期待外れの5月雇用統計~雇用減速が示唆する2

みずほインサイト
米 州
2016 年 6 月 7 日
期待外れの 5 月雇用統計
欧米調査部主任エコノミスト
雇用減速が示唆する 2 つのシナリオ
03-3591-1418
風間
春香
[email protected]
○ 5月の雇用統計では、非農業部門雇用者増加数が約6年ぶりの低い伸び。財部門が減少したことに加
え、サービス部門においても幅広い業種で雇用が失速。
○ 失業率は改善したが、労働参加率の低下が主因。足元で「労働市場のスラック」の縮小ペースが鈍
っている可能性。
○ このタイミングでの雇用の減速は、企業の慎重化の現れなのか、低迷が続いてきた労働生産性が転
換する兆しなのか、今後の動向に注視が必要。
1.雇用は予想外に減速
5月の雇用統計では、非農業部門雇用者増加数が約6年ぶりの低い伸びとなった。労働時間で測った
労働需要も減速している。失業率は低下したものの、労働参加率の低下による「悪い失業率の低下」
であり、ネガティブな動きといえる。
5月の非農業部門雇用者数は前月差+3.8万人と、市場予想(同+16.0万人)を大きく下回る結果と
なった(図表1、2)
。5月の急減速は、財部門の減少に加えて、サービス部門において幅広い業種の伸
びが低下したことが理由である。財部門では、建設業のマイナス幅が拡大したほか、耐久財製造業が
図表1 非農業部門雇用者増加数の推移
図表2 非農業部門雇用者増加数(4月と5月)
(前月差、千人)
( 前月差、 千人)
建設業
鉱業
製造業
民間サービス業
政府部門
非農業部門合計
500
400
300
合計
民間財部門
鉱業
建設業
耐久財製造業
非耐久財製造業
民間サービス部門
卸売業
小売業
運輸・倉庫業
公益事業
情報サービス
金融・保険業
不動産・リース業
専門職・技術サービス
企業本社機能
短期人材派遣
教育
ヘルスケア
余暇・娯楽
宿泊・外食サービス
その他
政府部門
5 月は前月差+3.8万人、
2 0 10年以来の低い伸び。
3 ・ 4月は累計5.9万人
の下方修正
200
100
0
▲100
15/5
15/8
15/11
16/2
16/5
(年/月)
2 0 1 6 年4 月
123
▲ 14
▲ 11
▲5
2
0
144
2
▲5
10
▲0
3
14
4
25
4
5
14
32
5
7
24
▲7
2 0 1 6 年5 月
38
▲ 36
▲ 11
▲ 15
▲ 18
8
61
▲ 10
11
▲1
▲1
▲ 34
3
6
26
▲3
▲ 21
12
55
▲ 10
21
8
13
(資料)米国労働省より、みずほ総合研究所作成
(資料)米国労働省より、みずほ総合研究所作成
1
差
( 5 月- 4 月)
▲ 85
▲ 22
0
▲ 10
▲ 20
8
▲ 83
▲ 12
17
▲ 11
▲1
▲ 37
▲ 11
2
1
▲8
▲ 26
▲3
24
▲ 15
14
▲ 16
20
減少に転じた。サービス部門では、大手通信会社のストライキの影響(Verizon Communications、約
3.5万人)で、情報通信サービスの雇用が減少した。しかし、こうした特殊要因を除いても、短期人材
派遣、卸売、余暇・娯楽など、幅広い業種の雇用が失速した。さらに、今回は3月、4月分が下方修正
されている(3月:同+20.8万人→同+18.6万人、4月:同+16.0万人→同+12.3万人)
。雇用者数の伸
びは3月に20万人を下回り、その後減速傾向を続けていたことが分かる。
労働時間で測った労働需要も減速している。非農業部門雇用者数と週当たり労働時間の伸びを合算
した総労働需要指数は3カ月連続で前月比+0.1%となった(図表3)
。3月、4月分の総労働需要指数も
下方修正されており(3月:同+0.2%→同+0.1%、4月:同+0.4%→同+0.1%)
、これまでみていた
よりも労働需要の勢いが弱いことが明らかとなった。
家計調査から求められる失業率は4.7%と、前月から0.2%ポイント低下した。内訳をみると、労働
参加率の低下が主因となっており(図表4)、これは「悪い失業率の低下」である。最近までの労働参
加率は、2015年9月を底に上向きの動きが続いていたが、4、5月は連続で低下した。求人数の増加や緩
