第4章 高分子の反応 本章では、高分子は低分子同様に、様々な誘導体が生成するが、低分子とは異なった反 応性を有しているので、これらの高分子の特徴的な性質を理解する。 <高分子の特徴的な因子> (1)親和性と溶解性 (2)立体配座と高分子場 (3)立体構造 (4)近接効果と隔離効果 これらの因子に加えて、高分子は1分子中に多くの官能基を持ち、同種の官能基であっ ても反応の経過に伴い、上記の因子が影響し、変化し、反応は刻々変わる。これらの高分 子の反応を低分子と比較してきわめて複雑にしているが、一方、この為に各種各様の反応 性のコントロ−ルが可能となり、高分子を改質して多様な要求に合うものにしたり、又、 高分子の反応によって全く新しい高分子を合成することができる。特に、反応性、特異な 相互作用、特異な分解性などの機能を重視した高分子は、高分子の反応によって合成され ることが多い。 4−1 官能基の変換 高分子の官能基は、低分子の官能基が変換できるように、基本的には他の官能基に変換 することができる。この官能基の変換によって、汎用の高分子を改質したものから新しい 機能を持った高分子に至るまで各種の合目的な高分子がつくられており、高分子の官能基 の変換の重要性は高分子に対する要求の多様化に伴って益々大きくなって来ている。 <官能基の反応性> Y Z X Y Z 官能基の変換は1回だけでなく、官能基の変換された高分子を素材として更に変換を繰 り返し、新たな構造をつくっていく。場合によっては、最終目的物を得るために前駆体と して、複雑な構造のものを選ぶこともある。 表4−1 官能基の置換反応性 小 R H (-H ) (-Cl) 反 Cl 応 (-COR ) OCOR (-H ) φ (-OH) SO3H (-Cl) SO2Cl (-H ) NH 2 性 大 ポリ塩化ビニルの塩素の変換 -CHCl-CH2 - F F F F CN ()は置換される基を示す。 φ:ベンゼン環 (-F ) (-N) (-H, -NH2 ) CONH2 (-H) OH (-O) CHO (-N3 ) CON 3 (-H) SH Y' - 1 - (-OR ) COOR Cl (-Cl ) Cl (-OH) COOH (-OH) CH2O H (-Cl ) φ-CH2 Cl (-Li ) φ-Li -CHY-CH 2- (-Cl) COCl 表4−2 Y' ポリ塩化ビニルの塩素の置換 Y 用途 φ-NH 2 RN-CS-S-Na 2 - φ-NH 2 -S-CS-NR 2 R-φ -SH P(OEt)3 NaN3 -S-φ -R -PO( OEt )2 -N 3 BuLi C=O -Li C=O O C=O C=O O ジアゾ化して高分子染料など 光で開裂するので感光性高分子、更に、NH 3 で -SH に誘導 R に機能基を用いて機能性高分子 静電的性質などを利用 φ 3P と定量的に反応するので、これを利用し て各種誘導体 グラフト反応など 反応性樹脂 (ここで、φはベンゼン環を示す 。) ポリスチレンの変換 -CH φ-CH 2表4−3 Y' Y' -CH(φ-Y)-CH2 ポリスチレンの変換 Y HNO 3 -NO2 H2SO4 HOSO2 Cl Cl2 /Fe I2/P2 O5 -SO 3H -SO 2Cl -Cl -I RCO-Cl ClCH2 OCH3/ZnCl2 PCl3 -COR -CH 2Cl -PCl2 用途 -NH 2 に誘導して、更に、各種の誘導体へ (-NCO, -N 2Cl, -SO2Cl, -SH, -NHCOCH3 ) イオン交換樹脂 反応性を利用 反応性を利用 -Li に誘導し、更に、各種の誘導体へ (-CHO,-SH,-COOH, -P φ 2, など) R が不飽和基の時、光硬化性 反応性を利用 (ここで、φはベンゼン環を示す 。) セルロ−スにはグルコ−ス単位当たり3個のOH基があり、このOH基が種々の反応を 起こし各種の有用なセルロ−ス誘導体を提供する。有機酸エステル(アセテ−ト樹脂、繊 維)、硝酸エステル(爆薬)、カルボキシメチル化合物(増粘剤)、アミノ化合物(染料性付 与)、ジアゾ化合物(酵素固定材)など多くの例がある。 <変換の特徴> 高分子の官能基の変換反応には、高分子の連鎖性による幾つかの特徴がある。結晶性、 溶解性、近接効果、立体障害、立体配座、タクチシチ−、などが反応に影響する。 (1)結晶性: セルロ−スやポリエチレンなど、変換反応を固相で行う場合には、非晶 領域で有利に進行し、置換基が結晶性を乱す場合には、加速度的に反応が 進行する。 (2)溶解性: 一般に、高分子の官能基の変換は溶液で行われるので、溶解性が重要な 因子となる。良溶媒か貧溶媒かによっても高分子の形態は変化し、反応の 難易、方向性、均一性、又、律速段階まで大きく影響する。又、この変化 は反応経過と共に起こる可能性があり、反応を不均一にさせたり、停止さ せたりする。 (3)近接効果: 近接効果は低分子においてもみられるが、高分子ではその連鎖性の為 に、著しく現れる。 (4)隔離効果: 官能基が隔離されている相互に近接できなくなり、希釈効果と同様に 分子間反応が抑えられ、分子内反応のみが起こる。 (5)立体障害: 立体障害は官能基が主鎖に近い時に現れる。例えば、ポリビニルピリ ジンの第四級化反応でo−異性体はp−異性体より反応速度が低い。し - 2 - かし、第四級化による正電荷間の反発の為に、主鎖が伸びて、速度は低 いが最終変換律は高くなる。高分子の立体配座やタクチシチ−も、この 立体障害と共に変換反応の影響を与える。 高分子の官能基の変換反応は上述した種々の因子の為に、完全には進行しない場合が多 い。 <官能基を変換した高分子の利用> 表4−4 官能基変換によって合成される機能性高分子 機能性高分子 例 特徴 反応性高分子 高分子試薬 -NCO, - N 2C l , - S H , -φ-CH 2Cl などの反応性基を持った高分子 O 取り扱いが容易 イオン交換樹脂 - φ-SO3H , - φ-CH2 N+R3 ・OH - イオンを交換させる キレ−ト樹脂 - φ-CH 2 N(CH2 COOH)2 ,-CONHOH 金属吸着除去の効率大 感光性樹脂 -OCOCH=CH-φ ,-OCO-φ-N3 不溶化を利用して、印 刷版にできる 高分子増感剤 -COO-CH(φ)-CO- φ エネルギ−伝達材 高分子紫外線吸収剤 -COO-φ(OH)-CO- φ 高分子帯電防止剤 保留性大 -COOCH 2CH2 N+R 3・CH 3SO4- 高分子染料(顔料) -CONH-φ -N=N- φ 高分子医薬・農薬 −ビタミン、 固定化酵素 −酵素 保留性大 着色密度大、顔料化 −医薬、 −農薬 持続性向上 工業的触媒として利用 (ここで、φはベンゼン環を示す 。) 4−2 高分子の触媒作用 触媒として働く官能基を含んだ高分子の系を 高分子触媒と呼ぶ。触媒官能基を高分子に結合 することにより、低分子触媒ではみられない様 々な特徴が生じる。高分子であることの為に生 じる効果を、一般に、 「高分子効果」と呼ばれ ているが、高分子効果を有効に利用したものが 優れた高分子触媒となる。 図4−1 <高分子触媒の特徴> 高分子触媒の利用として、 第一に、 1本の高 分子鎖中に数多く触媒基を結合することができ るので 、触媒同士の協同作用により、対応する 低分子触媒よりも優れた触媒作用を示す場合が ある。図4−1は、高分子効果の側面を表して いる。それは触媒活性の重合度依存性である。 触媒活性の山は高分子の重合度が10以上で初 めて明瞭に現れている。重合度が10以下であ れば、中性及びカチオン性の2種類のイミダゾ −ル基が含まれていても、協力的な触媒作用は 認められず、イミダゾ−ル自体よりも活性が低 ポリビニルイミダゾ−ルによる い。一般に、高分子特有の触媒作用が生じる エステルNABSの加水分解 為には、少なくとも重合度10以上でなけれ - 3 - ばならない、と考えてよい。 高分子効果の第二の例としては、高分子鎖上 に密に存在する官能基が特異的な領域を形成し て、高い触媒活性を生じる場合がある。高分子 電解質(ポリイオン)の触媒作用がその典型的 な例である。図4−2は水に溶けたポリカチオ ンの糸鞠状構造をモデル的に表したものである が、ポリマ−鎖の領域内では、カチオン密度が 大きく 、強い正電場が存在する。