ふぞろいの運動靴たち 宿泊研修騒動記

■ふぞろいの運動靴たち~宿泊研修騒動記~■
新入生にとっては、入学式の緊張から解放されぬままの宿泊研修となった。入学してか
ら45時間後の「宿泊を伴う学校行事」である。
場所は、さだまさしなら
日高高校寮から橋を渡って約30m、時々走って2分と15秒平均112、3歩
めに我らの国少こと「国立ひだか青少年自然の家」があるぅ
と唄いそうな、殆ど「町内会」の教育施設「国立ひだか青少年自然の家」である。
8時50分に正面玄関に集合し、まずは理科教諭の指示で集合写真撮影となる。
「でしたら、最初に集合写真を撮るので並んで」
理科教諭が指示を出す。
こうした時、生徒達がどのような動きを見せるのか。
戸惑いつつ指示されるままに動く者、話なんぞは聞いちゃいないぞと勝手にお喋りする
者、じっと固まり何ひとつ動かぬ者、人さまざまであり、そうした動きを見ているだけで
集団におけるパワーバランスや性格、個性が読み取れ、統計学者ならば一寸したデータ解
析ができるほどだ。
愚輩は集団をじっと観察していた。すると、どうだ、栗山桜丘男子がすかさず
「じゃあ、みんな並ぼうよ」
と云って全員を整列させた。まるで、満員電車でお年寄
りに席を譲るような声掛けだったため、担任の英語教諭
までもが素直に整列したほどだ。
見事なリーダーシップぶりに愚輩は後刻、彼に特製オ
北海道日高高等学校
リジナル「Thanks Card」を進呈したほどだ。
写真撮影後、愚輩は事務室に伺い所長以下所員の方々に挨拶をした。
「今日は日高高校以外、どこの団体が入っているのでしょうか?」
愚輩が担当職員に尋ねたところ、
「ええと……小樽の大規模校が昨日から入っています。それと、十勝の小規模校が本日の
お昼に入所予定です」
「そうですか。引率団長は分かりますか?ご挨拶をしておきたいものですから」
「はい、分かりますよ。ああ、どちらも教頭先生ですね」
「どうもありがとうございます」
愚輩は早速、小樽の大規模校の所へ挨拶に出向いた。H教頭先生とは顔見知りである。
「やあH教頭先生お久しぶりです。日高高校12名が本日から利用させてもらいますが、
よろしくお願いします。」
「いやいや校長先生、恐縮です。こちらの方こそよろしくお願いします」
「それでは、お互い無事に研修が終了するようにしましょう」
「はい、ありがとうございます」
H教頭先生と笑顔で別れ、愚輩は入所式が行われる集会室へと出向いた。
入所式では川崎男子が生徒代表挨拶を行った。
入所式に続く午前の研修は、集団アイスブレイクと生徒を3つの班に分けての日高町内
ウォークラリーが行われた。
昼食を挟んだ午後の研修は、体を使ったグループ・エンカウンターと理科教諭による講
話である。理科教諭は、この国立ひだか青少年自然の家に入ってから腰の痛みを訴えてい
た。鉄筋コンクリートづくりの施設ゆえ、床が堅く、膝や腰に負担がかかっていたのだ。
「若い頃は、こんな事なかったンですけどねえ」
と云っていたが、理科教諭にも「老いるショック」が訪れたということだろう。
一方、生徒は体を動かした後だけに、ただ話を聞いているだけでは猛烈な睡魔が襲うこ
とになる。ふと見ると、横浜中区男子がそんなに目が悪いのですか?と確認したくなるほ
ど、机に額を付けて資料をのぞき込んでいる。こういう時迂闊に声をかけると、大抵の人
は、はっとなって起き上がり、
「寝てません!寝てません!ボク、ちゃんと起きてます!」
と見え透いた否定をするものだ。
夕食の後は、キャンドルサービスである。
ローソクの灯りのもと、いくつかの「お題」
に対し、引率者を含めた一人ひとりが答えて
