第4回 職能給の設計ポイント

70歳まで雇用する賃金体系の構築
能力・役割給設計の基礎知識
第4回 職能給の設計ポイント
⑴職能給カーブに見る特色
これまでも触れてきたように年功主義人事も擬似
的能力主義であった。学歴や経験のある者、また男
は女より皆、能力ありとして人事処遇が行われてき
た。しかし、現場のブルーカラーの人事処遇は実力・
成果主義の職務給導入に取り組んだところが多い。
ホワイトカラーの仕事は変化のテンポが速く職務
分析・職務評価が難しかったことも理由の1つに挙
げられる。そんな中で、職能資格制度の推進にやり
がいや生きがいなどの希望を抱いていたことも確か
である。また、現業職にとっても、今やっている仕事
日本病院人事開発研究所代表幹事
経済学博士
齋藤清一氏
埼玉大学大学院経済科学研究科博士後期過程修了。経
済学博士
製薬会社に入社後、人事課長を歴任、日本賃金研究セン
ター主任アドバイザー、敬愛大学経済学部、東京医科歯
科大学大学院非常勤講師、立命館大学客員教授、同大学
医療経営研究センター副センター長歴任、現在、人事賃
の価値で人事・賃金が決まる職務給よりも、能力の伸
金管理センター代表取締役、日本病院人事開発研究所代
長で高まる賃金(職能給)に、やりがいと希望を感じ
院大学日本おもてなし学会理事、名南経営コンサルティ
ていたことは言うまでもない。
職能給の設計は生活保障の原則である年齢給を
ベースに労働対価の原則による職能給を上乗せする
表幹事、滋慶医療科学大学院大学客員教授、平安女子学
ング、特別顧問などほか。主な著書『加点主義人事制度
の設計と運用』(同友館)『病院施設の人事賃金制度の
作り方』
(日本能率協会)
『職能給の決め方が分る本』
『人
事考課実践テキスト』『医師の賃金はこう決める』
など。
形で設計する。年齢給のカーブは48歳から55歳を頂
点
(生計費の上限)にする山型カーブ
(一般的には凸
もいるので、ここで正しておきたい。労組はモデル
型カーブという)を描く。
賃金のことを標準者賃金ともいうので誰でもその年
になると、受給できる賃金と考えている人が多いが、
⑵職能給は半分だけ能力主義
モデル賃金とは標準的に経過をしている者の賃金で
職能給のベースになる年齢給は年齢とともに、あ
はあるが、
この場合の標準の捉え方の解釈が違う。
る一定年齢まで毎年1年ごとに昇給をする。従って
標準とは平均や中位数、並数
(一番多い分布帯)で
この年齢給のことを年功給と理解している学者もい
はないのだ。普通の状態で昇格、昇進した賃金では
る。しかしこれは違う。年齢給は生計費の最低保証
なく、むしろエリート社員
(第2選抜社員が)がたど
賃金であるからである。さて、賃金設計では年齢給
る賃金カーブである。第1選抜は抜擢人事である。
と職能給で基本給を構成しモデル賃金(エリート賃
今日誰でも部課長になれるわけではない。賃金レベ
金)
を作成する。
ルから見ればモデル賃金とは第3四分位の賃金ベー
モデル賃金のカーブは右肩上がりで、能力のある
スであるから多くの実在者はそれよりも低い水準に
者は数年ごとに昇格昇給を加算し階段状に賃金が上
分布している。ちなみにモデル以外の者は年功給で
昇するカーブを描く。
は昇給ピッチはモデル者よりは少ないものの青天井
モデル賃金については労使共に誤解をしている人
で上昇を続けていくが、職能給導入企業においては
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No.2217
同一資格の滞留が長くなると職能給カーブはフラッ
業種や規模、地域差等を勘案して労使で準拠すべき
ト
(横ばい)
になる。
モデル賃金資料を決めて継続的に使用することが肝
職能給はエンドレスではなく該当資格等級の上限
要である。モデル賃金の有用性についてはいろいろ
賃金でストップするからである。一方年齢給は生計
と議論のあるところだが、わが社の人材はこのよう
費理論に基づき山型カーブを描くので職能給と年齢
に処遇をするという経営者の決意表明でもあり、同
給を加算した基本給線はかなり寝たカーブになる。
業他社のモデル賃金を検証して、わが社のモデル賃
また、仕事の成果の人事考課査定を行い仕事がで
金を考えるという政策検討の資料としても有用性が
きる者と、できない者では職能給の昇給額に差が生
ある。
じる。その他、賃金政策論もある。職能給のレンジ
しかし、公開されているモデル賃金利用の限界を
は重複型・接続型・開差型の3種類があり、どのタイ
述べれば、年によって調査回答企業に連続性がなく
プを採用するかによって、昇給年数の幅が異なり、能
企業の入れ替わりがあることである。これらは多か
力か、年功主義型かの色彩が異なる。能力主義の理
れ少なかれ統計データの避けられない宿命でもあ
論からいえば接続型か、開差型が正しいということ
り、その点を踏まえて、1つの目安数値として活用す
になるが、年功賃金からの移行時には、現実対応のし
るようにしたい。
やすさから重複型職能給を採用する企業が多い。下
位等級者が上位等級者の賃金を上回るケースも出現
⑷ポイント賃金
(基幹賃率)
の把握
するが、こうすることによって、従来の年功給保証の
モデル賃金を使い自社の賃金の水準や格差分析を
労働者の安心感もある。理論は崩れても、まず、重複
行う場合は次のいくつかの年齢ポイントの賃金をお
型で穏やかに職能給を導入し新賃金に切り替えた後
さえて比較・分析を行うことになる。分析に当たっ
は、人事考課や昇格基準を厳正に実施し、真に能力あ
ては、個別賃金、個人別賃金がある。すなわち賃金に
る者のパフォーマンスを褒め称える賃金制度改革
はその労働または労働力にそれぞれ銘柄があり、銘
(職能給=能力開発賃金の導入)を進めるスムーズな
柄には値段がある。労働または労働力の銘柄別値段
(銘柄別対価)の賃金のことを個別賃金といってい
やり方が良い。
賃金のばらつき
25%
25%
25%
25%
最高
第3四分位 =
エリート賃金ともいう
中位数
第1四分位
最低
る。また、個別賃金を一覧表にしたものを個別賃金
一覧表といい、
これを略して賃金表ともいっている。
賃金表こそが労使関係の接点で、この賃金表を
ベースにして個人別賃金が決まるので賃金表は大切
である。他社との賃金比較はモデル基幹年令のポイ
ントを捉えて検証をする。
①18歳~22歳
(初任給)
②25歳
(第1習熟、
単身者)
③30歳
(第2習熟、
世帯主、
指導職位)
⑶モデル賃金(エリート賃金)の利用
④35歳
(完全習熟、
世帯主、
管理補佐職)
モデル賃金には基本給モデルと所定内モデル(基
⑤40歳
(管理職位)
準内モデルともいう)の2種類がある。基本給モデ
⑥48歳
(上級管理職位、
生計費のピーク点)
ルは賃金体系の分析用に、また所定内モデルは賃金
30歳、35歳、40歳の1人前賃金はベース確認をしっ
水準の分析用に使う。
かりと行い低ければ、早急に改善策を講じることが
モデル賃金を自社賃金の分析・検討に使う場合は
必要である。
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