遅咲 き の 桜 と と も に そ の 少女 は 訪 れ た

少女の夢、なりたい職業としていつも上位にいるアイドル。
でも、実際にアイドルになれる人はほんのわずか。
才能、運、努力のすべてが揃っていてもなれる保証はない。
た ど り つ く ま で 厳 し く 遠 い 道 の り だ か ら こ そ 、夢 は ま ぶ し く 輝 く の だ ろ う か 。
ひたむきに夢を追いかける少女。夢を諦めたはずの少女。
二 人 が 出 会 う 時 、 こ の 物 語 は 始 ま る ――
5月、遅咲きの山桜がまだ残る、山のふもとの高台にある校庭。
しきみや ま な
私立稀星学園高尾校中等部の校門に、一人の転校生が立っている。式宮舞菜、中学一年
生。
(可愛い校舎の学校。私、これからここに通うんだ)
少し緊張した表情の舞菜の短い髪が、まだ春の匂いを残した風に揺れていた。
担任の教師に挨拶し、クラスメイトに紹介されて、慌ただしく緊張気味に過ごした転校
初日の放課後、舞菜を訪ねてきたのはなんと、学園中等部の生徒会役員だった。
「生徒会副会長の長谷川です。学内をご案内します」
「わざわざ副会長さんが案内してくれるなんてビックリです」
「生徒会役員が、転校生を案内して回るのは、この学校の伝統なんです。それと、実はも
う一つ、部活動の案内も兼ねています。私は生徒会では副会長と兼任で、部活動統括委員
もしてるんです」
「凄いんですね」
「人が少ないだけですよ。我が校では、生徒は必ず部活動に参加する決まりになっていま
す。運動部、文化部どちらでも構いませんので、必ず入部してくださいね」
副会長はちょうど放課後の練習中の運動部を紹介してくれた。そして最後に校内の隅っ
こにある建物に舞菜を連れて来て
「こっちは文化部の部室棟です。今の時間ならほとんどの部が活動中のはずです。よく考
えて、あなたにふさわしい部を選んでください」
そう言い残すと、舞菜を置いて副会長は去って行った。
文化部の部室棟の中は想像以上の迷路だった。細い廊下が曲がりくねって、しかもその
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遅咲きの桜とともに
「 舞 菜 、転 入 す る 」
その少女は訪れた──
1 s t ステージ!
廊下には段ボール が 所 狭 し と 積 み あ が っ て い る 。
「ああ! 自分がどこにいるのか、わかんなくなってきたよー」
気が付くと舞菜は、廊下の一番奥にいた。その突き当りにも部室があり、そこには『謡
舞踊部』と書いた 看 板 が か か っ て い る 。
「え~~~~っと? なんて読むのかな」
明るい音楽がその部室の中から聞こえていた。それに引かれるように、舞菜がそのドア
を開けてみる――
と、中には和服姿の小柄な少女が、正座していた!
「わわわっ! ご、ごめんなさい!」
驚いて思わず謝 っ て し ま う 舞 菜 。 そ の 少 女 は 優 雅 に 微 笑 ん だ 。
「見学の人やね。 ど う ぞ 」
部室は思ったより広く、ちゃんと整頓されていた。部室の片隅にはなぜか座敷があり、
大きな赤い傘がそ の 上 に 立 っ て い る 。
「すごい大きな傘 … … 。 も し か し て こ こ 、 茶 道 部 で す か ? 」
「ああ、あれねえ 」
少女は音楽を止 め 、 お っ と り と し た 速 度 の 関 西 弁 で 話 を つ づ け た 。
「あれはうちの趣 味 。 ぶ っ ち ゃ け 単 な る う ち の 私 物 」
「ええっ! ここ部室ですよね?」
よう ぶ よう ぶ
「うん。ここはね、謡舞踊部っていうの」
「ようぶようぶ? ? ? ? 」
舞菜はきょとん と し た 表 情 で 繰 り 返 す 。
うたい
よう
ぶ よう
「やっぱわかりづらいんかなー。 謡 の謡と舞踊が一体になった部活動やから、謡舞踊部」
「はー」
「わかった?」
「いいえ! 全然わかりません」
いち き しまみず は
「あははは、素直な子やなあー。うちはここの部長で三年生の市杵島瑞葉や」
