雇用・消費が回復して緩やかな経済拡大を確認

July 27 , 2016
No.2016-033
Economic Monitor
伊藤忠経済研究所
上席研究員 鈴木裕明 03-3497-3656 [email protected]
米国経済 UPDATE:雇用・消費が回復して緩やかな経済拡大を確認

米国経済は、1~3 月期の個人消費の弱まりと、5 月の雇用者増加ペースの急速な鈍化により、先行き
に対しての懸念が生じていたが、7 月に発表された月次指標は雇用・消費関連を中心に好調なものが
多く、国内経済は緩やかな拡大が継続していることが確認された。

昨年来、雇用者数の増加幅はトレンドとして徐々に縮小する傾向にあるが、他方において労働需給は
緩んではいない。労働市場に参加しようという意思のある余剰労働力が、雇用のミスマッチなどを原
因として、減少してきている可能性がある。

短期的には米国経済は 1~3 月期の低調から回復方向にあるが、中長期的には、雇用のミスマッチや
学生ローン負担問題など、構造的な課題の解決が進んでおらず、成長経路の引き上げに向けた展望が
見えてこない状況にある。
6 月に雇用者増加数が急回復
米国経済は、1~3 月期の個人消費の弱まりと、5 月雇用統計における雇用者増加ペースの急速な鈍化に
より、先行きに対しての懸念が生じていた。しかし、7 月に発表された月次指標は雇用・消費関連を中心
に好調なものが多く、経済は緩やかな拡大が継続していることが確認された。
7 月 8 日に公表された 6 月分の雇用統計をみると、
雇用者(非
農業部門)の増加数は前月比 28.7 万人増で昨年 10 月以来の増
加幅となり、5 月の 1.1 万人増から急回復した。
単月では一時的要因(ベライゾンのストライキが失業にカウ
ントされたもの)により、5 月の増加数が 3.5 万人分引き下げ
られ、6 月が同じだけ押し上げられるなど振れがあるため、3
か月間で均してみれば、4~6 月平均は 14.7 万人増となる。
2015 年平均の 22.9 万人増、1~3 月平均の 19.6 万人増と比較
すると、6 月の急回復を含めても増加幅は縮小してきていると
いえる。
民間部門時給の推移(前月比、%)
ただし、労働需給が緩んできている気配はない。失業率は、
1~3 月、4~6 月とも平均 4.9%であり、2007 年 10~12 月期
0.7
太線は3か月移動平均
0.6
0.5
以来の低水準にとどまる。また、賃金(時給の前月比伸び率)
0.4
についても、昨年来、0.2%前後から 0.2%台半ばへと伸び率が
0.3
緩やかに加速してきている。
0.2
0.1
0.0
雇用者の増加ペースが鈍化しているにもかかわらず、労働需
-0.1
給に緩みが見られないという事実は、リーマンショック後の景
-0.2
気後退によって膨らんでいた失業者などの余剰労働力が、長期
-0.3
10
11
12
13
14
15
16
(出所)米国労働省
本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、伊藤忠経済研
究所が信頼できると判断した情報に基づき作成しておりますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告
なく変更されることがあります。記載内容は、伊藤忠商事ないしはその関連会社の投資方針と整合的であるとは限りません。
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に亘る景気回復の中でかなり減少してきていることを示唆している。仮に、余剰労働力がゼロになったと
すれば、最近の米国における年齢階層別の人口増加状況から推計すると、毎月、10 万人程度の雇用増が
あれば十分ということになるとみられる。
これに対して 6 月の労働参加率は、前月比 0.1%Pt 上昇したものの依然として 62.7%と低水準にとどま
る。これは、
「就職の意思はあっても就職活動を諦めている層」
(=この層は労働市場に不参加と分類され
る)が未だに多く残っていることを示唆している。しかし、上述のとおり、労働需給自体は既にタイトに
なってきており、そうした環境下でも就職活動を始めようとしないこの層は、単に職が無いのではなく、
自分に合った職が無い、いわゆる雇用のミスマッチを抱えているものと考えられる。
このように、雇用のミスマッチが労働参加率低迷の原因であるとすると、適切な雇用政策が講じられる
ことがなければ、金融緩和を維持するだけでは参加率はなかなか改善してこない。その場合、ミスマッチ
により労働者が不足をきたしている業種では賃金上昇が一層加速してくることから、全体でも賃金上昇圧
力、さらにはインフレ圧力が高まってくることが考えられる。
4~6 月は消費も回復
May-16
Jan-16
Mar-16
Jul-15
Nov-15
数が年率 1.3%、時給が年率 2.7%増加しており、概算では名
Sep-15
360,000
May-15
消費者マインドがある。①については、4~6 月期は、雇用者
Jan-15
370,000
Jan-13
その背景には、引き続き、①良好な所得環境、②高水準の
Mar-15
380,000
Nov-14
リン除く)は年率 6.5%増と好調が続いている。
Jul-14
390,000
