第6回 資本主義の蓄積過程と失業・貧困

経済学概論
第6回
資本主義の蓄積過程と失業・貧困
マルクスは剰余価値説によって資本の仕組みを明らかにすると同時に、資本主
義経済を歴史的存在として捉え、資本の運動=資本蓄積が労働者階級の貧困と
階級対立を生み出す理論的な根拠にまでつなげていった。
1、 相対的過剰人口の累進的生産
(1)不変資本と可変資本
生産手段(労働対象や労働手段)、すなわち原料や材料、機械の価値は単に
生産物に移転されるにすぎず、生産過程において価値量を変化させない。そ
こで、生産手段に投下され前貸しされた資本部分は不変資本(C)と呼ばれ
る。
一方、労働力に転化される資本部分は、価値増殖するので、可変資本(V)
と呼ばれる。
(2)剰余価値の資本への転化=資本蓄積と資本の有機的構成
資本の生産過程において生産された剰余価値は、一部は資本家によって収
入として消費され、残りは資本に転化される。このような剰余価値の資本へ
の転化が資本蓄積である。資本主義発展の原動力は資本蓄積である。
一見、資本蓄積が進み、資本が増大すれば、雇用も増え、失業もなくなる
ように見える。ところが、資本主義の発展は常に失業を伴っている。
この原因は資本蓄積そのものにある。資本蓄積は必然的に技術進歩、技術
改良、技術革新をもたらし、その結果、労働者数を資本に比べて相対的に減
らしていくのである。そこで、資本蓄積と失業の関係の分析には、資本構成
すなわち労働者一人あたりの資本装備率(K/L)、資本の有機的構成(C/V)
すなわち不変資本と可変資本の割合の設定が必要となる。
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(3)資本の有機的構成(資本構成)が不変な場合の資本蓄積と賃金上昇
① 単純再生産(資本構成不変)
② 拡大再生産(資本構成不変)
資本の有機的構成が不変のままで資本蓄積が進むと、資本の増大に比例し
て可変資本部分が増え、その結果「労働力の需要」は資本の増大に比例して
増える。ここで「労働力の需要」が「労働力の供給」を上回る場合、賃金は
上昇する。
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(4)資本構成の高度化と相対的過剰人口の累進的生産
資本の有機的構成(資本構成)が不変のままで進むのは資本蓄積の一局面
にすぎず、資本蓄積によって 労働需要 > 労働供給 による賃金上昇の
事態になれば、資本は機械(現代ではやロボットやコンピュータ)を採用し
て、資本の有機的構成(資本構成)を高度化する。
③ 拡大再生産(資本構成高度化)
資本家は追加的資本を可変資本(労働力)より不変資本(生産手段)によ
り高い比率で投下し、その結果資本の有機的構成は高度化する。
資本蓄積に伴い「労働力の需要」は絶対的には増加するが、資本の増加に
比べて相対的に減少する。
「労働力の供給」が(1)の場合のままであるとす
ると、ある時点で 労働需要 < 労働供給 の状態、すなわち失業の状態
になる。この失業が相対的過剰人口なのである1。
2、現代資本主義と失業・貧困 (別紙)
1
マルサスは『人口論』で労働力人口の自然増加、すなわち労働力の絶対的な増加が過剰人
口であるとしている。これに対してマルクスは、資本主義的蓄積の中で相対的な過剰人口
が存在する、つまり、過剰人口は資本蓄積や資本の有機的構成の高度化にあるとしている。
なお、現代の資本主義経済、特に先進資本主義国では労働力の絶対的な増加どころか、
減少が進んでいる。この中でさらに資本蓄積を進めようとすれば、資本はさらに不変資本
(ロボットやコンピュータ)により高い比率で追加投資を進めることになる。
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3、『資本論』の意義と限界
(1)資本主義分析の理論としての『資本論』の意義と限界
マルクスは資本主義を歴史的存在として捉え、その本質を内的な構造から
明らかにし、その運動法則を『資本論』において明らかにしようとした。そ
