策研 究・研修機構の調査, 2008年4月5日号 (No. 2539) の 連合調査等を参照されたい。 取っている。 賃金事情 2008年 6 月20日号 No.2544 11
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