Sep-14
ついても小売・外食売上高(名目ベース。振れの大きいガソ
May-14
400,000
Jan-14
は年率 10.3%の大幅増、5 月も 3.1%増と堅調が続き、6 月に
Mar-14
410,000
Nov-13
年 1~3 月期は前期比年率 1.5%増と鈍化した。ただし、4 月
Jul-13
420,000
Sep-13
年が前年比 2.7%、2015 年が同 3.1%で増加してきたが、2016
May-13
430,000
Mar-13
小売・外食売上高(ガソリンスタンドを除く。季節調整値)(百万ドル)
次に、個人消費についてみると、実質 GDP ベースで 2014
(出所)米国商務省
目で 4%程度の所得増がある。4~6 月期はガソリン価格が上昇したために物価上昇率が上振れする可能性
があるが、昨年来、均してみれば名目で 4%程度、実質でも 3%台の可処分所得の伸びが続いている。
ここ半年ほどの雇用増加ペースの鈍化については、今後、雇用増が仮に毎月 10 万人程度まで縮小して
いったとしても、年率 0.8%程度の増加は維持され、他方、労働供給の天井から賃金は現状(2.7%)より
上昇することが見込まれることから、やはり、名目で 4%程
消費者マインドの推移
度の所得増は可能である。ただし、この状態になれば、賃金
120
上昇とインフレが共に加速していくことが懸念される状況と
110
140
なろう。
100
120
90
100
②の消費者マインドについては、良好な雇用所得環境を背
80
80
景として、コンファレンスボード、ミシガン大学の両指数が
70
60
2 年近くの間、同じように高止まりを続けている。国内では
60
40
50
20
大統領選挙が異例な展開をみせ、海外でも Brexit やトルコの
クーデター未遂など波乱続きの展開となってはいるが、消費
(1966年=100)
(1985年=100)
40
0
2000
05
景気後退期
10
ミシガン大学調査
(出所)ミシガン大学、CEIC(コンファレンスボード)
2
160
15
コンファレンスボード調査(右軸)
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者マインドは揺るがない。
住宅投資には低金利の追い風
住宅着工件数、許可件数(年率、百万戸)
住宅投資については、6 月は着工件数が前月比 4.8%増、着
工許可件数が同 1.5%増と共に増えた。4~6 月期でみると、
着工件数は前期比年率 2.9%増、着工許可件数は同 0.9%減。
1.4
1.3
1.2
1.1
着工件数は、過去 1 年余りの間、年率 110 万~120 万件の
レンジ内で推移してきた。足元では、3 月の年率 111.3 万件を
底に、レンジ内ではあるが増加傾向にある。
1.0
0.9
着工
0.8
許可
0.7
0.6
若年層の学生ローン負担など構造問題には改善が見られな
いものの、英国の EU 離脱を決める国民投票後に金利全般の
低下が進んだことにより、住宅ローン金利(30 年固定)も、
0.5
0.4
2010
2011
2012
2013
2014
2015
2016
(出所)米国商務省
Brexit の開票直前(6 月 23 日)の 3.56%から 7 月 14 日時点では 3.42%まで低下している。年初(3.97%)
からでは 0.5%Pt 以上の低下となり、住宅ローン金利は、2012 年末の過去最低水準(3.35%)に迫って
きている。
この 2012 年前後の住宅投資の状況を振り返ると、2011 年 7~9 月期から 2013 年 1~3 月期は、住宅ロ
ーン金利が低下(4.5%程度⇒3.4%程度)するとともに、着工件数が 7 四半期連続で前期比年率 2 ケタ増
を記録している。当時と現在では着工件数の水準が異なる(2011 年 7 月は年率約 60 万件)ことから、現
時点において当時と同様の急増が起きることは考えにくいが、住宅購入への追い風となることは間違いな
い。
設備投資は 7~9 月期から鉱業関連の下押し圧力解消へ
これに対して、設備投資は不振が続く。先行指標となる非国
非国防資本財(航空機除く)受注の推移(百万ドル)
80,000
防資本財受注(除・航空機)が 5 月は前月比 0.4%のマイナスと
70,000
なった。今年に入ってからは一進一退を続けていたが、4、5 月
60,000
と連続して前月比マイナスとなり、
両月とも昨年 12 月の底(627
50,000
億ドル)を下回り、2011 年前半の水準にまで低下している。
40,000
ただし、鉱業関連の設備投資の下押し圧力については解消が
30,000
20,000
みえてきた。2015 年以降、設備投資は、原油価格下落に伴う鉱
業構築物投資減少の影響を強く受けて伸び悩み、2015 年 10~
12 月期からは 2 四半期連続で減少となっている。しかし、鉱業
10,000
0
95
2000
05
10
15
(出所)米国商務省
構築物投資の増減との相関が高い原油・ガス掘削の稼働リグ数
は 5 月末で減少が底打ちし、以後、増加傾向が続いている。7 月 22 日時点では、稼働リグ数が 5 月末の
底から 1 割以上増えている(Baker Hughes 集計)。稼働リグ数の推移から鉱業構築物投資の動きを推計
