EU離脱か残留か - みずほ総合研究所

EU離脱か残留か
英国政府は、欧州連合(EU)離脱の是非を問う国民投票を 2016 年 6 月 23 日に実
施することを発表した。世論調査は拮抗しており、その行方は予断を許さない。英
国民が EU 離脱を選択した場合、英経済や金融市場への悪影響は避けられない。国
民投票で離脱が決まれば後戻りは出来ず、英国は EU との新しい経済協定を模索す
ることになる。
ドやユーロは対ドルで下落した。今後、世論調査など
からEU離脱の可能性が高まれば、欧州通貨売りの動
きは加速すると予想される。円は逃避的に買われる
英国では、EU 離脱の是非を問う国民投票が 2016
可能性があり、日本にとっても対岸の火事ではない。
年 6 月 23 日に実施される。国民投票の結果について
は予断を許さず、英国がEUを離脱するリスクは無視
し得ない。
英国民がEUからの離脱を選択した場合、英経済の
国民投票の行方は予断を許さない。世論調査をみ
先行きのみならず、欧州経済全体の先行きに対する
る限り、EU離脱への支持は足元ではやや低下してい
不確実性は大きく高まる。株価の下落を通じた家計
るものの、離脱と残留の支持率はおおむね 40%前後
や企業マインドの悪化など、経済面での悪影響は大
で拮抗している(図表 2)。残留支持率が最近上昇し
きなものとなるだろう。2 月に上海で開催された 20
ている背景には、英国政府がEUから一定の権限を取
カ国財務大臣・中央銀行総裁会議(G20)においても、
声明文の冒頭、英国のEU離脱で生じるショックが世
●図表1 EU離脱の英経済への影響に関するアンケート
界経済の「下方リスクと脆弱性」の要因であると指摘
良くなる
された。
英国の財輸出に占める EU 向けのシェアは約
50%、ユーロ圏の域外財輸出に占める英国向けシェ
変わらない
悪くなる
アは 13%といずれも高い。離脱後の経済協定の結
果として英、EU 間に関税が課された場合、両地域の
輸出への悪影響が予想される。年初に英フィナン
シャルタイムズ紙が在英エコノミストに行った調
内側:2017年
外側:中期的
その他
査では、英国の EU 離脱が起きた場合、英経済は短
期的にも長期的にも減速するとの見方が支配的だ
(図表1)。
為替市場への影響としては、英ポンドのみならず
欧州通貨全般が下落する可能性が高い。実際に、英国
政府が国民投票の実施日を発表した際には、英ポン
6
(注)
エコノミスト100人超に対するアンケート。
(資料)2016年1月3日付英フィナンシャルタイムズ紙より、みずほ総合研究所作成
り戻したことや、離脱が雇用に及ぼす影響等を各業
英国民が EU 離脱を選択した場合、
「再考の余地は無
界団体が発表していることなどがある。例えば、在英
く、
(EUからの脱退を定めた)EU条約第50条のトリ
大手企業の経営者は、英タイムズ紙に「我々のビジネ
ガーとなる」と述べている。英政府は即座に同条に
スが成長を続けるには制約のない欧州市場へのアク
のっとり、EU理事会に対して脱退の意図を通告する
セスが必要であり、EU離脱は投資抑制や雇用維持へ
ことになろう(図表 3)。この場合、脱退そのものを他
の脅威となる」との投書を行っている(2月23日)。
国が止めることは出来ず、2 年間の英国と EU の新た
EU 離脱派、残留派双方にとり、今後は、現在 20%
程度いると考えられる態度保留者にどのようなア
な経済や政治関係についての交渉などがなされた
後、EU条約は英国に適用されなくなる。
2 年間の交渉の過程では、どのような新たな経済
ピールをしていくかが重要になる。離脱派は、英国
くさび
がEUから離脱することによりEU法の 楔 から逃れ、
協定を英国が EU と結ぶかが英経済の先行きにとっ
「より自由でより公平な国家(ゴーブ司法相)」となり
ては重要となるが、その展望は描きづらい。EU 単一
得ることや、主権の問題について「国民生活に影響を
市場の中にとどまりながら、EU予算への拠出といっ
与える決定は、国民に選ばれた人々が行うべきであ
た金銭的な負担を無くし、EU法の影響を受けないよ
る(同)」ことを主張し、同時にユーロ圏経済の低迷や
うな EU との新たな関係を構築するのは難しい。一
難民政策の行き詰まりなども指摘していくことにな
方、個別に貿易協定を結ぶとしても、交渉が終了する
ろう。
には更に数年の時間を要する可能性があり、先行き
一方のキャメロン首相を中心とする残留派は、英
に大きな不確実性が生じ続けることになる。日本企
国がEUを離脱することに伴う不透明性の高まりや、
業も含めてEU拠点として英国に進出しているEU外
雇用への脅威を強調するだろう。更に、政権が EU と
の企業は、戦略を再考する必要に迫られよう。
6 月 23 日の投票日に向け、世論調査に一喜一憂し
の合意により EU から一定の権限を取り戻したこと
で、英国にとって不要な規制の押しつけなどEUにと
ながらの展開が続く。
どまることのデメリットが低下したことも併せてア
ピールしていくはずだ。
みずほ総合研究所 欧米調査部
上席主任エコノミスト 吉田健一郎
[email protected]
キャメロン首相は議会演説の中で、国民投票で
●図表3 EU条約第50条(連合からの脱退)
1
●図表2 EU離脱に関する世論調査
(%)
55
残留
離脱
態度保留
50
45
40
脱退を決定する構成国は、その意図を欧州理事会に通告する。欧
州理事会が規定する指針に照らして、連合は、当該構成国との連合の
将来の関係についての枠組みを考慮に入れて、脱退のための取り決め
2 を規定する当該国との協定を交渉し締結する。同協定は、欧州連合の
運営に関する条約第 218 条 3 に従って交渉する。それは、欧州議会の
同意を得て、特定多数決により議決する理事会により連合のために
締結する。
基本条約は、脱退協定の効力発生の日又はそれが無い場合にはこの条
2 にいう通告の後 2 年で当該国に適用されなくなるものとする。た
3
だし、欧州理事会が当該構成国の同意を得て全会一致でこの時間を
延長することを決定する場合はこの限りではない。
35
30
25
この条2及び3の適用上、脱退しようとする国の欧州理事会又は理
事会の構成員はこれに関する欧州理事会の討議又は決定に参加
20
4 してはならない。
15
10
2012
いずれの構成国も、その憲法上の要件に従って連合から脱退すること
を決めることが出来る。
特定多数は、欧州連合の運営に関する条約第238条3(b)に定義する。
13
14
15
16 (年)
2012年12月、
2015年8月は調査未実施のため、
線形補完。
1カ月に複数調査が
(注)
あった場合は平均値。
2016年3月のみは3月2日∼ 3日に実施された直近値。
(資料)YouGovより、
みずほ総合研究所作成
5
連合から脱退した国が再加盟することを求める場合、その要求は、第
49条にいう手続きに従う。
(注)下線は筆者。
(資料)東信堂「ベーシック条約集」
より、
みずほ総合研究所作成
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