情報の集積と伝達移動の変革

政策を見る眼
情報の集積と伝達移動の変革
No.28< 2016. 11. 30 >
宮脇 淳
指定管理者制度をはじめとした民間化、パートナー
北海道大学大学院法学研究科教授
ティの住民関係に新たなかたちをもたらす取り組みと
シップの取り組みは、本来的には職員削減、財政負担
なる。この点を十分に理解することが、公共施設再編
抑制のみならず、公共サービスの持続的な質的改善
等の流れの中で、公立図書館が住民全体と地域に対
や民間ノウハウの公的部門での蓄積・応用等を意図し
して新たな役割を明確化していく上での鍵となる。
たものである。安倍内閣でも、地方創生、また地方行
情報を軸とした地域住民の新たな関係は、主に情
財政の質的改善も含めた効率化の手段として民間化
報の集積に関する「転換コスト要因」と「移動コスト要因」
ツールの展開が重要な政策の柱とされている。
によって形成される。転換コストとは、情報の形態を変
指定管理者制度など民間化の取り組みにおいて、
えることに要する負担であり、具体的には、行政にあっ
スリム化のみを目的とすれば、規模のエスカレーション、
ては申請書類への記載、言語の翻訳、行政内部の書
つまり職員数や費用額等の数的規模だけが注目され、
面主義等によって必要となるコストを意味する。これに
公共サービスの質的劣化のみならず職員や民間事業
対して、移転コストとは、窓口での住民の申請や面談、
者のモチベーションの低下など、不合理な結果をもた
書類提出、行政内部の稟議制度等に伴うコストである。
らすこととなる。そのため、公共サービスについて質的
ここでいうコストには、金銭的のみならず時間的負担等
改善と持続性確保とを両輪として進めることが不可欠
も含まれる。たとえば窓口に出向かなくても各種手続
である。たとえば指定管理者の努力によってコスト削減
が可能となれば、申請者にとっての時間的コストは軽
が実現した場合、そのすべてを行政側に移転する仕
減され、他の活動に振り向ける余裕、すなわち「機会
組みであれば、民間事業者のモチベーションは高まら
利益」が発生する。国税における電子申請 e-TAX の
ない。公共サービスのさらなる質的向上にむけて、民
普及は、納税者にとっての税申告に伴う転換コストと
間事業者がソフト面を中心に再投資することを可能に
移転コスト、また行政側にとっての申告受付等の転換
する仕組みづくりが必要となる。
コストと移転コストを、ともに低減させる可能性をもち、
民間化の取り組みの本質は、行政と民間との間の
そのことは両者にとっての機会利益を拡大させる。
権限や責任で構成される機能や役割分担、すなわち
公立図書館でも、機能の多様化に伴い、来館者数
ガバナンス構造を再構築することにある。その核となる
や貸出数のみで、その機能の成果を測ることは困難と
のは「情報共有」である。これは、行政組織内部、及び
なっている。住民の来館は、住民に前述の移転コスト
民間事業者等を通じて展開される公共サービスにつ
の負担(図書館に出向く時間的コスト等)を求め、従来
いての情報の集積と伝達移動の構図を再構築するこ
の貸出方式は、住民に転換コストの負担(書面での貸
とを意味する。民間化の成果を公共サービスの持続
出申請等)を求めるものとなる。こうした住民のコストを
的な質的向上に結びつけていくためには、既存の枠組
軽減し、住民生活に機会利益を生み出すためには、
み内での効率化に止まらず、行政組織と官民関係に
公立図書館の従来の枠組みを、情報の集積と伝達移
おけるガバナンス構造、すなわち情報の集積と伝達移
動の観点から積極的に進化させていく必要がある。
動の構図を進化させていくことが不可欠となる。
情報の集積と伝達移動は、人間関係を形成する上
他方、民間化の取り組みは、これまで行政内部に
集積していた情報を分散化させる。従来、行政が公共
での中核的要素である。そして、民間化はパートナー
サービスを直接提供していた段階では、その活用や統
シップを通じて官民の人間関係を形成する情報の集
合の程度は別として、行政内部に直接的に情報が集
積と伝達移動の流れを変える。たとえば指定管理など
積する構図にあった。しかし、民間化により公共サービ
民間化の取り組みによって公立図書館の機能を充実
スが外部化された段階では、行政が現場の情報を直
させ、地域の情報ハブとして地域に関する情報の集積
接的に把握することは難しくなる。この点についても、
と伝達移動の流れを変えていくことは、地域やコミュニ
新たな情報の集積と伝達移動の枠組みが必要となる。
「政策を見る眼」No.28 <2016.11.30>
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