バケツグルメ

バケツグルメ
草夾竹桃 作
今回のはたぶん読みやすい!はず!……きっと!……多分……
くさきょうちくとう
(
)
「バケツグルメ」 草夾竹桃
「あぁ……お腹がすいた∼」
体が小さなその声の主は路地の端で、へたり込んで座っていました。
食べ物が手に入らず、定住の地もないため、こうしてさまようしかない
のです。その近くを歩く人々はそんな彼に目もくれません。
「どこかに食べ物ないかな……」
辺りを見上げればパンが焼ける香りや肉が焼ける匂いがします。とて
も良い匂いです。ついよだれが出てしまいます。
しかし、"オカネ"なんてものは持っていません。だから、手に入れよう
がないのです。
「ごは∼ん……」
当然ですが、何度呟いてもご飯は出ません。彼は立ち上がり、再び歩
き出すのでした。
しばらく歩いていると、またいい匂いがしてきました。見上げると看
板があり、「M」とだけ書かれています。店から出てくる女性の手には
ポテトやチキンなどのファーストフードが握られていました。
食べればきっとホクホクとしていて、チキンからは肉汁が出るでしょう。
うわあ……美味しそうだなあ……僕も食べたいな……
そう思いながら女性を眺めていると、こちらに気がついてくれました。
女性は腰をかがめ、「食べたいの?」と聞いてきます。
「もらえるの? 食べたいっ!」
元気よくそう答えると、「そっか。じゃあ、はい、どうぞ」と言って
ポテトを一本くれました。考えた通り、ホクホクです。
ちょっと熱かったですが、ハフハフと美味しそうに食べました。
「全部はあげられないけど……頑張って住みやすい良い場所、探してね」
と女性は言い残し、去って行きました。
「ポテト、ありがとうね! バイバーイ!」
彼はしばらくの間、女性を見送りました。
さて、ポテトをもらったものの、一本だけではお腹は膨らみません。
またすぐにお腹がへり始めました。
「またごはんくれる人、いないかな……」
少し期待をして見上げますが、食べ物をくれるどころか、誰も見てく
れません。汚らしいものを見る目で避ける大人だっています。どうやら
さっきの女性はすごく良い人だったようです。
「歩き回っても食べ物も、飲み物も見つからないし、あの人のそばにい
続ければもっともらえたかな……」
付いて行かなかったことを少し後悔しつつ、トボトボと歩くのでした。
すっかり暗くなってしまっても、食べ物が見つからず、彼はまだ歩い
ていました。今晩も落ち着く場所がないので、適当な場所で丸くなって
眠ることになりそうです。
「お腹、すいたな∼……」
通りをボロボロの姿でトボトボ歩いるその姿は、見る人が見れば完全
な保護対象です。保護されれば、専用の施設で食事にありつくことが出
来たでしょうが……幸か不幸か。そのような人には会いませんでした。
ひ弱な体では、こんな暮らしをしていては長くもちそうにありません。
早く定住の地を見つける必要があります。
近くで食料や飲み水が手に入り、かつ、雨風がしのげて、足場が濡れて
いない場所が理想です。
まあ、そんな場所はそうそう見つかるものではないでしょうから……ひ
とまずは雨風をしのげれば良いでしょう。仮宿です。
「今日はここで寝ようかな……」
目の前には、子供達が遊ぶ遊具が広場に集まっている場所が広がって
いました。
その中には、卵の殻を半分にして地面に被せたような遊具があります。
中に入れば雨風がしのげそうな場所でした。
少しお腹の辺りがヒンヤリとしますが、そんな贅沢は言っていられませ
ん。
「おやすみなさーい……」
ポツリと言うと、大きくあくびをして、その小さな体を丸くして眠る
のでした。
翌朝、鳥の鳴き声や子供達の足音で目が覚めます。
「よく寝たし、次はごはんを探さないと……」
昨日は表通りばかりを探しましたが、行くのに少し不安な裏通りも探
さなければならないかもしれません。誰も寄りつかなさそうな分、何か
手に入るかもしれないからです。
彼は、自分の鼻と耳を頼りに、こわごわと裏通りへと足を踏み入れるの
でした。
裏通りに入ってすぐに、良い匂いがし始めました。
焼けた肉の匂いと――ピザでしょうか?何か、小麦粉が素になった、焼
けた生地の匂いがします。そうなると、いても立ってもいられません。
「ごっはん! ごっはん!」
駆け出し、匂いを頼りに一目散に目的の場所を目指しました。
たどり着いた目的地にはやはり、大量の食料がありました。しかし、
同時に、何"匹"もの先客もいました。
