新たな時代に入る日本の電力市場

新たな時代に入る日本の電力市場
2016 年度の始まりとともに、電力小売りの全面自由化が実施された。従来の電力規制
の改革は主に事業者向けにとどまっていたが、今回は一般家庭にも恩恵が及ぶという
意味で大きな転換点といえるであろう。以下では、今次改革の意義を再確認するととも
に、
今後も続くエネルギー市場自由化の課題に注目する。
これまで一般家庭は、地域ごとに事業を営む大手
電力会社から電力の供給を受けてきた。それが、この
4 月からは電力を購入する事業者を自由に選べるよ
うになった。価格や特性などを目安に最適なものを
買うことができるという点で、いわば電力が他の商
品・サービスと同列に並んだといえるかもしれない。
このことは消費者にとっても電力を販売する事業者
にとっても大きな変化であり、幅広く実感を伴う規
制緩和と受け止めてよいであろう。
電力小売市場の自由化は、15 年ほど前か
ら段階的に進められてきた(図表 1)。まず
2000 年に、大規模工場や百貨店といった大
口需要者に絞って参入解禁が行われた。そ
の後、2004 年と 2005 年に見直しが行われ、
中小規模工場やスーパーなどにまで対象
が広げられた。今回は一連の改革の総仕上
げであり、家庭やコンビニエンスストアな
ど 7.5 兆円規模とされる市場が新たに自由
化された。
これを受けて、多くの事業者が電力小売
りに進出してきている。ガス事業者や通信
事業者、家電販売業者、鉄道事業者など異
業種から続々と参入しているほか、既存の
大手電力会社も地域を越えての電力販売
に乗り出している。消費者は、これら多く
の供給者の中から好みのものを選択して
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電力を購入できるため、今後順次既存の契約から新
たな契約への切り替えが広がっていくと予想され
る。
ここで、今回の改革により期待される効果を再確
認しておきたい。第一は、電力小売りへの参入拡大に
よる電力市場の活性化である。上述のように、業種や
地域の垣根を越えた事業進出が始まっているが、こ
れからもこうした動きが広がっていく可能性が高
い。事業者間の競争拡大は、既存の電力会社にも経営
●図表1 電力小売り自由化の経緯
(自由化の割合(電力量ベース)、%)
(契約電力)
100
2016年4月1日
自由化
( 50kW未満)
75
低圧
家庭用など
(50kW以上) 中小規模工場
スーパー 高圧
中小ビルなど
( 500kW以上)
50
25
0
コンビニ
大規模工場
特別
( 2,000kW以上) 百貨店
高圧
オフィスビルなど
2000 年
3月∼
2004 年
4月∼
2005 年
4月∼
2016 年
4月∼
(資料)資源エネルギー庁資料より、みずほ総合研究所作成
【自由化の時期】
の効率化を促すものとなろう。
第二に、消費者にとっての選択肢の多様化が挙げ
られる。既に複数の事業者から多彩な価格プランが
示されており、異業種からの参入組などによるセッ
ト販売やポイントサービスなども提案されている。
消費者による選別を意識して、供給サイドも様々な
創意工夫や差別化に努めよう。
第三に、電力価格の低下が期待される。市場が競争
的になれば値下げが促されるはずで、消費者にとっ
てメリットは大きい。そして第四に、長期的な効果と
して、電力分野でのイノベーションの活発化や再生
可能エネルギーの普及促進も期待される。
月第二段階の小売り自由化が実施された(図表 2)。
第三段階の電力料金規制の撤廃と発電事業・送配電
事業の分離(発送電分離)は、2020 年 4 月の予定であ
る。このうち発送電分離は送配電の中立性を高める
ための措置であるが、電力供給に支障をきたさない
よう、事業者間連携環境の整備や設備投資確保のた
めの制度設計などを怠りなく講じておく必要があ
る。
一方、電力システム改革と並行する形でガス市場
の改革も進められていく。2017年4月には、都市ガス
市場の小売り全面自由化が予定されている。この 4
月には大手ガス会社が電力小売りに進出したが、1
年後にはこの逆の動きが現実化するかもしれない。
続いて 2022 年には、大手ガス会社のガス導管部門の
分離が行われる方向である(発送電分離と同様に導
管部門の中立性確保の手当て)。
このように、電力とガスの市場が半ば統合される
形で総合的なエネルギー市場が形成されていくこと
になる。5 年前に発生した東日本大震災とそれに伴
う原子力発電所の事故により、わが国のエネルギー
を巡る環境は大きく変容した。省エネルギーの推進
や再生可能エネルギーの活用が求められており、消
費者も企業もできるだけ低価格でのエネルギー供給
を望んでいる。そして、これらを満たすための技術や
ビジネスの革新は、新たな需要の獲得を通じて経済
活力の向上にも資すると期待される。
しかし、ここに示したようなメリットが確実にも
たらされると約束されているわけではない。
様々な企業が電力小売りに参入し始めているが、
多くの事業者が競い合う環境をこの先維持できるか
がポイントとなる。一足先に自由化を進めた欧州で
は、事業者の再編淘汰もあって再び寡占化している
国もある。また、地方では電力の売り手が限られるこ
とも懸念されている。電力は薄利のビジネスともい
われており、今後の企業の動向が注目される。
電力価格も必然的に下がるとまではいえない。グ
ローバルな資源価格の影響は避けられず、当面残さ
れる料金に関わる規制が今後緩められていけば、価
みずほ総合研究所 政策調査部
格は下がりやすくも上がりやすくもなる。
部長 内藤啓介
また、自前の発電能力を持たない小売業者もあるこ
[email protected]
とから、電力供給の安定性をいかに確保していくかも
課題といえる。業者間で取引する電力卸
●図表2 電力システム改革とガス市場の改革
売市場の一層の拡大などが望まれるとこ
ガス市場の改革
電力システム改革
ろだ。
いずれにしても、電力小売り自由化が
第一
電力とガスの
広域的運営推進機関の設立 2015年4月
需要サイドにとっても供給サイドにとっ
段階
相互参入も可能となる
ても実り多きものとなるよう、官民のこ
一体的改革
第二
れからの対応が大切なものとなる。
電力小売りへの参入全面自由化 2016年4月
段階
ガス市場の小売り全面自由化 2017年4月
電力を巡る制度改革は、今後も展開さ
れていく。政府が進める電力システム改
革は 3 段階となっており、第一段階とし
て電力網の司令塔としての電力広域的運
営推進機関が 2015 年 4 月に設置され、今
第三
段階
電力料金規制の撤廃
2020年4月
発電事業と送配電事業の分離
ガス導管部門の分離(大手3社) 2022年4月
(資料)資源エネルギー庁資料などより、みずほ総合研究所作成
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