「わたし、式宮舞菜 で す 。 今 日 転 校 し て き た 一 年 生 で す 」
「な! そんなとこまで見てたんですか!」
「そらもう! なあ舞菜ちゃん、ひとつお願いがあるんやけど」
瑞葉はそう言いながら、カバンの中から一枚の紙とボールペンを取り出す。
「ほら、ここ」
「一年生で5月に転校してくるって、珍しいなあ」
「……そうですよね」
舞菜は少し居心地が悪そうに返事すると、黙り込む。
瑞葉はその間も、じっと舞菜を見つめていた。
「何を見てるんですか?」
「背ぇ、うちより高い?」
二人が並ぶと、ほんの少し舞菜の方が高いくらいだ。
「まあでも、ここはうちのほうがあるかなあ」
瑞葉は自分の胸から腰のラインをなぞるように、手を動かした。
「同じく一年の式宮舞菜です」
紗由はもう一度、舞菜に頭を下げる。
「本当にご迷惑をおかけしました」
「あのー、わたし、良かったら入部しましょうか」
舞菜はおずおずとそう言った。
「待ってください。式宮さん、あなた、この謡舞踊部の活動内容がわかって入部すると決
「ここ?」
「そう。ここにクラ ス と 名 前 を 書 い て 」
「ごめんなさい、まだ全然わかってません」
その剣幕に、舞菜も瑞葉も思わず紗由を見つめた。
「……す、すいません、大声を出してしまって……」
紗由は思わず強い声を上げた。
「そんな理由で入部なんかしてほしくありませんっ!」
「ほんまに? なんてええ子なんやろ。さあここにサインを」
再び入部届を差し出す瑞葉。
「やめてくださいっ!」
首を横に振る舞菜。
「でも、廃部の危機だって聞いたから、わたしが入ればお役に立てるかもって……」
めたんですか?」
「うわっ! こ、こ れ 入 部 届 じ ゃ な い で す か ! 」
「鋭いなあ」
「鋭いなあじゃないです! 思わず書いてしまうとこでしたよ!」
「書いてええのにぃ ~ 」
「ええのにぃ~じゃ な い で す ! 」
「ここに来たのも何 か の 縁 や 。 こ の 謡 舞 踊 部 に 入 部 せ え へ ん ? 」
瑞葉はしぶとく 舞 菜 に 迫 る 。 そ の 時 、 部 室 の ド ア が 大 き く 開 い た !
「部長! また無理 や り 入 部 の 勧 誘 し て る ん で す か ? 」
中に入ってきた 少 女 が あ き れ た よ う な 声 を 上 げ る 。
「そんなことして部員を集めても意味がないって言ってるじゃないですか!」
「いいえ、悪いのはわたしのほうです。ごめんなさい」
「もう、紗由ちゃん は 厳 し い な あ 」
紗由と呼ばれた 少 女 は 、 舞 菜 と 同 じ く ら い の 背 丈 だ 。
中学に入ったばかりで、小学生を思わせる薄い身体をしている舞菜に比べると、紗由
の身体は少し大人びて見える。ただ胸のサイズが大きいだけでなく、その身体全体から、
「ねえ舞菜ちゃん、だったら、一度体験してみたらどうかなあ?」
紗由はすぐに自分のしたことに気づいて謝った。
「私、本当にこの部活の内容を理解して、一緒にやってくれる人に入部して欲しいって思
舞菜にはない存在 感 や 主 張 を 発 し て い た 。
少し考えて舞菜がうなずく。慌てて瑞葉に声をかける紗由。
「でも部長 」
「……そうですね」
ってて。それで思わず」
「活動内容を気に入ってもらえなければ、いくら入部者を増やしても意味がありません」
瑞葉が二人をとりなすように声をかける。
「体験してから、入るか断るか決めればええから」
紗由は舞菜に頭 を 下 げ る 。
「申し訳ありません。部長は部の存続を気にしてるんです。謡舞踊部は部員が少なくて活
動実績も無いので、このままだと廃部になると生徒会から通告されているんです」
「そうだったんです か 」
つきさか さ ゆ
「部員は部長の瑞葉さんと、一年生の私だけなんです。あ、私、月坂紗由と言います」
「心配やったら紗由ちゃんが一緒にやってあげればええやん。な、決まり!」
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!?
