ホタルの光を作ってみよう ~ルミノールの化学合成~ 生物有機・核酸化学研究室(担当:森口朋尚) ホタルは夏の風物詩のひとつですが、皆さんは“何故、ホタルはおしりのところがピカ ピカ光るの?“と疑問に思ったことはありませんか?さて、このピカピカ光る現象(蛍光 発光)はホタル特有のものなのでしょうか?実は、地球上には他にも自然にピカピカ光る 生き物が知られています。これらの生き物の体内では、ある特殊な化学反応が起こり、そ の生物特有の物質が蛍光物質に変化した際に発光します。 ホタルの場合は、ルシフェラーゼという酵素が ATP(アデノシ ン三リン酸)とマグネシウムイオンの存在下でルシフェリンとい うタンパク質と反応した後、酸化されて黄色い蛍光を示します。 また、北陸の富山湾の神秘「海の宝石」とよばれるホタルイカも 青い蛍光を発色します。さらに、アメリカ沿岸に生息するオワン クラゲは2つの発光蛋白質、エクオリンとグリーン蛍光蛋白質を 持っています。他にも、ヤコウダケのように光るキノコや深海に は多くの発光生物がいることが知られています。 また、これら生物が作り出す蛍光物質以外にも人工的に作られ た蛍光色素(フルオレセイン、ローダミンなど)があり、工学や 生命科学など幅広い分野で応用されています。今回は、犯罪捜査などにおいて血液の検出 に用いられる蛍光物質ルミノールを作り、実際に光らせてみましょう。 では、ルミノールはなぜ発色するのでしょうか。物質はそれぞれ固有のエネルギー状態 をもっています。物質の原子内の電子エネルギーが最も低い状態にあるときは基底状態と いい、物質が外からエネルギーを吸収すると基底状態にあった電子は高いエネルギー状態 になります。この状態を励起状態といい、励起状態の物質は不安定であるためにエネルギ ーを放出して基底状態に戻ろうとします。このときのエネルギーが可視光線の場合、発光 としてみとめられます。 ルミノールの場合は、ルミノールと過酸化水素水が反応してルミノールの酸化が起こり ます。その結果、3-アミノフタル酸と呼ぶ酸の陰イオンが生じてきます。この反応では、 この陰イオンが基底状態ではなくて、励起状態を生ずるので、この励起状態の陰イオンが 基底状態に戻るときに、その励起エネルギーの一部として蛍光として発光するのです。 NH2 O NH2 N N H O OH– NH2 H2O2 N O O N H O O N ON O エネルギー ルミノール NH2 –N2 光 * O NH2 O O O O O + 蛍光 基底状態 励起状態 O O 3-アミノフタル酸 (励起状態) 3-アミノフタル酸 (基底状態) <ルミノール合成の化学反応式> NO2 O NO2 O OH H + OH O 3-ニトロフタル酸 H N N H H 加熱 H 亜ジチオン酸 ナトリウム N N 2H2O O NH2 O N N H H H O ルミノール 分子量 177.16 融点 332 ℃ それでは、どのようにしてルミノールを合成するのでしょうか。ルミノールの化学名は 3-アミノフタルヒドラジドです。まず、3-ニトロフタル酸とヒドラジンから水が 2 分子と れて(これを脱水縮合といいます) 3-ニトロフタルヒドラジドができます。次に、アルカリ 溶液中、亜ジチオン酸ナトリウムでニトロ基(NO2-)を還元してアミノ基(NH2-)にするとルミ ノールになります。 ルミノールはアルカリ性溶液中で鉄(III)イオンを触媒として過酸化水素と反応させると、 過酸化中間体を経て 3-アミノフタル酸ジアニオンになります。過酸化中間体が 3-アミノフ タル酸ジアニオンになるときに、著しく強い化学発光を示します(ルミノール反応)。 注:化学薬品の取り扱いには危険を伴う場合があるので、試薬の秤量、混合、加熱など の諸操作は慎重に行ってください。なお、不明な点は遠慮なく担当教員、学生に尋ねて ください。 <試薬リスト> 試薬名 使用量 備考 3-ニトロフタル酸 1.0 g 8% ヒドラジン水溶液 2 ml トリエチレングリコール 3 ml 亜ジチオン酸ナトリウム二水和物 3.0 g 酢酸 2 ml 強い刺激臭、腐食性あり 10% 水酸化ナトリウム水溶液 10 ml 使う際は必ず保護眼鏡と手袋を アンモニア臭のある液体 着用すること 3 % ヘキサシアノ鉄(III)酸カリウム水溶液 10 ml 3 % 過酸化水素水 10 ml 使う際は必ず保護眼鏡と手袋を 着用すること <実験操作> ① 3-ニトロフタル酸(1.0 g)と 8%ヒドラジン水溶 ゴム管を介して アスピレーターヘ 液(2 ml)を試験管に入れ、固体が溶解するまで パスツールピペット 湯浴中で加熱する。(もし溶けない場合は、ご 蒸発した水を 吸い取る く少量の水を加える。) ② 反応混合物にトリエチレングリコール 3 ml と 沸騰石2~3粒を加えた後、右図のような装置 を組み立てて加熱をはじめる。 ③ アスピレーターを作動させて過剰の水を除去 試験管バサミ 注意! 時々バーナーから 離さないと突沸する。 試験管の口を人の方に 向けないこと。 保護眼鏡と 軍手を忘れずに する。(注:突沸しないように時々火から遠ざ ける)バーナーを近づけたり、遠ざけたりしな がら断続的にゆっくり加熱する。 (注:やけど注意!!加熱開始から何分後にど 図1 加熱するときの反応装置 のような変化が生じたか記録して下さい。) ④ 溶液の色が褐色になったら、加熱とアスピレーターによる吸引をやめ、溶液を 100℃ 付近まで放冷する。流水で試験管を冷やすと固体が析出する。固体を吸引ろ過にて集 め、元の試験管に戻す。 ⑤ 10%水酸化ナトリウム水溶液を 5 ml 加え、ガラス棒でかき混ぜる。これに亜ジチオ ン酸ナトリウム二水和物(3.0 g)を加える。 (溶液の色の変化を観察し、結果を記録し てください。) ⑥ 水で試験管の壁面に残った固体を溶解させ、加熱沸騰させる。 (沸騰状態で約5分間。 時々火から離す。水を入れすぎると加熱時に突沸して内容物が噴き出す恐れあり。) ⑦ 少し冷やした後、酢酸 2 ml を加え、かき回しながら水道水で試験管を冷やすと、ル ミノールが析出する。得られたルミノールを吸引ろ過にて集める。 ⑧ 300 ml 三角フラスコに 10%水酸化ナトリウム水溶液 10 ml と水 90 ml を入れ、そこに 集めたルミノールの沈殿をろ紙ごと加える。(この溶液を A 液とする。) ⑨ 別の 300 ml 三角フラスコに 3% ヘキサシアノ鉄(III)酸カリウム溶液 10 ml、3%過酸化 水素水 10 ml、水 80 ml を入れる。(この溶液を B 液とする。) ⑩ A 液を、暗所で B 液といっしょに大きな三角フラスコに注ぐ。 (どのような変化が見 られましたか?結果を記録してください。) ⑪ フラスコを振り混ぜながら 10%水酸化ナトリウム水溶液を少しずつ足してみる。 (⑩ と比較してどうなりましたか?) もう少し深く理解するために 発光という現象を理解するために、以下のことも考えてみましょう。 より長く発光させるためには、どのようにしたら良いでしょうか? 違う色で発光させることはできるでしょうか? いかがでしたか?うまく光ったでしょうか?ルミノール反応は鉄(III)と酸素があれば容 易に起こります。ですから、ドラマなどにあるように警察の科学捜査で血液を検出するの に用いられます。 今回は、有機合成化学の手法を用いてホタルの光を人工的に作りました。今回の実験に は複雑な化学製品や医薬品などを合成するための基本的な技術が多く含まれています。い ままでに使ったことのない実験器具を扱ったことと思います。これを機会に皆さんが合成 化学にいっそう興味を持っていただけたら非常にうれしく思います。そして、1 人でも多 くのかたが群馬大学理工学部の門を叩き、化学のエキスパートとして社会で活躍してくれ ることを心より願っています。 MEMO 実験の分類:有機合成化学 実験の種類:縮合反応、還元反応、酸化反応 募集人員:10 人 所要時間:合成反応(2~3 時間)、発光試験(1 時間程度)
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