特別支援学校教師の朝の会における意思決定に関する

特別支援学校教師の朝の会における意思決定に関する研究
小島
Ⅰ
問題
授業中の教師の意思決定は,教師が教材と生徒
裕美恵
語ってもらった。発話は IC レコーダーで記録した。
3
分析の方法
についての知識を活用しながら教授方法を選択す
VTR 記録から,全ての発話と行動のトランスク
る過程であり,授業でのみ教師が獲得する「実践
リプトを作成しインタビュー内容を加え,行われ
的知識」の獲得の過程そのものである(吉崎,1991)
。 た意思決定ついて,岡根・吉崎(1992)の即時的
重複障害児童生徒数の増加に伴い,特別支援学
意思決定の背景カテゴリー「生徒知識」
「教材知識」
校の教育課程編成や授業は更に不確実性が高くな
「教授方法知識」
「教育観等に類するもの」を基に
っている。しかし,授業は教師の専門性が最も求
背景要因を分類し,教師個々の意思決定の特徴を
められるところであり,教師個人の裁量に任され
明らかにした。
ている部分が多い。石野(2001)は,重複障害児の
Ⅳ
結果
個別指導場面における熟練教師の意思決定を明ら
1
教師の意思決定の特徴
かにしている。しかし,特別支援学校ではティー
本研究における教師の意思決定の背景カテゴリ
ム・ティーチング(以下 TT)による指導が多く,
ーを分類した結果は,表 1 に示す通りである。岡
TT による授業における教師の意思決定を明らか
根・吉崎(1992)に加えて新たに,
「ねらい」と「他
にすることは意義あることと考える。
教師からの情報」の 2 つのカテゴリーと 14 のサブ
Ⅱ
カテゴリーが加えられた。特に,
「生徒知識」では
目的
自立活動を主とした教育課程を編成して指導を
新たなサブカテゴリーが 6 つ加えられ,意思決定
行っている学級の朝の会の場面を取り上げ,重度
に「生徒知識」を多く活用していることが明らか
の知的障害があり言語表出の未発達な児童を対象
になった。「本時の児童の様子」を把握するため,
とした TT による授業を行う教師の意思決定の特
「普段の児童の様子」
「最近の児童の様子」「本時
徴を明らかにする。
の前の児童の様子」など多くの「生徒知識」を活
Ⅲ
方法
用していた。また,
「生徒知識」は,個々の児童に
1
対象と対象場面
対する配慮の内容と配慮を実行する場面の情報を
G 県立 Z 特別支援学校小学部 1,2,3 学年の学
教師に与えていた。教師は,それをもとに配慮を
級(自立活動を主とした教育課程)を担当する教
要する児童の反応について予め手立てを講じ,そ
員 3 名(以下,A 教諭,B 教諭,C 教諭)と,児童
の反応が見られた場合にはすぐに対応できるよう
3 名(以下,D 児,E 児,F 児)であった。対象場
にしていた。また,3 人の教師に共通した意思決
面は,G 県立 Z 特別支援学校小学部 1,2,3 学年
定の過程として,
「普段の児童の様子」や「対象の
の朝の会であった。
授業内外で見られる最近の児童の様子」
などの「生
2
徒知識」から児童の反応を予想し,
「ねらい」や「教
手続き
1 学期と 2 学期に 3 人の教師に1回ずつ計 6 回
育観等」と照らし合わせて,教授方法を選択する
朝の会を VTR で記録し,その日の放課後にメイン
ということがあげられた。加えて,
「教育観等に類
ティーチャー(以下,MT)に VTR を視聴してもら
するもの(以下,教育観等)」は,5 つのサブカテ
い,インタビューを行った。坂本(2007)を参考
ゴリーがあげられ,特定の教師にのみ見られたも
に,授業者自身が気になった場面で VTR を止め,
のもあり,教師個々に特徴が見られた。
表 1 「朝の会」における教師の意思決定背景カテゴリー
(1)生徒知識
①その児童の性格
表 2 意思決定場面 A1-②
場面2
②その児童の能力・理解力
③普段のその児童の様子
