平成 24 年度新潟薬科大学薬学部卒業研究Ⅰ 薬剤性難聴の発症機序について Mechanisms of Hearing Loss Induced by Medicines 薬化学研究室 4 年 09P147 捧 史明 (指導教員:杉原 多公通) 要 旨 医薬品の服用により予期せぬ作用を発現することが多々ある。このような副作用が感覚器官 に顕れると、医薬品服用者である患者の QOL を著しく低下させる。聴覚への影響もその一つ であり、医薬品の副作用によって難聴を起こす症例は少なくない。この副作用がどのような機 序で発症するのかという点に興味を持ち、調査を開始した。 難聴とは、聴覚が低下した状態のことを示す疾患であり、外耳性、中耳性、内耳性の難聴に 分類される。医薬品の服用により誘発される難聴は主に内耳性のものであり、感音器感である 蝸牛の血管条や有毛細胞に障害を生じることで発症する。蝸牛は内リンパ液で満たされている 中央階と、外リンパ液で満たされている前庭階(ライスネル膜側)および鼓室階(基底板側) で形成され、内リンパ液は外リンパ液に比べて電位が高い状態にある。中央階と前庭階との間 にある血管条の中間細胞には Kir4.1 と呼ばれるポンプが、また、血管条の辺縁細胞には KCNQ1/KCNE1 と呼ばれるポンプが存在しており、これらのポンプを介して発生するカリウ ムイオンの拡散勾配により高電位を発生している。また、中央階と鼓室階との間にある有毛細 胞の細胞体内は低カリウムイオン濃度の外リンパ液に浸されており、細胞体を取り囲んでいる 高カリウムイオン濃度の内リンパ液からカリウムイオンが流入しやすい状況を形成している。 有毛細胞の先端には不動毛が存在しており。この不動毛が動くとチャネルが開き、カリウムイ オンが有毛細胞へ流入する。有毛細胞内へのカリウムイオンの流入は脱分極を引きおこし、こ れによりカルシウムチャネルが開くと同時に神経伝達物質であるグルタミン酸が放出され、脳 へと刺激を伝達する。ループ利尿薬は Na⁺-K⁺2Cl⁻共輸送体を阻害することが知られている。 血管条には Na⁺-K⁺2Cl⁻共輸送体が存在し、この輸送体が阻害されると内リンパ液中のカリウ ムイオン濃度が低下し、有毛細胞内へのカリウムイオンの流入が抑制される。これにより、神 経伝達物質であるグルタミン酸の放出が抑制され、結果として難聴になると考えられている。 このループ利尿薬による Na⁺-K⁺2Cl⁻共輸送体の阻害が可逆的であることから、この副作用に よる難聴は一過性のものであり、医薬品の服用を中止すれば症状は回復することがわかった。 また、アミノグリコシド系抗菌薬は、有毛細胞の不動毛表面に存在する脂質、ホスファチジル イノシトール-4,5-二リン酸と結合し、不動毛の動きを抑えることから、有毛細胞内にカリウム イオンが流入せず、結果として難聴を引きおこすと考えられている。亜鉛に代表される金属イ オンの共存下で行われるホスファチジルイノシトール-4,5-二リン酸とアミノグリコシド系抗 1 菌薬との結合は不可逆的であることから、この医薬品の服用による難聴は治りにくく、大きな 問題となるであろう。 今回の調査結果から、ループ利尿薬のような Na⁺-K⁺2Cl⁻共輸送体の働きを抑える医薬品の 服用は、難聴の副作用を発現する可能性が高いことが示唆された。 1 キーワード 1.薬物性難聴 2.内耳 3.血管条 4.有毛細胞 5.ループ利尿薬 6.アミノグリコシド系抗菌薬 7.カリウムイオン 8.Na+K+2Cl-共輸送体 9.グルタミン酸 10.ホスファチジルイノシトール-4,5-二リン酸 1
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