距離空間(pdfファイル:6ページ)

距離空間
定義 X を空集合ではない集合とする.写像 d : X × X −→ R が次の 3 つの条件を満
たすとき,d を集合 X 上の距離 (distance, metric)という.
(1) d(x, y) ≥ 0 であり,d(x, y) = 0 となるのは x = y の場合に限る.
(2) d(x, y) = d(y, x)
(3) d(x, z) ≤ d(x, y) + d(y, z)
(三角不等式, triangle inequality)
X と d の組 (X, d) を距離空間 (metric space) と呼ぶ.また,(1) の条件を次の少し弱
い条件 (1)′ に取り換えたものを,擬距離 (pseudo-metric)という.
(1)′ d(x, y) ≥ 0 で d(x, x) = 0 である.
距離空間 (X, d) の元に番号をつけて並べたもの x1 , x2 , . . . , xn , . . . を X の点列といい,
{xn } で表す.
定義 a ∈ X とする.どのように正の実数 ε > 0 が与えられても,
d(xn , a) < ε for all n > N
が成立するような正の整数 N が存在するとき,点列 {xn } は a に収束するという.a を点
列 {xn } の極限といい,
lim xn = a
n→∞
xn −→ a (n −→ ∞)
または
と書く.
定義 どのように正の実数 ε > 0 が与えられても,
d(xm , xn ) < ε for all m, n > N
が成立するような正の整数 N が存在するとき,点列 {xn } は Cauchy 列という.
数列の収束に関する定義を,論理式を用いて記述することを考える.命題 P の否定を
¬P で表す.x に関する命題 P について,
「すべての(任意の)x に対して P である」とい
う命題,および「P であるような x が存在する」という命題をそれぞれ
(∀x)P,
(∃x)P
と書く.∀ は “all”,∃ は “exist” を意味する.(∀x)P の否定は (∃x)¬P であり,(∃x)P の
否定は (∀x)¬P である.
論理式を用いると,点列 {xn } が a に収束することは,
(∀ε > 0)(∃N )(∀n > N )(d(xn , α) < ε)
と書くことができる.また,点列 {xn } が Cauchy 列であることは,
(∀ε > 0)(∃N )(∀m, n > N )(d(xm , xn ) < ε)
1
と書くことができる.
収束する点列は Cauchy 列である.その一方,点列 {xn } が Cauchy 列であっても収束
するとは限らない.
問題 Cauchy 列 {xn } について,{xn } の部分列で収束するものがあれば {xn } は収束
することを示せ.
定義 距離空間 (X, d) においてすべての Cauchy 列が収束するとき,(X, d) は完備 (complete) であるという.
完備距離空間の例
1. X = Rn , d をユークリッドの距離とすると,(Rn , d) は完備である.
2. 閉区間 [a, b] で連続な実数値関数全部の集合を C[a,b] とおく.f (x), g(x) ∈ C[a,b] に対
して,
d(f, g) = max |f (x) − g(x)|
a≤x≤b
とおくと,d は C[a,b] 上の距離となり,(C[a,b] , d) は完備距離空間である.
∑
2
3. 実数の数列 {xn } で, ∞
n=1 xn < ∞ を満たすもの全部の集合を l2 とおく.{xn }, {yn } ∈
l2 に対して,
∞
(∑
)1/2
d({xn }, {yn }) =
(xn − yn )2
n=1
とおくと,d は l2 上の距離となり,(l2 , d) は完備距離空間である.
定理 (縮小写像の原理) (X, d) を完備距離空間とする.写像 f : X −→ X について,
ある定数 0 ≤ C < 1 が存在して,任意の x, y ∈ X に対して d(f (x), f (y)) ≤ Cd(x, y) が成
り立つとする.このとき,x ∈ X で f (x) = x となるものが唯一つ存在する.
証明 x0 ∈ X を任意にひとつとる.xn = f (xn−1 ) (n = 1, 2, . . .) として点列 {xn } を定
める.m < n ならば,
d(xm , xn ) = d(f m (x0 ), f n (x0 )) ≤ C m d(x0 , f n−m (x0 )) = C m d(x0 , xn−m )
および
d(x0 , xn−m ) ≤ d(x0 , x1 ) + · · · + d(xn−m−1 , xn−m ) ≤ (1 + C + · · · + C n−m−1 )d(x0 , x1 )
が成り立つ.1 + C + · · · + C n−m−1 = (1 − C n−m )/(1 − C) < 1/(1 − C) だから,
d(xm , xn ) <
Cm
d(x0 , x1 )
1−C
がわかる.よって,点列 {xn } は Cauchy 列である.
