May 25, 2016 No.2016-023 Economic Monitor 伊藤忠経済研究所 上席研究員 鈴木裕明 03-3497-3656 [email protected] 米国経済 UPDATE:GDP は減速でも、利上げに向けた地均し始まる 米国の 1~3 月期の実質 GDP 成長率は前期比年率 0.5%増となり、3 四半期連続での減速となった。これ まで米国経済を牽引してきた個人消費も 3 四半期連続で減速しており、そのほか、設備投資のマイナス幅 が拡大、ドル高を背景に外需もマイナスが続いている。雇用が改善し所得が伸びているが、若年層の貯蓄 選好などを背景に消費がこれに追いついておらず、米国経済は伸びしろを活かしきれない状態が続く。た だし、それでも緩やかな経済拡大はなお継続しており、FRB は利上げに向けた地均しに入っている。 鍵を握る個人消費の減速 4 月 28 日に発表された米国の 1~3 月期の実質 GDP 成長 実質GDP成長率(寄与度、前期比年率、%) 6.0 率は、前期比年率 0.5%増となり、3 四半期連続で減速した 5.0 (5 月 27 日に改訂値が発表予定) 。 4.0 政府消費 速しており、1~3 月期は前期比年率 1.9%増となった。個人 2.0 純輸出 1.0 在庫投資 住宅投資 0.0 消費は、これまで米国の経済成長をほぼ一手で支えてきてお り、減速傾向がこの先どうなっていくのかを見極めることは 極めて重要となっている。 設備投資 -1.0 個人消費 -2.0 GDP -3.0 -4.0 そこで個人消費の内訳をみると、この 3 四半期、サービス 消費が安定して増加しているのに対し、財消費は 2015 年 7 政府投資 3.0 需要項目別にみると、個人消費もまた、3 四半期連続で減 11 12 13 14 15 16 (出所)米国商務省 ~9 月期以降、5.0%増、1.6%増、0.1%増と急減速している。 さらに財の内訳をみると、非耐久財は 7~9 月期の 4.2%増から 0.6%増、1.0%増と伸びが鈍化している が、耐久財については落ち込みがさらに激しく、7~9 月期の 6.6%増から 3.8%増、1~3 月期は 1.6%の 減少に転じた。耐久財が減少した主因は自動車販売の不振であり、7~9 月期の 3.0%増から 10~12 月期 は 5.7%減、1~3 月期は 12.4%減まで減少幅を広げている。 新車販売台数の推移(乗用車とライトトラック。季節調整値)(百万台) 25 自動車販売の動向を新車販売台数(乗用車・ライトトラッ ク)からみると、7~9 月期が前期比 3.9%増、10~12 月期が 同 0.2%増、1~3 月期が同 3.9%減。直近のピークは昨年 10 20 15 月の年率 1,812 万台であり、3 月には 1,646 万台まで減少した。 その要因としては、金融危機時に買い控えられていたペント アップ・ディマンドの出尽くしや、若年層の車離れなどが指 摘されている。 若年層の貯蓄選好が消費を抑制か 10 5 0 2001/01 2006/01 2011/01 2016/01 (出所)米国商務省 ただし、このように個人消費が減速してきている半面、雇用・所得環境は着実に改善を続けている。雇 用統計によると、雇用者数は伸びがやや鈍ったとはいえ 1~3 月の 3 か月間で年率 1.7%、賃金(週給)は 本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、伊藤忠経済研 究所が信頼できると判断した情報に基づき作成しておりますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告 なく変更されることがあります。記載内容は、伊藤忠商事ないしはその関連会社の投資方針と整合的であるとは限りません。 Economic Monitor 伊藤忠経済研究所 同 1.9%伸びていることから、単純に試算すると所得は 3.6%伸びていることになる。GDP 統計の名目可 処分所得をみても 1~3 月期は前期比年率 3.2%、実質ベースでは 2.9%伸びている。この所得の伸びと消 費の伸びとを比べると、1~3 月期の個人消費は実質で 1.9%しか伸びておらず、したがって、両者には乖 離が生じている。その結果、貯蓄率は 10~12 月期の 5.0%から 1~3 月期は 5.2%へと上昇した。 