物質情報学 5(量子力学),担当 谷村省吾,講義ノート 1 複素数 複素数は量子力学にとって最も基本的な道 という記号を定めれば,x2 = −1 の根は x = ±i 具・言葉である.複素数は抽象的な記号だが, と書ける.i は虚数単位 (imaginary unit) と呼 複素平面という視覚イメージを持つと理解し ばれ,i2 = −1 という式で特徴付けられる.虚 やすくなるし,たいして難しいものではない. 数を使えば,例えば しかし,実際に自分で手を動かして計算したり x2 = −4 (6) √ x2 = ± −4 = ±2i (7) 絵を描いたりしないと,自由に扱えるようにな らないし,本当には複素数を理解しないままで の根は いることになる.面倒くさがらずに計算練習を やってほしい.こういうことをしつこく言って と書ける. も,試験をしてみると複素数の計算がまったく 問 1. 方程式 できない学生が何人かいる.複素数なしには量 子力学は理解できないので,何としても自分の az 2 + bz + c = 0 (8) ものにするつもりで取り組んでほしい. の解は, √ b2 − 4ac z= (9) 2a で与えられることを示せ(b2 − 4ac < 0 のとき 虚数の導入 −b ± 実数全体の集合を R と書く.実数は加減乗 の解は虚根と呼ばれ, √ 除(和差積商)の四則演算ができる(0 で割る −b ± i 4ac − b2 z= ことだけはできない).実数は二乗すれば必ず 2a 正または 0 になる: で与えられる). ∀x ∈ R, x2 ≥ 0 (1) 複素数の定義 ゆえに,二乗して負になる実数はない.例えば x2 = 2 という方程式には √ x = ± 2 = ±1.41421356 · · · (2) 2 つの実数 x, y に対して z = x + iy という.複素数全体の集合を C と書く.また, 複素数 z = x + iy に対し (4) x = Re z, という方程式を満たす実数 x はない.それでも 形式的に i= √ (11) (3) と書かれる記号 z を複素数 (complex number) という実数根が存在するが, x2 = −1 (10) y = Im z (12) と書き,x を z の実部 (real part), y を z の虚部 −1 (5) (imaginary part) という. 1 非負の実数になる.絶対値の計算結果に虚数 i 複素数の演算 が現れることはあり得ない.絶対値が負の数に 実数 a, b, c, d に対して z = a + ib, なることもない. w = c + id (13) 問 2. 上の式 (17) で定めた という 2 つの複素数 z, w を定めると,これら z w に対して z ·w = z w の和差積商は z + w = (a + c) + i(b + d), (14) が成り立つことを確かめよ.つまり, z − w = (a − c) + i(b − d), (15) zw = ac − bd + i(ad + bc), z ac + bd + i(−ad + bc) = w c2 + d2 (16) ac + bd + i(−ad + bc) · (c + id) c2 + d2 (24) (25) (17) を計算して,これが a + ib になることを確か めよ. で定められる. z = a + ib の虚部の符号を変えた複素数を z̄ = z ∗ = a − ib 代数学の基本定理 (18) と書き,z の共役複素数 (conjugate) という. また, |z| = |a + ib| = √ a2 + b2 n = 1, 2, 3, · · · と任意の複素数 a1 , · · · , an に 対し方程式 (19) z n +a1 z n−1 +a2 z n−2 +· · ·+an−1 z+an = 0 (26) を z の絶対値 (absolute value) という.|z| は必 にあてはまる複素数 z が必ず存在する.解は ず正または 0 の実数である.例えば, (重根があれば重複度の分だけ繰り返し数えれ |4 + 3i|2 = 42 + 32 = 16 + 9 = 25 (20) ば)n 個存在する. √ |4 + 3i| = 25 = 5 (21) 実数係数の代数方程式の実数解は存在する 2 (4 + 3i) = (4 + 3i)(4 + 3i) とは限らないが(例えば x2 + 1 = 0 の実数解 = 42 + 2 × 4 × 3i + (3i)2 はない),複素数係数の代数方程式には複素数 = 16 + 24i − 9 解でよければ必ず解が存在するというのが上 = 7 + 24i |(4 + 3i)2 | = |7 + 24i| √ = 72 + 242 √ = 49 + 576 √ = 625 = 25 の主張である.複素数は 2 次方程式を形式的に (22) 解くために導入されたものだが,それだけで 3 次方程式も 4 次方程式も解の存在が保証される のであり,代数方程式の解の存在を保証すると いう目的に限れば複素数以上の拡張概念は必要 (23) ないのである. 問 3. 以下のそれぞれの方程式にあてはまる という等式が成り立つ.それぞれ何を計算して いるのかよく見てほしい.とくに,|4 + 3i| と 複素数 z を求めよ(答えは具体的な実数 a, b を 2 (4 + 3i)2 は等しくない.注意:絶対値は必ず 使って a + bi の形で書け.