こで、当時の資本主義経済(18 世紀末の産業革命を経て最も発達した状態に
あり、またそれ故に資本家階級への富の蓄積と労働者階級の貧困化が最も進
んでいた 19 世紀のイギリスの資本主義経済)を対象に
分析を行い、古典派経済学から引き継いだ労働価値説
から剰余価値の理論を打ち立て、剰余価値の利潤への
転化、資本蓄積の理論へと発展させ、資本主義の運動
法則=資本の生産と再生産の過程を解明した。『資本
論』によって資本蓄積の過程の中で労働者階級の貧困
と階級対立が生み出されることに理論的な根拠を与え
た。
そして当時(19 世紀末~20 世紀初頭)の先進資本主
義国における社会主義運動、さらに国際的な労働者運
動(第1インターナショナル)にも大きな影響を与え
ることになる。
現代(21 世紀)においても、経済社会は資
本蓄積による資本の生産と再生産、そしてそ
の中で、その存在形態を変えながらも生み出
される相対的過剰人口(現代では非正規雇用
を中心とした不安定雇用)を前提としており、
資本主義社会の運動法則を分析する理論とし
ての『資本論』の意義は色あせていない。
「99%の声を聞け」 貧困撲滅訴え
世界同時アクション(2011)
一方、20 世紀以降の先進資本主義国を中心とした資本蓄積の高度化と資本
主義経済の発達は、資本主義国全体の富と増大させることによって、マルク
スが『資本論』で描いた労働者の窮乏、貧困化の様相も変化させていった。
これは同時に、資本蓄積の中での資本家と労働者の関係、そして労働者階級
による革命の理論の妥当性も失わせていくことになる。また、資本主義諸国
は海外市場を求めての植民地支配と領土分割を求めての世界戦争(第一次世
界大戦)に進んでいくことになるが、各国の労働者運動も自国の労働者の収
入を守るために戦争に協力していくことになる(第2インターナショナルと
その崩壊)。
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(2)社会主義革命と『資本論』と植民地解放運動
20 世紀に入り、先進資本主義国による海外市場を求めての植民地支配と領
土分割を進めていくが、これは資本蓄積を全世界的規模で進め、また相対的
過剰人口を全世界的規模で生み出すこ
とになっていく。また、先進国での資本
蓄積は各国ごとに不均等に進むことに
なり、後発資本主義国(ドイツ、ロシア、
そして日本)による領土再分割の要求を
呼び起こすことになる。これを経済学的
な理論体系に位置づけ、また革命の理論
へと発展させ、さらに実践していったの
がロシアの革命家レーニンであった。
レーニンは、資本蓄積が高度に進んだ先進資本主義国よりも後進資本主義
国であるロシアにおいて労働者階級の矛盾がより深まり、また、資本主義の
発達が遅れているが故に封建制度が残存するロシアの農民と労働者階級とが
連帯することによって革命が可能になると考え、実践した。(→第7回「20
世紀の資本主義とマルクス経済学」)
レーニンの理論は『資本論』の資本蓄積の理論を全世界的規模に広げてい
ったものであるが、ここから生み出される革命の理論と社会主義建設の理論
は、発達した資本主義の分析を前提とした『資本論』の想定を超えることに
なった。また、マルクス~レーニンとつながる理論(マルクス=レーニン主
義)は世界の革命勢力に大きな影響を与えたが(第3インターナショナル=
コミンテルン)、ロシア~ソ連の社会主義建設の過程で、革命の継続を唱え
る勢力(トロツキーなど)は排除され、スターリンが権力を掌握(1928)す
ることによって一国社会主義建設が進められ、革命による資本主義から社会
主義への移行ではなく、後進資本主義国の国家主導による経済建設の様相を
強めていくことになる。
これに対して、『資本論』そして
マルクス経済学は資本主義国から被
植民地諸国、開発途上国に広がり、
二つの世界大戦を通じて高揚した民
族自決と植民地解放の運動に大きな
影響を与えることになる。(→第7
回「20 世紀の資本主義とマルクス経
済学」)
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