仮に、新車需要が上記のような自動車市場特有の要因から 家計の債務返済比率(対可処分所得、%) 落ちてきているとしても、所得が伸びていれば消費は別の品 14.0 目に振り向けられるはずである。しかし、足元の米国の消費 12.0 市場はそのようには動いていない。また、家計の借入がかさ 10.0 んでいるようであれば、借金返済のために消費を控えるとい 8.0 うことも考えられる。しかし、金利低下も貢献して家計の可 6.0 処分所得に占める債務返済比率は歴史的低水準となっており、 4.0 そうした動機も考えにくい。 2.0 住宅ローン その他借入 0.0 米国民が消費をしない、いわば貯蓄選好については、米調 査機関の Gallup が年 1 回程度のペースでアンケート調査を 債務全体 1985 90 95 2000 05 10 15 (出所)FRB 実施している。この調査によると、2016 年については、貯蓄優先との回答が 65%を占めており、この数 値は調査開始(2001 年)以来最高となった。また、消費優先との回答は 33%に止まり、こちらは逆に調 査開始以来最低となっている。アンケートの調査結果を時系列でみると、調査開始後しばらくは貯蓄優先 が 50%程度、消費優先が 45~46%程度で推移していたが、リーマンショックを機に両者の差が一気に拡 大、その後、2012 年にかけてやや収束して、そこから再び、両者の差が徐々に拡大に向かっている。 アンケートでは、リーマンショックの前後での選好度合の変化を世代別にも調査しており、金融危機前 には世代別で最も貯蓄選好の低かった 18~29 歳層(43%)が、危機後には最も貯蓄選好が高くなってお り(66%)、この世代の急激な変化が米国の消費回復の重しとなっていることが示唆されている。この年 齢層は、大統領選挙においてサンダース候補支援のコア層であり、学生ローン負担問題や雇用不安、格差 是正に関して大胆な改革を求めている。家計の債務返済比率推移についても、住宅ローン負担が低下して いる半面、学生ローンを含むその他借入の負担は上昇しており、実際、学生ローン残高は依然として増加 を続けている。失業率をみても、そもそも若年層は他の世代に比べて高水準にあるが、リーマンショック により急上昇した後の回復状況をみても、一番遅れている。これらの問題が、若年層を貯蓄に向かわせて いる。 なお、足元 4 月の消費動向には持ち直しが見られる。4 月の 新車販売台数は前月比 5.2%増の 1,732 万台となり、3 月の減少 小売売上高(ガソリンスタンドを除く。季節調整値)(百万ドル) 370,000 分(同 5.6%減)をほぼ取り戻した。その影響もあり、小売売上 360,000 高も 4 月は好調であり、同 1.3%の増加となった(原油価格変動 350,000 の影響を除外するために、ガソリンスタンドでの売上を除くベ 340,000 ース)。小売統計における自動車・同部品販売店の売上は同 3.2% 330,000 増となっており、小売売上全体を 0.6%Pt 押し上げている。4 320,000 月については、自動車以外も売上がほぼ万遍なく回復し、失速 310,000 しかけていた小売の増加トレンドがひとまず持ち直した形とな っている。 (出所)米国商務省 2 Economic Monitor 伊藤忠経済研究所 ただし、上述したように個人消費に強い貯蓄選好という不完全燃焼部分を抱えていることから、このま ま個人消費の伸びが加速していくことは考えにくい。何らかの政策対応(若年層対策など)や外部要因(海 外経済回復による株高など)がない限り、米国民は消費にあたって、所得(のほとんど)をかつてのよう に気前よく使い切るようにはならないものと考えられる。 それでも、安定した経済成長下において、消費者信頼感も高水準で維持されていることを考えれば、所 得と消費の乖離がさらに拡大し、貯蓄率が上昇を続けることもまた考えにくい。結局、当面の間は貯蓄率 が下がりにくい環境下で、消費はやや抑制されたペースとはなりながらも、引き続き緩やかに拡大して経 済を支えていくとみるべきであろう。 ドル高一服から輸出はやがて改善へ このほか、GDP の需要項目別に経済状況を概観すると、まず、設備投資については、1~3 月期までは 2 四半期連続で減少しており、マイナス幅も 10~12 月期の前期比年率 2.1%減から同 5.9%減へと大幅に 悪化した。