画像診断の歴史とこれから CT、MRI を中心に

画像診断の歴史とこれから
─ CT、MRI を中心に
山 下 康 行
はじめに
コンピュータ断層撮影︵CT︶と磁気共鳴画
像︵MRI︶は 世紀における医学の画期的進
歩の一つとされ、私も画像診断に携わって 年
︱ X線の黎明期
Imaging 1.0
放射線医学の歴史は、言うまでもなく Roentgen
がX線を発見した1895年に始まり、今から
Imaging 4.0デジタル画像、ネットワーク診断
の展開期
Imaging 3.0CT、MRIの発展期
Imaging 2.0CT、MRIの黎明期
Imaging 1.0X線の黎明期
ここで、便宜的に画像診断の歴史を次の4つ
に分けてみた。
か考えてみたい。
を俯瞰し、かつ今後画像診断がどうなっていく
至るCTやMRIを中心とした画像診断の歴史
間その発展をつぶさに見てきた。そこで今日に
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に妻の手のX線写真を撮っており、そこには骨
いた。
︶が設立され、その後、
ican Roentgen Ray Society
米国流の鑑別診断を列挙する放射線診断が花開
約120年前に溯る。彼はX線発見の翌年1月
と指輪が透過度の低い陰影として写っている︵図
と呼ばれる造影剤を手の動脈に注入し、
mixture
動脈造影を行っている。造影検査の始まりであ
を造影剤として用いて、食道、胃、大腸などの
る。1890年代後半からはバリウムやヨード
の論文は翌年2月には英語やフ
がX線を発見したわずか
①︶
。 Roentgen
驚くことに Roentgen
と Lindenthal
は Teichman’s
ランス語に訳され、3月には日本でもX線の存
4週間後に、 Haschek
在が知られている。彼は1901年に第1回ノ
ーベル物理学賞を受賞している。
その後X線はもっぱら胸部や腹部、骨などの人
体の異常を評価する目的で急速に普及し、米国
学会︵
消化管造影や、尿路や大動脈の造影検査が行わ
Roentgen
Amerれるようになった。ヨード系の造影剤は当初は
︶が用いられ、その後1分子
無機ヨード︵ NaI
の中にヨード原子が1個のモノヨード、2個の
ジヨード、3個のトリヨード︵イオン性︶
、そし
て現在用いられている非イオン性の造影剤︵図
②︶と進化してきた。
1950年代初頭には千葉大学の白壁らによ
って消化管の二重造影が開発され、わが国にお
ける胃癌診療に大きく貢献した。一方1953
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(フリー百科事典 Wikipedia より)
では1908年にアメリカ
①歴史上、最初に撮られたと
されるX 線写真
(KEGG DRUG データベースより)
R︶の発展につながっている。
で あ ろ う。1 9 6 7 年 に は Hounsfield
によっ
てX線CTの概念が確立されている。彼は英国
EMI社の電気工学技師で、自分で実験台とな
り、脳の断層像構築に成功、1971年にはC
病院に設置され、
Tの一号機が Atkinson Morley
1972年に論文を発表している。最初のX線
CTはEMIスキャナーと呼ばれ、脳の断層撮
影に用いられた。2つの断層データを得るのに
約4分かかっていた。私が入局した1980年
頃も第一線で活躍しており、あまりに撮像に時
間がかかるため、撮像の途中で居眠りばかりし
ていたのをよく覚えている。CTに先立ってわ
が国において名古屋大学の高橋信次がCTと同
様のアイデアで横断画像を再構成する廻転撮影
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年にスウェーデンの Seldinger
が大腿動脈アプ
ローチで安全に動脈内にガイドワイヤーとカテ
ベンゼン環に 3 個のヨード原子が存在する。
︱ CT、MRIの黎明期
ーテルを導入する穿刺法を確立し、これが今日
Imaging 2.0
︵IV
画像診断の最初のブレイクスルーはCTやM
の血管造影と
Interventional
Radiology
RIなどによるコンピュータ断層撮像法の発達
②非イオン性造影剤 イオメプロール(イオメロン )
の構造式