その内、ボスに見える"一匹の犬"が話しかけてきます。犬種で言えばシ
ェパードでしょうか。とても強そうです。
「お前、見慣れない顔だな。どこから来たんだ?」
キッと睨み付けるようなその顔に、小さな体の彼は――まだ幼く、胴
も短い彼は――一匹のダックスフントは、シッポをくるりと股に巻き付
けて弱々しく答えました。
「えっと……お母さんが、走ってる……"クルマ?" ……にぶつかられ
て、吹き飛ばされて死んじゃったの」
「だから……その……どこから来たと言うか――」
「つまり、独りでさまよってるって訳か?」
「うん……そうなの……じゃない。そうです」
しどろもどろに言うダックスフントにシェパードは助け船を出しまし
た。
そして、もう一つ彼に尋ねます。
「そうか……飯は? ちゃんと食べているのか?」
「最近ずっと食べてないから、お腹はペコペコ……」
「なら食え。ここにあるのは全て盗んで来たものじゃなく、皆で調達し
てきた物だ。」
「毎日、お前だけにひいきをする訳にはいかないが、今回は特別だ」
彼はそう言い、「悪いが、少し飯を分けてやってくれないか」と他の
犬たちに言いました。
そうすると、沢山の食べ物が運ばれて来ました。
パンの焼き損じ。賞味期限がごく最近切れたコンビニ弁当。どこから手
に入れたのか分かりませんが、美味しそうなお肉。とにかく沢山の食べ
物です。
「ぇえ! こんなに沢山! いいの!?」
「ああ、食べられるだけ食べろ。今回は気にしなくていい」
それからは、お腹を空かせた小さなダックスフントは無我夢中に食べ
ました。片っ端から食べます。少々食べ方が汚くても気にしません、次
から次へと食べました。
「やはり、よほどお腹が空いていたんだな」
シェパードが見守る前で満腹まで食べました。それでも、寄せてくれ
た食べ物がまだ三分の二程余っています。
「美味しかった……ごちそうさまでした!」
「……良かった。さて、俺も食べるかな」
シェパードはそう言って、事もなげにダックスフントが残した食料を
平らげました。
それを見ていると、彼は飲み物が欲しくなりました。少し厚かましい
ですが、お願いせずにはいられません。
「あの……喉がかわいちゃって……水はありますか?」
「そう言えばそうだったな。……なあ、アレは残っていたか?」
シェパードの言葉に、一匹のブルドッグが答えます。
「ありやすよ、ボス! でも、あまり残ってないですよ。知らないやつ
に出していいんですかい?」
「構わない。あげてやってくれ」
「分かりやした」
そう答えると、ブルドッグは他の犬たちの間をかいくぐり、奥に行っ
てしまいました。
「あの……お水、あまり残っていないのならいいですよ? どこかで雨
水でも飲むから」
「いや、もっといいものだ。あいつが持ってきてくれたら飲むといい。
きっと力がみなぎるだろう」
そう言われたら興味が湧いてきます。ダックスフントはそのまま待つ
ことにしました。
待つこと五分。ブルドッグがズリズリと口に桶のようなものをくわえて
引きずりながら帰ってきました。
「ああ……アゴ痛ぇ……」
「持ってきやしたよ、ボス」
「ありがとう。その場所でいい。俺たちから行こう」
「さあ、来るんだ。少ないが、栄養があるぞ?」
ダックスフントはシェパードに連れられて行きました。そして、目の
前に見た物は、
「わぁああ! ミルクだっ!」
そうです、牛乳でした。
新鮮そうに見えるそれは手に入れるのなら、通常は盗むしかなさそうで
すが……とにかくごちそうです。
「飲んでいいの!? いいの!?」
ダックスフントは興奮気味にシェパードに尋ねます。
「ああ、構わない。飲んでくれ」
「やったぁああ!」
他の犬たちがソワソワする中で、ダックスフントはミルクをすぐに飲
み始め、あっという間になくなってしまいました。
どこからか発せられた、「キュウウゥゥン……私も飲みたかったなあ…
…」という呟きは、ダックスフントには聞こえませんでした。
「ありがとう! えっと……僕は何をすればいいのかな……?」
ダックスフントは満腹になったことで我に返り、シェパードに尋ねま
した。
親切にされたら、お返しをしないといけない。そんな事は流石に分かっ
ています。
シェパードは「もし、お前が良ければ」と付け加えた上で、こう答えま
した。
「そうだな……これから俺たちと一緒に暮らさないか?」
「え? 一緒に?」
「そうだ。俺たちはこの通り、大勢で暮らしている」
シェパードは話を続けます。