いく。煩悩だらけの愚輩には、自省を促され
る研修である。
地元自慢や好きな歌手などはまだ良かった
のだが、予告もなく「好きな異性のタイプ」
を出題された時には一寸考えた。
はて、何と答えてよいものやら。
きざ
優しい人や明るい人では無難すぎるし、あらゆる女性と答えるには気障すぎる。だから
といって、黒木華さんやトリンドル玲奈さんなどの実在する有名人を答えるのもこの場合
いかがなものか。ちなみに、トリンドル玲奈さんについては、愚息も理解承知済みだ。
「もし芸能人と1日だけデートできるとしたら、誰とする?」
「うーむ。今なら、トリンドル玲奈ちゃんかな」
「え!?マジ?」
「―――」
「じゃあ、もしもトリンドル玲奈からプロポーズされたらどうする?」
「その時は、愛に走るかもしれない」
「マジで?」
「―――自信はない」
「いいよ、分かった。もしトリンドル玲奈からプロポーズされた時には、お母さんのこと
はボクが守るから心配しないで」
「すまない」
出来た息子を持つと、「あり得ないこと」も「あるかも知れない」といった期待に膨ら
むから人生が楽しくなる。
さて、何と答えようかと思案していたら、愚輩の前に回答順が巡ってきた理科教諭が
「みんなも気付いてると思うけど、先生は『M』なので……」
とカミングアウトしたからぶっ飛んだ。
知らなかった……。ソフトなんだろうかハードなんだろうか。手に持ったローソクが別
の使い道を想像させた。
「じゃあ最後に、日高高校での目標をひとりずつ発表していこう」
M・理科教諭が最後に用意していた質問を発した。それぞれがそれぞれの思いを吐露す
る中、担任の英語教諭が
「過去の自分に区切りを付け、これが担任を持てる最後の機会かもしれないとの気持ちで
頑張りたい」
と述べた。
復活をかけるプロ野球投手のような声だった。並々ならぬ決意が伝わってきた。
22時消灯。高校生がこの時間に寝るとは思えなかったが、消灯すると室内が一斉にシ
-ンとなった。今は情報機器が発達しているので、ベッドの中で互いに会話することなく
通話していたにしても、異常なくらい静かだった。本当に寝ちゃったの?と思っているう
ちに、愚輩も熟睡してしまった。
翌日は6時30分起床。愚輩が洗面所から戻ると埼玉女子と足立区女子がシーツをたた
んでいた。
「コーチョー、見て。キレイにたたまさっているでしょ」
「うん」
「アタシって見た目以上に女子力、高いから」
足立区女子は謙遜なのか自慢なのか分からないことを云った。
朝のつどいが7時15分から屋内運動場で行われた。これは、宿泊した利用団体がそれ
ぞれ研修の目的や当日の予定を伝えるなどして、利用者同士の緩い交流を図るものである。
愚輩が会場に行くと、入り口前で生徒達が立ち止まっている。
「どうしたの?入らないの?」
「いや、一寸……」
場内に入って、生徒が立ち止まっていた理由が
分かった。屋内運動場にはすでに小樽の大規模校
と十勝の小規模校の生徒達が整列している。日高
高校の生徒達は、その様子に圧倒され、入ってよ
いものかどうか躊躇していたのだ。
「ええと、日高高校の並ぶ場所はどこかな……?」
と愚輩が運動場に入ると、それに続いて生徒達も恐る恐る入ってくる。
「こっち、こっち」
担任の英語教諭が右側前方から手招きをする。
まだ、予定の時間前だったが日高高校が来たことで宿泊者全員が揃ったようだ。
「縦、横、見てキチンと列をあわせろー!」
小樽の大規模校の体育科教諭らしき先生が、自身の学校の生徒に大きな声で指示をした。
同じ制服を着た二百名以上の生徒が列を微調整して、一糸乱れぬ隊列となった。
「○○高校の生徒も列を整えろ」
と、こちらは十勝小規模校の先生の指示。六十数名の同じジャージを着た高校生が小樽大
