朗 読 劇 「 蛻 る 」 作 ・ 相 澤 直 樹

朗読劇「蛻る」 作・相澤直樹
登場人物
ミク
アユム
朗読劇「蛻る」
明るくなると、少し離れた場所に二人が座っている。二人をアユムとミクと呼ぶ。
ことを呪うよ。いつからこんな世の中になってしまったんだろう。いや、今更言
っても仕方ないね。それでも僕は、君と出会えたこの国に感謝しています。君は
僕の、生きる支えでした。ミクちゃんとの手紙をファイルに入れて大切に持って
行きます。ありがとう、ミク。君はもう、世界を正しく認識することすらできな
いかもしれないけれど、どうか幸せに暮らしてください。
(ファイルを抱えて)やめてよ!捨てるつもりなんでしょう。いつもそうよ。マ
マは私の大切な物をゴミだって言っていつも捨てるのよ。本も宝箱も髪留めだっ
て!これを捨てるって言うなら大暴れするからね!これは私の大切なものよ。私
の大切な人の・・・
(はっと止まる)大切な・・・。ママはいつだってそうよ。私
の大切な物を捨てるの。真っ赤なランドセルだって捨てたわ。え?ランドセル、
そこに?(気づくと足元にランドセル)もらっていいの?やったぁ。でもオンボ
ロ―。まるで何年も使ってたみたいね。
(背負う)うん、可愛い。
ミク、立ち上がると手に風船を持つアクション。
この手紙を拾ったら、ご連絡下さい。私は今、学校で英語を習っています。あな
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アユム ミクちゃん。これが最後の手紙になりそうです。僕は。僕はこんな国に生まれた
ミク
ミク
です。どうかいい出会いになりますように。スィーユー。さ
ます。See you のスペル違いました。あれではセイヨーです。でも大丈夫。僕
は日本人です。僕なんかで良ければお手紙交換しませんか。君のことをもっと教
えてください。里谷歩。
私は。
(ファイルを手にする)
にする)
私は平凡なお嫁さんになるのが夢よ。この平和な国で。
(ファイルを手渡す)
お互い、それぞれのファイルを受け取るとファイルを広げる。幸せそうに目配せす
ルを手渡す)
アユム 僕はサッカー選手になる。ワールドカップ、廃止にならなければいいな。
(ファイ
ミク
アユム 僕は君からの手紙をまるで天使が来るように楽しみにしてたんだ。
(ファイルを手
ミク
アユム 初めまして。さわいさん。風船を拾いました。僕も今、小学校で英語を習ってい
風船を放すと、アユムが風船を手にする。
わいみく。
たが外国の人でも
OK
朗読劇「蛻る」
ると手紙を読み始める。
お手紙ありがとう!二人の秘密ね。わかったわ。仲間外れにされたってすぐ元に
だろうなってこっそり期待しています。
す。沢井さんはどんな女の子なんだろう。きっとやさしくってチャーミングなん
の母さんには秘密なんです。心配かけたくないから。僕と沢井さんだけの秘密で
な。明日から一人でリフティングの練習になってしまうよ。沢井さん、これは僕
んだそうです。ひょっとして、帰りの会でクラスのいじめについて言ったからか
まいました。昨日まで一緒にやってたのに。吉川くんに聞いたら、僕は皆と違う
と思っています。実は今日、僕は休み時間のサッカーから仲間はずれにされてし
等を叫んでいました。そんな父さんを尊敬しているから、僕は皆に優しくしたい
悪だからです。僕は陰口は嫌いです。僕の父さんは「人には優しく」といつも平
きな人はいますか?僕はいません。僕のクラスの女子は生意気でちょっぴり意地
アユム こんにちは沢井さん。お嫁さんになる夢叶うといいですね。沢井さんは学校に好
ミク
戻れるって。何もやっていないんだもの。胸を張ってね。すっごくカッコイイパ
パだったのね。いいなぁ。私のパパはパソコンオタクで、私の名前もずーっと前
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に流行ったコンピューターの女の子の名前なんですって。私のタイプの男の子は
周りにいません。みーんな子供でうるさいんだもの。この国がどうなるかなんて
考えてもないんだわ。
今に勝手にテレビも見られなくなるってわかってないのよ。
ねぇ、沢井さんてやめて。名前で呼んでください。だってもう二人だけの秘密を
持っている仲だもん。それから私は学校では誰より可愛くってアイドルになりな
さいって周りに言われています。ランドセルが重くって背負えないくらい細いの
がたまにキズです。アユム君はカッコイイのかな。多分乙女の妄想を加えると顔
%ガッカリするので期待はしません。大切なアユム君へ。
校に入ることができたよ。ミクちゃんの手作りのお守り、よく効きました。本当
にありがとう。縫い付けてあるブタ、とってもかわいい。
それはウサギよ。
カーの仲間に入れてもらうことはできなかったけど、リフティング、すっごくう
アユム 大切にします。新しい場所で新しい生活が始まるのはワクワクするね。結局サッ
ミク
アユム お元気でしたか?久しぶりになってしまいました。お蔭で無事に第一志望の中学
アユム、ファイルを開く。いつの間にか中学生になっている。
ア統制?何それ。新しい番組?
