2 年生 数学 α 第 2 章《連立方程式》 No.27 方程式の良さ VS 発見の楽しさ 問題 次は K さんと U さんの会話の一部である. これを読んで, 次の問に答えなさい. (山口県立高校. 一部改) K さん 江戸時代に書かれた和算書『勘者御伽双紙 (かんじゃおとぎぞうし)』の中 に「さっさ立て」という遊びがあるけど, やってみん? U さん どういう遊びなん? K さん 最初に 30 個の碁石と 2 つの空の箱 A,B を用意するんや. T さんは「さ あ」とかけ声をしながら, かけ声 1 回につき, 碁石を 2 個か 3 個手に取って, 2 個取ったら箱 A に, 3 個取ったら箱 B に入れてや. その時, 最初に用意し た 30 個の碁石は残さず全部どっちかの箱に入れてや. 碁石を全部入れ終え たあとで, 箱 A に入れた碁石の数を当てたるわ. 私は箱ん中が見えへんよう に後ろ向いとくから. U さん ルールは分かったわ. ほな, 始めるで. さあ, さあ, · · · · · · · · · , さあ. K さん, 全部入れたで. K さん U さんは, 11 回「さあ」って言うたから, 箱 A ん中に入れた碁石の数は... わかった! (1) 会話のように「さっさ立て」をしている途中で, 箱 A の中に 2 個, 箱 B の中に 9 個 碁石が入っているとき, それまでに T さんが言った「さあ」のかけ声の回数を求めな さい. (2) 『勘者御伽双紙』には, 最初の碁石の個数と「さあ」のかけ声の回数を使って, 箱 A に入れた碁石の個数が求められることが書いてある. 会話のように「さっさ立て」を したあとで, U さんは K さんから『勘者御伽双紙』に書いてあるこの求め方を教えて もらった. U さんは次のように考察した. 担当:岡崎正悟 2 年生 数学 α 第 2 章《連立方程式》 No.28 babababababababababababababababab 箱 A に入れた碁石の個数は, 連立方程式を使って求めることもできる. 箱 A に碁石を入れた回数を x 回, 箱 B に碁石入れた回数を y 回とすると, { ア イ となる. この連立方程式を解くことにより, 箱 A に入れた碁石の個数が計算できる. ところで, この連立方程式を y の係数をそろえて y を消去して解くと, K さんか ら教えてもらった『勘者御伽双紙』に書いてある求め方との関連が分かる. 『勘者御伽双紙』に書いてある求め方 箱 A に入れた碁石の個数は「さあ」のかけ声の回数を ウ 倍した数から 最初の碁石の個数をひいて, その差を エ 倍すると求められる. 以上の U さんの考察において, 次の (i)∼(iii) に答えなさい. (i) ア , イ に当てはまる式を答えなさい. (ii) 下線部について, 箱 A に入れた碁石の個数を求めなさい. (iii) ウ , エ に当てはまる数を答えなさい. (3) 会話の中の「さっさ立て」では, 用意した 30 個の碁石が全部入れ終わるまでの「さ あ」のかけ声の回数は 11 回であったが, 「さあ」のかけ声の回数は他の場合も考えら れる. 30 個の碁石を全部入れ終わるまでの「さあ」のかけ声の回数は, 11 回の場合も 含めて何通りあるか, 求めなさい. 以上のような 2 元 1 次連立方程式を使って解ける問題を和算書では「鶴亀算」と呼ば れ, 中学入試の文章題では代表的なものの一つである. 鶴亀算は例えば, ツルとカメがあわせて 10 匹いて, その足の数の合計が 26 本のとき, ツルとカメは それぞれ何匹ずついるか. といった問題である. その歴史は古く, 4 世紀の中国の『孫子算経』に見つけることがで きるようである. 解法については, 和算書ではこの問題を解くポイントとして, 「カメが立ち上がったと して考えよう」とか「カメが足を引っ込めたとして考えよう」などと紹介している. ま た, 「ツル問はば 頭の数に 4 かけて 足数ひいて 2 で割るべし」という歌にもなって解 法が伝承されていたとか. つまり, 10 匹とも全て足が 4 本のカメだとすると, 足の数は 担当:岡崎正悟 2 年生 数学 α 第 2 章《連立方程式》 No.29 4 × 10 = 40 本もあるが, カメが 1 匹立ち上がると足は 2 本減るので,(40 − 26) ÷ 2 = 7 匹のツルがいることがわかり, カメは 3 匹である†1 , というのが鶴亀算の解法である. 