法︵ Rotational Radiography
︶を1948年には
発表していたことを忘れるわけにはいかない。
い た。 2 0 0 3 年 に は Lauterbur
と Mansfield
がノーベル医学生理学賞を受賞している。
いておらず、実用化はかなり先だと考えられて
代に考えられていたが、まだ工業技術が追いつ
一方、MRIは、1930年代から核スピン
運動の研究が進められ、1946年には後にノ
と
に
ーベル物理学賞を受賞した
Purcell
Bloch
︱ CT、MRIの発展期
よる核磁気共鳴︵NMR︶現象に関する論文が
Imaging 3.0
当初のCTは寝台が固定され、断面を一枚ず
発表されている。しかしながら実際、NMRを
つ撮像していたが、1980年代後半、らせん
表し、癌を磁気共鳴現象で検出しようと試みて
は癌のプロトンの緩和時間
じくして Damadian
が、正常組織に比べて顕著に延長することを発
によって傾斜磁場による画像再構
の Lauterbur
成法の理論が確立してからである。また時を同
非イオン性造影剤の普及と併せて腹部のイメー
入されたイオメプロール︵イオメロン︶などの
これは造影剤を投与して、繰り返し撮像するダ
で、臓器全体を撮像することが可能となった。
連続的な撮像が可能となった︵図③︶
。その結
用いて画像化が行われたのは1973年に米国
や Ernst
らに
い た。197 0 年 代 に Mansfield
よって急速に画像診断におけるMRIの研究が
ジングが大きく進化した。
軌道を描いて撮像するヘリカルCTが開発され、
発展し、1980年にはプロトタイプのMR装
イナミックCTに非常に有利であり、折から導
果、肝臓や肺などの臓器においては呼吸停止下
置による人体MR画像の撮像に成功している。
︵M
非常に高い技術が必要なエコープラナー法
︵
echo
2000年頃から multidetector row-CT
DCT︶の時代に入り、CTの検出器の多列化
planar imagingEPI︶などもすでにこの時
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®
③従来型 CT とヘリカル CT との違い
従来型 CT では寝台が固定され、横断面を一枚ずつ撮像していくが、ヘリカル CT では寝台
(筆者作成)
が移動し、らせん状に撮像される。
④シングルスライスのヘリカル CT と MD CT の違い
‫ۈۋ‬
३থॢঝ५ছॖ५
ঊজढ़ঝ CT
MD-CT
シングルスライスのヘリカル CT では一断面ずつ撮像されるが、MD CT では検出器が分割
(筆者作成)
され、一度に複数スライスを得ることが可能である。
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が 始 ま っ た︵ 図 ④ ︶
。
それまでのCTの検出
器は1列で、1回転で
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1スライスしか得られ
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なかったが、4列、8
列、 列、 列、 列
と検出器の列数が年を
追うごとに増えていき、
広い範囲を短時間でか
つ、高密度に撮像でき
るようになった。現在
では320列のCTま
で開発が行われ、驚く
ほど高い時間分解能と
空間分解能の画像が得
られるようになってい
る。MDCTによって、
それまでの横断面主体
のCT診断の概念は一
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可能となっている。
心臓さえも拍動を止めることなくCTの撮像が
三次元による画像診断が普及した。動いている
変し、目的に応じた多断面からのアプローチや
関係と似ているが、実は医療画像診断分野のデ
ちょうどアナログフィルムとデジタルカメラの
代が長く続き、デジタル化が待望されていた。
たが、X線画像はフィルムによるアナログの時
に診療用のMRI装置が導入されている。当初
一方MRIは1980年代になってようやく
実用化が進んだ。1982年に日本国内で最初
っている。1990年前後にはX線の平面検出
フィルムの検出媒体としてイメージングプレー