るのになー。母さん、何でこのオジサンの番組だけしか映らないの?え?メディ
アユム (リモコンを手に)あれ?あれ、テレビ映らない。今日から新しいガンダム始ま
を見て
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朗読劇「蛻る」
ミク
まくなったんだ。ミクちゃんに見せたいな。そうだ、僕の家から見える空もとっ
てもキレイなので写真送ります。まだ見せてなかったよね。
うわぁ!何もない。
合格、おめでとう!部活はやっぱりサッカー部に入ったのですか?アユム君のリ
また。
ちゃんにいつか彼氏ができたとしても、
こうやってお手紙できたらいいな。
では、
とだけやきもちを焼いてしまう僕を許してください。もし迷惑でなければ、ミク
生だよね。アイドルみたいに可愛かったらモテて困っちゃうんじゃない?ちょっ
船が僕の手元に届いた日を昨日のことみたいに思い出します。ミクちゃんも中学
て恥ずかしいな。けれどこの青い空が僕は大好きです。君が飛ばした真っ赤な風
アユム そ、何もありません。まさにド田舎です。ミクちゃんの家は都会だから田舎すぎ
ミク
フティング、見たいです。何もない空も・・・。あーあ、いつかアユム君の所に
風船みたいに飛んで行けたらいいのに。私は仲間と離れるのも嫌なので公立の学
校に行くことになりました。制服がとっても可愛いの。可愛い私が可愛い制服で
す。そういえば入学3日でファンクラブが出来ました。
アユム 誰の。
私の。
アユム君?早かったのね!
何で?アユムくんならすぐレギュラーになっちゃいそうなのに!
どんなルールなの?変よ。あ、まさかアユム君にレギュラーをとられたらって思
った先輩が妨害したのよ!なら許せないわ。
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ミク
本当です。疑ったわね。
アユム 本当かなぁ。
ミク
なんてね。だけど特定の相手は作らないつもりです。だって私は学校のアイドル
アユム ごめんなさい。
ミク
だもの。あ、そういえば、アユム君、携帯電話持っていますか?
私、ようやくママに買ってもらったの。よかったらメール交換に変えませんか。
アユム 持ってるけど。
ミク
参ったな、どうしよう、デコメール入れたほうがいい
つべこべ言わずに送りなさい。
かな、
いやでもあんまり入れても浮かれてるみたいかなぁ。
どうしたらいいんだ!
アユム えっ?メール交換?君と
ミク
メールアドレスはココ!
アユム はい。
ミク
アユム 決まりがあるみたい。
ミク
アユム 僕はサッカー部には入れなかったんだ。
ミク
アユム こんばんは、アユムです。メール届きましたか。
ミク
!?
朗読劇「蛻る」
牛みたいって言ってるの?
アユム 本当に君はまっすぐなんだね。
ミク
別にいいけど。ならアユム君も送ってくれるよね。
イドルみたいに可愛い君を見たいんだ。
なら別だけどさ。ねぇミクちゃん。せっかくなら顔写真送ってくれませんか。ア
アユム まさか!花のような女の子に牛なんて言うわけないだろ、大きな大きな女の子に
ミク
今送ります。
アユム え?あ、あぁ。うん。いいよ。
ミク
ミク
せーの!