一方, 連立方程式を用いて解くとどうなるだろうか. ツルが x 羽, カメが y 匹とすると, { x + y = 10 2x + 4y = 26 という連立方程式が立てられるので, これを解くと, x = 7, y = 3 とわかる. とある教科書のコラムには「和算による解法」と「方程式を使った解法」の違いについ て, 次のように述べている. • 日本独自の数学である和算は, 一時はヨーロッパの数学よりも進んでいた面も あります. ところが他の自然科学とのつながりを持たなかったために, 衰退し ていきました. • (和算の) 解法は, 特有のアイデアを用いた思考力のいる解き方で, 問題が複雑 化してくると, 考えるのが極端に難しくなります. • 方程式を解き方では, 「特有のアイデアがなくても解ける」 「解答の中で考え方 を説明しなくてよい」というメリットがあります. (『システム数学 1 代数編』啓林館/河合塾) 和算書に書かれているような解法は, 慣れてしまうと方程式を用いた解法よりも手続きが 少ないので, 意外と簡単に早く解けてしまうことがある. しかし, 鶴亀算の場合であれば 《カメが立ち上がったとして考える》というような独特な発想や, 同じく和算の問題の一つ である「流水算」では, 《速さの比の逆比がかかった時間の比になる》といった特殊な知 識が必要となる. 一方, 方程式を用いた解法はほぼ万能で, 独特な発想や知識やテクニック は必要ない. 論理的に正しい手続きに沿って計算すれば, 誰でも答えをだすことができる. しかし一方で, 西洋の数学を使う立場である数学者の高瀬正仁は著書の中でこう語って いる. 連立方程式の解法理論は誰もが容易に理解できるはずであり, 実際にその通りであ ろうとぼくも思う. だが, ここにはひとつの深刻な問題がある. それは, この理論に は『発見の喜び』が欠如している一事である. 知的もしくは論理的に筋道を追うの はたやすいとしても, だからといって別段おもしろいわけではなく, 決まった道を 決まった通りに歩むのはむしろ極めて退屈な作業である. (高瀬正仁 (2014)『近代数学史の成立 解析篇 – オイラーから岡潔まで』東京図書) †1 ツルを「匹」で数えるのはおかしい, というツッコミは置いておいて... 担当:岡崎正悟 2 年生 数学 α 第 2 章《連立方程式》 No.30 数学は一般化や抽象化によって発展してきた. そのおかげで, 現代の科学が成立し, 私たち の生活のあらゆるところで役立てられたり, 自然現象のメカニズムや仕組みが解明された りしてきた†2 . 高瀬の指摘は, その過程の一方で失われてしまったものがあるのではない か, というものである. 現代のキレイに整理された数学からは, 先人たちがあらゆる試行錯 誤をして苦労してきたというその過程がわからない, というのである. 和算は江戸時代の人々の「趣味」であり, 遊びであった. だからこそ心から楽しんで問 題を考える人が多数おり, 地道に問題に取り組み和算家が多かった. その結果, 円周率を小 数点以下 41 桁まで求めたり, 「ベルヌーイの公式†3 」をわずかにベルヌーイよりも早く発 見したり, などの業績を残す人がいたのである. 現代を生きていて, 数学を捨てて和算に没 頭することはあり得ないが, 「問題を楽しみ, 答えを発見する心」は忘れてはならないだ ろう. この資料の参考文献 • 桜井進 (2012)『夢中になる! 江戸の数学』集英社文庫 • 金重明 (2015)『やじうま入試数学 – 問題に秘められた味わいのツボ』講談社ブルー バックス おまけ 和算の問題をいくつか紹介しよう. 流水算 1 時間に 3km の速さで流れる川があります. 川沿いの上流と下流にある 2 つ の村が, それぞれ相手の村に向けて船を出発させました. 村同士の距離は 100km, 船はともに時速 5km だすことができるとすると, 2 つの船は何時間後に出会うで しょうか. 絹盗人算 絹の反物を盗んできた盗人たちが, 盗んだ反物を何反ずつ分けるか相談してい ます. 最初に 8 反ずつ分けると, 全員に分けるには 7 反足りませんでした. そこで, 全員に 7 反ずつ分けたところ, 今度は 8 反余ります. 盗人たちは何人で, 盗んだ反 物は何反でしょうか. からす算 ある島には, 999 の砂浜があり, それぞれの砂浜には 999 羽のカラスがいて, そ れぞれのカラスが 999 回ずつ鳴きました. カラスの鳴き声は全部で何回ですか. †2 †3 数式はあくまで「道具」であり, 大切なのは一般化や抽象化といった考え方のほうである. ちなみに, こんな公式である (見てもわからないと思うが); n ∑ i=0 ik = k ∑ j=0 k C j Bj nk+1−j k+1−j 担当:岡崎正悟
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