非等方拡散の一般表現

非等方拡散の一般表現
松村 義正
北海道大学 低温科学研究所
平成 27 年 6 月 11 日
概 要
トレーサーの isopycnal/diapycnal 拡散を表現するための非等方な拡散項のテンソル表現を導く. 正攻法では密度勾配方向を
極座標で表し, 水平/鉛直拡散を表す行列を回転させることで導出することになるが, 密度勾配ベクトルを軸とした回転変換に対
して拡散係数テンソルが不変であることを利用すれば同じ定式化が極めて容易に得られる.
等方拡散
ある示量性トレーサーの濃度を ψ = ψ(t, x, y, z) としたとき, ψ の移流拡散方程式は拡散項を D(ψ) として以下のように書ける
dψ
∂ψ
=
+ (u · ∇) ψ = D(ψ).
dt
∂t
(1)
D(ψ) = ∇ (κ∇ψ) .
(2)
等方的な拡散の場合は拡散係数 κ を用いて
水平/鉛直拡散
拡散が水平方向 (x-y 面) と鉛直方向 (z 方向) に異方性を持つ場合, 水平拡散係数 κH と鉛直拡散係数 κV を用いて
D(ψ) = ∂y (κH ∂y ψ) + ∂y (κH ∂y ψ) + ∂z (κV ∂z ψ)
(3)
⊥
ここで ∂x 等は偏微分 ∂/∂x を表す. これは次のような行列で表現される拡散係数テンソル (diffusivity tensor) Kij

κH
0

⊥
Kij
= 0
0
κH
0
0


0 .
κV
(4)
を用いて
⊥
D(ψ) = ∂i Kij
∂j ψ
と書ける. ここで下付き添字は (x1 , x2 , x3 ) = (x, y, z) を表し, 重複する添字に対しては和をとる (縮約記法).
1
(5)
Isopycnal/diapycnal diffusion
次に等密度面方向の拡散 (isopycnal diffusion) と密度面を横切る方向の拡散 (dyapicnal diffusion) を考える 1 . 流体の密度が水
平一様, すなわち等密度面が水平面で表わされる場合は上記の拡散係数テンソル K ⊥ の κH , κV をそれぞれ isopycnal diffusivity
κI および diapycnal diffusivity κD で置き換えるだけでよい,
D(ψ) = ∂i Kij ∂j ϕ,

κI

K =0
0
0
κI
0
(6)

0

0 .
κD
(7)
等密度面が水平でない場合には, この diffusivity tensor K に対して, 鉛直方向の単位ベクトル e3 = (0, 0, 1)t が密度勾配 ∇ρ
と同じ方向となるような回転を施してやればよい. 規格化された密度勾配ベクトル n が単位球面上の極座標 (θ, ϕ) を用いて

 

∂x ρ
cos θ sin ϕ
∇ρ
1 

 
n≡
=
∂y ρ =  sin θ sin ϕ 
|∇ρ|
|∇ρ|
∂z ρ
cos ϕ
(8)
と表わされる時,
R ≡ Rx (θ) Ry (ϕ)

cos θ − sin θ

=  sin θ cos θ
0
0
 
0
cos ϕ
 
0  0
1
− sin ϕ
0
1
0
 
sin ϕ
cos θ cos ϕ
 
0  =  sin θ cos ϕ
cos ϕ
− sin ϕ
− sin θ
cos θ
0

cos θ sin ϕ

sin θ sin ϕ 
cos ϕ
(9)
なる回転行列 R は R e3 = n を満たす。また R の逆変換 R−1 は
−1
R−1 = [Rx (θ) Ry (ϕ)]
= Ry−1 (ϕ) Rz−1 (θ) = RyT (ϕ) RxT (θ) = [Rx (θ) Ry (ϕ)] = RT
T
(10)
である. よって diffusivity tensor K は
K = R K ⊥ R−1

 
 

cos θ cos ϕ − sin θ cos θ sin ϕ
κI 0
0
cos θ cos ϕ sin θ cos ϕ − sin ϕ

 
 