古い。1981年には、富士フイルムが、X線
ジタル化の歴史はデジタルカメラよりも歴史が
以下の永久磁石や常電導磁石が中心
は 0.5 tesla
で、わが国でも多くのメーカーが開発に参入し
進んだ。
器︵FPD︶が開発され、デジタル化が大きく
ト︵IP︶を開発し、デジタル化の基礎をつく
の超電導磁石が主流
ていた。その後、 1.5 tesla
となり、磁石やコイルの技術革新、撮像法の進
入された。PACSによって画像が劣化なく転
用画像システム︵PACS︶が多くの施設で導
管、管理し、ネットワーク上でやりとりする医
00年前後にデジタル的に医用画像データを保
が実用化されている。画像診断の領域でも20
療にも応用され、1990年代には電子カルテ
歩により、イメージングの高速化・高機能化が
ちょうどその頃より、パソコンの進化やネッ
トワークなどのIT技術革新が目覚ましく、医
進んだ。そして2005年には、わが国におい
全身MRI装置の薬事承認がなさ
ても 3.0 tesla
れ、現在に至っている。
︱ デジタル画像、
Imaging 4.0
ネットワーク診断の展開期
もともとCTやMRIはデジタル画像であっ
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世界に変貌した。同時にフィルムの現像が不要
行われる世界から、モニターで画像を診断する
が可能となり、X線診断がアナログフィルムで
案され、脳科学の研究にも大きく貢献していく
高磁場化が進み、研究用として 7 tesla
の機器
も市販されている。新しい撮像技術も次々に考
ンティングCTなども来そうだ。一方MRIは
技術も進んでいる。近未来的にはフォトンカウ
となり、さらに病院のフィルムレス化や遠隔画
だろう。
送・保存・読影ができるためネットワーク診断
像診断が大きく前進した。
を一枚一枚引っかけてのんびり読影するスタイ
な診断機器という点でのイノベーションはちょ
レイクスルーが今後あるかといわれると、新た
今後もCT、MRIともに開発の速度は加速
これらの技術革新によって放射線科医の画像
していくであろうが、近未来的に何か大きなブ
診断のスタイルも、シャーカステンにフィルム
ルから、パソコンのモニターを前に多量の画像
っと思いつかない。一時期、生体内の分子プロ
TやMRIではまだまだ厳しそうだというのが
たが、核医学の領域での展開は見られても、C
とい う 言
セ ス を可 視 化 す る molecular imaging
葉が流行し、臨床応用につながるかと期待され
を読影するスタイルに大きく変貌した。
Imaging 5.0?
CT、MRIおよびネットワークの進歩は止
まるところを知らない。最近のCTのトピック
る。おそらく医学の様々な領域でAIは使われ
スの一つは本誌の特集でも紹介されている dual 実感である。
で、CTが元来苦手であった組織像
energy CT
このような中、最近にわかにディープラーニ
の推定に挑んでいる。また新しい画像再構成法
ングによる人工知能︵AI︶が注目を集めてい
︵ iterative reconstruction
等 ︶に よ る 低 被 曝 化 の
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ていくであろうが、その中で、データがすべて
デジタル化されている画像診断は真っ先にその
恩恵にあずかることは想像に難くない。どんな
に撮像技術が進歩してもそれを解釈する人間の
能力には限界があるため、ますます複雑化する
画像データの解析において人の手だけで読影を
行っていくとは考えにくいからだ。
こうやって画像診断の歴史を見てみると Imaging
はデータ収集の手段の発見、 2.0
でCTやM
1.0
でその技術の
RIなどの新規技術の開発、 3.0
で情報化︵インフォメーション化︶
進化、 4.0
でそのインテリジェンス化が進む
が進み、 5.0
ことになるのではないだろうか。しかし、どの
ように技術革新が進んでも、最終的に責任を持
って判断をするのは人間であることは言うまで
もない。画像診断が全自動になることはあり得
ないと思っている。
︵熊本大学大学院生命科学研究部
放射線診断学分野
教授︶
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