解が 2 つ以上ある場 2 指数関数 合はすべての解を書くこと). z 2 = 2i (27) (ii) z 2 = 3 + 4i (28) (iii) z 2 = −5 + 12i (29) (iv) z 2 = −15 + 8i (30) (iv) z 3 = −2 + 2i (31) (i) 正の実数 a を底とする指数関数は,掛け算の 繰り返しで定義される: an = a × a × · · · × a (n 個の a の積) (41) この定義から,指数法則と呼ばれる性質 複素平面 am+n = am · an (42) 実数 x を横軸の数直線で表し,実数 y を縦軸 の数直線で表せば,複素数 z = x + iy は xy 平 が成り立つことが証明できる. 面上の点で表される.このような平面を複素 指数関数の素朴な定義式 (41) によって,x が 平面 (complex plane) といい,x 軸を実軸 (real 自然数のときに ax は定義されるが,x の値が axis), y 軸を虚軸 (imaginary axis) という. 0 や負の整数や分数や無理数や複素数の場合で このとき点 z と原点 0 との距離は絶対値 も ax が指数法則を満たすことを要請して ax の √ |z| = x2 + y 2 (32) 定義域を拡張することができる.つまり,指数 関数 ϕ(x) は形式的に に等しい.また,原点 0 から点 z を通る半直 線と x 軸のプラス側半直線とがなす角を z の 偏角 (argument) あるいは位相 (phase) という. ラジアン単位で測った偏角を arg z (43) を満たすものとする.この定義から, (33) ϕ(x) = ϕ(x + 0) = ϕ(x) · ϕ(0) と書く.arg z = θ とおけば z = |z| (cos θ + i sin θ) ϕ(x + y) = ϕ(x) · ϕ(y) (44) (34) なので,ϕ(x) ̸= 0 であれば が成り立つ.これを複素数の極表示ともいう. ϕ(0) = 1 問 4. 以下の複素数の位置を複素平面に図示 せよ.さらにそれぞれの |z| と arg z を求めよ. (i) z =1+i (45) がわかる.もしも ϕ(b) = 0 となるような数 b があれば,任意の x について (35) √ (ii) z = 1 + i 3 √ (iii) z = 3 + i √ (iv) z = −1 + i 3 (37) (v) z = −1 − i (39) (vi) z = 1 − i (40) とを要請する. ϕ(x) = ϕ(x − b + b) = ϕ(x − b) · ϕ(b) = 0 (36) が言えてしまい,ϕ(x) は恒等的にゼロになっ (38) てしまう.これでは面白い関数とは言えない ので,ϕ(b) = 0 となるような b は存在しないこ 3 また,指数関数 ϕ(x) の性質を知るために,そ である.複素数 α と実数 t に関して の微分を調べる: ϕ(x + h) − ϕ(x) dϕ = lim h→0 dx h ϕ(x) · ϕ(h) − ϕ(x) = lim h→0 h } { ϕ(h) − 1 = lim · ϕ(x) h→0 h = c · ϕ(x) d αt e = α eαt dt (51) が成り立つ.また,任意の複素数 z, w に対して (46) (exp z)∗ = exp(z ∗ ) (52) ez+w = ez · ew (53) つまり,関数 ϕ(x) は x で微分しても定数倍に が成り立つ.実数 θ に対して なるだけである.とくに c = 1 と選んで,微分 2 iθ 方程式の初期値問題 e = eiθ (eiθ )∗ = eiθ e−iθ dϕ = ϕ(x), dx ϕ(0) = 1 = eiθ−iθ = e0 = 1 (47) の解 (54) が成り立つので, ϕ(x) = ∞ ∑ 1 n x n! n=0 iθ e = 1 (55) 1 1 = 1 + x + x2 + x3 + · · · (48) である. 2 3! また, を自然な指数関数 ϕ(x) = ex と呼ぶ.この形で 指数関数を定義しておくと,変数 x に実数で も複素数でも正方行列でも代入することがで eiθ = cos θ + i sin θ (56) きる. e−iθ = cos θ − i sin θ (57) あるいは 複素数の指数関数 1 cos θ = (eiθ + e−iθ ) 2 1 sin θ = (eiθ − e−iθ ) 2i 複素数 z の指数関数 (exponential function) は ez = ∞ ∑ n=0 1 n z n! 1 1 = 1 + z + z2 + z3 + · · · 2 3! (58) (59) で三角関数 cos, sin を定義する.(56) を使うと, 複素数の極表示 (34) は (49) z = |z| eiθ で定義される.当たり前ではないことだが,任 (60) 意の複素数 z に対して,この無限級数は収束す る.ez = exp z とも書く.明らかに e0 = 1 とも書ける. 問 5. 以下の計算をせよ(計算結果は,具体 (50) 4 |z|2 = zz ∗ 1 z∗ = z |z|2 |zw| = |z| |w| z |z| = w |w| arg(zw) = arg z + arg w (z ) arg = arg z − arg w w 的な実数 a, b を用いて a + bi の形に書け). (−2 + 3i) + (6 + 5i) (61) (−2 + 3i) − (6 + 5i) (62) (−2 + 3i) × (6 + 5i) (63) 4i × (−2 + 3i) (64) 2 (3 + 4i) (65) (3 + 4i)3 (66) (3 + 4i)∗ (67) (3 + 4i)∗ × (5 + 2i) (68) |3 + 4i|2 (69) |3 + 4i| (70) 1 3 + 4i 1 3 + 4i (88) (89) (90) (91) 問 7. 