規模校にあわせるように横列を揃えて並んだ。
それらの様子を感慨深く愚輩は見ていた。二百数十名と六十数名がそれぞれ同じ制服や
ジャージを身に付け、まるで日体大の集団行動のような隊列をつくっている。足下はどち
らも学校指定の上靴で揃えられている。
まるでデパートの食品売り場で売られている木箱に入った高級ミカンのようだと思っ
た。きっと甘くて、ビタミンも豊富に含まれている果実なのだろうと勝手に想像した。
一方、日高高校はというと、ジャージも上靴も不揃いのまま、各々が自分に合うものを
着用している。黄色い靴の者もいれば、橙色の者もいる。個性丸出し勝手気儘である。
マスの中で暮らすには息苦しくて規格からはずれても、それがどうしたと頭の中で校長
ではない愚輩が囁いた。酸味の強さが魅力かも知れないし、加工品として高級品と肩を並
べるミカンだってあるだろう。路地もの、ハウスもの、無農薬、ミカンにもさまざまな種
類があるはずである。
不揃いの運動靴は不揃いなりに、調和が取られている。規格に収まらないカオス状態を
無理に秩序付ける事の方が大きな不協和音をおこすものだ。
朝のつどいの後は、朝食、清掃点検を経て、最後のプログラム・野外炊飯である。
ひと班4名のメンバーがそれぞれ役割を分担しながら、カレーづくりを行い、それがそ
のまま各班の昼食となる。入学して初めての共同作業である。どことなく結婚式のケーキ
入刀を思い起こさせる。
そして、この様子がまた愚輩には恰好の人間観察の機会となった。
「よし、最初は炭に火を付けよう」と、まず動き出す者。
「こっちは野菜を切るから、お米をといできて」と、メンバーに指示を出す者。
「ルリアっていう女の子が、星の島イスタルシアを目指し空の世界を旅するのさ。昨日確
か、『サクラ大戦』とのコラボイベントが開催されているはず。あと、レジェンドフェ
スもあって……」と常人にはちんぷんかんぷんなゲームの会話を延々続ける者。
「―――」誰かが何かを指示してくれるまで、その場でじっと様子を見ている者。
「カレーはやっぱり、スリランカ。インドとは香辛料が違うもの」と講釈を垂れる者。
「豚肉じゃ、どうやったって美味しくならない。A5ランクの牛肉は使いたいよね」と高
校1年生にして早くも金で物事を解決しようとする者。
十人十色千差万別玉石混淆である。
製作過程も涙なくしては語れない。
あなたたちは100名分のカレーをつくるのですか?と質問したくなるような水加減
で、殆どスープカレーになっている班。
「こんなもんで十分じゃネ?」
「適当でいいって、適当で」
と性格そのままに極めてアバウトな料理プランを断行する班。
どの班も致命的で決定的な欠落要素を有している。それでも、どうにか完成させ、生徒
達は昼食にありついた。
「(ひとくち食べて)うわっ、やっぱり野菜は生のままだ。人参がジョリっといった」
「うちの班のカレー、水分多すぎてシャバシャバしすぎじゃない?」
少し肌寒い気候の河原で欠点だらけのカレーを食べる生徒の姿には、どの顔にも少しだ
け達成感が垣間見えた。どこにでもある材料でつくったカレーが、新入生それぞれの決意
というスパイスを加え、どこにもないカレーに仕上がっていた。
幸せな香りが、不揃いの運動靴たちの笑い声とともに曇天の空へと上っていく。
彼らの高校生活が、ここから始まった。
宿泊研修が終わった4月14日の夜、熊本地方を中心とす
る地震発生により、亡くなられた方に謹んでお悔やみを申し
上げますとともに、被災された皆様に心よりお見舞い申し上
げます。一刻も早い復興と普段の学校教育活動が再開され
ますことをを心よりお祈り申し上げます。