睡眠薬治療の 入口と出口を考える 内 村 直 尚 はじめに 不眠症は罹患頻度の高い代表的な睡眠障害の 一つである。成人の %以上が入眠困難、中途 覚醒、早朝覚醒などいずれかの不眠症状を有し、 方は処方箋発行ベースで4割程度である。今や 科は全診療科に及び、精神科・心療内科での処 1人が服用している。睡眠薬が処方される診療 歳以上の高齢者ではさらに増加して6∼7人に 現在、日本の成人の 人に1人︵5%︶が医 療機関で処方された睡眠薬を使用しており、 睡眠薬使用の現状 と出口について概説する。 睡眠薬治療の現況と今後治療を行う上での入口 眠薬が使用されているのが現状である。以下に 非薬物療法が不可欠であるが、多くの患者で睡 療としては睡眠衛生指導や認知行動療法などの 6∼ %が不眠症に罹患している。不眠症の治 1) 2) 3) (715) CLINICIAN Ê16 NO. 650 3 30 20 睡眠薬は医療現場ではなくてはならない薬剤の 60 10 一つとなっている。 4) 用いられてきた。バルビツール酸系および非バ ツール酸系および非バルビツール酸系睡眠薬、 図に国内で処方可能な主な睡眠薬を上市され た年代順に示した。古いものから順に、バルビ 不安作用、筋弛緩作用を併せ持つため、不眠症 リエーションは豊富で、催眠作用のみならず抗 が低く、安全域が広く、また、消失半減期のバ ルビツール酸系睡眠薬に比較して、依存リスク ベンゾジアゼピン︵BZD︶系睡眠薬、非ベン れてきた。 患者の苦痛緩和に有用であり、服用当夜から効 果を患者本人が実感できる治療薬として使用さ A ︶系睡眠薬、メラトニ ゾジアゼピン︵ non-BZD ン受容体作動薬、オレキシン受容体拮抗薬があ る。1950∼1960年代まではGABA 受容体作動薬であるバルビツール酸系および非 しかし、そのことが逆に安易な漫然処方の一 因となり、BZD系睡眠薬による依存や乱用、 で睡眠薬の0・5%を占めるにすぎない。通常 の注意が必要であり、現在は処方箋発行ベース 時に呼吸抑制が生じることがあるなど安全性へ のリスクが高いこと、安全域が狭く、大量服用 性による増量や休薬時の離脱症状︵身体依存︶ 介した薬物渇望は少ないとされるが、抗不安作 患者が睡眠薬を服用した場合には報酬系刺激を 例が報告されている。さらに、一般的に不眠症 ことや減薬・休薬時の離脱症状などの身体依存 耐性による高用量・多剤併用例が漸増している 転倒・骨折などの副作用の出現を認め、また、 バルビツール酸系睡眠薬が中心であったが、耐 の不眠治療には推奨されない。 1967年ニトラゼパムが上市されて以降、 年間にわたってGABA A受容体作動薬であ 4) 自殺企図や中毒事例が問題視されている。この ない。救急の現場では睡眠薬の大量服用による 用に対する心理的依存がみられる患者は少なく 6) 4 CLINICIAN Ê16 NO. 650 (716) 5) るBZD系睡眠薬が、不眠症治療の主剤として 50 国内で使用される主な睡眠薬 2014 suvorexantقঋঝ९ছك ỼἾỿἉὅӖܾ˳ਛ৴ᕤ (文献 5 より) ような睡眠薬の依存や乱用に関する記事が社会 問題としてメディアでもしばしば取り上げられ、 患者の不安は高まる一方である。 睡眠薬服用への心理的アレルギー 日本人は睡眠薬に関する心理的アレルギーが とても強い。 ﹁一度でも睡眠薬を服用したら、そ れなしでは眠れなくなって一生やめられない﹂ ﹁長く薬を飲んでいるうちにだんだん効かなくな ってしまい、量が増していく﹂ ﹁認知症になるの ではないか﹂ ﹁用量を間違えると生命に危険が 及ぶ﹂などの習慣性や副作用の発現に対し、不 安や恐怖を感じており、誤解や偏見が強い。そ のため、不眠を自覚しながらも睡眠薬の服用を 跳性不眠・退薬症候が出現し、さらに睡眠薬に 医師の指示どおりに服用せず勝手に断薬して反 多い。特に長期服用に対する拒否反応が強く、 その結果、不眠が増悪し、慢性化している例も 拒否して寝酒を常用している人も少なくない。 8) 9) (717) CLINICIAN Ê16 NO. 650 5 7) 8) 対する不安・恐怖が高まったり、不眠が悪化し 遷延化していくこともある。 睡眠薬治療の入口と出口 ・休薬の判断をするのはその先になる。しかし、 不眠症の寛解の定義を患者へ以下のように示し、 寛解状態を少なくとも1∼2カ月継続した上で 減量を始めること、そして中止を目指すことを 丁寧に説明することが必要と思われる。 夜間の不眠の症状の軽減︵完全に消失しなく に、睡眠薬投与を開始する﹁治療の入口﹂にお 合うことで緩和される部分も少なくない。