巻頭コラム 明治の漫画から ― 吾輩はネズミである 2 廃棄物資源循環学会 ごみ文化研究部会・行政研究部会 溝入 茂 「吾輩はネズミである」2 回目の舞台は近所の下水です。星菫家で食べ物があされなくなった吾 輩は、家ネズミにもかかわらず食べ物を求めて下水にもぐり込みます。一方、下水の中ではネズミ 取りが捕鼠器を仕掛けていて、今まさに黒鼠がかかっていました。その鼠を手に入れようと下水の 左右から 2 人の人間が現れ、下水の中と外で取り合いを演じます。そのスキをついて吾輩は黒鼠を 助けて一緒に逃げ出します。残ったネズミ取りの 2 人は喧嘩口論のかどで巡査からお目玉を食らい ます。 下水で 2 人が争ったのは、ネズミを捕まえて届け出ると賞金がもらえたからです。このあたりの 事情は本連載の 46,47 号(2012 年 9,10 月)をみて下さい。もっとも、ネズミ 1 匹で大人が争うほ どの事かとも思いますが、おそらくネズミのよくとれる場所をめぐる争いがあったのでしょう、当 時の新聞にはネズミ取りをめぐるエピソードがいくつもみられます。 一般社団法人廃棄物処理施設技術管理協会メールマガジン 平成 27(’15)年 8 月 第 81 号 1 ※無断転載禁止 同じ東京ハーピーはネズミの買上に関してこんな漫画を載せてい ます。温度計の目盛に擬したのはネズミの買上価格。東京では 1 匹 5 銭が横浜では 10 銭になって、ネズミ仲間は大恐慌をきたしていると いう内容です。 それはさておき「吾輩はネズミである」の第 3 回です、このオチが ネズミの価格と関係するのです。 吾輩の仲間(ネズミ)は、あるいはとらえられて 5 銭で警察に引き 取られ、あるいは病院で解剖されて、吾輩はいよいよネズミ全体が危 なくなってきたとあせります。この事態に吾輩は日本からの脱出を決 意します。一緒にいくのは前号で助けたドブネズミ、何とこれがメス で名前は黒子です。吾輩と黒子は首尾良くシドニー行きの貨物船にも ぐり込んであとは悠然と航海を楽しむのでした・・・なぜか黒いはずの 黒子が白くなって貴婦人風になっているのはご愛敬。ああ、ところが 船がシドニーに着いた途端、吾輩も黒子も捕らえられてしまいます。何とシドニーではネズミの皮 は洋装材料として高い価格で取引されていたのです。いまわの際に吾輩は、来世では「怪」となっ て人間の皮をはいでやると誓うのでありました。 この頃、シドニーあるいはオーストラリアでネズミの皮が高額で取引されていたかどうかは調査 不足のため不明です。ただ、世界的にはペスト対策としてネズミの駆除はいたるところで実施され ていました。次に示すのは 1908 年のサンフランシスコ・コール紙からです。グリム童話等でも有名 な「ハーメルンの笛吹き男」を使った挿絵で、”世界をネズミから救うためにハーメルンの笛吹き 男求む”としています。20 世紀初めの頃は伝染病対策としてネズミ駆除、蚊、ハエ、ゴキブリなど の衛生害虫駆除が世界的に実施されていたのです。 漫画シリーズ、次も続くかな? 一般社団法人廃棄物処理施設技術管理協会メールマガジン 平成 27(’15)年 8 月 第 81 号 2 ※無断転載禁止 溝入 茂のコラムバックナンバー 37号 遺跡とごみ箱 溝入茂 38号 カーニバル・カーニバル・カルナバーレ 溝入茂 39号 ハエを数える 溝入茂 40号 がれき処理を考える-震災後 1 年 溝入茂 41号 カーニバル2012 42号 ゴミの連作広告-積水化学の試み- 43号 ゴミの広告つづき-奇妙な広告編- 44号 箸休め-カツ丼食べて自白のシーンはいつから- 45号 渋谷塵芥焼却場のいま 46号 ペスト、ネズミ、ネコ -明治のイラストより 47号 ペスト、ネズミ(承前) 48号 最初の焼却炉特許のこと 49号 トルコへ行ってきました 一般社団法人廃棄物処理施設技術管理協会メールマガジン 平成 27(’15)年 8 月 第 81 号 3 ※無断転載禁止 50号 大正時代のウォークマン 51号 明治 36 年東京市のペスト騒動 52号 明治 36 年東京市のペスト騒動(承前)-焼き払いを中心に- 53号 東京大学の焼き払い-明治 34 年のペスト騒動 54号 新聞資料の横道 -紙面散歩の楽しみ 55号 学校の掃除は誰がするのか -大正 3 年の論争 56号 学校の掃除は誰がするのか -その2 57号 ごみ坂についての考察(1)千代田区番町のごみ坂 58号 ごみ坂についての考察(2)新宿区市ヶ谷のごみ坂 59号 ごみ坂についての考察(3)-新宿区牛込のごみ坂 60号 ごみ坂についての考察 派生編 1 -乞食橋、貧乏神神社- 61号 第12回オリンピック東京大会 62号 チェコのごみ箱・クリスマスマーケット 63号 ごみ坂についての考察(その4)-湯島のごみ坂 64号 ごみ坂についての考察(その5)-駿河台のごみ坂 65号 ボロと食器と一流店 - 昭和 11 年東京 66号 ごみ坂についての考察(その6)-麻布のごみ坂 67号 イタリアのパスクワ -コモ湖とガルダ湖のごみ箱 68号 マントヴァ、ノヴァーラのごみ箱 69号 ごみ坂についての考察 派生編2 ―犬の糞新道1― 70号 ごみ坂についての考察 派生編3 ―犬の糞新道2― 71号 ごみ坂についての考察 派生編4 ―犬の糞新道3― 72号 ごみ坂についての考察 派生編5 ―犬の糞横町― 73号 明治期の掃除機広告から家事の電化まで 74号 大量消費時代の申し子、百円ショップのはじまり 75号 便器の広告-明治期にはおどろきの絵があった 76号 海藻を焼く――明治の公害にはこんなものがありました 77号 深川塵芥処理工場をめぐるグロな事件とその顛末 78号 グロという価値観(というほど大袈裟なものではないです) 79号 ごみ坂についての考察 番外編 -しくじり横丁- 80号 明治の漫画から ― 吾輩はネズミである 一般社団法人廃棄物処理施設技術管理協会メールマガジン 平成 27(’15)年 8 月 第 81 号 4 ※無断転載禁止
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