マイナス金利政策導入から半年 日銀がマイナス金利政策導入を決定してから間もなく半年となる。この間、長期金利 の低下は日銀の想定以上に進んだと考えられる。一方、マイナス金利政策の物価押し 上げ効果はいまだ明確でない。物価目標達成が見通せない中、今後、国債買い入れの 持続性を高め、金融緩和長期化に対応していくことが日銀に求められる。 まだ確認できていない。日銀が目標とする生鮮食品 を除く消費者物価上昇率は 4 月に前年比▲ 0.3%とな り、物価目標 2%とは大きくかい離した状況にある。 日銀が2016年1月にマイナス金利政策導入を決定 日銀は生鮮食品・エネルギーを除く消費者物価指数が してから間もなく半年となる。マイナス金利政策は 上昇している点や、物価上昇品目比率と下落品目比率 長期金利の低下という点では大きな効果を示したと の差が拡大している点などを踏まえ、 「物価の基調」は 評価できるが、マイナス金利政策により物価目標達 着実に改善が続いていると説明しているが、足元で 成が近づいたのかどうかは明確でない。 はいずれの指標ともやや下振れつつある(図表2)。 マイナス金利政策導入で最も大きな効果が見られ 中曽副総裁は6月10日の会見で、 「賃金の上昇を伴 たのは国債利回りの低下であろう。10 年国債利回り いながら、物価上昇率が緩やかに高まっていくとい はマイナス圏に低下し、投資家の保有年限長期化の 動きから 20 年国債や 40 年国債利回りなどの超長期 国債利回りは急低下した(図表1)。 (前年比、%) 一方、マイナス金利政策の物価押し上げ効果はい ●図表1 国債利回りの推移 1.0 10%刈込平均値 ▲0.5 40年 1.5 ▲1.0 ▲1.5 20年 消費者物価指数 (生鮮食品・エネルギーを除く総合) (%ポイント) 60 0.9 40 0.6 20 10年 0 0.3 ▲20 5年 0.0 9 10 2015年 ▲40 11 12 1 2 2016年 (資料)Bloombergより、 みずほ総合研究所作成 6 量的・質的金融緩和導入 追加緩和 マイナス金利 (2013年4月) (2014年10月)(2016年1月) 0.0 1.8 ▲0.3 1.5 0.5 (%) 1.2 ●図表2 物価の基調を示す指標 3 4 5 6 (月) ▲60 2011 物価上昇品目比率−下落品目比率 12 13 14 15 16 (年) (注)10%刈込平均値:値の大きい品目と小さい品目をウエートベースでそれぞれ10% 控除して算出。 (資料) 日本銀行より、 みずほ総合研究所作成 うメカニズムは作用している」と強気の物価見通し り、個人消費が力強さに欠ける状況においては、緩や を示した。しかしながら、 「雇用・所得環境の改善の好 かな物価上昇が望ましいと考えられる。物価目標達 影響を受けにくい年金世代の消費動向を含め、今後 成を急ぎ賃金以上に物価が上昇すれば、個人消費が の個人消費の動きについてよく見ていく必要があ 下振れしかねない。日銀はできるだけ早期に物価目 る」と発言し、マイナス金利政策が年金生活者や高齢 標を達成すると説明しているが、 「展望レポート」で 者にデメリットとして意識されやすい点に言及して は原油価格下落を理由に物価目標達成時期が後ろ倒 いる。住宅ローンがなく、金融資産の大半を預貯金と しされてきた。4月の金融政策決定会合(4月27日・28 して保有する年金生活者や高齢者は借り入れ金利低 日)では原油価格ではなく賃金上昇の鈍さを理由に 下のメリットを受けにくい一方、利息収入の低下が 物価目標達成時期が後ろ倒しされた。現状 2017 年度 デメリットとして意識されやすいとの見方である。 中の物価目標達成を掲げているが、今後も物価目標 日銀が今後マイナス金利政策を続けていくうえで、 達成時期の先送りが続く可能性が高い。 マイナス金利が個人消費に与える影響を見極めてい 以上のように金融緩和が長期化する中、今後、国債 くことが重要になると考えられる。日銀は企業の価 買い入れの見直しは避けて通れない課題になってく 格設定行動が変化しつつあるとの見方を示している ると考えられる。年間 80 兆円保有額が増加するペー が、消費者が価格上昇を受け入れる余裕がなくなれ スで日銀が国債を買い入れることで、債券市場の流 ば企業は価格引き上げを続けることが困難となる。 動性は大きく低下した状況にある。日銀が四半期ご これまでは原油安が消費者の価格上昇への許容度を とに債券市場の機能度を調査する「債券市場サーベ 高めていたと考えられるが、原油価格の持ち直しが イ」の5月調査(6月1日)では、マイナス金利導入後の 続いて行けば、許容度は低下していく可能性がある。 2 月調査よりやや改善するも、市場の機能度が低下 貸出金利はマイナス金利政策導入後に低下した していることが示されている。みずほ総合研究所の が、金融機関の貸出の伸びは依然として緩やかにと 試算では、2018 年以降、金融機関の国債保有額が担 どまっている。一方、都市銀行の預金残高は大きく増 保などで必要とされる国債残高を下回るため、国債 加している。特に法人預金が増加しており、都市銀行 買い入れが困難になる可能性があると見ている。今 の預貸ギャップは大きく拡大している。短期市場金 後、国債保有増加額ではなく、長期金利水準や国債残 利の低下に伴い機関投資家や大企業から預金への資 高などを目標にすることで、政策の持続性を高める 金流入が加速していると考えられる。 必要が出てくるだろう。日銀内でも国債買い入れの 金融緩和の副作用にも目を向けていく必要があ あり方について議論がなされている模様だ。金融政 る。 低金利長期化により懸念されるのは政府の財政規 策決定会合では国債買い入れの柔軟化が議論されて 律低下である。安倍政権は 6 月 1 日に消費増税の再延 いる。5 月会合の「主な意見」によると、 「政策の主目 期を決定した。 増税先送りを織り込んでいた市場の反 的は量を増やすことから金利を下げることに既に移 応は今のところ限定的であるが、今後、政府の修正財 行している。これだけ絶大な金利低下効果が出てい 政計画などを受け、 ムーディーズなど主要格付け会社 る以上、現行政策の持続性を確保するため、量のコ が格下げを行う可能性があり予断を許さない。 ミットメントについては、これを軟着陸させる方策 を考える必要がある」との意見が出ている。市場流動 性が低下する中、債券市場は変動しやすい状況にあ る。国債買い入れ見直しに際しては、長期金利が急上 世界経済の不透明感が残存する中、日本経済は踊 昇しないよう市場動向を見極めつつ慎重に行う必要 り場の状況にあり、物価目標達成はいまだに見通せ がある。付利引き下げと合わせて行うことで金利変 ていない。こうした状況下、日銀に求められるのは金 動の影響を軽減する手法も考えられよう。日銀内で 融政策の枠組みを短期決戦型から長期戦に耐え得る の議論の行方に注目したい。 枠組みに変えていくことである。国債買い入れの持 続性を高めるなど、金融緩和策の枠組みの見直しが みずほ総合研究所 市場調査部 今後必要となってくるだろう。 上席主任エコノミスト 野口雄裕 日銀が目指すのは、安定的・持続的な物価上昇であ [email protected] 7
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