すると、4~6 月期までは大幅なマイナス(前期比年率 7 割程度)が続くことが見込まれるものの、7~9
月期には横這い乃至は微増に転じる可能性が出てきた。
3
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逆風受ける輸出、伸び悩む輸入
輸出入動向については、5 月の輸出は実質ベースで前月比 1.5%
減少した。為替レートは、2014 年夏頃からドル高が進んできて
輸出・入推移(実質ベース、季節調整値、百万ドル)
190,000
126,000
ストライキ
おり、その影響を受ける輸出も、数か月のタイムラグの後に減少
185,000
トレンドに転じている。そうした中で、昨年 10 月以降は、1,180
180,000
122,000
億ドルを挟み、一進一退となっている。
175,000
120,000
なお、今年 2 月から 4 月までは為替が一旦ドル安傾向に戻して
170,000
いるが、5 月からは再びドル高傾向に転じていることから、2~4
165,000
月のドル安からもたらされるであろう追い風は、長続きはしない
160,000
ものと考えられる。また、海外経済の拡大ペースも総じて鈍く、
124,000
輸出
118,000
輸入(右軸)
116,000
114,000
14
15
16
(出所)米国商務省
世界貿易の趨勢も勢いに欠けることから、輸出には厳しい環境が続く。
他方、5 月の輸入は、実質ベースで前月比 1.0%増となった。輸入は、米国の内需拡大に合わせて増加
トレンドを続けてきた。しかし、2015 年後半から特に今年 1~3 月にかけては、消費の勢いが鈍化してい
ったタイミングと概ね期を一にして輸入も増加が止まり、3 月には同 5.3%と大きく減少、2015 年 2 月以
来の低水準を記録した。その後は、4、5 月と 2 カ月連続で増加しているものの、水準としては 2015 年の
平均程度に止まる。
今後については、雇用・所得と消費の順回転が崩れなければ内需の緩やかな拡大継続のシナリオが描け
るため、輸入もまた増加トレンドを回復していくことが予想される。もっとも、消費の内訳の変化から、
今後は輸入の伸びが緩やかになる可能性もある。具体的には、2015 年前半までは自動車など耐久財が消
費の牽引役となっていたが、輸入車は勿論のこと、国産車であっても、自動車製造のサプライチェーンが
国境をまたいでいることから、国内販売が増加すれば輸入も増えるという関係があった。ところが、ここ
数か月の動きをみると、2008 年からの不況期に溜め込まれていた自動車のペントアップディマンドがほ
ぼ出尽くして、これ以上新車販売が伸びていかない状況になりつつある。そこで、自動車の次に消費者が
何に資金を投じるのかを考えてみれば、低金利を活用した住宅投資、あるいは人口高齢化に沿ってのヘル
スケア支出、さらには新しく購入した自動車での国内旅行など、少なくとも資金の一部は貿易を伴わない
消費に振り向けられるものと考えられる。そうなれば、輸入増加ペースはより緩やかなものに止まる可能
性がある。
米国経済は短期良好・中長期は不透明
以上の景気状況をまとめると、堅調な個人消費、金利低下の追い風が吹く住宅投資、鉱業構築物投資の
下押し圧力が消える設備投資と、景気拡大要因が多い。他方、外需については輸出の増加が期待できない
ものの、輸入の増加ペースがこれまでより鈍化する可能性も考えられ、その場合には、ネットでみた外需
のマイナス寄与は小さめになる可能性がある。その結果、米国経済は堅調に拡大、労働需給はタイトとな
り、賃金上昇ペースが年内に加速を強めることも考えられる。
足元ではいまだ物価上昇率は低く、FRB の目標インフレ率が年率 2.0%上昇であるのに対して、5 月時
点での個人消費(PCE)デフレータは前年同月比 0.9%上昇、PCE コアでも同 1.6%上昇にとどまる。た
4
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だし、原油価格下落の影響が一巡すれば PCE デフレータは PCE コアの水準へと収束していくことが考え
られる。また、賃金上昇ペースが上がれば、それは物価にも伝播する。FRB は Brexit の影響を推し量り
つつも利上げに向けた地均しを始めることになろう。
その一方で、学生ローン返済負担問題や雇用のミスマッチ、格差拡大(中間層以下の実質所得減)、さ
らにはこれらの問題を一因とする節約志向など、単純な金融・財政政策では解消できない構造問題は依然
として手つかずで残っている。これらは、米国の潜在成長率を引き下げる要因となるとともに、米国の世
相を殺伐としたものにする要因ともなっている。その一方で、国民の不満の矛先は、TPP などグローバル
化に向かっており、FTA 締結・発効の遅れは、米国経済の成長力を削ぐことにつながる。
次期大統領は、これらの課題を1つずつ解消していくことが求められるが、これまでの選挙戦を見る限
り、両陣営ともポピュリズムに流された主張が多い。また、クリントン陣営は学費問題を取り上げている
が、実際に、議会を通せるかは不透明であり、民主・共和両党の断絶が柔軟かつ機動的な政策立案・実施
を困難にしている。短期的には堅調な米国経済ではあるが、中長期的にみた成長経路の引き上げに関して
は、なかなか明確な展望が見えてこない。
5