④対象の授業で見られる最近のその児童の様子
⑤対象の授業以外でも見られる最近のその児童の様子
⑥(その日)本時の授業の前のその児童の様子
③名前の歌
授業 6月25日(木) (MT:A教諭)
E児とF児は譲り合って名前の歌をせず,D児が手を挙げたので,D児が一番にやっ
た。残りは二人なので,MTが「次にお名前の歌をやる人?」と聞いた。それに対
して,手を挙げたり声を出したりして,やる意思を示した子どもを前に出させ,
その子の歌を歌う。
キュ 誰の E児とF児
手立ての意図
背景要因
ー
何を F児 E児の手を取って,手をあ きりがないと思ったから。 (3)教授方法知識
げるように促した。
②指導・支援の方法
E児 反応しなかった。
⑦(その日)本時の授業でのその児童の様子
⑧(その日)本時の授業での子ども同士のやりとり
(2)教材知識
手立て
MT 「Cさんがやってって言って
いるよ」とE児に言った。 やる
かどうかを伺うため,E児の手
を触った。
子ど 誰の
もの
何を
反応
と
キュ
ー
手立て
E児
両手をあげて「いやです」と表
現した。
①その教材の中心概念
②他教材との関連
(3)教授方法知識
①言語・教材の提示の仕方
②指導・支援の方法
(4)教育観等に類す ①児童の主体性を大切にする
るもの
②動機づけ
③児童に付けさせたい力
④授業に臨む態勢づくり
⑤成功体験をつませたい
(5)ねらい
①その場面での指導目標
②個々の児童の個別の指導計画
(6)他教師からの情 ①本時の授業内における他教師(ST)の発言や働きかけ
報
2
「いやです」と表現してい
るE児を無理に前に出させ
るのは良くないと思ったか
ら。
(1)生徒知識
⑦本時の児童の様子
(4)教育観等
①児童の主体性を大
切にする
子ど 誰の E児とF児
「しない」と言っているの
もの
に,させて,「しないって
何を E児はMTが手を触っても両手を
反応
言ってもさせてくれるん
あげて「いやです」と表現し, だ」と思わせてしまうと,
と
F児も「やる?」と聞かれて
キュ
正しい方法でしなくなるか
も,「やらない」と言った。
ー
なと思った。MTの「名前の
歌をやりたい人?」の問い
かけに対して,手を挙げた
り,「はい」と言ったりす
手立て
「本当に名前の歌をやらない る反応がなくなるかなと
か」を二人によく確認をした。 思った。Cさんは特にその
傾向が強いと思った。
(4)教育観等
③児童につけさせた
い力
前に出させるのを止めた。
(1)生徒知識
①児童の性格
個々の教師の意思決定の特徴
1)A 教諭
子どもの
反応
E児 MTの「歌なしでいいのね?」と言う問いかけに対して,MTの手に自分の両手
をのせ,やらないで良いと言う意思を示した。
F児 MTの問いかけに対して,「うん」と返事をした。
児童の反応と自身の手立てとをよく振り返り,
その手立ての有効性を検討するという特徴が見ら
表 3 意思決定場面 B1-②
れた。具体的な場面として,表 2 が挙げられる。A
場面2
教諭は,その都度,児童に「ねらい」を達成させ
るために,
「児童の性格」や「普段の児童の様子」
,
「教育観等」などを活用して,その場での最良の
手立てを熟慮し講じていた。そして,その手立て
キュ 誰の E児
ー
何を MT 「お名前の歌やる人?」
E児 右手をMTの方に伸ばし,
低い声で「うー」と言った。
ST2 E児と同じように右手を前
の出し,「やりまーす」と言っ
て,E児の声を代弁した。
手立て
の有効性の判断は,手立てを考え講じた時ではな
く,その後の児童の反応を受けて行っていた。ま
た,合わせてこの省察を通して自身の行った児童
のみとりの振り返りも行っていた。加えて,A 教
諭は,
「児童の主体性を大切にする」という「教育
観等」に基づいた教授行動が多く見られた。児童
からの発信を重んじるだけでなく,その反応が明
確でない場合には,児童に本当にその意思がある