さら の出口﹂ 、すなわち治療期間や減薬の可否を話し 誤った睡眠習慣を含めた生活習慣の改善 L︶の低下の改善 日中の眠気や てもよい︶ このような負のスパイラルは睡眠薬の中・長 期服用によって生じるため、逆に言えば﹁治療 いて、薬剤の特徴すなわち効果と副作用および 睡眠に対するこだわりの緩和 怠感などの生活の質︵Q O 服用方法について具体的に分かりやすく説明し、 医師の指示に従い服用すれば安全であることな また、減量中に症状が悪化した場合はいった ん薬をもとの量に戻し、時間をかけながら再び 睡眠衛生を含めた生活習慣を改善していくこと 後どの程度の期間でどのような効果が出現し、 いくことも大切である。医師と患者の信頼関係 眠習慣の見直しなど、治療経過中に話し合って 庭における人間関係などのストレスの程度や睡 減量していく。うまく進まないときは職場や家 ど患者に安心を与える必要がある。また、服用 で睡眠薬を中止することが可能であることと、 が高まるほど出口が具体的にみえてくる。 その実際の目安を説明することが重要である。 初発の不眠症であっても診断、薬剤調整、寛 解までの期間は半年程度はかかり、継続・減薬 6 CLINICIAN Ê16 NO. 650 (718) 1) 2) 4) 3) おわりに 睡眠薬を用いる際には、長期服用時のリスク ・ベネフィットバランスの観点から臨床的妥当 性があることが求められる。睡眠薬に関する患 者の不安も、服薬の終結かあるいは長期転帰か の治療ゴールがみえにくいという不眠治療の問 題が大きい。例えば、 ﹁睡眠薬をいつまで服用 すべきか説明を受けたことがない﹂ ﹁処方され てから1年たっても何も言われない﹂などの不 満がよく聞かれる。睡眠薬の減量・休薬のタイ ミングや長期服用が許容される具体的な事例を 治療の入口からある程度の目安として説明し、 その後も確認し合うことが必要であり、その結 果出口がみえやすくなる。われわれ治療者は患 者にとって安全で安心な不眠治療を提供するこ 文献 Ohayon MM, Smirne S : Prevalence and consequences of insomnia disorders in the general population of Italy. Sleep Med, 3, 115-120 (2002) Morin CM, et al : Epidemiology of insomnia : prevalence, self-help treatments, consultations, and determinants of help-seeking behaviors. Sleep Med, 7, 123-130 (2006) Kim K, et al : An epidemiological study of insomnia among the Japanese general population. Sleep, 23, 4147 (2000) 三島和夫︵睡眠薬の適正使用及び減量・中止のため の診療ガイドラインに関する研究班︶編 睡眠薬の 適正使用・休薬ガイドライン、じほう、東京︵20 14︶ 三島和夫 不眠症治療の今日的課題、睡眠医療、8、 458∼466︵2014︶ 三島和夫 診療報酬データを用いた向精神薬処方に 関する実態調査研究、厚生労働科学研究費補助金・ 厚生労働科学特別研究事業﹁向精神薬の処方実態に 関する国内外の比較研究﹂平成 年度分担研究報告 書、 ∼ ︵2011︶ 22 とを目指し、実行すべきである。 ︵久留米大学医学部 神経精神医学講座 教授︶ 32 三島和夫 層化三段法による全国の一般住民1、 2 15 (719) CLINICIAN Ê16 NO. 650 7 1) 2) 3) 4) 5) 6) 7) 24人を対象とした﹁睡眠薬に対する意識調査﹂の 結果から、平成 年度厚生労働科学研究・循環器疾 患等生活習慣病対策総合研究事業﹁健康づくりのた めの休養や睡眠の在り方に関する研究事業﹂総括報 告書︵2012︶ 内村直尚、松山誠一朗 睡眠薬服用の現状とその対 応、こころの臨床 à・la・carte 、 、345∼350 ︵2003︶ 内村直尚 睡眠障害の診断と治療、河野友信編、最 新心身医学、三輪書店、東京、196∼202︵2 000︶ 8 CLINICIAN Ê16 NO. 650 (720) 8) 9) 21 22
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