再び追加緩和を示唆するECB~1月21日政策理事

みずほインサイト
欧 州
2016 年 1 月 22 日
再び追加緩和を示唆するECB
欧米調査部主任エコノミスト
1 月 21 日政策理事会のレビュー
03-3591-1199
松本惇
[email protected]
○ ECBは1月21日の理事会で政策の据え置きを決定したが、次回理事会で政策方針を評価・再検討
する必要性を指摘した。ECBが追加緩和の可能性を示唆したのは、昨年10月22日の理事会以来だ。
○ 低インフレが続く中でECBが特に注視しているのは、原油価格下落がコア・インフレ率に及ぼす
影響の大きさと、低インフレと期待インフレ率悪化の悪循環である。
○ 原油価格が大幅に反発するなど、足元の状況が劇的に改善しない限り、次回理事会においてECB
は追加利下げに踏み切るとみられる。
1.ECBは次回 3 月理事会で追加緩和に踏み切る可能性を示唆
1月21日に実施された政策理事会において、欧州中央銀行(ECB)は金融政策の据え置きを決定した。
しかし、声明文には、3月10日に予定される次回理事会において「金融政策の方針を評価(review)し、
場合によっては再検討(possibly reconsider)する可能性がある。」との文言が加えられ、2015年12
月に続く追加緩和の可能性が示唆された。
政策方針の評価・再検討が必要との判断に至った経緯について、ドラギ総裁は「ユーロ圏を取り巻
く環境が前回理事会での想定から大きく変化し、ユーロ圏景気・物価の下振れリスクが増しているた
めだ」と説明した。具体的な変化として、ドラギ総裁は新興国景気の先行きに対する不透明感の高ま
り、金融・商品市場の変動の高まり、地政学リスクの上昇を挙げ、それらが「ユーロ圏景気の回復力
を弱め、景気の下振れリスクになる」と述べた。インフレ率に関しては、「原油価格の大幅下落を主
因に2015年12月の結果は想定を下回っており」、現時点での先物価格に基づけば「2016年のインフレ
率は12月のECBスタッフ見通しを大幅に下回り、今後数カ月は極めて低い水準、あるいは、マイナ
ス圏で推移すると予想される。インフレ率が上向くのは年後半になろう」との認識を示した。ドラギ
総裁によると、政策方針の評価・再検討という文言の追加に関し、理事会メンバーは全会一致という。
金融市場では3月理事会で追加緩和が決定されるとの思惑が強まり、理事会後にユーロは対ドルで減
価し、欧州の株価指数は反発した。ドイツなど各国の国債利回りは低下した。
2.インフレ率の先行きを考える上でECBが注視する 2 つのポイント
今回の記者会見や最近の理事会メンバーの発言を踏まえると、インフレ率の先行きを考える上でE
CBが特に注視している点は2つある。
第1に、油価下落の影響である。ECBは、油価下落が燃料・光熱費の減少を通じてヘッドラインの
1
インフレ率を下押しするという直接的な影響に加え、生産・流通コストを通じてコア・インフレ率(エ
ネルギー・食品等を除く)を下押しするという間接的な影響への警戒を強めている。昨年初から昨夏に
かけて、ECBは、油価下落が実質購買力の改善につながるというプラスの面を強調し、コア・イン
フレ率に与える間接的な下押しの影響は限定的と評価していた。一方、昨秋以降、理事会の議事要旨
などでは、油価下落がコア・インフレ率に及ぼす影響への言及が目立っている。
ベクトル自己回帰モデルによる分析では、10%の油価下落ショックがユーロ圏コア・インフレ率に
与える影響は、1年後はほぼゼロであり、2年後に▲0.1%pt、3年後に▲0.3%ptとなる(図表1)。推計
誤差が大きいことには留意が必要だが、分析結果によると、油価下落ショックがコア・インフレ率に
与える影響はさほど大きくない。しかし、コア・インフレ率が1%を下回る低水準にとどまる中、EC
Bは、僅かな下振れリスクに対しても警戒を怠れないのだろう。
第2に、低インフレ持続と期待インフレ率悪化の悪循環である。低インフレが今後も続くとみられる
中、期待インフレ率が悪化し、企業が値上げに一段と慎重になったり、賃上げに消極的になったりす
れば、インフレ率改善の重石となる。その結果、期待インフレ率は更に悪化する可能性がある。
昨年初に追加緩和を決定して以降、昨夏まで、ECBは期待インフレ率は安定していると説明して
きた。ECBが期待インフレ率を測る上で重視している、インフレスワップ・フォワードレート(5年
