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 米国の内向き志向が
日本経済に及ぼすインパクト
2月10日の日米首脳会談は満額回答といえる結果だったが、日米貿易摩擦の歴史を
みると、一度米国経済の足取りが怪しくなれば、大統領も保護主義的な姿勢をとらざ
るを得ない。その場合、経済モデルによる試算では、日本の自動車産業が最も被害を
受ける結果になった。トランプ大統領は白人労働者の不満を支持基盤としている上
に、共和党からは法人税の「国境調整」という提案もなされており、米国の内向き志向
には引き続き注意が必要だ。
をとらざるを得なくなるということだ。
現在の米国経済は景気回復局面にあるため、かつ
てのように産業界からの保護主義的な要求が激化す
る状況にはない。しかし、
「トランプ大統領」誕生の
2 月 10 日に行われた日米首脳会談は、安全保障に
支持基盤となった白人労働者層は、グローバル化に
おける日米同盟の強化だけでなく、経済面に関して
よって自分たちの雇用が奪われたとの不満を強く
も、財政・金融・構造政策の総動員が確認されるなど、
持っている。トランプ大統領は、そうした白人労働者
日本側にとって満額回答といえる結果となった。大
層に対するアピールという観点から、通商関係に関
統領就任後から首脳会談までの間には、トランプ大
しては、ある程度強硬な姿勢をとると考えるべきだ
統領から円安批判や自動車産業批判がなされていた
ろう。
が、今回の首脳会談によって当面の懸念は払拭され
たといえる。
もっとも、今回の会談結果をもって、通商関係を巡
る米国の要求が抑えられると考えるべきではない。実
際、過去の日米貿易摩擦の事例をみても、首脳間の友
では、実際に保護主義が顕在化した場合、どの程
好関係は、通商関係における米国の妥協を保証するも
度の影響があるだろうか。まず、2016 年における日
のではないことが分かる。例えば、蜜月関係とされた
本の対米輸出金額を財別にみると、自動車が全体の
中曽根首相・レーガン大統領の時代でさえも、産業界
31%を占めている。これは日本から米国への直接の
や議会における保護主義の高まりを背景に、大統領権
輸出をみたものだが、組み立てなどのために他国を
限による通商法 301 条調査の発動や日米半導体協定
経由した間接的なものを含めても、結果は変わらな
の締結、さらには同協定違反を理由とする 100%関税
い。実際、米国の輸入が一律に 10%減少した場合の
の賦課といった事態に発展している。こうした日米貿
影響を、グローバルなサプライチェーンを通じた間
易摩擦の歴史から分かるのは、どれだけ大統領が日本
接的な波及効果を含めてみると、日本の産業では自
の立場に理解を示しても、米国内の経済状況が悪化す
動車への影響が突出している(図表1)。
れば、米国内の圧力から、大統領は保護主義的な姿勢
次に、対象を自動車に絞って、米国が関税(対世界)
7
を 10%引き上げた場合の各国への影響を試算した
て、政府が関税収入の増加分を経済対策に回したと
のが図表 2 である。これをみると、最も不利益を被る
しても、長期的な成長力向上につながるプロジェク
のは米国の消費者だが、次いで日本の生産者、つまり
トに使わない限りは、関税引き上げは米国自身に
自動車産業の被害が大きいことがわかる。日本の生
とってマイナスになる。さらには、税収増をメキシコ
産者利益の変化は▲ 42.5 億ドルと、主要国の生産者
国境での壁建設のような経済成長を阻害するプロ
の中では最大の被害者といえる。日本の他に生産者
ジェクトに使えば、米国の経済的損失は、本稿の試算
利益のマイナス幅が大きいのは、メキシコ、ドイツ、
以上に大きくなるだろう。
カナダ、中国、韓国と、対米輸出額の多い国が並んで
いる。なお、消費者も含めた経済全体の損失額をみる
と、日本は14.4億ドルとなり、メキシコ、ドイツ、カナ
ダよりも抑えられる。これは、日本の場合、消費者利
益の増加幅がこれらの国より大きくなるためだ。消
以上から、米国が関税の一律引き上げを実施した場
費者利益が増加するのは、関税引き上げに伴う米国
合、日本の自動車産業へのマイナスの影響は非常に大
の輸入需要減少によって自動車の国際価格が低下す
きいといえる。また、米国経済にとっても、プラスの影
るためであり、特に日本や中国のプラス幅が大きい
響をもたらすとは言い難い。現実的には関税の一律引
のは、もともとの国内市場規模が大きいためと考え
き上げといった事態は生じないという意見もあるか
られる。
もしれないが、すでに共和党が法人税改革の一環とし
また、米国の関税引き上げは、米国自身にも経済
て「国境調整」を提案していることを見過ごしてはな
的損失(4.9 億ドル)を及ぼす結果となっている点も
らない。これは、全ての国からの輸入に課税する(費用
注目される。関税引き上げで輸入車から米国車へ需
控除を認めず、課税ベースに加える)という内容であ
要がシフトするため、米国の生産者(自動車業界)利
り、実現した場合、実質的に関税と同様の効果をもた
益は大幅なプラスとなる。しかし、米国の消費者は、
らす可能性がある。米国の内向き志向の動向には引き
米国内の販売価格が上昇する分、損失を被ることに
続き注視しておく必要があるだろう。
なる。この消費者利益の損失額(271.1 億ドル)が、生
産者利益の増加額(90.5億ドル)と関税収入の増加額
(175.8億ドル)の合計をわずかに上回るため、経済全
みずほ総合研究所 経済調査部
エコノミスト 高瀬美帆
体では小幅な損失が生じる結果になった。したがっ
[email protected]
●図表1 米国の輸入(対世界)が10%減少した場合の日本の
産業への波及効果
●図表2 米国が自動車関税(対世界)を10%上げた場合の
各国への影響試算
(兆円)
0.9
2,000
0.8
0.6
20,000
2,478
0.4
9,050
▲1,000 ▲1,444
0.3
0
▲2,000
0.2
0.1
その他輸送機械
自動車
一般機械
電気機械
電子・光学機械
金属製品
卑金属
ゴム・プラスチック
製品
化学製品
(注)2014年時点。同年の為替レートを用いて、円換算した。
(資料)
「World Input-Output Database
(WIOD)
」
などより、
みずほ総合研究所作成
▲5,000
▲485
▲10,000
▲3,000 ▲4,247
▲4,000
17,579
10,000
0
0.5
8
30,000
1,000
0.7
0.0
(百万ドル)
(百万ドル)
3,000
1.0
消費者利益
関税等収入
生産者利益
合計
日本 メキシコドイツ カナダ 中国
韓国
▲27,114
▲20,000
▲30,000
米国
(注)Joseph Francois、Keith Hall によるGSIMモデルに、
WIOD及びTRAINSの直
近データを反映し試算。
(資料)国連貿易開発会議
(UNCTAD)などより、みずほ総合研究所作成