「食料を沢山手に入れないといけないという問題はあるが……それぞれ
で分担して探しに行くことができる」
「もちろん、誰かが食べ物を手に入れられない時もある」
「そんな時は、沢山食べ物を手に入れたやつにお世話になるんだ」
「そいつが食べ物に困ったら、今度は自分が分ける。そういう風にして
な」
「皆が食べ物を全然手に入れられないときは皆で固まって寒さや飢えを
しのぐ」
「食べ物が沢山手に入った日は、大宴会だ」
「……どうだ? 仲間にならないか?」
ダックスフントは話をずっと聞いていましたが、何も悪いことはあり
ません。むしろ、良いことばかりです。
彼は、すぐに決断しました。
「それなら、僕も仲間になりたい!」
「よし、それなら話が早いな。付いてきてくれ、今日の分の食料を皆で
分担して集める」
「分かった!」
そうして、わんちゃんの集団に、新たに一匹の仲間が加わったのでし
た。
「食料は決して人から盗まない。これは俺たちのルールだ、忘れないで
くれ」
「分かった」
シェパードとダックスフントは小料理屋の勝手口のそばにいました。
「食料は、このあたりのゴミバケツからとる。下の方は腐ってるかもし
れないから上の方の食べ物だけを取るんだ」
「なるほど……」
「だが、そうやって漁っている姿を人に見られてはいけない。ゴミを散
らかすと勘違いされてしまうからな」
「そして、捨てたばかりのゴミはなるべく持って帰れ。基本的に新鮮な
ことが多い」
「もちろん、食べられなければ意味がないがな」
言いながら、シェパードは器用にゴミ箱に顔を突っ込み、あっという
間に食べ物を回収していました。鮮やかなものです。
「このバケツからは野菜が手に入る。覚えておけ」
「分かった」
こうして、野菜を手に入れました。
今度は大きな店の裏手に着きました。表の看板には、【焼き肉食べ放
題! 二時間で一八〇〇円∼】と書かれています。
「ここのバケツの中には肉があるが、残念なことに夜しか手に入らない」
「しかも、焼いて余った肉料理がもし腐っても、匂いがしないよう袋で
閉じられている」
「一番上の一袋だけなら取っても腐っているということはないから、そ
れを取るようにな」
「ただ、牙を立てると袋が破れて、持ち帰るまでにこぼれてしまうから
気をつけるんだ」
「難しいから慣れているラブラドールが担当するが、担当になったら注
意するんだぞ?」
「牙を立てないように……難しいけど、分かった」
こうして、肉を手に入れました
場所が変わって、農園です。【取れたてのイチゴ、どうですか?】と
手作りの看板がぶらさがっています。
「匂いで分かるだろう、ここはイチゴ畑だ」
「葉に付いているイチゴは取ると盗んだことになるから、落ちている物
から食べられそうなものを選ぶんだ」
「お前は背が低いし、まずはここの担当になると思う。美味しいイチゴ
の匂いについてはプードルが教えてくれるから、聞いておくといい」
「プードルが知ってるんだね、分かった、聞いておく」
こうして、イチゴを手に入れました。
最後です。銭湯にやって来ました。
「ここには、夜に皆であの桶を持って来る」
「坊主のおじさんが銭湯で扱ってる牛乳瓶を少し分けてくれるんだ」
「仲間が増えたと知ったら、きっとあの人も喜ぶだろう」
「二日に一度のペースでくれるから、丁度今夜だ。また夜に来よう」
「皆で来るんだね、分かった」
皆がいつも集まる場所に各々が持ち帰った食べ物を置いていきました。
肉、野菜、果物、スープ代わりのミルク――いろいろあります。
流石に米などは手に入りませんが、野良犬の食事にしてはフルコース並
でしょう。
皆が集まって来たところで、シェパードが声をかけます。
「皆、今日もよくこんなに食べ物を集めてきてくれた! 満足いくまで
食べてくれ!」
「言われなくてもこんなにあるんだから。遠慮無くそうさせてもらいや
すよ、ボ ス」
ブルドッグがおふざけをし、皆を笑わせます。
「いただきまーす!」
ダックスフントも食べ始めました。今日も最高の食べ物に、ミルクが
あります。
僕もボスみたいになるぞ∼……
格好良いその姿を見ながら、食事にありつくのでした。
バケツグルメ
バケツグルメ
作
草夾竹桃
更新日
2016-09-16
登録日
2016-09-16
形式
小説
文章量
短編(5,602文字)
レーティング
全年齢対象
言語
ja
管轄地
JP
権利
Copyrighted (JP)
著作権法内での利用のみを許可します。
発行
星空文庫