スペイン出張メモ:労働市場改革等の成長戦略に注目

リサーチ TODAY
2016 年 6 月 13 日
スペイン出張メモ:労働市場改革等の成長戦略に注目
常務執行役員 チーフエコノミスト 高田 創
筆者はスペインへ出張し、現地で開催されたセミナーに参加し意見交換を行ってきた。サッカー好きの
筆者にとってスペインは聖地のような場所である。34年ぶりのスペイン訪問は、経済について新鮮な発見の
多い出張だった。スペインに対し多くの人々が抱くイメージは、まず2009年以降の欧州債務危機の当事国、
すなわち、「PIIGS」の一員である経済危機国ということだろう。スペインは「シエスタ」の国で、長い昼休みが
あり、そもそもビジネスに向くのかとの固定観念も強い。事実、スペインの昼休みは今も長く、夕食でレストラ
ンに人が繰り出すのは夜9時以降になってからである。一方、下記の図表は、スペインの実質成長率の推
移である。2013年に底入れ以降、安定的な成長が続いており、今年も2%台後半の成長が見込まれる。債
務危機時には一時7%以上まで上昇したスペイン10年国債の利回りは、今や1%台にまで低下した。経常
収支は危機の主因であった赤字から黒字に転じ、不動産価格は下げ止まり、不良債権問題も一息つく状
況に戻っている。結論的に言えば、スペインの底堅さの背景には、ユーロの下落による輸出拡大がある。た
だし、為替下落はユーロ圏各国に共通の条件なので、スペインの輸出競争力の改善に注目する必要があ
る。そこには、インフラ輸出を中心に海外志向を強める戦略や、労働市場の改革があり、同時に、GDPの1
割を支える観光産業の存在も大きい。このような、海外向けインフラ輸出、労働市場の改革、観光産業は、
今日の日本が成長戦略と捉えている項目と共通することに注目する必要がある。
■図表:スペインの実質成長率推移
(注)予測は欧州委員会
(資料)Eurostat、欧州委員会より、みずほ総合研究所作成
次ページの図表はユーロ圏の輸出動向を示す。スペインの輸出の回復テンポは競争力が高いドイツ並
みで、南欧のイタリアやフランスと大きく異なる。この背景には、旧植民地であった南米・アフリカ向けの寄
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与も大きいが、スペインの労働市場改革の結果、労働コストが大幅に圧縮され、実質実効レートが欧州主
要国のなかで最大の下落となり、輸出競争力を支えたことも大きい。
■図表:ユーロ圏主要国の輸出動向推移
(2008Q1=100)
120
110
100
ドイツ
90
フランス
イタリア
80
スペイン
70
08
09
10
11
12
13
14
16 (年)
15
(資料)各国統計局より、みずほ総合研究所作成
下記の図表は、スペインが債務危機後に取り組んだ労働市場改革である。この結果実現した雇用・賃金
の柔軟化が好感され、米国フォードのようにスペインに工場を設立する事例も生じ、今日スペインは欧州第
2の自動車生産国となった。
■図表:スペインが危機後に取り組んだ改革
目的
雇用調整の
柔軟化
賃金調整の
柔軟化
内容
改革前
改革後
不当解雇時の保証金を引き
下げ
不当解雇の場合、終身雇用者に
解雇保証金は勤続年数×33日
対する解雇保証金は勤続年数×
分給与(上限24カ月)
45日分給与(上限42カ月)
集団解雇の基準を緩和
集団解雇には自治州の事前承
認が必要
企業の経営環境をより重視
労働条件の変更において、企業
内協約よりも産業・地域ごとの協 企業内協約を優先
約を優先
自治州の事前承認は不要
企業の業績や生産関連等の理
先に「給与額」を含み、変更の際
由で変更可能な労働条件は、勤
の労使合意は不要
務時間、シフト、報酬制度など
(資料)スペイン支援に係る欧州委レビュー、スペイン開発金融公庫、JETRO 資料などより、みずほ総合研究所作成
スペイン経済は予想以上の改善を遂げた。ただし、残る課題も多い。雇用環境は改善したが、依然とし
て失業率が20%を超えている。債務状況は改善したが、その水準が高止まりしている。しかも、これまで輸
出を支えたユーロ安に変化が生じている。労働市場の改革や財政緊縮による国民の不満は現在の政治に
向けられ、政治は不安定化し、暫定政権のままである。その結果、今月26日の総選挙に注目が集まってい
る。海外重視と成長戦略へのバイアスは、日本のアベノミクスの政策とも類似するものがあるが、この改革姿
勢を続けることができるかは不透明な状況だ。
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