解答のヒント 【現代文と小論文の関係】 小論文入試で頻出の出題形式は、課題文を読んでそれについて自分の考えを述べる、と いうものです。この場合、まずは課題文を丁寧に読み、そこで筆者が何を問題としている のかを慎重に捉える必要があります。そうでないと、出題者の意図からズレた答案を書い てしまう恐れがあるからです。皆さんにとって小論文は「書く」というイメージが強いか もしれませんが、実はしっかりと「読むこと」、すなわち「現代文」の力がとても重要なの です。現代文と小論文はいわば「基礎―応用」という関係にあると言えます。 【記事の内容】 では今回の課題文(=記事)の内容を確認していきましょう。短い記事ですが、8つの 形式段落から構成されており、これらは大きく3つのまとまり(意味段落)に分けること ができます。 ①[第1段落~第3段落] この部分は、翻訳家の額田やえ子さんが、自然な翻訳を可能にするために普段から若者 言葉に注意を向けているということを紹介しています。一見翻訳家の仕事を紹介している だけに見えますが、それだけではなく、実は「若者言葉」という話題へと読み手を自然に 導く役割(「導入」という機能)も果たしています。 ②[第4段落~第7段落] この部分は、最近の若者言葉の中から「やばい」という語を取り上げ、それが本来の意 味(=危険なこと)とは別の意味(=素晴らしい)で用いられていることを指摘していま す。ここで記事が終わっていれば、この記事は〈言葉の意味が乱れていること〉を問題視 している文章だということになります。しかし、そうではないことが次の第8段落まで読 み進めると分かります。 ③[第8段落] この部分は、まず〈言葉の意味の乱れ〉について、「言葉は常に変化する」「流行語は新 鮮だ」のようにいったん認めています。しかし、 「素晴らしさや感動を、全て『やばい』の 1語で表すのも、大雑把過ぎて(本来の意味で) 『やばい』と思う」という最後の一文で問 題を提起しています。つまり、新しく登場した言葉であっても、自分の感情を一語で片付 けてしまうような言葉が氾濫するのは問題だ、ということです。このように記事全体の構 成を考えながら文章を読み進めれば、この記事は、 〈言葉の意味が乱れていること〉それ自 、、、 、、、、、、 体を問題視しているのではなく、その乱れ方 (あるいは使用者の意識 )を問題視している ということが分かるのです。 【解答作成へのアプローチ】 今確認したように、今回の記事は〈自分の感情を一語で片付けてしまうような言葉〉を 問題視しています。しかし、それの何が問題なのかについては記事の中では述べられてい ません。そこで、 「自分の感情を一語で片付けてしまうような言葉の使用には、どのような 問題があるのか」 (=A)という点を考えてみましょう。このように、自分の考えを作るに は、疑問文を自分で作るところから始めるのが効果的です。 Aの問いに対してまず思いつくのは、「自分の感情を表現する力が弱まってしまう」(= B)ということです。確かに、感動と一口にいっても、小説を読んだり、映画を観たり、 恩師の言葉を聞いたりする中で、私たちは様々な感動を経験しています。例えば、衝撃的 な感動(「心を打たれる」)や押し寄せるような感動(「胸に迫る」)、心の奥からの感動(「琴 線に触れる」)、体全体にしみわたるような感動(「胸にしみる」)など、多種多様な感動の 様態があります。にもかかわらず、こうした経験を区別せずに全て「やばい」の一語で済 ませているならば、自分の心の微細な動きを他者に伝える力が弱まってしまいます。 しかし、これだけではまだ常識的な範囲にとどまっています。小論文で高い評価を得る には、常識的な内容に留まるのではなく、より独創的な内容を展開する必要があります。 そこで今回は、自分の感覚や感情の表現力が乏しくなると、次第に自らの感受性そのもの が単純化してしまうのではないか(=C)と考えました。このことを説明するために、人 間と言葉との関係をみておきましょう。 私たちは通常、言葉というものをコミュニケーションの手段だと思っています。しかし、 多少現代文の勉強が進んでいる人は、言語論の文章で「言葉は単にコミュニケーションの 手段ではなく、世界を認識するための手段でもある」 (=D)といった内容をどこかで読ん だことがあるかもしれません。