か,その児童の発信であるかを確認し,児童の思
授業 7月9日(木)(MT:B教諭) ③名前の歌
MTの「お名前の歌やる人?」という問いかけに対して,手を挙げたり声を出した
りして,やる意思を示した子どもを前に出させて,その子の歌を歌う。
手立ての意図
E児が手を挙げたのに対し
て,A教諭の「私やりま
す」と言うE児の読み取り
があったから。
背景要因
(6)他教師からの情
報
①本時の授業内にお
ける他教師(ST)の発
言や働きかけ
E児の手を取って前に出させよ
うとした。具体的には,D児とF
児に,「Eさんで良いです
か?」と聞き,良いと言ったの
を確認した。そして,「今日
は,Eさんが手をあげて声を出
してくれたので」と言って,E
児の手を取って前に出させよう
とした。
子ど 誰の E児
とりあえず手が出たって言
もの
うA教諭の声もあったの
反応 何を E児 両手を上にあげ、拒否を で,それを聞いて,「じゃ
しながら,「うー」と言った。
と
あ,Eさん一番ね」と言う
キュ
感じにした。D児も今日反
ー
応していて,すぐに「は
い」という感じで,手を挙
げていた。けれど,E児は
いつも反応がないので,一
番にした。
手立て
(6)他教師からの情
報
①本時の授業内にお
ける他教師(ST)の発
言や働きかけ)
(1)生徒知識
④対象の授業で見ら
れる最近の児童の様
子
⑦本時の児童の様子
E児の手を取り,「一番最初に また,C教諭も「一番にや (6)他教師からの情
やりますか」と言ったり,手を ると良いよね」って言うよ 報
ひいたりして,E児を前に出さ うな声かけをしてくださっ ①本時の授業内にお
せ,1番に名前の歌をやらせ ていたから。
ける他教師(ST)の発
た。
言や働きかけ
子どもの ST2に後ろからお尻を押されたり,MTに手を引かれたりして,前に出た。音楽が鳴
反応
り始めると,MTの支援を受けながら,体を左右に揺らした。
いを明確に見取った上で対応していた。
2)B 教諭
いた。また,B 教諭は把握した児童の様子から,
授業内における他教師の発言や働きかけから,
本時における個々の児童の目標を設定し直し,明
他教師の見取りや意図を把握し,意思決定をして
確なねらいを持って授業を行うという特徴が見ら
いるという特徴が見られた。
具体的な場面として,
れた。加えて,B 教諭は「授業に臨む態勢作り」
表 3 が挙げられる。教師同士での会話を通してで
という「教育観等」に基づいて,本時の授業やそ
はなく,他教師による児童の言葉の代弁や児童へ
の後の授業も見通して,児童が授業に取り組める
の声かけ・働きかけから,それらを汲み取って
状態にするという観点を持って望んでいた。
表4 意思決定場面 C1-③
過程は,佐藤ら(1991)が示した「反省的実践家」
場面3
③名前の歌
授業 7月23日(木) (MT:C教諭)
D児の名前の歌の場面で,D児が前に出てMTと一緒に踊る。
(reflective practitioner)あるいは「思慮深い
子 誰の
ど
も 何を
の
反
応
と
キ
手立て
D児
MT D児を見ながら,音楽に合
わせて手を叩いていた。
D児 畳の方に動いた。
D児は,畳など広くなって
いるところに行ったり,目
につくところにスーッと
行ってしまう。その為,な
るべくマットの上から出な
いことを意識して,支援を
している。
D児が畳の方に行ったのを見
て,追いかけ,腕をつかんだ。
(1)生徒知識
③普段の児童の様子
(5)ねらい
①その場面での指導
目標
②個々の児童の個別
の指導計画
子どもの MTに腕を掴まれ,D児は前に戻った。
反応
3)C 教諭
児童の反応が予想の範疇に収まっており,対応
実践家」(thoughtful practitioner)としての専
門家像を示すものであることがわかる。この専門
家像は,教師が実践的な問題の省察と解決の過程