(X, d) は完備距離空間だから,Cauchy 列 {xn } は (X, d) において収束する.その極限
を x ∈ X とおく.n = 1, 2, . . . について
d(f (x), x) ≤ d(f (x), xn ) + d(xn , x)
= d(f (x), f (xn−1 )) + d(xn , x)
≤ d(x, xn−1 ) + d(xn , x)
2
であるが, lim xn = x だからこの右辺は n → ∞ のとき 0 に収束するので,d(f (x), x) = 0
n→∞
である.よって,f (x) = x が得られる.
x′ ∈ X も f (x′ ) = x′ を満たすとすると,
d(x, x′ ) = d(f (x), f (x′ )) ≤ Cd(x, x′ )
が成り立つので,d(x, x′ ) = 0 でなければならない.よって,x = x′ である.
定義 (X, d) を距離空間,S を X の部分集合とする.任意に与えられた a ∈ X に対し
して,a に収束する S の元の列 x1 , x2 , . . . , xn , . . . が存在するとき,S は X において稠密
(dense) であるという.
定義 (X, d), (X ′ , d′ ) を距離空間とする.次の 3 つの条件を満たす写像 φ : X → X ′ が
存在するとき,(X ′ , d′ ) を (X, d) の完備化 (completion) という.
(1) d′ (φ(x), φ(y)) = d(x, y) がすべての x, y ∈ X について成り立つ.
(2) (X ′ , d′ ) は完備である.
(3) φ(X) は X ′ において稠密である.
注意 条件 (1) により φ : X → X ′ は単射である.実際,距離の定義により φ(x) = φ(y)
であれば (1) の両辺は 0 で,x = y となる.
定理 任意の距離空間 (X, d) について,その完備化が存在する.また,(X ′ , d′ ) と (X ′′ , d′′ )
を (X, d) の完備化とすると,X ′ から X ′′ への全単射 f : X ′ → X ′′ ,すべての a, b ∈ X ′ に
ついて d′′ (f (a), f (b)) = d′ (a, b) となるものが存在する.この意味で,(X, d) の完備化は一
意的である.
√
例 有理数全部の集合 Q は,距離 d(a, b) = |a − b| に関して完備ではない. 2 =
1.41421356 · · · を小数点以下第 n 桁までで打ち切って得られる小数を an とおく.
a1
a2
a3
a4
= 1.4
= 1.41
= 1.414
= 1.4142
..
.
√
2 に収束するので,{an } は Q における
である.an はすべて有理数である.
R
の中では
√
Cauchy 列である.しかし, 2 は無理数のため Q には含まれない.すなわち,Q の中で
は {an } は収束しない.
実数全部の集合 R は,距離 d(a, b) = |a − b| に関して完備である.また,任意に与えら
れた a ∈ R に対して,a に収束する有理数の列が存在する (すなわち,Q は R において稠
密である).Q ⊂ R なので,x ∈ Q に対して φ(x) = x という Q から R への写像 φ : Q → R
は,完備化の定義の条件 (1), (2), (3) を満たす.したがって,R は Q の完備化である.
定義 (X, d) を距離空間とする.a ∈ X と正の実数 ε > 0 に対して,
Uε (a) = {x ∈ X | d(x, a) < ε}
3
を,a を中心とする ε-近傍 (neighborhood) という.
たとえば,X = R で距離 d が d(x, y) = |x − y| で与えられる場合,Uε (a) は開区間
(a − ε, a + ε) である.また,X = Rn で距離 d がユークリッドの距離の場合,Uε (a) は a
を中心とする半径 ε の n 次元球体 (表面を除く) である.
定義 (X1 , d1 ) と (X2 , d2 ) を距離空間とする.写像 f : X1 → X2 が点 a ∈ X1 で連続で
あるとは,どのように正の実数 ε > 0 が与えられても,
d1 (x, a) < δ =⇒ d2 (f (x), f (a)) < ε
が成立するような正の実数 δ > 0 が存在することである.写像 f は,X1 のすべての点で
連続であるとき,連続写像という.
d1 (x, a) < δ は X1 において x ∈ Uδ (a) を意味し,d2 (f (x), f (a)) < ε は X2 において
f (x) ∈ Uε (f (a)) を意味するので,上記の条件は,
Uδ (a) ⊂ f −1 (Uε (f (a)))
と書くことができる.論理式で表すと,
(∀ε > 0)(∃δ > 0)(Uδ (a) ⊂ f −1 (Uε (f (a))))
となる.
(X, d) を距離空間,M を X の部分集合とする.a ∈ X について,
Uε (a) ⊂ M
となる正の実数 ε > 0 が存在するとき,a を M の内点 (interior point) という.a ∈ Uε (a) な
ので,a が M の内点であれば a ∈ M である.M の内点全部の集合を M の内部 (interior)
または開核 (open kernel) といい,M ◦ で表す.