(ここでも現代文の勉強が活きています) よく挙げられる例として、 「虹の色」があります。例えば、日本では虹の色は7色に分け られていますが、外国では6色や5色に分けて認識されているところがあるそうです。ま た、アラスカの一面銀世界の中で生活しているイヌイットは、私たちが通常思い浮かべる 「白」という色を、非常に多くの言葉に分けて認識していると言われています。さらに、 詩人や哲学者の言葉は、それを読む私たちに世界の新しい見方をもたらしてくれるでしょ う。このように、人間は言葉という枠組みを通して世界を見ているのです。 そして、自分の感情や感覚といったものも私たちが認識する対象であり、世界の一部で す。とすると、感情や感覚を表現する力が弱まってしまうと、その分だけ世界の受け皿が なくなるので、世界に対する感受性が貧困化・単純化してしまう のです。極端な話、 「やば い」を連発している人は、世界に対して「やばい」か「やばくない」か(気分を高揚させ るものかそうでないか)という単純な感じ方しかできなくなる恐れがあります。 それと関連して、人々の感受性が単純化していく社会では、文化的な発展が見込めませ ん(=E)。なぜなら、作家が渾身の思いをこめて人間や社会を表現しようとすればするほ ど、それは難しいもの、よく分からないものとして簡単に退けられてしまうからです。逆 に、分かりやすいものや単に刺激的なものの方が世の中に受け入れられていくでしょう。 こうした傾向は、言葉を高度化させることによって文化を創造してきた人間社会にとって、 文化の停滞もしくは退廃を意味します。 したがって、確かに言葉には流動的な性質があるものの、新たに生まれた言葉が私たち に及ぼす影響についてはきちんと考える必要があります。言い換えれば、新しく生まれた 言葉は世界に対する私たちの認識の目盛りを細かくするのか、それとも粗くするのかを見 極めなければならないのです(=F)。 【議論を組み立てる】 さて、これまで述べてきたことを整理してみましょう。 A:感情を一語で片付けてしまう 言葉の使用には、どのような問題があるのか(=問い) ↓それに対する答えとして B:自分の感情を表現する力が弱まってしまう ↓だけではなく C:自らの感受性そのものが単純化してしまう ↓Cの理由は D:言葉は世界を認識するための手段だから ↓Cの問題点として E:人々の感受性が単純化していく社会では文化が発展しない ↓結び F:新しい言葉が私たちの世界認識に及ぼす影響を見極めるべき 実際には、こうした全体の見取り図を作ってから書き始めると、構成力のある答案を仕 上げることができます。Fはさりげなく「結び」としましたが、実は意外と難しい部分で す。 「結び」の部分は、全く新しいことを述べると分量が足らなくなるし、かといって前に 述べたことを反復するだけでは味気ない気もします。そこで今回は、A~Eまでが主に「問 題点」を述べた部分なので、Fでは今後の方向性を示すことで「結び」としました。解答 例はこのような構成をもとに書かれています。 いま「構成」について述べましたが、これを意識して文章を書くのはなかなか大変で、 それなりの練習が必要です。しかし実は、この「構成」の視点を養うことにも現代文の勉 強が役立っています。 【記事の内容】のところで行ったように、文章を読むときに構成を意 識し、全体を複数の意味段落に分けたり、それぞれの機能や役割などを考えたりすること は、文章の主題を正確に捉えるうえでとても大切です。それだけではなく、そうして文章 をマクロに見る力を養っておくと、今度は自分で文章を書くときにも全体を意識して書け るようになります。現代文における「読む力」と小論文における「書く力」。両者はつなが っているのです。 もうお気づきかもしれませんが、今回の講座の「裏テーマ」は「現代文と小論文の関係」 です。それについて今回取り上げたことを紹介して結びとします。 ☆現代文と小論文は「基礎―応用」の関係 ①出題の狙いを踏まえた答案を書くためには、本文をしっかりと読む必要がある。 ②現代文で学んだ知識は、小論文のなかで活かすことができる。 ③文章の構成を読み取る力は、構成を考えて書く力につながる。 (篠原 圭佑)
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