Brexit なら市場の混乱は不可避

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2016 年 6 月 17 日
Brexit なら市場の混乱は不可避
市場調査部主席エコノミスト
さらなる円高・株安の進行に警戒が必要
03-3591-1244
武内浩二
[email protected]
○ 英国のEU残留・離脱を問う国民投票(6/23)を控え、金融市場では徐々に警戒感が高まっている
が、市場は英国のEU離脱リスクを十分に織り込んでいるとはいえず
○ 仮に英国のEU離脱が選択された場合、投資家のリスク回避姿勢の高まりから、米株安、円高が進
行し、日経平均は13,000~14,000円に下落する可能性があり、警戒が必要
○ 金融緩和や経済対策の前倒しなど、各国の迅速な対応が実施されることによって、市場の混乱が長
期化するという最悪なシナリオの回避が期待される
1.英国の国民投票を控え、警戒感が高まる金融市場
英国のEU残留・離脱を問う国民投票(6/23)を控え、金融市場では徐々に警戒感が高まっている。
先週後半から世界的に株価は下落基調となり、長期金利が低下するなど、リスク資産から安全資産へ
の資金逃避の動きが目立っている。為替市場では当事国である英ポンドや影響を受けやすいユーロが
安くなる一方、リスク回避局面で買われやすいスイスフランや円が高くなっている。ドル円相場は一
時1ドル=103円台まで円高が進行し、為替の影響を受けやすい日経平均株価は約2カ月ぶりに16,000
円を割り込む水準まで下落している。
恐怖指数とも呼ばれ市場参加者の株式相
場に対するリスク意識を示す米国のVIX
図表1
90
リーマン・ショック
指数も、不安心理の高まりを示すメルクマー
ルとされる20を上回っており、投資家のリス
80
ク回避姿勢の高まりを示している(図表1)。
70
ただし、2008年のリーマンショックや2011
60
年~2012年の欧州債務懸念、2015年8月のチ
VIX指数の推移
欧州問題深刻化
(ギリシャ二次支援)
米国債格下げ
ギリシャ・ショック
チャイナ・ショック
50
ャイナショックなど、過去のリスク回避姿勢
が高まった局面と比較すると、VIX指数の
40
水準は高くない。米国株も足元で弱含んでは
30
いるものの、水準は高く、底堅さを維持して
20
いる。もともと、金融市場では英国のEU離
10
脱はテールリスクと捉えられており、起これ
ば大変だが、最終的には回避されるだろうと
07
08
09
10
11
12
13
14
(注)VIX指数はS&P500のオプション・インプライド・ボラティリティ指標。
(資料)Bloomberg
1
15
16
いう見方が大半を占めてきた。足元で、複数の英国世論調査で離脱派が残留派を上回るなどの報道を
受けて、警戒モードは高まりつつあるも、多くの投資家は十分な備えができておらず、結果をみてか
ら対応せざるを得ない状況であろう。したがって、仮に英国の国民投票でEU離脱が選択された場合、
投資家のリスク回避姿勢の高まりから、金融市場の混乱は不可避であろう。
2.英国のEU離脱選択後は円高・株安に
英国のEU離脱選択後の金融市場への影響という意味では、ポンドや英国株の下落は容易に想像で
きるが、グローバル金融市場への影響度をみるうえでは、米株にどの程度下落圧力が掛るかが一つの
目安となろう。過去の米国株の下落局面をみると、ブラックマンデー、ITバブル崩壊、リーマンシ
ョックを除けば、10~20%となっている(図表2)。英国のEU離脱は、EU崩壊にもつながる可能性
を秘めた事象であり、中長期的に見れば影響は大きいかもしれない。しかし、国民投票でEU離脱が
選択されたとしても、実際に離脱するのは、EUや他国との複数年にわたる交渉を終えた後である。
英国経済には相応の下押し圧力が掛るとしても、金融市場の混乱が長期化しなければ、貿易などを介
した他国への直接的な経済への影響は限定的であろう。したがって、米国が震源地であったリーマン
ショック並みの下落圧力が米国株に掛ることは想定しにくい。ただし、昨年8月のチャイナショック時
や今年の年初の金融市場の混乱時(第二次チャイナショックとも呼ばれる)程度の下落は覚悟してお
く必要がありそうである。また、新興国の減速懸念が根強いなかで、ショックが増幅されやすい局面
にあることも踏まえれば、欧州債務問題の深刻化に米国の格下げが重なった2011年並みの下落圧力が
かかる可能性もある。米株に10~20%の下落圧力が掛るようなリスクオフモードになれば、グローバ
ルな金利低下は一段と進展しよう。ただし、すでに長期金利がマイナス圏にある日本やドイツの金利
低下幅は限定的であるほか、2012年以来の水準である1.5%台に低下している米国の10年国債利回りも
低下余地は限られているだろう。
図表2
米国株の過去の下落局面
図表3
イベント
発生時期
ボトムまでの
株価下落率
同期間
第一次石油ショック
1973年10月
▲ 17.3%
54日
ブラックマンデー
1987年10月
▲ 31.5%
14日
イラクのクウェート
侵攻(湾岸戦争)
1990年8月
▲ 19.9%
87日
ロシア危機
1998年8月
▲ 19.3%
45日
ITバブル崩壊
2000年3月
▲ 37.7%
74日
リーマンショック
2008年9月
▲ 42.2%
84日
米国債格下げ
2011年8月
▲ 18.8%
88日
チャイナショック
2015年8月
▲ 11.2%
15日
第二次チャイナショック
2016年1月
▲ 12.0%
44日
(注)株価下落率はS&P500指数のイベント発生前の直近高値から短期的なボトム
までの変化率。ただし、ITバブル崩壊のみナスダック総合指数の変化率。