やかな賃金上昇を受けて、これまで働く意思がなかった人が労働市場に戻ってきていたとみられるが、
今月の結果は、こうした見方に水を差す内容となっている。
不本意なパートタイム労働者やディスカレッジドワーカーなどを含む、広義の失業率(U6)は9.7%
と、前月から変わらなった。しかし、足元で不本意なパートタイム労働者が増加しており、労働参加
率の低下とともに、「労働市場のスラック」の縮小ペースが鈍っている可能性がある。
時間当たり賃金上昇率は、前月比+0.2%となった。高い伸びとなった前月(+0.4%) からは鈍化
したものの 1、巡航速度の伸びと言えるだろう。前年比では+2.5%と、2014年12月(同+1.7%)を底
に緩やかな加速傾向が続いている。今月の雇用統計で唯一の明るい材料だ。
以上より、総賃金上昇率(雇用者数、労働時間、時間当たり賃金の伸びを合算)は前月比+0.2%と
なり、前月(同+0.5%)から鈍化した。
図表3 総労働需要指数の増加率
図表4 失業率の変化(要因分解)
(前月比、%)
0.6
0.5
0.4
0.3
0.2
0.1
0.0
▲0.1
▲0.2
▲0.3
▲0.4
▲0.5
(前月差、%Pt)
0.4
0.3
改訂前
0.2
就業率
0.1
改訂後
0.0
▲0.1
▲0.2
労働参加率
▲0.3
▲0.4
15/5
15/5 15/7 15/9 15/11 16/1 16/3 16/5
15/8
15/11
16/2
16/5
(年/月)
(年/月)
(資料)米国労働省より、みずほ総合研究所作成
(資料)米国労働省より、みずほ総合研究所作成
2
2.雇用減速が示唆する 2 つのシナリオ~企業の慎重化 or 生産性向上への転換
最新の地区連銀経済報告(ベージュブック、5月23日までの情報)では、多くの地区で人手不足の状
況が指摘されていた。高スキル労働者だけでなく、低スキル労働者の確保も困難になっている状況が
報告されており、企業の労働需要はむしろ堅調であるとみられていた。その意味で、今回の雇用統計
の結果は大きなサプライズであった。
では、なぜこの時期に雇用が減速したのだろうか。考えられる理由は2つある。ひとつは、低調な企
業収益やマインドの慎重化を背景に、企業が雇用を抑制したということだ。2016年1~3月期の企業収
益(税引き前利益)は前年比▲5.2%と2期連続の減益となった。ドル高と海外経済減速による海外収
益の目減りや、原油安によるエネルギー関連業の不振が収益全体の足を引っ張っている。また、企業
マインドをみると、製造業の業況は急速なドル高に歯止めがかかるなかで最悪期を超えたとみられる
ものの、足元で非製造業の業況改善ペースが鈍化している。5月の非製造業ISM指数は52.9(前月:
55.7)と、2014年2月以来の水準まで低下した。回答企業のコメントをみると、小売、卸売などを中心
に弱気な内容が目立つ。人手不足は一部の業種や職種に限られ、全体としてみれば雇用は過剰方向に
あった可能性がある。
一方、低迷が続いてきた労働生産性が転換しつつある可能性も考えられる。ここ5年間の米国の労働
生産性の伸びは年間ゼロ%台後半の伸びにとどまっており、1980年以降の平均的な伸びである+2%を
大きく下回っている。他方で、これまでの雇用回復と賃金の緩やかな上昇を受けて、単位労働コスト
は伸びを高めている。そして賃金の上昇傾向は足元でも続いている。企業はこれまで単位労働コスト
の上昇分をマージンの縮小で吸収してきたが、ここにきて企業は生産性を改善させることにより、単
位労働コストの抑制することに舵を切り始めた可能性もある。生産性の改善は、設備投資の増加を必
要とする。2つ目のシナリオが正しいならば、緩やかな雇用の伸びは悪いことばかりではないかもしれ
ない。
1
4 月の高い伸びについては、カレンダー要因を指摘する声もある。カレンダー要因とは、15 日が含まれるかどうかで賃金への
影響が変わるというものだ。事業所調査は 12 日を含む週に実施されるが、この週に 15 日が含まれると賃金の伸びが高くなるケ
ースがあるようだ。
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