ストーカーにならないでよね!
アユム じゃあ僕も。ガッカリしないでくださいね!
二人
お互い決めボーズ。
なかなかイケメンじゃない。うん、悪くないかも。
アユム えーっ。
ミク
なんでよ!
アユム ・・・やっぱりお手紙に戻しましょう。
ミク
私より?
子です。いつも本を読んでいて、穏やかでとっても可愛い子なんだ。
ら夜も眠れない。これってまさに恋ではありませんか?相手は同じクラスの女の
ってとってもびっくりしています。こんな気持ち初めてで。彼女のことを考えた
アユム ビッグニュース!ミクちゃん、僕、好きな人が出来ました。びっくりした?僕だ
ミク
尼寺へ行け!
下で叫びたいよ。
ェイクスピアのロミオとジュリエットを読んでいます。僕も今すぐバルコニーの
ついて彼女から何冊か本を借りました。罪の無い嘘だから許してくれるよね。シ
何も手につかないんだ。なんとかお近づきになりたかった僕は、本が好きと嘘を
アユム と言っていると思いますが、そのボケはあえてスルーします。とても胸が一杯で
ミク
そうだっけ?
アユム それはハムレット。
ミク
アユム 言ったでしょ。いちいちつっこむ余裕がないんです。僕は今すぐに彼女に告白し
たい。でもうまくいく気がしません。そこでミクちゃんに相談です。何て言われ
たら女の子は嬉しいんでしょう。僕は残念ながら全然女心がわからないんだ。何
を言ったらいいのか、女の子はどんなことやものが好きなのか。アドバイス貰え
たら嬉しいです。可愛いミクちゃんへ。
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朗読劇「蛻る」
ミク
急いだ方がいいと思って、読んですぐ、手紙を書いています。まずは早く想いを
伝えるべきです。何の飾りもいりません。ただ、あなたが大切だと言えばいいの
です。
アユム 本当に?
乙女はね、素直に言われるのがなにより心に響くのよ。だから姑息な手は使わな
あなたが大切です!
ミク
二人
成功を祈る!最高の男、アユム君へ。
いでぶつかってください。あなたが大切です!さぁアユム君も!
ミク
アユム、しょんぼりしたようにメールする。
そんな。
で報告します。
アユム バッドニュースです。ふられてしまいました。手紙を書く元気がないのでメール
ミク
ごめん、私うまく行くもんだとばかり!
い出しても涙が出そうだ。
アユム とっても困った顔して「ごめんなさい、お友達で居ましょう」って。あぁ、今思
ミク
私なら!私なら断らないのに。アユム君に言われたら。
全部ミクちゃんのおかげ。ありがとう。
アユム いいんだ、わかってたことだから。言えてスッキリしたよ。だからよかったんだ。
ミク
もうこうやってお手紙も何通目になるのかな。メールが使えなくなってもこうや
同時に二人はファイルを開く。気付くと二人は高校生になっている。
アユム え?
ミク
って連絡が取れるのはアユム君がマメだからね。私がさぼってもお手紙をくれる
んですもの。返さなくてはって思うわ。いよいよ政府の検閲もインターネットに
まで始まっているようです。パパが言ってたわ。今、アダルト裏サイトなんか見
ようものなら逮捕なんだそうです。アユム君はムッツリスケベだから心配です。
いつからこんな風になったんだろう。高校では国の政策を繰り返すばっかりでま
るで洗脳みたい。私はもっともっと外国文学が読みたいのに。もう、どこの本屋
さんに行っても手には入らないけどね。
本当?
アユム ジュリエットお元気ですか。僕はムッツリスケベではないので大丈夫です。
ミク
素直でよろしい。
アユム 間一髪でした。感謝します。
ミク
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朗読劇「蛻る」
わかってるわね。
国文学を欲するだろう。ワガママ姫だもんね。
険な目に合う。僕らはもう平和な時代の子供ではないのです。でもきっと君は外
ピリしている。非国民だなんて言われたらネットにすぐ君の顔と名前が載って危
アユム あんまり外国文学が読みたいなんて大声で言ってはいけませんよ。世の中はピリ
ミク
これって!