M◦ ⊂ M
である.
M の X における補集合 M c = X − M の内点を M の外点 (exterior point) という.
a ∈ X が M の外点であるとは,
Uε (a) ∩ M = ∅
となる正の実数 ε > 0 が存在することである.M の外点全部の集合を M の外部 (exterior)
といい,M e で表す.M e = (M c )◦ ⊂ M c である.特に,M ◦ ∩ M e = ∅ が成り立つ.
M の内点でも外点でもない点を M の境界点 (boundary point, frontier point) という.
a ∈ X が M の境界点であるとは,どのような正の実数 ε > 0 についても
Uε (a) ∩ M ̸= ∅,
Uε (a) ∩ M c ̸= ∅
が成り立つことである.M の境界点全部の集合を M の境界 (boundary, frontier) といい,
M f で表す.M ◦ ∩ M f = ∅, M f ∩ M e = ∅ で,
X = M◦ ∪ Mf ∪ Me
4
となる.M ◦ , M f , M e は互いに交わらない.
M ◦ ∪ M f を M の閉包 (closure) といい,M で表す: M = M ◦ ∪ M f .M は,どのよう
な正の実数 ε > 0 についても Uε (a) ∩ M ̸= ∅ が成り立つような点 a 全部の集合である.
一般に
M◦ ⊂ M ⊂ M
が成り立つ.また,M が X において稠密であることは,M = X が成り立つことと同値
である.
例 M = ∅ のとき,M ◦ = ∅, M f = ∅, M e = X である.
例 r > 0,M = Ur (a) とすると,
M ◦ = {x ∈ X | d(x, a) < r}
M f = {x ∈ X | d(x, a) = r}
M e = {x ∈ X | d(x, a) > r}
で,M ◦ = M , M = {x ∈ X | d(x, a) ≤ r} である.
定義 X の部分集合 M について,M = M ◦ が成り立つとき M を開集合 (open set) と
いい,M = M が成り立つとき M を閉集合 (closed set) という.
空集合 ∅ および X 自身は,どちらも開集合であり,また閉集合でもある.X の部分
集合は,一般には開集合でも閉集合でもない.
問題 X の部分集合 M について,次のことを示せ.
(1) X − M ◦ = X − M , X − M = (X − M )◦ , M f = (X − M )f
(2) M が開集合 ⇐⇒ X − M が閉集合
(3) M が閉集合 ⇐⇒ X − M が開集合
(4) (M ◦ )◦ = M ◦ である.特に,M ◦ は M に含まれる開集合のうち最大のものである.
(5) M = M である.特に,M は M を含む閉集合のうち最小のものである.
問題 X の部分集合 M について,M が開集合であるための必要十分条件は
(∀a ∈ M )(∃ε > 0)(Uε (a) ⊂ M )
であることを示せ.
X の開集合全部の集合を O(X) または O で表し,X の開集合系という.また,X の
閉集合全部の集合を A(X) または A で表し,X の閉集合系という.
問題 次のことを示せ.
(1) ∅ ∈ O, X ∈ O
(2) O1 , O2 , . . . , Ok ∈ O ならば O1 ∩ O2 ∩ · · · ∩ Ok ∈ O
∪
(3) Oλ ∈ O, λ ∈ Λ ならば λ∈Λ Oλ ∈ O
(1)′ ∅ ∈ A, X ∈ A
5
(2)′ A1 , A2 , . . . , Ak ∈ A ならば A1 ∪ A2 ∪ · · · ∪ Ak ∈ A
∩
(3)′ Aλ ∈ A, λ ∈ Λ ならば λ∈Λ Aλ ∈ A
∩∞
問題 (1) On ∈ O (n = 1, 2, . . .) であっても, n=1 On ∈ O とは限らない.そのよう
な例を示せ.
∪
(2) An ∈ A (n = 1, 2, . . .) であっても, ∞
n=1 An ∈ A とは限らない.そのような例を
示せ.
問題 (X1 , d1 ) と (X2 , d2 ) を距離空間とする.写像 f : X1 → X2 について,次の 3 つの
条件が互いに同値であることを示せ.
(1) f は連続写像である.
(2) O ∈ O(X2 ) ならば f −1 (O) ∈ O(X1 ) である.
(3) A ∈ A(X2 ) ならば f −1 (A) ∈ A(X1 ) である.
定義 距離空間の可算部分集合で稠密なものが存在するとき,その距離空間は可分
(separable) であるという.
例 X = Rn , d をユークリッドの距離とすると,(Rn , d) は可分である.実際,Qn は
Rn の可算部分集合で稠密である.
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