フィリピン新政権の政策評価 6 月 30 日、ロドリゴ・ドゥテルテ氏がフィリピンの第 16 代大統領に就任した。新政 権が掲げる主な政策は、インフラ整備、財政改革、外資規制緩和、治安対策、汚職対策 など、おおむねフィリピンの経済課題である投資の拡大に資するものといえる。今後 は、 これまで掲げた政策をいかに進めていくか、 その実行力が試される。 6月30日、ロドリゴ・ドゥテルテ氏がフィリピンの 第 16 代大統領に就任し、新政権がスタートした。経 済面でドゥテルテ新政権に期待されるのは、投資の 拡大に資する政策の実行だ。フィリピン経済は、前 アキノ政権下の 2010 〜 15 年の間に投資の拡大を主 それでは、ドゥテルテ政権が掲げる政策が、この投 因として、年平均6.2%の高成長を達成した。しかし、 資拡大というフィリピンの課題に資するものかどう フィリピンの投資比率(GDP に占める総固定資本形 かを次にみていきたい。 成の割合)は周辺アジア諸国と比べてまだ低く、投資 不足が指摘されている(図表 1)。今後フィリピンが 高成長を続けるためには、さらなる投資拡大による 投資比率の引き上げが必要だ。 ドゥテルテ政権がこれまでに打ち出してきた主な 経済政策を整理すると、図表2のとおりとなる。 まず注目されるのはインフラ整備の加速である。 予算面ではインフラ整備費を GDP 比の 5 〜 7%に拡 大させると表明し、官民パートナーシップ(PPP)事 ●図表1 アジア諸国の投資比率 業の積極的な推進も掲げる。また、こうした数値目標 (%) を掲げるのみならず、インフラ予算執行の進展のた 40 めの予算管理の強化や、PPP 事業への参加者拡大の ために PPP の事業方式を見直すなど具体的な取り 30 組みもいくつか検討している。 インフラ整備の財源を確保すると同時に魅力的な 20 投資環境を整備するという観点からは、財政改革も 重要だ。ジョクノ予算管理相は、まず、密輸摘発強化 10 フィリピン (注)2010 ∼ 14年の5年間の平均。 (資料)国際通貨基金 (IMF)より、みずほ総合研究所作成 マレーシア タイ シンガポール ベトナム インドネシア インド 0 などにより関税の徴収漏れを防いだり、ガソリン税 を引き上げることにより、税収を確保する方針を示 している。また、法人税減税により企業の投資意欲を 高めたいと表明している。政府は 9 月にも、これらの 内容を織り込んだ包括的な税制改革案を議会に提出 する見通しだ。 11 外資規制緩和による投資誘致にも意欲的だ。フィ じようなやり方で治安を安定化させてきたといわれ リピンでは憲法で外資の出資比率の制限が定められ ており、この実績を踏まえると、国レベルでも治安の ており、これがかねてより投資誘致の妨げとなって 安定に一定の効果をもたらす可能性はある。 きたといわれている。ドゥテルテ大統領は憲法を改 ただし、超法規的な治安対策に対して内外から批 正することでこうした制限を修正することを検討 判が出始めている。ドゥテルテ大統領は、麻薬犯罪 しており、すでに憲法制定会議を通じて憲法改正を に関与した疑いのある150人以上の裁判官、市長、議 実施すると表明するなど、具体的な手続きの検討に 員、警察官などの氏名を公表したが、この動きを巡り 入っている。 セレノ最高裁判所長官とドゥテルテ大統領の間で対 以上みてきたとおり、ドゥテルテ政権の経済政策 立が深まっている。ドゥテルテ大統領は、もし最高裁 は、おおむねフィリピンが抱える投資拡大という課 判所が麻薬との戦いを邪魔するなら、戒厳令の発布 題の解決に資するものといえる。ただし、ドゥテルテ も辞さないと脅すような発言もしている。また、フェ 大統領の国政経験不足を踏まえると、改革を進める ドートフ国連薬物犯罪事務所(UNODC)事務局長 に当たり、憲法改正に向けた国民の合意形成、閣僚間 は、フィリピンにおける麻薬密売人および常習者に での政策の食い違いの調整、議会との調整、実際に政 対する超法規的な殺害の報告に対して懸念を示して 策を動かす官僚機構の能力増強など、政策を実施す おり、このような取り組みは、国際的な麻薬対策に関 る上でのハードルは多い。こうしたハードルを乗り する協定に違反しているなどと強く反対する声明を 越えて改革を進めていくことができれば、フィリピ 発表している。 ンは高成長を遂げることが可能となるだろう。 今後こうした批判の声が高まり、これに呼応して 大統領がさらに強硬姿勢を強めるような負の連鎖が 生じれば政治の混乱は避けられず、政権の存続が危 ぶまれる事態に陥るリスクがある。今後、ドゥテルテ なお、ドゥテルテ大統領は投資誘致の妨げとなり うる治安や汚職の問題にも積極的に取り組む姿勢を 政権が政策実施のハードルやリスクをどのように乗 り越えるか、その政策運営動向に注目したい。 見せる。特に治安の問題については、警察官や市民に 対して犯罪者の殺害を奨励するような問題発言を行 みずほ総合研究所 アジア調査部 うなど、超法規的かつ物議を醸すようなやり方も含 主任研究員 菊池しのぶ んだ対策を打ち出している。ダバオ市長時代にも、同 [email protected] ●図表2 ドゥテルテ政権が掲げる政策 ・ インフラ整備費をGDP比5~7%にまで引き上げ インフラ整備の加速 ・ 積極的にPPPを活用、2017年半ばまでに17事業を事業者選定段階まで進展 ・ インフラ予算執行、PPP事業への参加者を増やすための具体的な取り組みの実施 ・ 所得税、法人税の減税。低所得層は税徴収の対象外に 財政改革 ・ ガソリン、ソフトドリンク、ジャンクフード、アルコール、酒への課税強化、VATなどの引き上げ ・ 銀行機密法の撤廃による徴税強化、密輸の取り締まり強化による関税の徴収漏れ抑制 規制緩和 ・ 憲法で定められた外資の出資比率規制の緩和 ・ 就任後6カ月以内に犯罪組織撲滅を図ると明言 治安対策 ・ 警察官や自警集団に対し、犯罪者の殺害を促すような発言 ・ 麻薬犯罪に関与したとみられる警察高官、地方首長も名指しし、自首などを要求 ・ 未成年の夜間外出、午前0時以降のアルコール販売などを禁止。監視カメラの設置 ・ 情報公開に関する大統領令を発布。今後情報公開法案の成立を目指す 汚職対策 ・ 大統領府の自由裁量で予算余剰分の使途、振り替え先を決める支出促進計画(DAP)の撤廃 ・ 関税局、内国歳入局など政府機関職員の汚職を徹底調査 (資料)各種報道より、みずほ総合研究所作成 12
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