任意の複素数について以下の関係式が 成り立つことを証明せよ.また,等号が成り立 つための必要十分条件を示せ. |z + w| ≤ |z| + |w|, (92) |z − w| ≥ |z| − |w| (93) 問 8. 以下のおのおのの関係式を満たす複素 数 z, w の例を挙げよ. (72) (73) √ i √ √ 1+i 3 |z + w|2 > |z|2 + |w|2 (94) |z + w|2 = |z|2 + |w|2 (95) |z + w|2 < |z|2 + |w|2 (96) (74) 注:(92), (93) は,いかなる複素数 z, w に対して (75) iπ/4 も必ず成立する関係式である.(94), (95), (96) (76) はいつでも成り立つ関係式ではなく,複素数 (77) z, w の値に応じて (94), (95), (96) のうちのど ei3π/4 eiπ/6 (78) れか一つだけが成立する. 問 9. 次の命題を証明せよ. 「複素数 z, w に (79) e−iπ/3 おいて,zw = 0 ならば z = 0 または w = 0 で 問 6. 任意の複素数について以下の関係式が ある. 」 成り立つことを証明せよ: 1 Re z = (z + z ∗ ) 2 1 Im z = (z − z ∗ ) 2i ∗ (z + w) = z ∗ + w∗ ∗ (87) (71) 2 + 5i 3 + 4i e (86) ∗ (z − w) = z − w (zw)∗ = z ∗ w∗ ( z )∗ z∗ = ∗ w w ∗ 問 10. 次の命題を証明せよ. 「複素数 z におい (80) て,z = 0 ならば |z| = 0 である.また,|z| = 0 ならば z = 0 である. 」 (81) 問 11. α を任意の複素数,t を実数変数と (82) して (83) d αt e = α eαt dt (84) (85) が成り立つことを証明せよ. 5 (97) 問 12. cos, sin の定義式 (58), (59) から d cos θ = − sin θ dθ d sin θ = cos θ dθ 問 15. 次の式を満たす実数の組 (x, y) のグ ラフを書け: (98) x2 − y 2 = 1 (109) (99) 問 16. 次の関係式を証明せよ: を示せ. (cosh z)2 − (sinh z)2 = 1, d cosh x = sinh x, dx d sinh x = cosh x dx 問 13. α, β を任意の実数とする.指数関数 と三角関数を結びつける式 (56) と指数法則 ei(α+β) = eiα eiβ (100) (110) (111) (112) 問 17. t を正の実数とする.xy 座標平面に から三角関数の加法定理 おいて原点 O= (0, 0) とする.直線 x = 1 の上 cos(α + β) = cos α cos β − sin α sin β(101) に点 A= (1, 0),点 P= (1, t) を定める.線分 sin(α + β) = sin α cos β + cos α sin β (102) OA, AP, OP で囲まれる図形の面積を求めよ. 問 18. t を正の実数とする.xy 座標平面に を導け. おいて円周 x2 + y 2 = 1 の上に点 A= (1, 0),点 P= (cos t, sin t) を定める.原点 O= (0, 0) とす るとき,線分 OA と円弧 AP と線分 OP で囲ま 双曲線関数 れる図形の面積を求めよ. 問 19. t を正の実数とする.xy 座標平面にお 複素数 z に対して 1 cosh z = (ez + e−z ) 2 1 z sinh z = (e − e−z ) 2 いて双曲線 x2 −y 2 = 1 の上に点 A= (1, 0) と点 (103) P= (cosh t, sinh t) を定める.原点 O= (0, 0) と するとき,線分 OA と双曲線の一部分の弧 AP (104) と線分 OP で囲まれる図形の面積を求めよ. で定まる cosh を双曲線余弦関数 (hyperbolic cosine),sinh を双曲線正弦関数 (hyperbolic 参考文献 sine) という.また, tanh z = cosh z sinh z [1] 谷村省吾「ゼロから学ぶ数学・物理の方程 (105) 式」 (講談社).大学の数学に落ちこぼれた を双曲線正接関数 (hyperbolic tangent) という. と思う人は読んでほしいです. [2] 洲之内治男・猪股清二「関数論」 (サイエン ス社).複素数の関数についての本です. 問 14. 次の関数のグラフを書け: [3] ファインマン,レイトン,サンズ「ファイ (i) y = cosh x (106) (ii) y = sinh x (107) 量子力学をはじめて学ぶにはこの本がよい (iii) y = tanh x (108) と思います. ンマン物理学 5:量子力学」(岩波書店). 6
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