問 三

文
学
的
文
章
の
読
解
問三
次の文章を読んで、あとの問いに答えなさい。
対
策
ろう。みんな、ポケットやマジックテープの財布の中に百円玉をたくさん入れていて、頰を紅潮させている。
トの中には、ランドセルを持ってきていない子もいる。このまま家に帰らずに、祭りに参加するつもりなのだ
朝、小学校のグラウンドでは、蛍祭りに向けていろんな大人たちがいろんな準備をしていた。クラスメイ
長いスカートを揺らして、佐緒里は玄関から出て行った。
佐緒里は携帯電話を持っている。親戚の誰かが携帯代は払ってくれている、らしい。じゃああとでね、と、
る前に行こ﹂
﹁私、三時に学校が終わって、四時くらいには帰れると思うから。もし遅くなったら連絡入れるね。暗くな
携帯を出した。
ひとつ五百円のランタンは、祭りの会場で売っている。﹁楽しみだね﹂と、佐緒里は制服のポケットから
﹁おれ、今月のお小遣い一円も使ってないから。行ったらまず、ランタン買おうよ﹂
今日、
青葉中学校の生徒は、町の公民館で演劇を鑑賞するという。中学校の登校日って、
そんなものらしい。
﹁今日帰ってきたら、お祭りだよ﹂
登校日の朝、玄関で靴を履いている佐緒里に太輔は話しかける。
﹁ねえ﹂
の登校日、太輔は家族の願いをランタンに込めて飛ばす蛍祭りに、佐緒里と一緒に行くことを約束する。
暮らしに戸惑う太輔だが、姉のように接してくれる佐緒里の優しさに触れ、心を開いていく。夏休み中
太輔は事故で両親を亡くし、他の同じような身の上の子どもたちとともに暮らしている。なじめない
文
学
的
文
章
の
読
解
問
三
C
県
入
試
演
習
ンカチなんて持っていない。
通学路を歩きはじめると、麻利の手はすぐにわたあめでべとべとになってしまった。汚いけれど、誰もハ
く。いつもの校庭に大人がいるのは不思議な感覚だ。
﹁お兄ちゃん!﹂ほら、と、麻利が小さな紙切れを見せてくる。﹁先生がな、屋台の券くれた!
お祭りの!
わたあめタダやって、もらってから帰る!﹂麻利は、待ってて、と言い残し、わたあめの屋台へと走ってい
んで昇降口を出た。出てすぐのところに、麻利が立っている。
もう行こうや、と、淳也が太輔の給食袋を引っ張る。何か言いたげな長谷川を一秒だけ睨んで、ふたり並
﹁へえ。何しに?﹂
太輔は淳也たち一班のメンバーと話すようになってから、クラスメイトとも口をきけるようになっていた。
﹁行くよ﹂
淳也と二人、昇降口で靴を履いていると、長谷川に呼び止められた。太輔が先に振り返る。
﹁お前ら祭り来んのか?﹂
に行ったりバーベキューをしたりして、いろんなところの太陽を浴びて黒くなっている。
みんな、肌が黒い。何度か行った学校のプール教室だけで黒くなった淳也と太輔とは違う。みんなは、海
1
楽しそうな声が、遠くのほうから聞こえてくる。美保子は今日、学校が終わったあと、お母さんとそのま
まお祭りに行くと自慢していた。
﹁毎年、祭りの次の日は、町内掃除なんや。願いとばしで使ったランタンが落ちてないか、みんなで見て回
るんやで﹂
ほとんど何も入っていないランドセルがカタカタと音を鳴らす。
﹁一緒に行こうな﹂
淳也の小さな声に頷きながら、もう完璧に覚えた通学路を、三人で歩く。
四時。佐緒里姉ちゃんと約束した。去年は、お母さんとお父さんと約束した。約束は破ったらいけない。
ずっと使わないでおいた五百円玉が、短パンのポケットの中で揺れている。この町に来てからずっと着つ
づけているTシャツで、太輔は鼻の汗を拭いた。
大部屋のドアが乱暴に開いた。美保子だ。
﹁⋮⋮どうしたん﹂
淳也の呼びかけを無視して、美保子は自分のベッドがある小部屋に入ってしまった。麻利がそのドアを開