アユム 君のことならなんでもね。同封した袋を開けてください。
ミク
ダメだ。全然覚えられないや!
へ行くので台詞を完璧にしておいてくださいね。
僕を勇気づけたじゃじゃ馬ジュリエットへ。愛を込めて。P.S.いつかバルコニー
バレたら僕らは大変なことになる。でもあの頃みたいに二人の秘密にしましょう。
実はあの時彼女と同じ本が欲しくて欲しくて買ってしまったのです。こんなこと
アユム 中学時代の苦い初恋の思い出を送ります。
ロミオとジュリエット。
外国文学です。
ミク
アユム!私ママとケンカしたの。大学のことでね。私は物語を学びたい。でもマ
アユム そうだと思ったよ。
ミク
マは、パパみたいに国家のために働く人間になるためにレベルの高い学校に行か
した。ねぇミク。君のパパは国の人間だったんだね。僕の父は死んだって小さい
頃話したよね。覚えてる?
カッコイイパパね!
え?
人好しの米屋の若旦那さ。リスキーな取引を海外と行って大丈夫かと政府に直談
判しに行ったんだよ。組合の皆を守るために。その帰り道、殺された。テロリス
トとして処理されてね。結局今、取引がこじれて世界はこんなことになってる。
父さんの不安は当たってたわけだ。
ひどい。
アユム。ごめん、私。
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せるつもりなのよ。私嫌。こんな世の中になったのは大人のせいなのに何で国の
ために働かなければいけないの。だからねアユム、私、手紙の住所を頼りにアユ
ムの家を訪ねるつもりです。家を出るの。いざとなったらアユムと暮らすわ。い
いよねアユム。いつか見せてくれた広い空、隣で見よう。お手紙、待ってます。
何で
アユム ごめんなさい。それはダメだ。
ミク
ミク
アユム なんだか僕らホントにロミオとジュリエットみたいな立場だね。参ったな。
ミク
アユム 正しくはテロリストにされたんだ。その正体は農作物の輸入制度に反対した、お
ミク
アユム そう。カッコイイパパだ。僕の父は反政府のテロリストだった。
ミク
アユム と思ってることでしょう。でもごめん。正直、僕も君と広い空を見たいと思いま
!!
朗読劇「蛻る」
え?
それからね、ミク。僕はずっと君に黙っていたことがあるんだ。
アユム でも君が謝ることじゃない。避けられるのはテロリストの息子である僕の方だ。
ミク
そんなことあるわけないじゃない。
アユム 僕は君に何万回も謝らなければならない。
怒らせて、
もう手紙が来なくなるかも。
ミク
嘘よ。
生物学上では男ではありません。君と同じ女性です。
で耐えられないくらい苦しくなります。本当にごめん。ねぇミク、僕はね。僕は、
アユム そんなことあるわけないと笑う君の顔が、次の行を読んで曇るのを想像するだけ
ミク
じゃあまさか。
と男だから。
アユム 本当です。でも決して騙してたわけじゃないんだ。僕は、僕の心は今も昔もずっ
ミク
待って。待ってよアユム!・・・こんなのってないよ。
てほしいんだ。See you
らママとちゃんと仲直りしてください。こんな世の中だから君だけは幸せに生き
君まで危険にさらしてしまうかもしれない。だからこれで最後にします。それか
中だけは本当の僕になることができました。こんなこと書いたらひょっとしたら
をはいてセーラー服を着て生活をしてきました。笑っちゃうだろ?君との手紙の
続けてきただけだよ。どうか信じてください。だけど自分を隠すためにスカート
ってるけど、そんな難しいことわからない。僕はただ純粋に自分に違和感を持ち
知っています。子孫を残せず非生産的で、権利を求める危険思想だからなんて言
アユム そう、トランスジェンダーです。今、この国では処罰の対象になっていることは
ミク
空が。
二人、はっとして立ち上がる。
アユム 実は誰より繊細なジュリエットが泣いていませんように。
ミク
アユム、世の中が大変なことになっていますが私はなんとか働くところも決まっ
アユム いよいよ始まったのか。
ミク
たわ。大学も卒業できそうです。レポート、手伝ってくれてありがとう。お礼は
今度送ります。いやぁ、もう一回四年生かと思った。アユムはやりたいこと、見
つかった?あなたがあなたでいられるよう、応援するつもりです。
アユムは今、何をやっているんだろう。愛を込めて。
アユム すごいな。どこに就職したの?何の仕事?