このようなポ リカチオン水溶液中でアニオン同士の反応を行 わせると、本来、電荷の反発の為に、遅い反応 が数十倍以上も速くなる。反応性イオンがいず 図4−2 ポリカチオン鎖の模式図 れもポリカチオン領域内に濃縮されれると共 に、その強い正電場の為に、低分子アニオンの反応性が増大するのである。 <高分子触媒の固定化> 橋かけした不溶性高分子に触媒基を結合して固定化すると、均一に溶けた高分子触媒の 場合とは異なった特性が現れる。 (1)固定化触媒の最大の利点は、分離の容易さである。触媒基を含むゲル粒子を懸濁さ せて反応を行うと、反応終了後、濾過、洗浄するだけで、生成物や未反応物を触媒 粒子と容易に分離することができる。この点は、実用的に大きな意義を持つ為に、 具体的な応用を目指して、活発な研究が行われている。 (2)第二の特性は、触媒基の分散である。遷移金属触媒などでは、触媒基同士が会合し て活性を減少する傾向を持つものが多い。このような触媒基を不溶性高分子に固定 化すると、触媒基同士の会合が妨げられ、高い活性が保たれる。 (3)第三の特性は、分子ふるい効果である。触媒基が不溶性ゲル粒子の内部にある時、 反応分子はゲルの網目を通って内部へ移動しなくてはならない。分子量や分子の形 態に応じて移動速度は変化するので、触媒作用の選択性が生じる。 <生体高分子触媒(酵素)と合成高分子触媒 > 高分子触媒の一つの理想が、生体高分子触 媒である酵素である。一例として、図4−3 に蛋白質加水分解酵素であるα−キモトリプ シンの骨格構造を示す。 E(酵素)+S(基質 ) t ES → E +P(生成物) (4−1) 酵素の優れた触媒機能を参考にして、合成 高分子を用いた酵素模型の研究が盛んに行わ れたが、酵素模型の触媒作用は、天然酵素の レベルには遠く及ばない。その最も大きな原 因は 、合成高分子鎖は溶液中で激しく分子運 動をしており、 酵素分子鎖のように固定した 立体配座をとることができない。それ故に、 酵素に匹敵する特異な活性部位や協同的な触 媒作用を合成高分子で実現するのは困難であ る。しかし、比較的簡単な反応については、 酵素に劣らない活性を持つ高分子触媒が見い だされている。一方、酵素に欠けた機能を高 分子で補うことが可能であり、将来有望な分 野でもある。 図4−3α−キモトリプシン分子の骨格構造 4−3 高分子の分解 高分子材料は、熱、光、放射線、機械的摩擦、化学薬品、微生物などの作用を受け、化 学構造の破壊、変質を起こし、遂には実用に耐えられなくなる。このような現象を、劣化 (degradation )と言う。この問題は、不用になったプラスチックから燃料、モノマ−な どの回収する技術を開発したり、使用後の自然の環境下で容易に分解し、しかも環境を損 なわないような高分子(崩壊性高分子)を設計、合成することに関係している。 - 4 - <熱分解> 高分子の熱分解反応は、主鎖の切断と側鎖の反 応に大別され、前者はランダム分解と解重合に分 けられ、後者には側鎖の脱離、環化、橋かけ反応 などがある。 ランダム分解では主鎖が任意の点で切断する為 に、分子量が急激に低下し、更に、切断が進むと 気化でみる程度の大きさの分子になる。従って、 種々の大きさの低分子分解物を生じるが、その中 のモノマ−の割合は極少ない。 一方、解重合は連鎖末端或いは弱い結合部で主 鎖が1箇所切断すると、そこを起点として 、重合 成長反応と逆の反応により、モノマ−が次々に外 れて進行する為に、主生成物はモノマ−となる。 従って、高分子の分解がいずれの機構で起こるか は、分解残分の分子量と揮発性分解生成物の量の 関係から、推定をすることができる。 図4−4 分子量低下と重量減少率 こうした高分子の分解様式はC−C結合の切断 により生じたラジカルの反応性及びα−炭素上の活性水素原子の有無によって決まる。 