けようとすると、中から﹁来ないで!﹂という声が飛んできた。
﹁そうやな。外出届でも出しとるんやない?﹂
そう言う麻利は、マンガを読んでいる淳也にいろいろとちょっかいをかけている。
﹁佐緒里ちゃん、今日帰ってこんねえ﹂
にカーテンを閉めた。
夕食を終えて部屋に戻ると、やがて窓の向こうで、空に飛んでいく無数のランタンが見えた。だからすぐ
たりから、時計は見ていない。
太輔は、美保子が開けっ放しにした大部屋のドアを睨む。もう、祭りも終わった。 午後七時を回ったあ
2
はぼさぼさだ。
開けっ放しのドアから、生暖かい真夏の空気が流れ込んでくる。走ってきたのだろうか、佐緒里の髪の毛
﹁太輔くん﹂
そのときだった。入り口のドアが開いて、見慣れた制服姿が太輔に影を落とした。
れてしまう。
その大人に、太輔の声は聞こえなかったみたいだ。﹁予定帰宅時刻過ぎてるわね﹂と、すぐに視線を外さ
﹁弟?﹂
んの弟の病院、ここからすごく遠いから⋮⋮あれ、でも、今何時?﹂
﹁出してるわね、一班の佐緒里ちゃん。今日は学校休んで、弟の病院に行ってたみたいよ。ほら、佐緒里ちゃ
その手が止まった。
えーっとねえ、とめがねをかけながら、中にいる人がパラパラと紙をめくっている。
﹁今日って誰か、外出届、出してる?﹂
﹁あら、どうしたの﹂
いる職員と会話ができる。子どもたちはここで外出届のやりとりをする。
太輔は部屋を出て、玄関へと向かった。太輔の目の高さギリギリのところに窓があって、向こうに座って
3
3
﹁淳也﹂たちと早く打ち解けて夏を楽しみたかったと後悔する気持ち。
4 夏の思い出をかみしめ、夏休みが残り少ないことを惜しむ気持ち。
2
自分も海やバーベキューに誘ってほしかったとうらやむ気持ち。
1
夏休みに海などに行けない自分の境遇をやるせなく思う気持ち。
線1﹁みんな、肌が黒い。
﹂とあるが、そのことを見てとった﹁太輔﹂の気持ちとして最も適する
ものを次の中から一つ選び、その番号を書きなさい。
1
うれしさのあまり笑いをこらえられずにいる。
2 緊張して赤くなったり青くなったりしている。
3
興奮のために顔に血がのぼり赤くなっている。
4
満足感で輝くような美しい笑顔になっている。
線部﹁頰を紅潮させている。﹂とあるが、本文中における意味として最も適するものを次の中から
一つ選び、その番号を書きなさい。
外出届=子どもたちが遠出をする際に提出する書類。
美保子=﹁太輔﹂と同じ施設で暮らす女の子。事情があって母と離れて暮らしている。
淳也・麻利=﹁太輔﹂と同じ施設で暮らす兄妹。
︵朝井
リョウ﹁世界地図の下書き﹂から。︶
︵注︶
ランタン=紙製の袋の中に火を入れた照明器具。祭りなどで熱気球のように空に飛ばすことがある。
ふたつ、空へ飛んでいくのが見えた。
太ももをぐっ、ぐっ、と何回もつねる。佐緒里の背後、遠くのほうで、あまのじゃくなランタンがひとつ、
﹁おれだけ、おれだけ﹂
自分だけだ、ひとりぼっちなのは。
﹁おれとじゃなくたって、お祭り、行けるじゃん。願いごと、飛ばせる﹂
使わなかった五百円玉の分だけ、右側のポケットが重い。ランタンは、ひとつ五百円。
﹁⋮⋮淳也にだって、麻利がいる。ミホちゃんにだって、お母さんがいる﹂
息を切らす佐緒里の肩が上下に震えている。太輔は、ぐっと、握った拳に力を込めた。
﹁弟、いるんだ﹂
それで﹂
﹁ごめんね太輔くん、今日、私、ほんとは学校行ってなかったの。ほんとはもっと遠いところに行ってて、
太輔は佐緒里の髪の毛の先を見つめた。
﹁ 太輔くんごめん、事故で電車が止まっちゃって、山奥で携帯も通じなくて連絡できなくて﹂
4