ミク
アユム ミク、こんにちは。まずは卒業おめでとう!もう一回四年生にならなくて本当に
よかったね。レポートの件はいいよ。元々僕は理数系だ。だからこれは適材適所
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朗読劇「蛻る」
ミク
ってやつで僕がやるべき作業だったわけです。それに僕は君のためならいくらで
も協力するよ。高校生だったあの日、僕のことを知ってなお君は味方でいてくれ
たから、
僕は君のためになんでもやろうと思ったんだ。
だからお礼はいりません。
君が元気に卒業してくれただけで十分です。PS・僕は仕事をこなしながらお金
を貯めているところ。
何に使うの?
ついうっかり。
アユム 下世話なことは聞くんじゃありません。
ミク
待ってよ、それって。
アユム 僕は、本来の僕の体を取り戻して、戸籍を変えるため、お金が必要なんだ。
ミク
うん。
を遣わずに自慢するといい。仕事、頑張って。
っとして国の仕事に就いたんじゃないのか?それならエリートだ。僕なんかに気
から自信を持って臨みます。ねぇミク。ママの言う通りの大学へ行った君はひょ
いを受けることも承知の上です。それでもあの日、君が僕は僕だと言ってくれた
アユム 国にトランスジェンダーを申請するのです。差別を受けたり、犯罪者のような扱
ミク
人に軍への加入命令出ております。速やかにメールを。
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アユム あぁ、これからが本当に待ち遠しいよ。
(マイクを持ち)以下
着いたらその体で、まずミクに会いに行ってもいいかな。
今月亡くなった人間は公には病死と発表致します。
もうこんなこと耐えられない。
仕事は本当に過酷なものだったんだね。知らずにごめん。いいかい?犯罪者、前
科のある人間を戦地へ強制送還するシステムは世論と国が決めたことだ。君のせ
いじゃない。誰が何と言ったって君は悪くないじゃないか。ましてやコンピュー
タがランダムでたたき出した人選なんだから、どうか気を病まないで。そうだ、
僕は無事に本来の自分になることができたよ。もしよければ君にすぐに会いに行
こうと思っています。
おめでとう。
ねぇアユム。赤い風船が見えるの。
空いっぱいに。ほら、見えない?
アユム ミク、どうしたんだ。お返事下さい。
ミク
アユム ミク?
ミク
アユム ミク!ミクのおかげだよ。こうやって自信を持って生きられるのも。
ミク
アユム お返事もらえずに、とても心配しています。君の名をニュースで見ました。君の
ミク
アユム ミク?
ミク
アユム お金が貯まりました。ようやく、ようやく僕の願いが叶う日が来たのです!落ち
ミク
100
朗読劇「蛻る」
ミク
私の想いも届くかな。
誰か助けて。
アユム ミク!
ミク
嘘。嘘よこんなの
く。荷物まとめて待っていて。取り急ぎ。大切なミクへ。
アユム 君は心を!今すぐ仕事を辞めるんだ。今から迎えに行くよ。僕は君をさらいに行
ミク
何で!
アユム 新幹線のチケット一枚。身分証はこれで。え?売れないって、何で。
ミク
彼は悪いことなんかやってないわ。
アユム トランスジェンダーだから?
ミク
私は認めない!
アユム なら長距離バスは・・・ダメ?
ミク
アユム逃げて!
アユム 僕はミクの所へ行かなきゃいけないんだ!
ミク
今すぐこの国から出るの。
アユム え?政府からメール?沢井って。ミク、ミクなのか?
ミク
そんな。
アユム 軍隊加入命令。
ミク
アユム、逃げるの。
アユム こんな時に!