で実践的知識を形成し機能させる思考において熟
達した専門家像として説明される。
以上から,授業で使える情報を収集できるよう
になり,収集した情報を使えるようになることが,
に苦慮している場面はあまり見受けられなかった。 特別支援学校教師の「実践的知識」の獲得過程の
その理由として,①把握している生徒知識から,
1つと考えられるのではないか。
あらかじめ児童の反応を予想し手立てを講じてい
また,上記にあげた意思決定の過程を基本に,
たこと,②望ましくない反応が見られた時には,
個々の教師による意思決定の特徴が見られた。A
即座に対応できるようにしていたこと,③予想さ
教諭は,見られた子どもの反応から,自身の子ど
れる児童の反応に対しての手立てが豊富に準備さ
も理解と教授方法を振り返る姿勢をもって臨んで
れていたことがあげられる。表 4 からは,予想さ
おり,この取り組みを通して,
子ども理解を深め,
れる児童の反応が想定されており,それに対する
教授方法の検討を行っていることが示唆された。
手立てが準備された状態で授業に臨んでいること
また,こうした省察を怠らない A 教諭の姿勢は,
がわかる。
吉崎(1988)が指摘する「実践的知識」を豊富にす
Ⅴ
る礎となると推察できる。B 教諭からは,授業中
考察
石野(2001)は,障害の重い児童生徒を担当する
の他教師の発言や働きかけが,情報交換や連携の
熟練教師の意思決定においては,様々な観点から
大切な視座になること,授業毎に個々の児童の明
行った自身での見取りを重視しているという特徴
確なねらいの再設定を行うことの重要性が示唆さ
を明らかにした。本研究では,児童の実態把握の
れた。そして,C 教諭からは,児童の反応を予想
ためには,「児童の性格」や「普段の児童の様子」
しあらかじめ環境を整え,豊富な手立てを持って
「対象の授業で見られる最近の児童の様子」
「対象
おくことの重要性が示唆された。
の授業以外でも見られる最近の児童の様子」
「本時
今後は,様々な教職経験のある複数の教師の複
の前の児童の様子」
「他教師からの情報」など多く
数の授業を対象として,今回得られた意思決定の
の情報を授業準備段階だけでなく授業中において
背景カテゴリーを検討し,特別支援学校教師のそ
も収集しているという結果が得られた。従って,
れを作成する必要がある。また,意思決定の背景
重複障害児の授業では,詳細に児童の情報を集め
要因が,授業者の教職経験とどのような関係にあ
ることが意思決定に必要であることが示唆された
るのかを見ていくことも課題としてあげられる。
といえる。更に,収集した児童の情報から本時の
文献
実態を把握し直して,児童の反応を予想し,
「ねら
い」や「教育観等」と照らし合わせて,教授方法
を選択していた。これは,熟練教師が「教育観等」
を多く用いるという先行研究と同様の結果を示す
ものであり,個々に明確な教育観をもって授業に
臨んでいることが明らかになった。この一連の意
思決定過程の特徴から,3 人の教師の意思決定の
石野公子(2001)自立活動の個別指導場面における教師の意思決
定.上越教育大学大学院修士論文.
岡根裕之・吉崎静夫(1992)授業設計・実施過程における教師の意
思決定に関する研究:即時的意思決定カテゴリーと背景的カテ
ゴリーの観点から.日本教育工学雑誌,16(3),171-184.
坂本篤史(2007)授業研究会における小学校教師の思考過程の分
析―再生刺激法を用いて―.日本教育心理学会総会発表論文集,
49,494.
佐藤学・岩川直樹・秋田喜代美(1991)教師の実践的思考様式に
関する研究(1):熟練教師と初任教師のモニタリングの比較を
中心に.東京大学教育学部紀要 30,177-189.
吉崎静夫(1988)授業における教師の意思決定モデルの開発.日
本教育工学雑誌,12(2),51-59.
吉崎静夫(1991)教師の意思決定と授業研究.ぎょうせい.