みずほインサイト 欧 州 2016 年 6 月 17 日 高まる「Brexit」への警戒 欧米調査部ロンドン事務所長 経済重視 vs 移民重視で英国世論は二分 +44-20-7012-4452 山本康雄 [email protected] ○ 経済への悪影響を懸念する有権者は残留支持、移民問題等を重視する有権者は離脱支持に世論は二 分されており、6月23日の国民投票は接戦になると予想される。 ○ EU離脱(Brexit)の現実味が増す中、金融市場では警戒感が強まっている。Brexitは英ポンド・ ユーロ双方の下落圧力となるため、円高がさらに進行するリスクがある。 ○ 他のEU諸国でも、難民問題などを背景にEU懐疑的な見方をする市民が増えている。投票結果が 残留であっても接戦だった場合には、各国のEU懐疑政党が勢いを増す可能性がある。 1.揺れ動く英国世論 ~ 離脱派の攻勢で世論は再び拮抗 6月23日(木)、英国の欧州連合(EU)残留・離脱を問う国民投票が行われる。投票日まで1週間 を切った。足元の世論は「残留(Remain)」「離脱(Leave)」が拮抗しており、かなりの接戦になる ことが予想される。 国民投票を巡るキャンペーンは4月15日(金)に「国民投票期間(Referendum Period)」がスター トしてから本格化した。その間、世論は一度残留に傾いた後、離脱派が巻き返す展開になっている。4 月下旬から5月中旬にかけて残留派が優勢になった背景には、EU離脱(Brexit)が当面の英国経済に 負の影響を与えると広く認識されたことがあるとみられる。この間、経済協力開発機構(OECD)や英 財務省などから、Brexitが英国経済に与える経済的影響に関するレポートが相次いで発表されたが、 いずれもEUとの貿易やEUからの直接投資が減少することにより、残留した場合に比べてGDPの 水準が低下すると試算している(図表1)。 図表 1 経済協力開発機構 (OECD) 英財務省 英国立経済社会研究所 (NIESR) 主要機関による Brexit の経済効果試算 EEA(欧州経済領域)加盟 FTA(二国間協定) WTO (ノルウェー・オプション) (スイス・カナダオプション) (EUとの貿易協定なし) ▲5.1 - ▲2.7~▲7.7 ▲3.8 ▲6.2 ▲7.5 ▲3.4~▲4.3 ▲4.6~▲7.8 ▲5.4~▲9.5 ▲1.8 ▲2.1 ▲3.2 ▲1.5~▲2.1 ▲1.9~▲2.3 ▲2.7~▲3.7 (注) EU残留ケースとのGDP水準の差。数値の上段は中央値、下段はレンジ。単位は%。 (資料) OECD, 英財務省, NIESRより、みずほ総合研究所作成 1 離脱派は、EU離脱後に他の国・地域との貿易交渉に成功すれば英国経済にプラスになると主張し た。しかし、複雑な貿易交渉には時間がかかるため、少なくとも短期的にはBrexitによって景気が悪 化するとの見方が有権者の間で支配的になった。 その後、離脱派は戦術を変え、焦点を移民政策に移した。「EUに残留したままでは、英国は移民 をコントロールできない」との主張に対し、実際にこれまで移民流入の抑制に成功していないことも あり、残留派は説得力のある反論ができていない。その結果、Brexitへの支持が5月末以降に高まり、 直近では離脱優位を示す世論調査が多くなっている(図表2)。経済への悪影響を懸念する有権者は残 留支持、移民政策など政策決定権を取り戻す必要があると考える有権者は離脱支持という色分けが鮮 明になっており、世論が二分されたまま、投票日を迎える可能性が高くなってきた。 2.強まる金融市場の警戒感 Brexitが現実のものとなる可能性が意識され、金融市場では警戒感が強まっている。低インフレに よる英利上げ観測の後退、国民投票を巡る不透明感を背景に、英ポンドは今年に入って主要通貨に対 し低下基調にあったが、6月になって下げ足を速めている(図表3)。直近ではリスク回避の円買いの動 きもみられ、対円での下落幅が特に大きい。年初に160円/ポンド程度だったポンド円レートは、6月 中旬時点で140円/ポンド台まで円高ポンド安が進行した。また、市場参加者が各種世論調査結果の発 表などに敏感に反応するため、日々の変動率(ボラティリティ)が高まっている。