瑞葉は一人で納得すると、二人を部室の端の少し広い場所に押し出した。それからオー
ディオに近づくと 、 C D を セ ッ ト し た 。
流れ出したのは 、 勢 い の あ る ポ ッ プ ミ ュ ー ジ ッ ク 。
「あ、これ聞いたことあります」
「去年大ヒットしたアイドルソングやからね。一時期は街中どこででもかかってたやろ」
「私についてきて」
隣に立っていた紗由は、いつのまにか音楽のリズムに合わせて、身体を動かしていた。
「はい! わわっ!」
紗由に合わせよ う と し て 、 舞 菜 は 不 格 好 に 足 を バ タ バ タ と さ せ る 。
「この曲、テレビで 見 た こ と あ る ? 」
「あります」
「じゃ、そのダンス を 思 い 出 し て 、 や っ て み て ! 」
舞菜に向かって声をかけながら、紗由は軽々とステップを踏み、音楽に合わせてダンス
を始めている。
「そっか…!」
舞菜が見つめる前で、紗由はその全身を使って、一見難しそうなダンスパートをのびや
かに踊っている。
(この人、凄い!)
そして舞菜も、その紗由の踊りに引き込まれるように真剣に踊り始めていた。
(……あれ? この 子 、 私 に つ い て き て る ? )
ちょうどサビが始まった時、紗由は今までとは違う違和感を感じた。さっきまで遅れが
ちで、紗由についてくるのが精いっぱいだったはずの舞菜のダンスが、気が付くと紗由と
並んでいる!
「ううん、違う! 少しでも気を抜いたら、置いて行かれるのは私だ!」
いつの間にか、紗由も全力で踊り始めている。
呼吸を整えなが ら 言 う 紗 由 。
「あの…、謡舞踊部 の 活 動 っ て 、 ま さ か … … 」
そして二番が始まると、二人はどちらともなく、歌を歌い始めていた。
どちらが遅れるとか速いとか、置いて行かれるとか、いつの間にかどちらもそんなこと
うた
お ど
を感じなくなっていく。互いが互いに魅かれるように、舞菜と紗由はただ謡い、舞踊って
いた――
音楽が止まった後、部室はしばらく、舞菜と紗由の二人の荒い息だけが聞こえていた。
二人はどちらも戸惑いと驚きを隠せない表情のままで。
「いやー、ええもん見せてもろうたわあ」
パチパチと拍手をする瑞葉。
「息があってたわ、二人とも。ずっとペアでやってたみたい。ビックリしたわあ」
「私もです」
舞菜はその頃、学校から駅に向かって下っていく夕暮れの道を歩いていた。
「わたし、どうしちゃったんだろ……」
瑞葉はハッキリと決意を口にした。
楽しそうに瑞葉 が 笑 う 。
「ところで舞菜ちゃん。あんた今まで踊りとか歌とか、なんかしてたん?」
「ビックリした? 歌って踊る、まさに謡舞踊と現代のアイドルは同じやと思わへん?」
「……いえ、別に。 何 も し て ま せ ん 」
舞菜は、自分の胸の奥で、凍り付いていたはずの何かが動き始めたような、そんな予感
を感じていた。
「もう、夢なんて忘れてた…はず、なのに……」
舞菜は自分の胸に手をあてる。まるで、さっきの紗由と歌い踊った時の心臓の高鳴りが、
まだ続いているかのように。
舞菜は小さな声でそうつぶやく。
「二度と人前であんなこと、しないって決めてたのに……」
少し不自然な固 い 口 調 で 、 舞 菜 は 否 定 す る 。
「そんなわけないわー。ほんまやったら紗由ちゃん、超ショックやで」
「え?」
「紗由ちゃんはなあ、小学生の頃からいろんなコンテストやオーディションで優勝やら入
賞やらしまくってた、リアルアイドルの卵さんなんや。凄い子なんやで」
「アイドルの…たま ご … … 」
舞菜はそうつぶ や い て か ら 、 何 か に 戸 惑 っ た よ う な 表 情 に な る 。
「すみませんっ! わたし、帰ります」
慌てて頭を下げると、荷物をかき集めて、小走りに部室を駆け出ていった。
「私のどこが凄いんですか! 全然話になりませんっ!」
残された紗由は 瑞 葉 に 詰 め 寄 る 。
「紗由ちゃん、もし か し て 今 日 は 調 子 が 悪 か っ た っ て 思 っ て る ん ? 」
「それ以外に何があ る ん で す か 」
「うちが見た限り、紗由ちゃんはいつもの紗由ちゃんやった。いや、いつもの紗由ちゃん
以上に紗由ちゃん ら し い 、 素 敵 な 歌 と ダ ン ス や っ た 」
わくわくを隠せ な い 瑞 葉 の 表 情 。
「いつもの私以上…。それってまさか! あの子のおかげだっていうことですか? じゃ
あ、あの子はいっ た い … … ? 」
「さぁなあ。けど、 き っ と す ぐ わ か る と 思 う わ あ 」
「どうしてです?」
「あの子、絶対に謡舞踊部に入ってもらうから。うち、そう決めたんや」
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