先スタートの5年物、5年後から5年間の平均的なインフレ率を示す)が安定していたことなどが理由で
ある(図表2)。また、昨夏までは、期待インフレ率に影響を及ぼすのは主として油価であり、低インフ
レが期待に及ぼす影響は顕在化してないとの認識を示していた。
しかし、昨秋以降、ドラギ総裁が「期待インフレ率が固定されていない(deanchor)兆候がみられる」
と指摘したり、チーフエコノミストであるプラート理事が「既に低インフレが期待インフレ率に影響
を及ぼしている」と発言したりしており、低インフレと期待インフレ率悪化の悪循環に対してECB
が警戒感を強めている様子がうかがわれる。足元にかけてインフレスワップ・フォワードレートが低
下する中、理事会後の記者会見で、ドラギ総裁は「我々は様々な指標をみているが、それらは期待イ
ンフレ率の低下を示している」と述べた。
図表1 油価下落のコア・インフレ率への影響
0.1
(%pt)
図表2 インフレスワップ・フォワードレート
2.0
(%)
昨夏にかけて改善したが・・・
昨秋より低下が続く
0.0
1.6
▲ 0.1
▲ 0.2
1.2
▲ 0.3
▲ 0.4
0.8
▲ 0.5
0
1
2
3
4
5
6
7
8
9
10
11 12
0.4
(四半期後)
15/1
15/4
15/7
15/10
16/1
(注) 原油価格、短期金利、名目実効為替レート、GDPギャップ、生産者物価、コア・
(年/月)
インフレ率の6変数から成るVARモデルを推計(期間は1991年Q1~2015年Q3、
5年後スタート 5年物
1年後スタート 1年物
ラグは1)。原油価格の10%の下落ショックが生じた際の、コア・インフレ率の累積
2年後スタート 1年物
4年後スタート 1年物
インパルス応答。破線は±1シグマ区間。
(注) インフレスワップレートから算出したインフレ期待を示す。
(資料) Eurostatなどから、みずほ総合研究所作成
(資料) Bloombergより、みずほ総合研究所作成
2
3.ECBは 3 月理事会で追加利下げへ
以上を踏まえると、3月理事会において、ECBはインフレ率の見通しを引き下げた上で、預金金利
ファシリティ金利を10bp引き下げることを決定するとみられる。
記者会見において、ドラギ総裁は、「状況が悪化したにも関わらず、我々が政策方針を評価・再検
討しなければ、ECBに対する信認が揺らぐ恐れがある」と指摘した。3月理事会までに、油価の大幅
な反発や新興国景気の先行きに対する不透明感が解消するなど、状況が劇的に改善しない限り、EC
Bは追加緩和に踏み切ると予想される。
講じ得る緩和策の内容に関し、ドラギ総裁は「2%を下回り且つその近傍というインフレ目標の達成
に向け、責務の範囲内で、我々が実施する手段に上限はない」、「今日は特定の政策に関して議論し
たくなかったのだ」と述べ、言質を与えなかった。
とは言え、実施のハードルが低いのは、預金ファシリティ金利を10bp引き下げて▲0.4%にすること
だろう。声明文には、長期に亘って政策金利は現在の水準、あるいは、「更に低い水準」にとどまる
と予想されるとの文言が加えられた。また、金融市場では今回の理事会後、預金ファシリティ金利の
引き下げを織り込む動きがみられる。ユーロ圏短期金利(EONIA)の先行きを示すOISのインプライ
ド・フォワードレートは12月理事会後に反発したが、1月理事会後は▲0.4%まで低下している(図表3)。
一方、資産購入額の拡大については、3月理事会での決定は見送られるだろう。12月理事会の議事要
旨によると、一部のメンバーは、資産購入額の拡大をデフレのような非常事態への対応策と位置付け、
インフレ率の多少の下振れへの対応策ではないと主張していたことが明らかとなっている。
図表3 ユーロ圏短期金利
(%)
0.4
0.3
0.2
1年先、1カ月物
2年先、1カ月物
3年先、1カ月物
12月理事会
10月理事会
1月理事会
0.1
0.0
▲ 0.1
▲ 0.2
▲ 0.3
▲ 0.4
▲ 0.5
(年/月)
(注) OISフォワードレートから算出した、N年先スタート1カ月物金利。
(資料) Bloombergより、みずほ総合研究所作成
●当レポートは情報提供のみを目的として作成されたものであり、商品の勧誘を目的としたものではありません。本資料は、当社が信頼できると判断した各種データに
基づき作成されておりますが、その正確性、確実性を保証するものではありません。また、本資料に記載された内容は予告なしに変更されることもあります。
3