(資料)各種報道、Bloombergより、みずほ総合研究所作成。
ドル円相場の推移
(円/ドル)
135
125
115
105
95
85
75
2011
2012
2013
(資料)Bloombergより、みずほ総合研究所作成
2
2014
2015
2016
(年)
変動が大きくなりそうなのは、為替相場である。通常のリスクオフ相場においては、高金利通貨ほ
ど売られやすくなり、低金利通貨ほど買われやすくなるが、英国のEU離脱という特殊要素を踏まえ
れば、為替相場では、英ポンド<ユーロ・新興国通貨<米ドル<日本円の順に通貨高圧力が掛ること
になろう。米国の利上げ観測のさらなる後退が米ドルの通貨安圧力になることを踏まえれば、相対的
に円には相当な円高圧力が掛ることが想定される。ドル円相場の近年の推移をみると、安倍政権発足
以前は 75~85 円のレンジ相場であったが、2013 年 4 月の日銀による量的・質的金融緩和という大規
模な金融緩和策の導入(いわゆる黒田バズーカ)によって 95~105 円のレンジにシフトし、さらに 2014
年 10 月の日銀追加緩和後は 115~125 円のレンジにシフトした(図表 3)。しかし、今年に入ってから
米国の利上げ観測の後退や日銀のマイナス金利導入も円安が進まなかったことによる日銀追加による
円安期待の後退、米国の為替報告書などを受けた米当局によるドル高牽制などを受けて、円高が進行
し、足元はリスク回避姿勢が強まる中で 1 ドル=105 円を割り込む状況となっている。EU離脱選択
後は 95~105 円レンジへの明確なシフトが想定されるが、100 円前後では日本の当局による介入姿勢
が試されることになろう。ただし、4 月の米為替報告書では、為替政策の新たな評価軸が示され、日
本はすでに 3 つの認定基準の 2 つに該当することから監視リスク対象国に指定されている。大規模な
為替介入を実施すれば、問題国に認定されるリスクがあり、日本の当局は為替介入に慎重にならざる
を得ない状況になっている。仮に 100 円前後でも介入が実施されなければ、95~105 円のレンジの下
限を試しに行く可能性もあろう。
円高が進展すれば、日本株にも相当な下落圧力が掛る可能性がある。日本株はもともと為替や米株
の影響を受けやすいが、近年の日経平均の推移をみると、ドル円相場と米ダウ平均の双方の変化を反
映する円建てダウ平均との相関が非常に高いことがわかる(図表4)。そこで、ドル円相場、米ダウ平
均に日本の鉱工業生産という景気要因も加えて日経平均を推計し、ドル円相場と米ダウ平均の水準に
よる日経平均の推計値を表にしたのが図表5である。米株が10%程度下落し、ドル円相場が100円まで
図表4
日経平均と円建てダウ平均の推移
図表5
為替と米株を使った日経平均の推計値
リスクシナリオ
(2011年末=100)
260
メインシナリオ (単位:円)
ダウ平均(ドル)
14,000 15,000 16,000 17,000 18,000
円建てダウ平均
220
日経平均
90
160
ド
ル
円
相
場
140
円
200
180
)
120
100
80
12/1
(資料)Bloomberg
(
240
13/1
14/1
15/1
16/1
(年/月)
3
11,800
11,900
12,100
12,200
12,300
95
12,800 12,900 13,000
13,100
13,200
10 0
13,800 13,900 14,000
14,200
14,300
10 5
14,900
15,000
15,200 15 ,300 15,400
11 0
16,000
16,200
16,400 16 ,500 16,600
11 5
17,300
17,500
17,700 17 ,800 18,000
12 0
18,700
18,900
19,100
19,200
19,400
12 5
20,200
20,400
20,600
20,800
20,900
(注)以下の推計式より算出。推計期間:2005.01~2016.4。adj-R2:0.95()内はt値。
LN(TOPIX)=0.61+0.15*LN(ダウ平均)+0.75*(鉱工業生産)+0.02*ドル円相場
(1.5) (5.5)
(10.4)
(33.5)
(資料)経済産業省、Bloombergより、みずほ総合研究所作成
円高が進むとすれば、日経平均は 14,000 円を割り込む計算となる。さらに、95 円まで円高が進めば、
13,000 円割れも視野に入ってくる。短期的には日経平均の大幅な下落リスクを認識しておく必要があ
りそうである。
3.金融市場混乱の持続性は各国の対応次第
短期的な金融市場の混乱は不可避であると考えられるが、問題はその持続性であろう。金融市場の
混乱を受けて、各国はなんらかの政策対応を実施することが期待される。各国中銀による緊急資金供
給や日銀、ECBを中心とした追加緩和が想定されるほか、米国の利上げ期待もさらに後退すること
になろう。日銀やECBは、緊急会合による対応も考えられる。その場合の日銀の追加緩和は量・質・
金利のすべてを使った総合的かつ大規模な緩和策となる可能性が高いであろう。こうした金融緩和に
加え、緊急経済対策などの財政政策も前倒しで実施される可能性があろう。こうした各国の迅速な対
応が実施されることによって、市場の混乱が長期化するという最悪なシナリオの回避が期待される。
●当レポートは情報提供のみを目的として作成されたものであり、商品の勧誘を目的としたものではありません。本資料は、当社が信頼できると判断した各種データに
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