=  sin θ cos ϕ cos θ
sin θ sin ϕ   0 κI
0   − sin θ
cos θ
0 
− sin ϕ
0
cos ϕ
0
0 κD
cos θ sin ϕ sin θ sin ϕ cos ϕ
 ( 2
)
κI cos θ cos2 ϕ + sin2 θ + κD cos2 θ sin2 ϕ
− cos θ sin θ sin2 ϕ (κI − κD )
(
)

=
− cos θ sin θ sin2 ϕ (κI − κD )
κI sin2 θ cos2 ϕ + cos2 θ + κD sin2 θ sin2 ϕ
− cos θ cos ϕ sin ϕ (κI − κD )

=
1
|∇ρ|
2


2
2
κI (∂y ρ) + κI (∂z ρ) + κD (∂x ρ)
− (κI − κD ) (∂x ρ ∂y ρ)
− (κI − κD ) (∂x ρ ∂z ρ)
− sin θ cos ϕ sin ϕ (κI − κD )
2
− (κI − κD ) (∂x ρ ∂y ρ)
2
2
2
κI (∂x ρ) + κI (∂z ρ) + κD (∂y ρ)
− (κI − κD ) (∂y ρ ∂z ρ)

− cos θ cos ϕ sin ϕ (κI − κD )

− sin θ cos ϕ sin ϕ (κI − κD ) 
κI sin2 ϕ + κD cos2 ϕ

− (κI − κD ) (∂x ρ ∂z ρ)

− (κI − κD ) (∂y ρ ∂z ρ)

2
2
κI (∂x ρ) + κI (∂y ρ) + κD (∂z ρ)
2
(11)
となる.
1 diapycnal
の日本語訳ってなんだろう?
2
テンソルの回転変換に対する不変性
上で求めた拡散係数テンソル K は Kronecker delta
δij =

1
(i = j)
0
(i ̸= j)
(12)
を用いて整理すると
Kij = κI δij − (κI − κD )
∂i ρ ∂ j ρ
|∇ρ|
(13)
2
のように書けるが, これは以下のように考えるとより簡潔に導かれる.
水平拡散係数を κI , 鉛直拡散係数を κD とおくと K ⊥ は



κI 0
0
1



⊥
Kij =  0 κI
0  = κI 0
0
0
κD


0 0
0


1 0 − (κI − κD ) 0
0 1
0
0
0
0
0

0

0 .
1
(14)
と書ける. 密度勾配方向の単位ベクトルを n = ∇ρ/ |∇ρ| とすると, 求める拡散係数テンソル K は K ⊥ に対して Re3 = n を満
たす座標回転 R を作用させたもの, すなわち K = RK ⊥ R−1 である. Re3 = n より Ri3 = ni . さらに R は回転変換であるから
−1
直交行列であり, R−1 = RT を満たす. したがって R3j
= Rj3 = nj . 以上より
−1
−1
−1
Kij = Rik Kkl Rlj
= κI Rik δkl Rlj
− (κI − κD ) Ri3 R3j
(15)
= κI δij − (κI − κD ) ni nj
n 方向にのみ異方性をもつ拡散係数テンソル Kij がこの表式 (δij と ni nj の線型結合) で表わされることは, K が n を軸とす
る任意の回転変換に対して不変であることより自明である. したがって未知の係数 a, b を用いて一般形として
Kij = aδij + bni nj
(16)
とおき, 特殊な場合 n = (0, 0, 1)t で K = K ⊥ となるように係数を選べば a = KI , b = −(KI − KD ) が求まる.
密度面の勾配が小さいときの近似式
等密度面の勾配が十分小さい, すなわち |∂z ρ| ≫ max (|∂x ρ| , |∂y ρ|) の場合は Sx , Sy をそれぞれ
Sx ≡ −
として

1

K ≃ κI −Sx Sy
Sx
nx
∂x ρ
=− ,
∂z ρ
nz
−Sx Sy
1
Sx
Sy
Sy
Sx2 + Sy2
Sy ≡ −
∂y ρ
ny
=− ,
∂z ρ
nz


Sx2


 + κD Sx Sy
Sx Sy
Sy2
−Sx
−Sy
(17)

−Sx

−Sy 
1
と近似できる.
参考文献
[1] Redi, M. H., 1982: Oceanic isopycnal mixing by coordinate rotation. J. Phys. Oceanogr., 12, 1154–1158.
3
(18)