解重合反応が優先の場合(ポリメタクリル酸メチル) CH 3 CH3 CH3 CH3 CH3 CH 2-C-CH2- C・ ・CH2 -C CH2- C・ O=C O=C O=C OCH3 OCH3 OCH3 + CH2 =C O=C OCH 3 O=C OCH3 (4−2) 連鎖移動反応が優先の場合(ポリエチレン) PE CH 2-CH2 ・ ・CH 2-CH2 CH-CH 2 3 + CH = CH 2 + ・CH2 C ・H-CH2 -CH 表4−5 代表的高分子の熱分解時のモノマ−収率 (4−3) 高分子 モノマ−収率(%) ポリメタクリル酸メチル ポリテトラフルオロエチレン ポリα−メチルスチレン ポリスチレン ポリm−メチルスチレン ポリイソブチレン ポリイソプレン ポリエチレン 100 100 100 42 52 32 11 3 <熱酸化分解> 酸素存在下での高分子(RH)の熱分解は緩和な条件下でも容易に起こり、その反応は 次式で表すことができる。 開始反応 RH R ・+ H (4−4) 成長反応 R・+ O2 RO2・ (4−5) RO 2・+R'H ROOH + R' ・ (4−6) ROOH RO・+・OH (4−7) 2ROOH RO2・+ RO・+ H 2O (4−8) RO ・ RO 2・ + R'H 種々の生成物 (4−9) 停止反応 R・+ R・ R-R (4−10) R・+ RO2 ・(又は RO ・) 安定な化合物 (4−11) RO 2・+ RO2・ 安定な化合物+ O 2 (4−12) - 5 - R・ RH RO ・ + AH (酸化防止材) ROH + A・ (4−13) RO 2・ ROOH 高分子の熱酸化度は反応式から解るように、酸素の消費量の測定及び酸化で生じた官能 基(RCOOH, C=O,-OH, など)を赤外分光計で測定することによって知ることができる。 <光分解> 高分子は紫外線に晒されると、主鎖の切断、橋かけ、酸化反応などを生じる。主鎖の切 断は吸収波長のエネルギ−が結合エネルギ−より高い場合に起こる。一般に、太陽光の波 長は 300nm 以上なので、C−C結合は直接切断されることはない。高分子鎖中に存在 する官能基(発色団)による光の吸収によって、光分解が始まる。例えば、ポリエチレン の光分解は、微量のカルボニル基が開始点となり、ノリッシュⅡ反応で始まる。 又、酸素存在下では、カルボニル基の励 起状態のエネルギ−を基底状態の酸素が受 け取り、これが二重結合を攻撃する。引き 続く反応は、熱酸化分解反応と同じであ る。 4−4 高分子間の複合体の形成 <複合体の生成> 反対電荷の高分子電解質水溶液(ポリカ チオンとポリアニオンの水溶液)を混合す ると、両者は静電力で結合して、直ちに、 高分子電解質複合体 ( ポリイオンコンプレ ックス)が沈殿してくる(図4−5を参 照 )。コンプレックスの生成やその組成は、 生成物の沈殿収量と元素分析、反応に伴っ 図4−5 ポリイオンコップレックスの生成 て放出される低分子イオン(X−、Y+)に よる系のpH又は伝導度の変化、溶液の粘度、更には、スペクトル変化を測定して確認で きる。 <鎖長と結合の安定度> 図4−6 図4−7 安定度定数の鎖長依存性 - 6 - 鎖長が連続的に異 なるポリカチオン (DP=1−6、4 6)とポリメタクリ ル酸(DP=100 0)とのコンプレッ クス形成で、DP= 5以上のポリカチオ ンでは、両者の化学 量論的反応が明確に 認められる。しかし、 DP=4以下では、 この傾向は、ハッキ リしない。このよう にポリカチオン鎖長 には臨界値が存在す ることから、結合の協同性の存在が推定されている(図4−6を参照 )。又、等モル組成の コンプレックスの安定度定数Kとイオン席数(鎖長)nの関係は、図4−7のようにS字 型曲線となる。これも高分子間の相互作用に協同性があることを示唆している。 <生体高分子における複合体形成> 高分子間の複合体形成において、特に高い選択性が観測できるのは、デオキシリボ核酸 (DNA)の二重螺旋形成である。この時、4種の核酸塩基、アデニン( A)、シトシン(C)、 グアニン( G)、チミン(T)の間で、A対T、C対Gの間のそれぞれ高い選択性で相補的 な水素結合が形成され、二重螺旋を形成している。 一種類の核酸塩基のみを持つオリゴマ−を合成し、相補的なオリゴマ−間の複合体の形 成を調べると、DP=7∼8以上で初めて二重螺旋の形成が見られる。ここでも、高分子 間の複合体形成の特徴がハッキリと現れている。 - 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