内訳をみると、構築物投資(同 10.7%減)、機械投資(同 8.6%減)のいずれも悪かった。構築 物投資は、引き続き鉱業関連投資の大幅減少が主因であり、1~3 月期は同 86.0%減少して設備投資全体 を 4.6%Pt 引き下げた。他方、機械投資については、IT、産業機械、輸送機械のすべてが不振で前期比マ イナスとなった。設備投資の先行市場となる非国防資本財(除・航空機)受注は 3 月が前月比 0.1%増、2 月も同 2.7%減と冴えない動きが続く。また、鉱業関連構築物投資との相関が高い掘削リグ稼働数もなお 減少を続けており、足元(5 月)の水準で維持されたとしても 4~6 月期には前期比年率 7 割減となるた め、鉱業関連構築物投資は、1~3 月期と同程度の設備投資悪化要因となる可能性が高い。 住宅投資は、1~3 月期は前期比年率 14.8%増となり、7~9 月期(同 8.2%増)以降、2 四半期連続で増加幅を拡大した。 ただし、GDP ベースではこのように堅調となっているが、月 住宅着工・許可件数(建物種類別年率、百万戸) 0.9 0.8 0.7 次の住宅着工統計から着工件数を四半期ごとで纏めると、7~9 0.6 月期が横這い、10~12 月期が同 7.2%減、1~3 月期が同 4.3% 0.5 増にとどまる。特に、共同住宅(賃貸中心)が停滞している。 0.4 また、単月で足元をみると、4 月は前月比 6.6%増加したが、3 0.3 月の減少分(同 9.4%減)をカバーできていない。新築住宅販 0.2 一戸建・着工 一戸建・許可 共同・着工 共同・許可 0.1 売戸数など足元で伸びている指標もあり、目先、失速するリス クは限られるが、住宅投資加速のためには住宅の一次取得の中 0.0 2009 10 11 12 13 14 15 16 (出所)米国商務省 心となる若年層への対応がここでも必要であろう。 輸出・入推移(実質ベース、季節調整値、百万ドル) 外需は、1~3 月期の GDP 成長率への寄与度が 0.34%Pt の 190,000 マイナスとなった。マイナス寄与は 3 四半期連続。輸出が前期 185,000 比年率 2.6%減少した一方で、輸入が同 0.2%増加した。ただし、 180,000 122,000 175,000 120,000 126,000 ストライキ 124,000 輸出 輸入のうち財については同 0.7%のマイナスとなっており、マ イナスは 10~12 月期に引き続き 2 四半期連続。1 月までのド ル高昂進が輸出の逆風となった一方で、個人消費、設備投資な 170,000 ど内需の伸びの鈍化により、財輸入もまた減少に転じた。 165,000 月次の貿易統計で直近 3 月の結果をみると、実質輸出が前月 118,000 輸入(右軸) 116,000 160,000 114,000 14 (出所)米国商務省 3 15 16 Economic Monitor 伊藤忠経済研究所 比 1.4%減、実質輸入も同 4.1%減と、貿易活動が鈍化・縮小してきている。 輸出については過去 3 か月で実質ベースで 1.3%、名目ベースでは 3.2%縮小している。品目別に名目ベ ースの寄与度をみると、大豆(▲0.51%Pt) 、医薬品(▲0.29%Pt) 、燃料油(▲0.27%Pt)、石油製品(▲ 0.25%Pt) 、産業用エンジン(▲0.23%Pt)、電気機器(▲0.22%Pt)などがマイナス寄与の上位に入って おり、原料価格下落によるもの(燃料油など)や、ドル高による価格競争力喪失が顕著なもの(大豆など) が目立つ。なお、為替については、1 月まででドル高が止まり、その後はドル安方向に戻る傾向が生じた が、そうした為替の変化が輸出実績として顕在化してくるまでには 3~6 か月程度はかかるため、5、6 月 頃から徐々に輸出にドル高一服の影響が出始めることが考えられる。 輸入については、3 月の急減を品目別にみると、2 月に増加したアパレル製品、玩具、家具などが、そ の増加分以上に大幅に減少、また、コンピュータ付属品、電気器具や、原油関連の輸入も減少している。 実質輸入のトレンドを見ると、昨年後半からは月ごとの増減はあるものの減少傾向に傾きつつある。これ は内需の伸びが鈍化してきた時期ともほぼ一致しており、今後の動きもまた、基本的には内需次第となろ う。 