Brexitが起きた場 合は、英ポンドとユーロの双方に下落圧力として働き、円高がさらに進行する可能性が高い。 英イングランド銀行(BOE)は6月15日の金融政策会合で金融政策の据え置きを決めたが、16日に 公表された議事録には「投票結果が離脱になれば、英ポンドはさらに下落、おそらくは急激に下落す るだろう」と国民投票後の金融市場の変動を警戒する文言が盛り込まれた。その上で、金融市場の変 動を通じて「世界経済にも悪影響が及ぶリスクがある」としている。BOEが投票日前後に3回の臨時 資金供給を実施(14日に初回分を実施、21・28日にも予定)するほか、米FRBや日銀が臨時のドル 資金供給を検討していると報じられるなど、Brexitが起きた場合に世界の金融市場が混乱するリスク に各国金融当局も神経をとがらせている。 図表 2 世論調査の推移 図表 3 (2016/1/1=100) (%) 残留 離脱 その他 4月平均 42 39 19 5月平均 42 41 17 6月平均 43 46 11 英ポンド為替レート 105 対ドル 対ユーロ 対円 100 95 90 (注) 各月に発表された各種世論調査の平均値。 その他は、「わからない」「投票しない」の合計。 85 6月平均は、6月15日までの発表分。 80 (資料) Bloomberg、各種報道より、みずほ総合研究所作成 1月 2016年 2月 3月 4月 (資料) Bloombergより、みずほ総合研究所作成 2 5月 6月 (年/月) 3.注目されるEU諸国の世論への影響 以上のように、英国の国民投票は接戦のまま投票日を迎える可能性が高い。投票態度を決めていな い一部の有権者の投票行動、当日の天候等による投票率の動向など、わずかな要因が結果を左右しか ねず、現時点で投票結果を予測することは難しくなっている。 投票結果が当面の金融市場、先行きの英国経済に影響を及ぼすのは当然だが、他のEU諸国の世論 に与える影響にも注意を払う必要がある。米ピュー・リサーチ・センターが最近発表した世論調査結 果をみると、難民問題などを背景に、域内各国でEUに対して懐疑的な見方をする市民が増えている (図表4)。昨年金融支援を巡る混乱があったギリシャでEUを「否定的(Unfavorable)」とする回答 が70%を超えたほか、パリのテロ事件の記憶が新しいフランスで60%以上、ドイツやオランダなどで も50%弱の市民がEUに対して否定的な見方をしている。英国が離脱を選択した場合は当然だが、残 留になったとしても接戦であれば、各国のEU懐疑政党(図表5)が勢いを増すことが予想される。そ れは、2017年に控えるフランス大統領選挙、ドイツ総選挙のみならず、将来のEUのあり方にも影響 を与える可能性がある。 英国民がいかなる決断を下すのか、世界が固唾を呑む「審判の時」が迫っている。 図表 4 EUに対する見方 図表 5 主なEU懐疑政党 (%) 肯定的 否定的 (Favorable) (Unfavorable) ギリシャ 27 71 フランス 38 61 英国 44 48 スペイン 47 49 ドイツ 50 48 オランダ 51 46 スウェーデン 54 44 イタリア 58 39 ハンガリー 61 37 ポーランド 72 22 国名 ドイツ フランス イタリア イタリア オランダ オーストリア ベルギー フィンランド ギリシャ ギリシャ ノルウェー スウェーデン デンマーク ハンガリー ポーランド 英国 (資料) みずほ総合研究所作成 (注) 2016年春季調査。 (資料) Pew Research Centerより、みずほ総合研究所作成 政党名 ドイツのための選択肢 国民戦線 北部同盟 五つ星運動 自由党 自由党 フラームス・ベランフ 真のフィン人 シリザ 黄金の夜明け 進歩党 民主党 国民党 ヨッビグ 法と正義 英国独立党 ●当レポートは情報提供のみを目的として作成されたものであり、商品の勧誘を目的としたものではありません。本資料は、当社が信頼できると判断した各種データに 基づき作成されておりますが、その正確性、確実性を保証するものではありません。また、本資料に記載された内容は予告なしに変更されることもあります。 3
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