ミク
なにいってるのよ!
アユム そんなことできない!
ミク
受け入れればもう二度と戻ってこられないわ。
アユム 僕は逃げたり出来ないよ!
ミク
だけど!
アユム 僕は知ってる。断れば指名手配になるんだろう。
ミク
構わない。私はどうなったって。
るんだ。
アユム 家族や仲間にも迷惑がかかる。今までの手紙が見つかればミクだって犯罪者にな
ミク
それは
アユム ダメだ!女性犯罪者がどんな目に合うかは政府に居る君の方がわかってるだろう。
ミク
アユム。
アユム 君が男のために裸になる必要はない。僕がさせない。
ミク
なら何で隠さなかったのよ!黙っていればよかったのに!
アユム トランスジェンダー申請からこんな日が来ることは予想してたんだ。
ミク
アユム 申請すれば、戸籍が変えられる。そうすればちゃんと正しい性別で生きることが
9
朗読劇「蛻る」
ミク
出来るからだよ。
何のために!
え?
アユム 君のことが・・・
ミク
はい。担当の沢井です。
アユム もしもし、担当者様ですか。
ミク
では一か月後、迎えの者を行かせます。
アユム 加入命令を頂いた里谷歩です。お受けいたします。
ミク
・・・こんな声だったのね。
アユム 必要ありません。僕は逃げない。
ミク
私ね、ずっと食べてばっかりいるのよ。お腹がすいてお腹がすいて。
(笑う)
よ。こんなことになるなんて。ねぇアユム。眠れない。怖いの。お腹がすいたわ。
ごめんなさい。私、あなたを殺すのよ。貴方を殺すために今まで頑張ってきたの
アユム 君も。思ったままの声だったよ。はじめまして、ミク。
ミク
ミク
ぶりにサッカーをしたんだ。そしてこの見えない戦争も終わりそうだと仲間が言
っていました。そうしたら君が苦しむことはなくなる。間違いだらけで潔癖すぎ
るこの国もきっと変わることができるでしょう。そうしたら花束を持ってお見舞
いに行くよ。その時僕は自由なんだ。
(涙をこらえて)いよいよ明日です。君の代
わりの担当者はとっても美人だって噂だ。担当者に会えるのは召集される人間だ
けなんだよ。キスのひとつもしてもらえるかな。ねぇ、妬いてくれますか?
ママ、私のランドセルはどこ?
誰が何と言ったって私は!
戻れるわけないじゃない!不可能よ。国はこの数年のミスリードを隠すつもりだ
アユム いつか戻ったら
ミク
10
アユム 入院したそうですね。まずはゆっくり心を休めてください。聞いてよミク。久し
ミク
空が見たいわ。ママ。
にくくりつけて飛ばします。
アユム 君の小さな夢が叶いますように。僕のこの想いが、誰かに届きますように。風船
ミク
いつか見たことがあるの、この空。どこだったかな。
ように。
(風船を飛ばす)
アユム この祈りを拾ったあなたが世の中の小さなおかしさに立ち上がることができます
ミク
あ、風船、見て!アユムからだわ。
アユム さようなら、ミク。
ミク
15
月
日 里谷歩。
アユム
・・・アユム?アユム!行かないで。私!
8
アユム ずっと言えずにきてしまいましたが僕は
年
ミク
2064
朗読劇「蛻る」
から。
私のせいだ。
アユム いや、会った時に言うよ。さようなら。
ミク
私が世の中に変だと言えていたらこんなことにはならなかった!
アユム 君だけのせいじゃない。僕のせいだ。みんなのせいなんだ。
ミク
え?
アユム ミク。
ミク
私は狂ってるの。
アユム ミクなんだろう。僕だ。
ミク
これは妄想よ。
アユム 探したよ。
ミク
本当に。
アユム 君に会いに来たんだ。何年かかっても諦められなくって。
ミク
こんなことって。
アユム 言ったろう、君をさらいに行くって。もう苦しまなくていいよ。
ミク
おかえり。おかえりなさいアユム。
アユム ただいま。ミク。
ミク
はじめまして。
アユム それから
二人
アユム 大好きでした。
音楽。暗転。
幕
11