線2﹁午後七時を回ったあたりから、時計は見ていない。﹂とあるが、この表現から読み取れる﹁太
輔﹂の様子として最も適するものを次の中から一つ選び、その番号を書きなさい。
1
いつまでたっても帰ってこない﹁佐緒里﹂を期待して待ち続けることに疲れてしまい、すっかり退屈
している様子。
2
もう﹁佐緒里﹂と一緒に祭りに行くことはできないとあきらめ、約束を破られた悲しみと悔しさをこ
らえている様子。
3
﹁ 淳 也 ﹂ た ち に 未 練 が ま し い と 思 わ れ た く な く て 、 何 気 な い ふ り を よ そ お い な が ら﹁ 佐 緒 里 ﹂ の 帰 り
を待ち続けている様子。
4
﹁佐緒里﹂の帰りをひたすら待ち続け、時間がたつのも忘れて、﹁佐緒里﹂が入ってくるであろうドア
を注視している様子。
は、本文中から漢字二字で抜き出してそのまま書き、
は、本文中の語句を用い、文
線3﹁太輔は部屋を出て、玄関へと向かった。
﹂ と あ る が、 こ の と き﹁ 太 輔 ﹂ は ど の よ う な 思 い で
・
に入れる語句として最も適するもの
いたと考えられるか。それを説明した次の文中の
を、
Ⅱ
か ら 帰 っ た ら す ぐ に 祭 り に 行 こ う と 言 っ て い た の だ か ら、 そ の 約 束 を 破 っ て
が、一応確認しておこうという思い。
﹁ 佐 緒 里 ﹂ は、
Ⅱ
Ⅰ
憶を思い出して心の支
4
﹁ 太 輔 ﹂ が 心 に 不 安 や 怒 り を 抱 く た び に、 事 故 で 失 っ た 家 族 と の な つ か し い 記
えにしていることが、空へ飛んでいく美しいランタンを通じて表現されている。
3 ﹁太輔﹂がいまだに﹁佐緒里﹂以外の人物になじめず、周囲から浮いた存在でいることが、無口な﹁太
輔﹂の様子と、客観的で非常に細かい周囲の情景描写を通じて表現されている。
いのは自分だけだと知った悲しみが、五百円玉の重みを通じて表現されている。
2
﹁ 佐 緒 里 ﹂ と ラ ン タ ン を 飛 ば す 約 束 が 大 事 な も の で あ る こ と と、 約 束 が 果 た さ れ ず、 ま た 家 族 が い な
が生じはじめていることが、不快な夏の暑さの描写を通じて表現されている。
1
﹁ 太 輔 ﹂ が こ の 町 で た っ た 一 人 心 を 許 し て い る﹁ 佐 緒 里 ﹂ と の 間 に 、 い つ の 間 に か 気 持 ち の 食 い 違 い
この文章について述べたものとして最も適するものを次の中から一つ選び、その番号を書きなさい。
4
不測の事態とはいえ、﹁太輔﹂との約束を破ってしまったことを心の底から申し訳なく思い、急いで
事情を伝えて謝ろうと、必死の口調で早口に読む。
3
一緒に祭りに行くことを二人とも楽しみにしていたのに、自分のせいで行けなくなってしまったこと
に責任を感じて、泣きそうな口調で消え入るように読む。
2
約束の時間に遅れたことは悪いと思うが、わざとすっぽかしたわけではないから許してほしいという
気持ちを込めて、明るい口調ではきはきと読む。
1 約束の時間に遅れてしまったことを﹁太輔﹂が怒っているに違いないと思い、怒鳴られることを覚悟
しながら、おびえた口調でしどろもどろに読む。
か。最も適するものを次の中から一つ選び、その番号を書きなさい。
線4﹁太輔くんごめん、事故で電車が止まっちゃって、山奥で携帯も通じなくて連絡できなくて﹂
とあるが、ここでの﹁佐緒里﹂の気持ちをふまえて、この部分を朗読するとき、どのように読むのがよい
まで
Ⅰ
意に合うようにして十字以上十五字以内で書きなさい。
Ⅰ
Ⅱ