FRB は利上げに向け地均し ここまで見てきたように、小売売上や住宅着工件数など、5 月発表(4 月分)の月次経済指標には比較 的強いものが多かったが、時系列でみれば先月までの落ち込 みをカバーする程度に過ぎず、米国経済はトレンドとしては 依然として緩やかな拡大を続けているものと評価できる。 そうした状況下、物価水準は、FRB の目標である PCE(個 人消費)デフレータの年率 2.0%上昇に向けて、一進一退を繰 り返している。足元の方向性をクリアにするために上昇率を 前月比でみて、目標値(2.0%)との対比のためにこれを年率 にすると、PCE デフレータはガソリンなどエネルギー価格の 下落に影響されてここ数か月はゼロ近辺で推移する一方、食 PCEデフレータ(前月比年率、%) 6.0 5.0 4.0 3.0 2.0 PCE 3MMA 1.0 コア 3MMA 0.0 -1.0 -2.0 -3.0 -4.0 11 料とエネルギーを除外したコア指数については、ここ数年、 1.0~2.0%の間を上下していることが分かる。 12 物価に大きな影響を及ぼす賃金(民間時給)については、4 月は前月比 0.3%、前年同月比では 2.5%の上昇となり、賃金 13 14 15 16 (出所)米国商務省 (注)2016/3は、2~3月の2か月間の平均値 民間部門時給の推移(前年同月比、%) 4.0 の上昇ペースは若干の加速が持続してはいるものの、依然と して緩やかである。そのほか、4 月は雇用者の増加数が前月比 16.0 万人増とやや鈍化 (2015 年通年では月平均 22.9 万人増)、 3.0 2.0 労働参加率も 0.2%Pt 低下するなど、労働需給タイト化のペ ースがやや緩んだ。 1.0 市場では、5 月上旬までは、1~3 月の景気の弱さを反映さ せて今年の利上げ見通しを後退させ、先物市場から推計され る年内の利上げ回数も 0~1 回程度となっていた。しかし、そ 太線は3か月移動平均 0.0 08 09 10 11 12 13 14 15 16 (出所)米国労働省 の後に公表された 4 月の FOMC 議事録によって、FOMC では市場の想像以上に利上げに前向きな議論が 4 Economic Monitor 伊藤忠経済研究所 交わされていたことが明らかになった。 具体的には、FOMC 参加者のほとんどが、雇用拡大、エネルギー価格抑制、高水準な家計資産を背景 として、今後は個人消費の成長率が回復すると予想しており、多くの参加者は、近年しばしば見られるよ うに、第 1 四半期の季節調整済 GDP は推計の問題から低めに出ている可能性があり、だとすれば第 2 四 半期以降は強めの数値が出てくるであろうと述べている。インフレについても、参加者のほとんどが、雇 用市場の改善、ドル高の停止、エネルギー価格の底打ちから、中期的には目標値である年率 2%に上昇し ていくとのスタンスを維持している。 そうした見方の結果として、6 月の FOMC での利上げ可能性については「オープン」であり、これか ら出てくる経済指標が、第 2 四半期の成長加速、労働市場の改善継続、インフレ率の 2%目指しての進展 と整合的であれば、6 月の利上げが適切であろうと、参加者のほとんどが見ていることが示された。 ただし、4 月 FOMC 時点では、数人(several)の参加者が、6 月 FOMC までの期間に発表される経済 指標だけでは、利上げを判断できる明確なシグナルが十分に揃うことはないだろうという懸念を示す一方 で、何人か(some)の参加者は、それまでに利上げができるような経済状況であることを示す材料が揃 うのではないかとの意見を示すなど、FOMC 内での意見は割れている。 もっとも、4 月の FOMC 以降に発表された月次指標には、これまで紹介したように景気の持ち直しを 示すものが多く、その意味で、6 月利上げのサポート材料となっている。また、地区連銀の総裁からも、 最近は利上げに前向きな発言が相次いでいる。 6 月 FOMC(14~15 日)に向けて、最大の焦点は 6 月 3 日発表の雇用統計(5 月分)である。雇用者 増加数に加えて、イエレン FOMC が重視する賃金上昇率、広義失業率、労働参加率などが、やや失速気 味となった 4 月分の実績を上回り、再び勢いを取り戻すものであれば、6 月利上げに対して強い後押しと なろう。 5
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